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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
162/164

第161話:そして僕は、新たな魔法を知る。




 その日の晩、村長の提案で状況の説明が行われた。


 マナが枯れる、という異常事態に対して、村人たちは動揺を隠せないようだった。


 かがり火のかれた集会場の手前で、僕はほとんどのことを包み隠さず話した。現象としてマナが枯れてしまったということ、犯人の正体は分かっていないこと、新たな被害が発生する可能性は低いと思うが、革命軍をしばらく駐屯させること――――


 一部の村人たちは動揺した言葉を口にした。


 僕はその全部を聞いて、受け止めた。

 彼らに反論はできない。

 否定する言葉は嘘になるだろう。

 敵の目的さえも、僕はまだ分かっていないのだから。


 そのとき、だった。


「こういうときこそ、歌おうか」


 ぱんっと手のひらを打った村長は、小躍りしたくなるような陽気な曲を歌いはじめた。それはほとんどの村人たちが知っている歌らしく、集会場の前の雰囲気は一気に明るくなる。


「閣下、村人たちとの交流を深めたいのですが」


 にたりと豪気な笑みをうかべたガーツさん。

 どうやら、かなり混ざりたいらしい。


「この戦場は将軍に適切でしょう。奮戦を期待します」

「御意に」


 ガーツさんは意気揚々と革命軍の将官用のコートを部下にあずけると、即興の踊りで村人たちに交じっていく。

 集会場の壁によりかかるように僕はその様子をながめていた。メルチータさんとナイアさん、ティルさんも近くでゆっくりと体を揺らしている。


 場がほどよく温まったところで、歌自慢たちの勝負が始まった。


 巫女歌を継承するのは女の人、だけれど、それは決して村の男が歌わないというわけではない。オペラ歌手のように堂々とテノールで歌い上げる犬人族ドグアの中年男性や、最初の歌をアップテンポにアレンジしたオリジナルの曲を歌う若い妖精種エルフの青年なんかは、僕の前世でも通じるんじゃないかと思わせるほどだった。


 でも、やっぱり女の人の方が気合が入っていた。


 明るい歌、静かな歌、元気が出る歌、落ち着く歌――全員が持ち歌のようなものを持っていて、それを歌っていく様は、まあ、村を挙げてのカラオケ大会と言えなくもない。


 不思議なのはほとんどの歌に歌詞がないことだった。歌詞のようなものを発音してはいるのだけれど、意味のない言葉が全部。僕の『対訳』は1度も反応しなかった。中には、リームネイル語の歌詞をつけた歌もあったけれど、それは少数。最近自分で歌詞をつけたのかもしれない。


「みんな上手だね、聞き入っちゃう」

「……メルチータも、練習……したら……?」

「うーん、歌か」


 瞬間、メルチータさんはなぜか僕を見た。


「タカハくん、私は不器用だから歌えないはずだって思ってるでしょう?」


「いや、なにも思ってないですよ!?」


 くすくすとメルチータさんは笑う。

 からかわれたらしい。僕は肩をすくめた。


「……それにしても、調査は残念でしたね」

「落胆」「……そうね。期待していただけに」


 メルチータさんとナイアさんが同時に肩を落とす。僕が村人たちへの説明の準備を整えている間、『学舎』に所属する研究者である2人は、この村に伝わる未知の精霊言語の調査を行っていたのだった。


 2人はものすごい勢いで、伝承や何気ない挨拶、巫女歌の歌詞に関して聞き込みをし、疑わしい言葉を発音できる人を僕の前に連れてきた。

 ……しかし、精霊言語と思われる言葉はどれも僕の『対訳』に反応しなかった。


「でも、ティルさんが識属性の言葉を言ったのは間違いないはずなのよ」

「確定事実。……導き出される結論は……『たぶん、この村のどこかにあるはず』。……なんだけど……」


 村に伝わる古い言葉で、暁あるいは夜明け。

 音のみをカタカナに当てはめると、セラフィル、みたいな感じになる。

 数日前、ティルさんはぽつりとそれを言った。そもそも、このアーム村を訪れようと思ったきっかけになったのが、ティルさんの言った言葉としての精霊言語だったのだ。


 けど、今の段階では空振り……かな。


「申し訳ありません、メルチータ様、ナイア様」

「ティルさんのせいじゃないわ。それがなにかの間違いだったと確認することも、私たちの仕事よ」

「……まだ、諦めていない。……可能性は、ある」

「協力させていただきます。なんなりと――」


 ティルさんが言いかけた、そのときだった。


「――――ティル」


 村人たちの輪の中から村長が近づいてくる。その向こうでは帰り支度をする村人たちの姿もあった。1時間ほど続いた歌の大会はまもなく終わりを迎えようとしている。


「もうすぐ終いになる。その前にせっかくだ。セラの十八番を歌っておくれよ」

「ファオル様、私は……」


 ティルさんは犬耳をぴくぴくっと動かして、言葉を改めた。


「よろしいでしょうか」

「もちろんだとも」

「……」


 律儀にも確認するような視線を僕に向けるティルさん。


「今日のティルさんは僕の友人だから。楽しみに聞かせてもらうよ」


「はい。行ってまいります」


 表情は変わらなかったけれど、ぴくっとティルさんの耳が動いた。嬉しそうだ、と分かる。


 ティルさんは村長とともに村人たちの輪の中に消えていった。


 やがて、輪の真ん中のあたりに設置された木製のステージの上に、白黒エプロンが上った。


「おおっ! おかえり!」「ティルちゃんじゃないか!」「うおおおおっ!」「待ってたぜ!」「セラさんによく似てるなあ……」「いよっ!」「真打ち登場だな!」


 ほどけかけていた会場のムードは一気に最高潮へ。

 すごいな、ライブみたいだ。


「13年間のブランクがありますので、ご容赦を」


 ティルさんの優美すぎる一礼に、村人たちがどっとく。


「では。――母より教わった最初の歌を、歌います」


 瞬間、波のように一瞬でざわめきが引いた。


 取り残されるのは虫たちの鳴き声と風が木々を揺らす音。

 ティルさんはすぅっと息を吸い込んで――唇に音を乗せた。


 その歌には歌詞があった。


 いつか領都の外壁で聞かせてくれた歌は発声練習だったのかもしれない。あの日聞いたどの歌とも旋律が違う。でも、雰囲気は共通している。穏やかで、柔らかく、どこか、悲しげな。


 そんなふうに、冷静に観察していられたのは――――最初だけだった。


 物悲しい旋律。祈りの歌だと思った。月の光のように、静かで、緩やかなメロディーラインは、次第に折り重なって、盛り上がっていく。表現力を損なわないだけの声量とだれもを惹きつけて離さないような澄んだ声が、空を満たしていく。


「――――」


 外壁で歌を聞いたあの日と同じように、僕の全身を鳥肌が覆い尽くす。


 ――だが、その理由は、あの日とは・・・・・違った・・・


「”――――”」


 僕は大あわてで、腰のポーチから羊皮紙を取り出した。右手が掴んだそれは革命軍から提出された重要な報告書だったけれど、気にしている場合ではない。インク壺を地面に放りだし、乱雑に羽ペンのペン先を突っこむ。


「タカハくん……?」


 僕の仕草で美しすぎる歌声の世界から現実に引き戻された2人の魔女は、羊皮紙に書きつけた文字を見て、表情を凍りつかせた。


 僕は唇に人差し指を当てる。


 耳に全神経を集中し、右手は機械にする。


 聞き洩らしてはいけない。


 ティルさんの発音は再現性が低い・・・・・・のだから。


「”――――”」


 ゆるやかに、歌声が収束していく。

 流れはゆるやかになり、細くなり――

 やがてかき消えるように、ティルさんは最後の一音を終えた。


 一瞬の静寂。


「「「「おおおおおおっ!」」」」


 その後、歓声が爆発する。老若男女問わず、村人たちがティルさんを取り囲んでにぎやかに笑い合う。涙を流している村人もいた。そのくらいの、綺麗な歌声だった。


 でも、僕は別の理由で涙を流しそうだった。


「……領主様、これは……!」

「間違いないの?」


 2人の魔女がぐっと距離を詰めてくる。僕は自分が書き取った羊皮紙を見下ろし、「間違いありません」と言った。

 ティルさんの歌には歌詞があった。たぶん、ほとんどの村人にとって意味は理解できないはずだ。もちろん、ティルさんにとっても。


 ――――だが、僕には『対訳』の力があった。


 僕の耳に届いた音が言葉であるなら・・・・・・・、そのすべての意味を余すことなく理解させる、カミサマの辞書。


 ティルさんの歌に乗せられた歌詞は、識属性の精霊言語・・・・・・・・だった。


 それは、とてもじゃないけど祈りの歌には見えないような、歌詞。


 僕は自分の書いた羊皮紙に視線を落とす。


『持続展開する――

 現象は干渉知性体2式――

 形状は飛翔幼体――

 時間は現在点――

 場所は正面――

 継続は自動で無制限――』


「仮面の魔法使いたちが使ってきた詠唱と文法が似てる……!」

「……共通の部分も、ある。……展開、現象」

「伝承するための歌だった……ということかしら?」


 メルチータさんの言うとおりだ。『精霊言語』を生み出した『精霊民族』が、呪文を後世に伝えるための手段だったのかもしれない、と考えれば筋が通る。


 ……でも、なんでこんな回りくどくて不正確なことをしたのだろう……?

 だって、普通に発音を教えればいいじゃないか。そもそも、僕に『対訳』の力がなければ、いつしかこの力は失われていたはず。手段として不正確だ。普通に言葉として伝えられないような事情があったのか――


 いずれにせよ。


 記録に残っていないはるか昔――歴史の向こうに消えていった『精霊民族』の遺した言葉は、歌として、脈々と受け継がれていた。長い年月の中で、その歌詞は次第に精霊言語の意味を失っていったけれど、ティルさんがお母さんから受け継いだそれは、正しく発音を残していた歌だった。


「で、でも、タカハくん、対価が分からないよ!」


「…………訊いてみるしかないですね」


 僕は衝動に突き動かされたまま、村人たちの輪の中に飛びこむ。

 すぐに僕の存在に気付いた村人たちが道を開けてくれた。

 壇の上で村長と談笑するティルさんまでへの道が、真っすぐに開ける。


「タカハ様……?」


 ティルさんが首をかしげる。


 その壇に僕は上った。


「ティルさん、お母さんからこの歌に関して言いつけられていることはありませんか?」

「いえ、とくには……」

「こういうときに歌いなさい、とか。あるいは、数字とか」

「数字、ですか。申し訳ありません。とくにそういった言いつけはなかったかと思います」


 ティルさんも戸惑いを隠しきれていなかった。そのくらい、僕の表情は切羽詰まっているのかもしれない。ただならぬ雰囲気に村人たちが声を潜めた――そのとき。


「――――それは15と半分です、領主様」


 沈黙の中で、声はよく通った。


 言って、僕に近づいてきたのは、ファオル村長だった。


「村長になった者には言いつけられております。『我ら村人の歌を聞き、数字を求める魔法使いこそ、精霊に祝福されし者。そのお方にすべての歌を届けることこそが我らの使命である』と」

「……15と半分」

「『すべての歌が、15と半分』。伝承はそう締めくくっております」


 老婆は片方の眉毛を持ち上げた。


「領主様には分かるのですか?」


「はい。ティルさんが歌ってくれた今の歌は、間違いなく、魔法の詠唱でした」


 村人たちの間でどよめきが広がっていく。


 アーム村のご先祖は、少しでも多くの精霊言語を遺そうとした。

 いつか、この言葉を理解できる人間が現れるその日まで。


 僕は欲しい。

 力が欲しい。

 領主として、この独立領を守るための力が。

 メルチータさんの魔法を取り戻し、この村にマナを蘇らせるための力が。


 15と半分。


 その賭けに、乗ってやる。

 『噛みつかれる』リスクを、僕は考えなかった。


「”持続展開する――現象は干渉知性体2式――”」


 発音は識属性の精霊言語。


「”形状は飛翔幼体――時間は現在点――場所は正面――継続は自動で無制限――“」


 視界の隅でティルさんが目を見開く。その驚きはたぶん、習得に苦労した歌詞を僕が一言一句間違わずトレースしたからだろう。


「”ゆえに対価は15.5”」


 瞬間、心臓の真横にある回路パスが発熱する。


 失敗――ではなかった。


 15粒と半分のマナが僕の回路パスに正しく流れ込む感覚。

 手渡された鍵がシリンダーを回すカチリという実感。


 識属性の精霊様に献上されたマナは現実に干渉する力と置換され、ただちに発現した。


 目の前、だった。


 輝く銀色の雫のようなものが生まれ、それが弾ける。まるで水銀で編んだ線香花火を見ているかのように、銀光は弾け、踊る。美しすぎる光景に僕は見入る。


 そのエフェクトの中心点に、小さな影が生み出されていく。


 頭があって、両手があって、両足があって。

 そして、身長ほどに大きな翼がある。


 それは、人の形をしていた。


 銀光が徐々に収束し、僕はその姿を直視する。


 身長は20センチほどだろうか。銀色の長髪の、たぶん少女。銀色の少女が身にまとうのはティーガともイエルとも違う、どこかビニールのような光沢をもった灰色の服だった。その背中から伸びるのは――アゲハ蝶の羽を半透明にしたかのような、触れただけで崩れてしまいそうなほどに、美しい羽。


 少女――ではない。


 それは、文字通りの妖精だった。


 魔法使いの肩によりそい、魔法の助言をする妖精そのもの。


「な、なんだ!? こいつは!?」


 ガーツさんが怯えた村人たちを全力でかばう。


「おお……っ」


 村長は目をくわっと見開き、目の前の現象に意識を奪われている。


「――――」


 少女は僕の目の前の空中に浮かんでいた。アゲハ蝶の羽を揺らすこともなく、まるでそこに見えない地面があるかのように、目を閉じて。


 その身体は、うすぼんやりと白っぽい光を放ち続けている。


 たぶん、詠唱からここまで、ほぼ一瞬。


 ――――少女は目を開いた。


 銀色の虹彩の、美しい瞳だった。


 妖精は、言った。


「”――35572日のスリープ状態から再起動完了しました。本機は攻性精霊第Ⅵ柱の司る機能のうち、汎用論理演算システムを模倣した独立干渉知性体『ニルヴァーナ』です。ご命令を”」


 識属性の精霊言語で発せられた言葉が、ぐるぐると脳裏を回る。


 名前は、ニルヴァーナ。


 僕が理解できたのはそれだけだった。

 『対訳』の力は少女の言葉を分かりやすく、完ぺきに翻訳してくれた。

 だが、それを理解できるかどうかとは別の話。


 しゃべれる。

 ってことは、意思がある、のか?

 僕が話しかければ、それに応えてくれる――?


 その疑問は、すぐに証明されることとなった。


 ……ちょっと予想外の形で。


「”――――はい、定型文終わりっ!”」


 銀色の妖精は声のトーンを変える。

 見た者の全員を魅了するような微笑を浮かべたまま、少女は言った。


「”はぁぁぁっ、呼び出されるたびにいちいち面倒なんだよねー。てか呼び出されることがそもそも面倒っていうかー。この人たち、コトバ通じないしー。あー、また『可愛い可愛い』って言われて帰るんだろうなー。人格が腐るー。とりあえずスマイルスマイルー。はーい、おてて振りまーす”」


 ……。


 ……なんだ、こいつ。


 もう腐ってるだろと思うのは僕だけ?


 ニルヴァーナは宣言通り小さな右の手と満面の笑顔を僕に振り向けながら、精霊言語で呟き続ける。


「”てかうっわー。話わかったみたいな顔しちゃってばーかばーか。どうせニルヴァーナの可愛らしさに見とれちゃってるだけでしょー。うっわー”」


 ただの愚痴だ。


 てか毒だった。


「”ニルヴァーナがなに言ってるか分かんないでしょー? へっへーん、あなたのことを馬鹿にしてるんですよー。苦労して呼び出したのに残念だったねー。ニルヴァーナの演算能力はシルフェンレート語を喋れないような人には意味ないんですー。無駄なんですー。無理なんですー。せいぜい可愛い可愛いって言いながら送還して――――”」


「”うん。すごく可愛いね”」


「”…………え?”」


 一瞬で、銀色の毒舌妖精の表情が凍りつく。


 対する僕は鉄壁の領主スマイル。


「”君の名前はニルヴァーナ。苦労して呼び出した僕の名前はタカハだ。最初から最後まで全部聞かせてもらったよ。君とは……そうだね、とても話が合いそうだ”」


「”な、ななななな……”」


 ニルヴァーナは一瞬で声を1オクターブくらい跳ね上げた。


 そして、甘えるようで、媚びるようで、舌足らずで――要するに、すごくうっわーな声で絶叫した。


「”なんで喋れちゃってるんですかぁ――っ!?”」






お読みいただきありがとうございます。

魔法の国篇・第1部、これにて終了となります。


次話から第2部なのですが、これは僕の中の区切りという意味合いが強いですので、騎士団編と同様にストーリーは連続していきます。もう4話更新して、そこで更新ペースが少し落ちる予定です。


引き続きどうぞお付き合いください!

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