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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
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第159話:「仮面の彼ら、ではないかな?」と老魔法使いが言った。




 集会場の外は、昨日までと打って変わって、あわただしい雰囲気に包まれていた。


 朝日に照らされ、緑色の布地の旗がいくつもひるがえっている。独立領の正式な戦力となった革命軍の旗だ。広場には野戦用の簡易陣地が展開され、村人たちと革命軍の兵士たちが慌ただしく行き交っている。


「要請は……私が」とナイアさんが言った。


 昨日、あの事件の直後、ただ1人動ける状態にあったナイアさんが急遽きゅうきょ報告書をとりまとめ、馬を駆り、領都付近に駐屯していた将軍に直談判をしてくれたのだという。


 事件が昨日の夜で、部隊の展開は今朝。


 そのスピード感は事態を重く判断した将軍のおかげだ。


「――――無事か、タカハ」


 その将軍が、僕の目の前に立っていた。


 筋肉の鎧を着込んでいるかのような体躯たいく。頬の大きな傷跡が笑顔のたびに歪む。頭から真上にのびるうさみみだけが冗談のように見えるその人は、僕がこの世界に生まれ変わったときから知っている、ピータ村の元村長。――現在は、革命軍の総大将を務めるガーツさんだ。


「はい。なんとか」

「そいつはなによりだ。遅れてすまん」

「いえ。……僕の想像をはるかに越えて、敵は強大でした。後手に回ったのは僕の判断の結果です」

「敵、か。革命軍を立ち上げて以来、はじめて使う言葉だな」


 革命軍の重鎧と士官用の緑色のマントを身につけたガーツさんは、獲物を前にした肉食獣の表情になった。


「市民どもの残党の仕業か? それとも緑色騎士団の生き残りか?」

「どちらも、違います」

「なに? じゃあ……」


「――――仮面の彼ら、ではないかな?」


 僕とガーツさんの会話に割って入ってきたのは、別の声だった。


 穏やかさの中に知性の落ち着きを織り込んだ、老紳士のような声。その声はガーツ将軍の向こうから聞こえる。ガーツさんが振り返り、その声の主に声をかけた。


「調査の方はもういいんですかい?」

「概要はつかめたからね。私としては一刻もはやく領主様に面会しなければならない」


 ガーツさんが身を引き、その人物の姿が視界に飛び込んでくる。


 きっちりと切りそろえられた白い髪と白い髭の老エルフだった。上等な生地を使い、ボタンが2列になっているローブ。夜空で煌々と輝く星のような瞳は青色で、耳の先が尖がっている。僕は自分の表情が明るくなるのを感じた。


「ゼイエルさん……!」


「やあ、久しぶりだね、タカハくん」


 おっと、と肩をすくめた老魔法使いは王宮にも通じる作法で、僕に優美な一礼を向けた。


「私としたことが、礼を失しました」


 老紳士は口ひげの奥に茶目っ気のある微笑を浮かべる。


「『瀑布』のゼイエル、王都での任を終え、一時戻りました。――ご無事で何よりです、領主様」


 二つ名は『瀑布の大魔法使い』。ムーンホーク領に革命を起こすあの戦いで、僕たちに手を貸してくれた老魔法使いだ。ゲルフと同年代で、ライバルだったという話も聞いたことがある。


 だが、同じ大魔法使いでもゲルフとゼイエルさんの歩んだ道のりは違う。ゲルフが辺境で普通の魔法奴隷として暮らしたのとは対照的に、ゼイエルさんはその実力と才能を活かして、王城へ出仕。魔法奴隷では初となる王城の筆頭文官にまで上り詰めた。


 革命の戦いが引き起こされたあの時点ではすでに文官の地位を退いていたけれど、それでも王都の中に無数のツテをもつゼイエルさんは、陰の協力者として、王都の中でさまざまな交渉にあたってもらっていた。


「これが今回の王都での活動報告書だ。革命の直後から先の公爵会議までの間の記録となっている。……要約すると、なんとか上手くやっておいたよ、ということになるだろうか」

「ありがとうございました」

「感謝は不要。私もまた『暁の革命軍』の一員だし、ゲルフの理想に共感もしている。……なにより、本当に重要な成果はすべて私以外の者の手によるものだ」


 ゼイエルさんはゆっくりと僕の肩に手を置いた。


「君が国王陛下を説得し、独立領の成立を認めさせたこと。そして、前公爵ライモン様とその八男のリュクスくんが公爵会議で十全に立ち回ったこと。私はその隙間で細かい調整をしたのに過ぎないのだから」


 その言葉ははっきりとライモン前公爵とリュクスの成功を告げていた。


「じゃあ、2人は……!」

「もうすぐ公爵会議が閉会する。たっぷりの手土産とともに帰ってくるだろう」


 ゼイエルさんはそこで表情を引き締めた。


「しかし、今の我々は現実の問題に対処しなければならない。……ムーンホークに帰ってきたのは昨日だったが、このタイミングはむしろ僥倖ぎょうこうだった」

「話を戻しますが……ゼイエルの旦那は敵を知ってるんですかい?」

「……少なくとも、普通の魔法使いではないだろうね。マナが枯れているこの状況もすでに理解不能だが、それ以上に、あんな現象を引き起せる魔法を我々は知らない」

「あんな、現象……?」


 ぽつりと呟いた自分の声が、音の空白に取り残された。


 想像が渦を巻く。

 ナイアさんは被害者が出ていないと言っていた。


 でも、それは、被害が出ていないこととイコールではない。


「魔法の習熟と同じだ」


 かすかに顎を引いたゼイエルさんは、僕についてくるように促した。


「ここで言葉を尽くして説明するよりも、見た方が早い」



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