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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
156/164

第155話:「君を、君だけを待っていた」と魔法使いが言った。




「少しだけ待ってください。この話、やっぱりどう考えても妙です。……ファリーニ卿」


 最初からあった違和感。

 そもそも、なぜこのアーム村なのか。

 そして、『大魔力爆縮』という魔法そのもの。


 その違和感を、ここにきて、僕ははっきりと理解できた。


「あなたたちも、いつ・・この術式が・・・・発動するか・・・・・知らない・・・・。そうですね?」


 マッカスの目が大きく見開かれた。


「……ち、違う! 我らがこの大魔法をコントロールしているのだ! は、発動は私の意思によって行われる!」

「コントロール? そんなはずない。だって、さっきから1度も、あなたたちは僕の聞いたことがない詠唱を使ってないじゃないか」

「そんなことが、先ほどの乱戦の中で――」

「分かる。僕には『対訳』という精霊の祝福がある。言葉への感覚は人一倍敏感だ。聞いたことのない詠唱を僕が聞き漏らすはずはない」

「貴様の能力に依存した推測など――!」

「――そもそも」


 僕はマッカスの言葉尻を踏みつぶすように言った。


「あなたがその爆発のコントロールを握ってるなら、戦う必要だってなかった。追い詰められることさえありえない。だってこう言えばいいんだ。『――動いたら爆発させる』ってさ」


「――……ッ!」


「つまり、この『大魔力爆縮』をコントロールしているのは、あなたたちではないだれか。いいや。もう犯人ははっきりしている。――仮面をつけた魔法使いたち、そうですね?」


「……な、なぜ……そんなことが分かる」


「タイミングが良すぎる。僕が踏み込んだその日の夜に、領都を破壊する魔法が発動するなんて。そんな話、都合がよすぎる。そうは思いませんか?」


「…………そこまで理解していて……なぜ?」


 なぜそんな言葉を投げかけるのか。

 マッカスの瞳は戸惑いと絶望に揺れている。


 決まっています、と僕は答えた。


「なぜなら――マッカスさん、あなたもまた、僕が守るべき独立領の民だからです」


 時間が止まった。


 メルチータさんも、ナイアさんも、狩猟団員たちも。

 捕らえられたマッカスも、市民たちも。

 全員が信じられないようなものを見るように、僕を見る。


 でも、僕は間違っているとは思わない。

 むしろマッカスの表情を見て、確信を深めたくらいだ。


「革命のあと。独立領は、とらえたあまたの貴族、市民を、『魔法の国』が定める法令に準じて、裁きました。ほとんどの貴族や市民には刑に処するだけの罪状があり、そのすべてを僕は実行した。14人を死罪、182人を無期限の拘留こうりゅう。軽度の刑に処した人物はもう覚えきれないほどに膨大です」


 生まれ変わった独立領が直面した『中の問題』。

 これをクリアしなければ、僕たちはほんとうの意味での革命を達成できなかった。


 その中で浮かび上がった1つの事実は、少なからず僕を驚かせた。


「ですが、マッカスさん――あなたの市民としての経歴には、どこにも罪状がなかった」


「…………ぁ」


 瞬間。

 マッカスの全身から、力が抜けた。

 魂を引きぬかれたような表情で、かつての市民代表は僕を見上げている。


「市民会議の初代議長となったあとのあなたの活動もまた、詳細な調査をしました。……結論として、あなたたちの率いる一派は、『ムーンホーク領が他領と並び立てるような豊かな一領となることを目指して』行動していた」


 驚くべきことに、それは事実。革命のあの日、僕たちの前に立ちふさがったこの人は、たぶん、市民の中で誰よりも純粋にムーンホーク領のことを思う為政者いせいしゃだったのだ。


 だとするなら、こういう見方もできる。


 ムーンホーク領を守るためになりふり構っていられなくなった市民たちにつけいり、仮面の魔法使いたちが加担したことで、あの革命の日の戦いが引き起こされた――そういう視点だ。

 騎士団があがこうが、市民たちが杖を振り上げようが、僕たちが領都の前にあれほどの数を集めた時点で、勝敗は決していたのだから。


「新数記法も、貨幣経済も、海路を手に入れようという提案も。僕がやろうとしているいくつものことを、『領民会議』は僕よりも何年も早く公爵閣下に提案し、実現のために動き出していた」


「……公爵」


「あなたにとっては、悪は間違いなく僕なのでしょう。あなたが築き上げてきたムーンホーク領を粉砕し、奪い去ったのが僕です。あのとき、僕たち奴隷には、革命という手段をとるしかなかった。……ですが、もし、もっと早くあなたと知り合っていれば、違う未来を描けたのかもしれない」


 マッカスはぶるり、と腕のない肩を震わせた。

 だが、視線だけはまっすぐに僕に向けたまま、言う。


「……私もまた、理解が足りなかったのだ……。奴隷たちはおろかだと……そう、決めつけていた。だから、知恵のある我らが導いてやらねばならないと、そう思っていた……。対話など、成立するはずがないと……。あの革命の炎が私たちを焼いたのは……必然だった」


「そう思うのなら、マッカスさん、『大魔力爆縮』を止めてください。そして、僕たちに力を貸してほしい」


 メルチータさんも、ナイアさんも、じっと僕を見ている。

 全員の無言が、僕の提案の突拍子もなさを語っている。


 だとしても。

 これが正しい道だと、僕は信じている。


「――――独立領には、あなたの力が必要です」


「……はっ……ははは……っ、……かなわないな」


 マッカスは乾いた笑いを吐き出した。


 赤く充血したその瞳に――たしかな光が宿る。


「息子よりも年若いはずの君の言葉に、これほど心揺さぶられるとは……。君は、想像していた人物と違いすぎるようだ」

「では――」

「タカハ=ユークス、1つだけ問う」


 鋭い瞳の光に、僕はまっすぐに向き合う。


「君に、独立領を導く覚悟はあるか。この美しい緑の領を正しく前に進めていく覚悟と決意があるか」


 愚問だ。

 でも、人には、わかりきった問いかけをしなければならない瞬間がある。

 この人にとって、この問いかけは、そういう類の言葉だ。


「あります。あなたたちよりは正しく」


「……分かった。私は…………君に託すとしよう」


 こくりと、かつての市民代表は頷いた。

 顔を上げたマッカスはすでに理性的な表情を取り戻している。


「君が先ほど言った予測はほとんどすべて正しい」

「では――!」

「いいや。少なくとも今は安心するといい。『大魔力爆縮』を動かせる仮面の彼らは、今日はこの地を離れている。先ほど連絡を飛ばしたが、すぐにこの地に戻ってくることはできないはずだ。……あの奥に、この大魔法を発動させる核がある。その目で、見るといい」


 マッカスの言葉に、たぶん嘘はない。

 この状況で虚言を放つ理由が、この人にはないはずだ。


 僕のすぐ近くで、メルチータさんとナイアさんが肩の力を抜いた。それ以上に安心したのは僕自身だった。全身から嫌な汗が吹き出していたことに、僕は今更ながら気づく。


 だが、まだ気を抜いてはいけない。

 僕たちには重要な任務がまだ1つ残っている。


「マッカスさん、教えてほしいことがあります。革命軍の兵士たちがここへ来ませんでしたか? 日中に、彼らにこの地の調査を依頼し、まだ戻っていないのですが」


「…………なに?」


 市民代表の眉がぴくりと揺れた。


「それは本当か? 公爵?」


「……嘘をつく理由が?」


「ない。ありえない。それは我らとて同じだ。我らは、今日、この地を任された。接近する者があれば、彼らを撃退するように仮面の彼らに命じられていた! だが! 我らは革命軍の兵士が近づいてきたことなど知らない!」


「……知らない?」


 はっ、とマッカスが息を吸い込んだ。


「まずい! 公爵、今すぐにこの地を離れるんだ! 仮面の彼らの、いいや、あのお方の狙いは私と同じく――――」


 その言葉は唐突に断ち切られた。


 僕の目の前を、猛烈な勢いでなにかが吹き飛ばされていく。


 旧市民代表の体、だった。


 まるで巨人に蹴り飛ばされたかのように、マッカスさんは体をくの字に折りながら弾き飛び、岩壁に叩きつけられ、そこで崩れ落ちた。意識が飛んでいてよかったはずだ。残っているはずの右腕が、あり得ない角度に折れ曲がっている。


「マッカスさん……!」


 僕ははっきりと見た。

 破壊を生み出したすさまじい勢いの水流。

 ――その呪文を唇からつむいだ、術者を。


「――――度しがたいほどに愚かな男だ」


 声が、響く。


 広場の先につながる、細い坑道から。


「マッカス=ジョン=ファリーニ。旧ムーンホーク領市民会議代表。理想は高く、発想力は人並み以上。だが、柔軟性に欠ける。感情的で感傷的。行動に理性が伴わない扇動者だ。……所詮は、器ではなかった、ということか」


 暗闇からゆらりと姿を現したのは、1つの人影。


 黒。

 最初の印象はそれで、最後の印象まで、それだった。


 人影は男だ。身長は高めで、体つきは屈強でも貧弱でもない。明らかに上等な銀糸の縫製ほうせいが施された黒いローブを身にまとい、そして――黒い仮面を身に着けた男。


 存在する他の色は、髪の白と瞳の青。

 だが、そのいずれにも影が宿っていて、全体が黒であるという統一感は揺らがない。


 自分が魔法を撃ち込んだマッカスをゴミのように見下ろすその青の瞳は、どこまでも冷酷だった。


 ――――数巡月前、寒々しい王城で出会ったあのときのように。


「…………黒仮面卿」


 その瞬間。

 黒仮面卿は、見えている口元に微小を浮かべた。


「こうして言葉を交わすのは初めてだね。公爵閣下」


 まるで、想い人と巡り合った瞬間のような穏やかな光が、黒仮面卿の瞳に宿る。


「素敵な名をもらって、ふさわしい感謝の言葉も見つからないほどだ。どうかそのまま、黒仮面と、私のことは呼び捨ててほしい」

「僕にはタカハ=ユークスという名前があります。あなたの名は?」

「ああ、その言葉の選び方は実に君らしいな。私が名乗れぬと分かった上でそう問いかけているのだろう? 威圧し、優位を築くための言葉だね? 君は解答を期待していない。ならば、私もまた答えることはないよ」

「話をすり替えないでほしい。答えないことがあなたの答えだ。あなたには名を名乗れない理由がある。そういう人だと、理解する」

「理解。そうだ。理解は重要だとも! ――私も理解するよ。君が、君こそが、追い詰められているという事実をね」

「……っ」

「では、試させてもらうとしようか。君が器としてふさわしいのかどうかを」


 黒仮面卿が右腕を振るった次の瞬間――彼の周囲に氷の槍がいくつも形成される。


「『水の6番アイスランス』……!」

「……防御を……!」


 メルチータさんとナイアさんがそう叫び、その氷の槍は疾走を始める。僕たちの対応が普段より少しだけ遅れたのは、その槍の穂先が僕たちには・・・・・向かっていなかったからだった。


「ぎああああ――!」「ああああ――!」


 十数本の氷の槍は、無数の鮮血に彩られる。


 ――捕らえた旧市民たちの、鮮血に。


 例外なく肺や心臓といった致命的な部位に槍を打ち込まれた市民たちは、もう長くないだろう。狩猟団員たちの盾によって守られた者も2、3人いるけれど、反撃の詠唱を開始しようとしたそのときには、黒仮面卿は広場の奥の坑道へ走り去っていくところだった。


「待てッ!」


「狩猟団の人も続いてください! あいつが親玉よ!」

「「「「応ッ!!!」」」」


 メルチータさん、ナイアさん、狩猟団員たちが続く。

 僕たちは広場を走り抜け、マナの密度がより濃厚な主坑道へ足を踏み入れた。坑道はゆるやかな下り坂で、左右に湾曲している。そのせいで、黒仮面卿の背中は見えない。


 『大魔力爆縮』の発動点がこの先にある。そして、黒仮面卿はその発動の権限を握っているだろう。あいつを先に行かせてはダメだ。僕は走る。風の加護を全身に宿し、僕が出せる全力を解き放って、地面を蹴り飛ばす。もっと早く。そう願うのに――黒仮面卿の姿は見えない。


「タカハくんっ! 待って……!」

「……先行、しすぎ……!」


 その呼びかけも、後続の彼らとの距離が離れていることも、僕の意識の表層を通りすぎていくだけだった。僕の頭を埋め尽くすのは、『大魔力爆縮』を阻止する、という目的ただ1つだった。それが解き放たれれば失われるかもしれない領民たちの命を考えれば、状況はあまりに切迫している。


「見えた……!」


 そのとき、たしかに僕は坑道の緩やかなカーブの先に、黒いローブを見つけた。次第に坑道が明るくなってくる。坑道の終着点が近づいている。そう認識した、まさにその瞬間――僕は光の中に飛び出した。


「く……っ!」


 視界が、一瞬だけ、光量の差にホワイトアウトする。


「”――――ゆえに対価は 16”」


 黒仮面卿の声。

 それが火属性の詠唱で、詠唱を締めくくる最終節だと理解した瞬間、僕は黒仮面卿の視線を追った。


 その視線は――僕が今しがた飛び出してきたばかりの坑道の出口と、そこにいる2人の魔女に向けられている。


 僕は盾を手に取り、2人のもとに飛び込んだ。

 大盾の正面から強力な爆風が叩きつけられたのは、まさにその瞬間だった。


 ばがんっ、とすさまじい衝撃が盾の正面で弾ける。


「――ッ!!」


 防御の姿勢をとっていたから、ダメージはそれほどではない。けれど、全身に叩きつけられた熱風がむき出しの頬や首筋を強く焼く。

 地面を転がされ、すぐに起き上がり、状況を確認する。


「メルチータさん! ナイアさん!」


 2人の魔女が僕のすぐそばで倒れていた。盾で防ぎきれなかった爆風が叩きつけられたのだろう。2人のローブは爆熱に焦がされていた。だが、すぐに2人は顔を上げ、立ち上がる。


「……いける……」

「右に同じよ。魔法は、使えるわ」


 ナイアさんは額から血を流していた。メルチータさんもどこか足取りがふらついている。決して万全の状態じゃない。増援が必要、と振り返った僕は、そこで舌打ちをすることとなった。


 坑道の出口が崩れ落ちていた。

 つまり、僕たちに続いた狩猟団員たちはその崩落の向こう側に追いやられてしまった形になる。

 こちら側にいるのは、僕たち3人だけだ。


 黒仮面卿が僕たちを閉じ込めることを狙っていたのだとしたら、あっさりと乗せられてしまったことになる。


 僕はすばやく周囲を観察した。


「……ここ、は……」


 その部屋は、見たことのない材質で作られていた。


 硬質な感触がブーツの底から跳ね返ってくる。明るい広場の床は、陶器のようにつるりとした純白の石材で構成されていて、おぼろげに僕の姿が反射されている。


 僕はゆっくりと振り返り、自分がいるこの空間の中央に視線を向けた。

 ――そこで、僕の意識の全てが、目の前に広がる光景に奪われた。


「ここは……なんだ?」


 部屋の床型は、緻密で完璧な正七角形。伸び上がる壁はプラネタリウムのように緩やかなカーブを描きながら頭上の1点に収束する。その頂点と、部屋の床の中央をつなぐように、1本の円柱が走っている。それは床と同じ材質の素材でできていて、その周囲を無数の――膨大すぎるマナが、踊っていた。


「マナ濃度。……最大点」

「測量地図の中心とも一致するわ」


 この円柱が『大魔力爆縮』の中心だ。

 マナの移動をはばむ膜はこの純白の円柱を中心に生み出されている。


「すでに儀式は終わっていた」


 その純白の円柱に寄り添うように、黒仮面卿が立っていた。


「だが、今日という日まで待ったのは、君を待っていたからだよ。タカハ=ユークス自由公爵閣下」

「僕を、待っていた……?」

「ああ。そうだ」


 黒仮面卿は微笑を浮かべる。

 幼子を安心させようとする父親のような、柔らかい表情で。


「――――君を、君だけを待っていた」



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