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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
149/164

第148話:「まるで私を誘っているような、そんな影」と少女は言う。




「……みんな、『幽霊』のお話を領主様に」


 と村長が言った。


 答える声は――しばらく、ない。


 僕は表情を引き締めることにする。


「セラさんに話を聞いています。解決の手助けをするために来ました」


 互いに顔を見合わせた村人たちは、決まっている役割分担があるかのように動き出した。


「……俺、リアンを呼んできます」

「じゃあ、私がディゼットを」

「1番採石所で働いてるのは……その2人だけか。頼むぜ」


「今、分かっていることを教えてもらえますか」


「じゃあ、自分が」


 話し始めたのは黒くて細長い犬耳がドーベルマンを連想させるような犬人族ドグアだった。この1番採石場のまとめ役をしているらしい。

 名前はゲパルトさん。

 ゲパルトさんの話はシンプルにまとまっていた。


 ――2月前、革命の後から、夜に森に入った村人の間で『幽霊』が目撃されるようになった。


 白い布のように見えるなにか。


 それが、木々の間に浮かんでいる、らしい。


 幽霊を見てしまった場合、すぐにその場を立ち去ればなんの被害もないが、近づいて正体を確かめようとした者は例外なく気絶させられ、朝まで眠らされる――――


「……気絶、ですか」

「はい。ものすごい光みたいなのを見せつけられて、気づくと朝になっちまっているみたいです。この季節だからまだ朝晩は冷え込む。さいわい被害はねえですが、そっちの方がヤバいって話で」


「タカハくん」

「……これって……」


 振り返って僕は2人の魔女とうなずきあう。

 たぶん、同じことを考えているはずだ。

 これほどはっきりとした現象は幽霊でもなんでもない――と。


 僕は腕を組み、首をかすかにひねる。


 と、採石場の方から若い2人の少女が近づいてきた。


「領主様、この2人が『幽霊』を目撃したリアンとディゼットです」


「は、はじめまして……っ」

「……」


 快活そうな女の子がディゼットで、おさげのうつむいてる子がリアンのようだ。


「悪いが、領主様にお話しをして差し上げろ」


 ゲパルトさんが促すと、おさげのリアンの方はさらにうつむいてしまった。


「リアン、大丈夫だから……ね?」

「……うん」


「領主様、あたしがディゼットです」


 ぺこり、とディゼットは頭を下げる。


「あたしが幽霊を見たのは5日前。近づくのは危ないって知っていたからなにも無かったのですが……」


 そのとなりの、やや小柄なリアンが肩を震わせる。


「リアンは幽霊に近づいて、実際に気絶させられてしまったんです。森の奥の方だったから明け方になるまで発見が遅れてしまいました。体も冷えきって、すごく危ない状況で……」


 うつむいたリアンはそのときのことを思い出したのだろう、ふるふると首を振った。


「辛いと思うけど……話してもらえるかな?」

「……はい」


 リアンは数回深呼吸をして、震える声で話し始めた。


「リアンといいます。私は、採石場の料理係のお手伝いをしています。


 あれは、1月と11日前でした。


 その日は……石切り場の夜番の人のための夜食当番にあたっていました。

 だから、帰り道を歩いていたのは夜遅くです。森の道は整備されているし、よく知っているので、道に迷うことはありません……。鼻歌を歌いながら歩いていたと思います。


 森の中を歩きながら私はあることを思い出しました。

 狩猟団の手違いで、次の日の献立に必要な野草が足りていなかったんです。

 香り付けの野草なので無くても大丈夫なのですが……やっぱり味がぼやけてしまう。

 私は狩猟団の手伝いをしていたこともあるから、その野草の群生地を知っています。帰りがてら摘んで帰ろうと思って、道をはずれて森の中へ入ったんです。


 月のない夜で、たいまつだけが明かりでした。


 最初は鼻歌を歌っていたのですが、足場が悪く、息がきれてきて、その余裕がなくなってきました。そうしたら、自分の足音だけがどんどん大きく聞こえてきて……途中で怖くなってしまって、あきらめて引き返すことにしたんです。


 残念だけど、仕方ない。

 もとはといえば狩猟団の手違いだから、諦めよう……。


 そう思いながら振り返って――――見えました」


 夜食当番、嫌だな……と僕は思った。


「白い影です。ゆらゆらと揺れていて、まるで私を誘っているような、そんな影でした。

 そして、あと少しで触れると思ったとき――――」


 そのとき、がさっと音がして、リアンが口をつぐんだ。


 僕は音のした方を振り返る。

 メルチータさんもティルさんも音の発生源を見ていた。


「……~~ッ…………」


 ナイアさんだった。


 涙目でガクガク震えていた。


 ついに、弱点を発見してしまった……。

 てかあの雰囲気で怪談怖いんだ……。


「続けて……ください……」


 今は話を聞かないと。


「……あと少しで触れると思ったときでした。


 その白い影がものすごい光と音を放ったんです。


 とにかく眩しかったですし、今まで聞いたことの無いようなものすごい音もして、どんどん気分が悪くなって、私はそこで意識を失いました」


 ものすごい光と音、ね。

 それが直接の被害か。


 やっぱり魔法を考えてしまうけれど、ムーンホーク地方に光量や音量をぶつけるような単位魔法ユニットは伝承されていない。

 あるいは、エクレアの発明品のように、なにかの道具、とか。

 ……でも、今の『魔法の国』の技術水準ではその可能性も低いか。


「お役に立てると、いいのですが……」

「ありがとう」


 続けて、僕はディゼットに顔を向けた。


「あたしのときも状況は似てます」


 頭の裏側を見るように目を動かしながら、ディゼットが言う。


「あたしは石材搬出の帳簿係で。あの日は……そう、毎日提出しなくちゃいけない帳簿を仕事場に忘れてしまって。それを取りに戻ったんです。で、日はとっくに落ちていたから、近道がある森の中を突っ切った。

 ――――そうしたら見えました」


 がさっ、とふたたび大きな音がした。

 僕は心の中で合掌をする。


「白い影みたいなものです。やっぱりうわさどおり、ゆらゆらと揺れてた。あと、ちょっと変な臭いもしました」

「臭い……?」

「うまく言えないんですけど、そんな感じがして……近づくと危ないって知ってたから、慌ててその場を離れました。それきり……なにもありません」


 ……。


「ちなみに、幽霊に追いかけられたりは……?」


 リアンとディゼットは互いを見合わせた。


「そう言われれば……動かなかったような……」

「……あたしのときも、……たぶん、ですけど……」

「ディゼットに体調の変化はない?」

「ええ。これと言ってなにも。幽霊を見たのも見間違いかもしれないって思うくらいで、あはは……。あたしそそっかしいから」


 僕は腕を組んだ。


「目撃地点が気になるな。……ゲパルトさん、地図をお願いします」

「あい、ありやすよ」


 ゲパルトさんが腰袋から羊皮紙を取り出す。

 僕が手を伸ばした、そのときだった。


「それじゃなくて、測量されたものはありますか」


 メルチータさんの言葉を聞き、村長がはっとした表情になる。


「そうか。それは試していなかったね。……ゲパルト、すぐに出しな」

「へい、村長」


 ゲパルトさんが採石場を管理する建物の方へ歩いていくのを見送って、僕は隣の彼女を見た。


「耳、借りるね」


 メルチータさんは少し背伸びをして、僕の耳元に顔を近づけた。

 僕の耳はすっぽりと手で覆われて、くすぐったい囁き声が聞こえる。


「これはやっぱり現象だと思う。動かない・・・・なら、なおさら測量された地図がほしいなと思って」


 測量されていない地図は、目的地にたどり着くための分かりやすい道しるべが多く記載されている分、距離や方角の表示は人間の感覚に頼る以上、あいまいになる。村人たちが抱いている村の形のイメージと、測量地図に描かれる村の形が全然違う、っていうことは、よくあるのだ。


 僕は親指を立てた。


「メルチータさん、流石です」


「えへへ……」


 メルチータさんは囁き声で照れるという高等テクニックを使ってきた。僕から離れた緑の魔女の口元は少しだけ緩んでいる。


 すぐにゲパルトさんが木の板で挟んだ大判の羊皮紙を持って戻ってきた。細い線を何度も引くことでアーム村の全体像が描き出されている。測量士にしか作成することができない精確な地図だ。


 僕は地図を受け取り、2人の目撃者に目撃地点を教えてもらった。

 そのポイントに粘着性のある細い木の葉を張り付ける。


 2つのポイントをじっと見つめる。

 いずれも森の中、ということ以外はまだわからない。


 その間にメルチータさんとナイアさんが2人の仕事や生活のことを聞き出していたけれど、幽霊につながるような共通点はなさそうだ。ふたりとも女の人で、魔法使いで、この1番採石場で働いている、というくらいか。


「2番採石所のクラル、4番のアーデとリレイアも幽霊を見ているはずです」


 ゲパルトさんが頭を下げる。


「どうかよろしくお願いしやす。領主様」


 その向こうから、いくつもの瞳が僕を見ている。戸惑うような視線の中にはやっぱり怯えの色が混じっていた。


「僕にできる最大限のことをします。どうかご安心ください」


「領主様がそう言ってくださるなら」「ああ、安心だな……」「きっと解決してくださるに違いない」


 とはいえ、村人たちの間に広がるどこか不安げな雰囲気を拭い去ることはできなかった。……当然だと思う。現状では何も解決していない。結果で示すしかない。


 そんな雰囲気の中、ティルさんが帰ってきたというニュースは村人たちの明るい話題の1つとなったようだ。ティルさんは数名の村人たちに囲まれて、楽しそうに会話をしている。


 僕は会話が切れたタイミングを見計らってティルさんに声をかけた。


「ティルさん、ちょっといいかな」

「はい」

「僕たちは他の村人たちの聞き込みを続けるけれど、ティルさんには別行動をしてもらってもいい?」

「もちろんです、タカハ様」


 『今日は友人として』と言っていたけれど、忠実な使用人は僕のその言葉に優美な一礼を向ける。

 主の命を待つ番犬のようにどこか瞳を輝かせ、ティルさんが首をかしげる。


「なにかお考えがあるのですね?」


「うん。今の話、いくつか引っかかる。

 ――――調べてほしいことがあるんだ」

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