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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
148/164

第147話:「それはあまりにも唐突でした」と村長は嘆く。




~前回までのあらすじ~


 独立領の新たな領主となった僕は、領内の改革を進める多忙な日々を過ごしていた。


 そんなある日、使用人のティルさんが演劇を鑑賞する機会をプレゼントしてくれることに。

 素晴らしい劇が終わり、劇団長にしてティルさんの幼馴染であるベルさんが僕の前に姿を見せた。演劇という芸術を広めるべく領内で精力的に活動しているベルさんと僕は意気投合する。


 そんな会話の最後、ベルさんはためらいがちに打ち明けた。


「アーム村には――『幽霊』が出るのです」


 ともすれば、冗談のような話。


「ことの発端は革命の日の少し後から、でしょうか。森に入っていった狩猟団員たちが『幽霊を見た』と口々に言うようになったのです。それだけならば気の利かない酒飲み話で済んでいたのですが、1月前――ついに実際の被害が出まして」


 その言葉にひっかかりを感じた僕は、事件への対応を約束し、革命軍にアーム村の調査を命じる。


「結論として、『幽霊』による村人たちへの被害は実在します」

「……では、隊長。アーム村への移動の準備をお願いします。僕も行きます」


 独立領主として、その事件のあらましに強い違和感を覚えた僕。


「これで確信ができた。――ティルさんの出身地、アーム村には魔法に関連しない『精霊言語』が伝承されている可能性があるんだよ」


 精霊言語の謎を求めるメルチータさん。


「タカハ様。どうか、アーム村までご一緒させてください」


 肉体奴隷として招集されて13年間、生まれ故郷の村に帰っていないティルさん。


 偶然か、必然か、僕たちの目的は一致し。

 領都のすぐそばにあるアーム村へ、僕たちは向かうことを決めたのだった――――






 ティルさんの精霊言語の話を裏付けるように、アーム村はムーンホーク地方の中でも古い歴史をもつ村だった。同時に、ここ数十年で大きな開発が行われた村でもある。


 近年、建築技術の発達により、領都では石造りの建物が急速に増えていた。その石材の採石地として優れていると判断されたのが、ここ、アーム村だった。


 地殻変動でぐにゃりと地層が露出した一帯がアーム村のすぐ近くにあって、騎士団の主導で、『採石場』が建造されたのが数十年前。それに伴ってかつての肉体奴隷が労働力として多く移住させられ、この数十年でアーム村の人口は以前5倍、約1000人にまで膨れ上がっている。


「さすが領主様、我が村のことをよくご存知ですね」


 僕は村長と森のなかの小道を歩いていた。

 2人の魔女とティルさんはやや後ろで雑談をしながらついてきている。

 その前後を挟むように、革命軍の部隊。


「我が村には、石切りに従事する職人たちがおおよそ300人おります。かつての肉体奴隷と呼ばれていた人々がそのほとんどですね。そして、狩猟団が同じくらいの規模で活動中です」


 僕の故郷、ピータ村では村人の総勢が80人だった。狩猟団に所属するのはそのうちの半分以下。それと比べると、かなり組織的な運用がなされているはずだ。


「残りは……我が村の伝統である巫女歌を守っております」

「巫女歌……?」


 聞き慣れない言葉に僕は首をかしげた。


「それは、どういうものなのでしょう」

「大げさに聞こえてしまいますね」


 村長は茶目っ気のある仕草で肩をすくめる。


「簡単に言うと、年に1度の『大祭』が村をあげて行う音楽祭なのです。村娘たちはみな、歌の師を定め、その日に向けて鍛錬をする。そこでもっとも優れた歌を歌った者が、1年間『巫女』という称号を手に入れる、というわけです。前公爵様にもよくお運びいただいておりました」


 なるほど。すごく長い歴史のある町内の音楽会みたいなものか。

 村娘たちが歌うんだよな? ……僕も見に来ようかな。


「だからベルさんはあれほど歌が上手だったんですね」

「ええ。ここ数年の大祭で常に巫女に選ばれていたのがベルです。ですので、『領都で演劇をやる』と言い出したときには、村中が大騒ぎになりました。……私たちがなんとか引き留めようとしているうちに、ライモン前公爵に話をとりつけてしまったので、送り出すしかなくなってしまった、という顛末てんまつね」


 村長はあきらめてると言わんばかりに苦笑した。

 そのエピソードは実にベルさんらしい。


「伝統として、長く巫女の座にあった者が村長になるのですが……。ここ数年はあまり傑出した歌い手もおりません。次期村長は、狩猟団で勤め上げた男衆か、石切りの職人たちの中から選出しよう、という話になっています」


 歌は村の伝統だ。だが、それでお腹が膨らむわけではない。実際に生きていくためには石切りや狩猟団の仕事が欠かせないと考えれば、そういう流れは当然なのかもしれない。


「歌は全部でどのくらいあるのですか」

「数えきれないほどです。基本は母から娘へと伝えられていきます。私も含め、村長となる者は、できるだけ多くの歌を覚えますが、失われていく歌も多い。それは……寂しいことです」


「ティルさんの歌も、とても素晴らしいものでした」


「……そうですか」


 村長は小さく肩を落とした。


「ティルのことは、まさに、以前のムーンホーク領の悲劇でしょう。……ティルの母親のセラは優れた巫女だったのです。まず間違いなく、私の跡をついで村長になるものとだれもが期待を寄せていました」


 僕は一瞬、振り返る。


 話題にのぼった白黒の使用人は……メルチータさんやナイアさんと穏やかに会話をしている。右手にはバスケット。その表情は明るい。


「ティルがまだ8歳のとき。それはあまりにも唐突でした。市民と騎士さまが数人でやってきて、書状を見せつけ、セラとティルをこの村から連れ去ったのです。私たちにはどうすることもできませんでした」


「……」


 その市民と騎士がどういうつもりで母子を連れ去ったのかは知らない。

 でも、ティルさんは歌うことを許されていたわけではなかった。おそらくそれはセラさんも同じ。純粋に、奴隷として連れていかれたのだろう。


「その数年後、過労の中で病にかかり、セラは命を落としたと聞いています」


 脈々と受け継がれてきたろうそくの火は、でも、ろうそくの火でしかない。

 強い息を吹きかければ――消えてしまうのだ。



――



 森が途切れ、視界が開けると――いきなり目の前に灰白色の台地が見えた。


「……すごいな……」


 採石場とは要するに巨大な岩石の地層だ。それを人間が扱いやすい形に削り出し、石材として領都に運び込むことが目的。

 ……っていうのは分かっていたつもりなんだけど、実際に山のようなその地層を見ると、自然のスケールのでかさを思い知らされる。それを削り出そうとする人間の根性も。


 僕の視界いっぱいに、人為的な平面で削り出された灰白色が美しく輝いている。


「こちらが1番採石場です」


 村長が言い終わるかどうか、というタイミングだった。


「領主様じゃないですかい!」「え!?」

「おーい! みんなー!」

「領主様が来てくださったぞ!」

「本当か!?」「きゃぁぁぁ!」

「本物よぉぉぉ!」


 内心で苦笑を浮かべている間に、1番石切場の入り口付近で昼の休憩をとっていたみなさんが大集合してしまった。

 入り口付近は帳簿をつけたり炊き出しをしている女性の人も多くて、黄色い声はそのせいだろう。僕も人間だ。きゃーきゃー言われるのは悪い気分じゃないです。ええ。


「こんにちは。お仕事お疲れさまです」

「「「「お疲れさまでーす!」」」」


「ちょっとお話を聞かせてもらってもいいですか」


「領主様、こちらに!」

「あ、家内が作った蜂蜜煮があったな」

「食べてってください!」「私のも!」


 最初から好感度がマックスな感じのみなさんに昼ごはんのお裾分けをもらう。

 革命軍の兵士たちも混ぜてもらって、しばらく雑談。

 これも領主の大事な仕事だ。


「領主様! 自分はですね、革命の戦いのとき、2番目に領都に入った部隊にいたんですよ!」


 若い妖精種エルフの青年が興奮した様子でまくし立てた。


「え? 僕のすぐ近くにいたんですか」

「そりゃもう! ハンパじゃあねえや領主様の魔法は! 市民どもがバッタバッタとなぎ倒されて、いやあ、あれは気分がよかった!」


 実に楽しそうに語ってくれるおかげで、僕も嬉しい。


「それにしても……納得しました」


 犬人族ドグアの女の人が言った。


「お若いのに落ち着いた不思議な雰囲気があって……」

「……性格が老けている自覚はありますよ?」


 まあ、転生人だし。必然。


「そ、そういうことではなくてっ。教科書を作るっていう発想がそもそもすごいですよね」


 それは厳密には僕のアイデアではない。偉大な魔法使いたちの練り上げた計画だ。

 でも、僕はこの誤解すら利用しきるつもりだった。

 ……そのくらいは、ゲルフも許してくれるだろう。


「あれだけの人が革命に集まったのも納得です」

「ああ。そうだな」「魔法もすげーしな!」

「本当に騎士団にいたんですかい?」


「もちろん、騎士団では変な奴だと言われていましたね」


 冬になりかけた空を吹き飛ばすような笑い声がそこかしこで弾ける。まさか騎士団に在籍していたことを笑い話に出来るとは思っていなかった。


 そんな心地よい雰囲気の中で、僕の考えが多少甘くなってしまったのは、仕方がないことだろう。


「最近、村でなにか変わっていることはないですか?」


 僕にとってそれは何気ない一言のつもりだったけれど――村人たちはそうではなかったらしい。


 一斉に。

 一瞬で。

 村人たちの顔から笑顔が消えた。


「…………」


 そのせいで、「え?」というメルチータさんの呟きが音の空白に取り残される。


 ややあって。


「……みんな、『幽霊』のお話を領主様に」


 と村長が言った。




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

今後ともぜひ拙作にお付き合いいただけますと幸いです。


今後の更新は以下のように予定しています。

――――――――

4月22日 第147話

 以降、魔法の国編・第1部が終了する『第161話まで』『隔日で』投稿します。


そこで一旦更新を停止する予定です。

――――――――

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