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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
140/164

第139話:「過去はさらっと流してさ~」と1人の領民が言う。




 革命の後の独立領に、僕は3つの組織を立ち上げた。


 領民会議。

 文官局。

 革命軍。


 領民会議は独立領の各地方から選出された議員たちによる会議で、地方からの意見をくみ上げるための組織だ。僕を通さなくていいレベルの内容であれば、法律も作るし、罪人も裁くし、行政命令を発することも認めている。


 対して、文官局と革命軍は実際の仕事を執り行う。


 徴税や教育などの任務を担い、領内で活動する文官たちの所属する組織が文官局。ムーンホーク城の中に残されていた慣習を多く踏襲している組織だった。ちなみにメルチータさんとナイアさんの所属する『学舎』はこの下位組織にあたる。


 反対に、革命軍は戦いの中で成立した『暁の革命軍』に起源をもつまだまだ若い組織だ。国境線の警戒、領内の治安維持、『魔法の国』からの招集に応えて出兵することの3つが主たる任務となっている。


 その3組織の上に独立領主である僕がいるという構図。

 事実上の独裁体制が、この独立領には継続している。


 けれど、全部を僕がやりたい放題にやるわけにもいかないだろう。

 独立領主である僕の決定プロセスを透明化するという意味で考案したのが――この『円卓会議』だった。


 革命の理念は、領民たちの平等と自由。

 その願いを形にするべく、出席者は誰もが横並びにテーブルを囲む。

 領民会議議長も、革命軍の将軍も、若い文官も、独立領主である僕も、この場の発言の権利は平等であり、だれにも咎(とが)められることはない。


 結果。


 円卓会議は、結構、もめる(・・・)。


「――――新貨幣を作るだけならまだしも、そこに新数記法で価値を刻むなど! 現実的ではありません! 無理解や誤解による混乱は避けられない!」


 教導局に所属する文官のそれは、ほとんど悲鳴だった。


「だとしても。10進法による新数記法は他国が相次いで採用している合理的な基準です。17を基準とする旧貨幣を使い続けることはできない」


 対して、淡々と反論するのは――リュクスだった。

 切れ長の瞳をまっすぐに文官に向け、筆頭補佐官は言葉を続ける。


「領民たちの移動もまた自由に認められた今、貨幣経済の構築は急ぐ必要があります。他国との交易を実現するためにも、わかりやすい貨幣は必須です。そして、1度でも17を基準とする旧貨幣が浸透してしまえば、その後に10進法による新貨幣を導入することはきわめて困難となる」


「それは机上の空論です! リュクス様はかつて貴族だったからこそ、教養がある! その視点で物を語られても、実現は不可能です! 文字すら書けない領民が多数いるのですよ!」


 叫んで、文官は失言に気付いたのか、咳払いをして視線を低くした。「……申し訳ありません。アルベルト筆頭補佐官。先の言葉は撤回させてください」


 リュクスは首を横に振った。「構いません。事実ですから」


「……自分も、新数記法による新貨幣はいずれ作るべきものかと思います。……が」


 やや毒気を抜かれた文官は、だが、反論の姿勢を堅持した。


「やはり、厳しいと言わざるをえません」

「実現可能な方向を検討したほうがいいでしょう。ここは視点を変えて……――」


「……?」


 そのとき、腕を組んで円卓会議に聞き入っていた僕は、ふいに肩を叩かれた。

 視線を向けると――まるまるした大きな顔と、きらきらと輝く茶色の瞳と目が合う。


「よっ、タカハ。盛り上がってるね」


 ムーンホーク領のかつての支配者――ライモン=ファレン=ディード前公爵がそこにいた。

 『閣下』から晴れて『ライモンさん』という一領民になった中年の妖精種(エルフ)は、そばに控える革命軍の士官に声をかける。


「あーそこの君、椅子持ってきて椅子。大きなやつね。おれが座れるくらいの」


「はっ!」


 その口調には、とっさに従ってしまうのも仕方がないと思わせるような、人を使うことに慣れている雰囲気があった。


「どうもありがとう」


 若い青年士官が慌てて運んできた椅子にどっちゃりと座ったライモン前公爵に、僕は冷ややかな視線を投げつける。


「革命軍の士官を勝手に使わないでください。次にやったら円卓会議を追い出しますよ」

「……タカハ、革命の日からおれに冷たくない? 冷たいよね? 絶対冷たいよ?」


 当たり前だ。


「必要以上の接触はお断りします。報告は書面でまとめてください。てか今から書面越しにやりとりをしましょう」

「なんで? こうして親子になったわけじゃん? どうしてなのさ?」

「僕は許してませんから」

「むー、だから、ロイダートのことは、悪かったってば~」


 ふざけた子どものような口調で僕と会話をしているライモン前公爵は、立派な成人男性だ。てか、四十代前半らしい。

 顎(あご)にできた肉の段は僕の命じた食事制限によってだいぶ萎(しぼ)んできたけれど、身体に長年積み重ねられた脂肪はそうやすやすと落ちるものではない。

 生活習慣病待ったなしのその肉体を、以前よりは質素な緑色のローブの姿に包んでいる。


 茶色の瞳を輝かせて、ライモン前公爵は僕に言った。


「そんなにロイダートと戦うの、嫌だった?」


 ――革命の日の最終章。

 僕はロイダート緑色騎士団長を相手に、決闘した。

 そして、辛くも……本当に辛くも、勝利を収めた。


「……当たり前です。どうして降伏した人と戦わなければいけないんですか。完全に騎士団は降伏するつもりでした」

「おも――」

「面白かったから、とでも?」

「む……」


 ライモン前公爵は首を振って、ぽつりと言った。


「……騎士団が転移座を仕込んでるのが見えたからだよ」


「…………え?」


 顔を上げると。

 感情を消した茶色の視線がまっすぐに僕を貫いていた。

 その瞳に、いつものふざけきった色は、ない。


「テラスの上にいたおれからはよく見えた。緑色騎士団は転移座をタカハの見えない角度で用意してたよ。なにが狙いだったのか、それは分からないけど、あのままだったら、タカハ、気付かないうちに転移座に乗せられてたかもしれないでしょ?」


 どくり、と心臓が一拍を打った。

 降伏したふりをして、僕ごとどこかへ転移して、僕を捕らえる――?

 プロパなら、あるいは、考えていてもおかしくない作戦だ。

 ライモン前公爵のあれは、それを防ぐための、芝居だった……?


「ま。それは全然重要じゃなくて、騎士団長とタカハの戦いが見たかったっていうだけなんだけどね」


「……ちっ」


 腹パンしたくなった。

 けど、たぶん、あまり効かない。


「なーいいだろー? 過去はさらっと水魔法で流してさ~。おれも領民だから傍聴させてよー。ねー、おねがいー」


 ばっちり円卓に着席してから言ったところで形式的な意味しかない。そもそも口調がおちょくってる。


「……どうぞ、勝手にしてください。前公爵様」

「やった!」


 僕はため息を飲み込んで、ライモン前公爵から意識を外すと、白熱していく議論に意識を傾けようとした。


「それにしても驚いたよ」


 ……もちろん、ソッコーで、性根がゆがんでるのかまっすぐなのかよく分からないおっさんに邪魔をされる。


「新数記法。10進法、だっけ? 話は聞いてたけど、あれは相当便利だね。でかい数の計算が簡単にできる。『蒼海の国』が開発したんだよな?」

「ええ、そのようですね」


 おそらく、転生してすぐのあの人(・・・)が広めたのだろうと思うけれど。


 海の向こうに在る商人たちの国――『蒼海の国』も、かつては17を基準とする数体系を採用していた。

 それが変わったのはここ十数年の間のこと。

 以後、『蒼海の国』の貿易力は飛躍的に成長しているらしい。


「おれがやろうとしていた改革と同じ方針だよな。貨幣経済と新数記法は」


 自慢げな口調にイラッとした僕は、吐き捨てるように返答を投げつけた。


「進めるスピードは全然違いますけどね。ライモンさんの計画ではいつまでかかっていたことか」

「あるいは、前公爵様には進めるつもりもなかったのかもな。ポーズだけでさ」

「……」

「あははっ」


 絶句する僕の目の前で、前公爵は腹を揺らす。

 相変わらず、読めないし、人を小馬鹿にすることに関しては天才的な人だ。よくもまあ以前の緑色騎士団はこんな人物を公爵と仰いで戦っていたものだと素直に感心する。


「驚いたといえば、リュクスだよ。あいつがこんなにマジな顔で何かをするなんて、おれ、想像もできなかった」


 前公爵は瞳をきらきらと輝かせて、文官たちと討議を続けるリュクスを眺める。


「リュクスはあなたとは違いますから」

「うん。お前っていう盟友がいるって意味で、ぜんぜん違うよな」

「そういうことじゃ――」

「そういうことだよ」


 僕の言葉尻を踏み潰すように、ライモン前公爵は続けた。


「だって、タカハ、リュクスに、なにかを(・・・・)させようと(・・・・・)してるだろ(・・・・・)?」


「――――」


 本当に。

 相変わらず。


 僕は表面上の姿勢を変えないまま、心の警戒レベルを引き上げた。


「ここ数回の円卓会議の議事録を見たよ。リュクスの意見は、タカハの意見と完全に(・・・)イコールだ(・・・・・)。けど、おかしいんだよな、それじゃあ」


「……おかしい?」


「だって、お前は独立領主。国王陛下に認められた四大公爵だ。地位だけじゃない、革命の実行者として領民たちからの熱狂的な支持も集めている。要するに、タカハが『やる』って言えば、新数記法も新貨幣も、強制的に実行されるはずだ。なのに、わざわざリュクスを間に挟んで文官たちを説得しようとする……なんてさ。おれからすれば不自然にしか見えないなー」


「……僕が領主だからですよ。軽々しく意見を表明するばかりでは領民たちの意思と乖離(かいり)してしまうかもしれない」


「それはさすがに冗談だよね?」


 ライモン前公爵は皮肉交じりの口調で肩をすくめた。「ここは誰もが(・・・)平等な(・・・)円卓会議じゃないのか? たとえタカハが事実上の独裁者だとしても、さ」


 …………正論だった。


「有能な補佐官に仕事を依頼することのどこに問題が?」


「問題があるなんて言ってないだろ? ただ、やっぱりタカハは面白いな(・・・・)と思ってさー。なんたっておれはタカハのファンだからね」


「……」


 そうですかそうですか。

 心強いファンをもったものだ。


 ライモン前公爵は僕の沈黙すら気に入ったのか、くつくつとひとしきり喉を鳴らした。



――



「――…………では、この件、領主様はどうお考えですか」


 問いかけられ、僕は顔を上げる。

 ライモン前公爵の言葉に意識を奪われていたばかりではない。


「新数記法と新貨幣の導入の問題、ですね」


 新数記法――つまり、10進法はいずれ領民の全員に理解してもらわなければならない。


 それはいくつかの理由による。


 1つは、数字を扱う際の簡便さだ。以前の17を基準とする数の体系は、行政上の重要な書類への記録はもちろん、貨幣を扱う簡単な取引においてですらハードルになる。旧体制の書類を確認したけれど、計算ミスが多発していた。貨幣を扱う取引の場では、倍数と組み合わせて数字を偽る詐欺も行われていたようだ。要するに、わかりづらくて面倒な数体系だからごっそり変えてしまいましょう――という意味合いが1つ。


 そうした場合に得られるメリットも大きいと僕は見ている。

 まず、貨幣の基準を大陸で一般的に普及しつつある10進法に変えることで、他国との交易の可能性が見えてくる。独立領は今はまだ四方を山に囲まれているけれど、海路を手に入れることができれば『蒼海の国』と取引を始められるかもしれない。


 そして、もう1つは――僕が発見した魔法の事実による。

 『精霊言語』の数字は、17で(・・)終わらない(・・・・・)。

 今のところ僕にしか使いこなせない『17の原則』の向こうにある魔法。この知識もまた、僕は領民たちに還元していくつもりだ。その理解をスムーズにするという意味でも、10進法の知識は重要となるだろう。18という数字の概念を〈17と1〉と考えるよりも〈18〉として理解できた方が当然わかりやすい。


 ……まあ、魔法の件はさておいて。


 新数記法と、新貨幣。

 それがすぐ目の前にある僕たちの課題だ。

 どちらもいつかはやらなくちゃいけないこと。

 でも、今すぐにはできないこと。


「『いつそれらを普及させていくか』というタイミングの問題になるでしょう」


 円卓会議の出席者全員が、僕に注目する。

 緊張感を伴った無音の中で、僕は息を吸い込んだ。


「新数記法の導入は今すぐに(・・・・)。

 新貨幣の導入は雪解けの後(・・・・・)。

 これが最良の時期と考えます。

 冬の間は、ムーンホークは雪に閉ざされ、眠りにつきます。その眠りの中で、新数記法や魔法の理論を含めた教養を高めてもらうのがいいでしょう。

 ……文官のみなさんには、冬の間も働いていただくことになりそうですが」


「私とアルベルト補佐官の結論もおおよそ同じです」


 リュクスと激論を交わしていた文官は指をせわしなく何度か組み替えた後、きっぱりとした表情で顔を上げた。


「やりましょう。教導局の全力を挙げて、冬の間の領民たちの指導にあたります。雪解けまでに、新数記法を領民たちの間に浸透させてご覧に入れます」


「領民会議も次回の議題として挙げて、微力ながら力添えをさせていただきます」とプナンプさんが微笑を浮かべる。


「……あの」とためらいがちに手を上げたのは、グラムさんだった。「財務局も人員を割けます。新貨幣の鋳造には、文官の人員はとられませんから」


「ありがたい。人手はいくらあっても足りないほどでしたから。

 では、具体的な計画を近日中に作成して、再度ご裁可を仰ぎます」


 ……なんとなく、だけれど。


 ムーンホーク地方の人々は、前世の日本人に似ている気がする。


 魔法という力で国境を守り抜いてきた『魔法の国』。

 大陸の中では小国という位置づけになる。

 その中でもとくに閉鎖的なムーンホーク地方には、きまじめで、責任感がある人々が多い。

 そして、もしかしたら雰囲気に流されやすいのかも。

 そういう特性みたいなのも、僕は冷静に見極める必要があるだろう。


 今のところ、それはいい方向に作用している。


「では、次の議題は……領主様からのご提案ですね」


「はい」


 僕は会議の行程表に落としていた視線を上げた。


「議題というより、報告という形になってしまいますが、聞いてください。

 未確認の戦略級魔法――『大魔法防護』の件についてです」


 ああ……、と出席者たちの間をどよめきが走った。

 革命のあの日、実際の戦闘に参加した出席者も多い。この問題はこれまでの円卓会議の中で何度か話題にあげていて、危機感は共有してある。単純に、あの魔法を唱えながら攻め込まれてしまえば、革命軍を鍛えようが僕が倍数魔法を使えようがどうしようもないという危機意識。


 僕はメルチータさんの報告の要点を伝えた。

 あの魔法を唱えた『仮面の魔法使い』たちは王都出身の者である可能性が高いこと。

 詠唱できる捕虜は1人もおらず、その解析は現状困難であること。


「ふむ……。次回以降は、『学舎』からも代表者に出席していただいた方がいいかもしれませんな」


 顎に手を添えながら言ったプナンプさんの言葉に僕はうなずく。


「ナイアか『緑の学士』殿に依頼するのはどうでしょうか? 他は老人か若手ばかりかと記憶していましたが……」

「その2人からはいい返事を得られていなくて」

「なるほど、奥手な姫たちですからな」

「これ以上引き伸ばしても意味はないでしょう。できるだけ早く決定します。……では、次の議題に移ってください」


 その後、領内の食糧事情や経済体制に対するいくつかの議題が続いた。

 いずれも各局の文官たちが主導し、領民会議や革命軍が意見をつけるという形式で進んだ。改革の進捗状況は、想定以上に早い。民の協力が得られるというのはやはり大きな追い風となっているらしい。


 こうして、円卓会議は閉会する。


 ――その、直前だった。


「はーい! 発言の許可をいただけますか!」


 おどけた口調でそう言ったのは。

 『きまじめで、責任感がある』の正反対を行く人物。


 これまで沈黙をたもっていたライモン=ファレン=ディード前公爵だった。


 全員が向ける奇異と困惑の視線を意にも介さず、ライモン前公爵は決然と立ち上がる。


「1領民として、円卓会議に提案したい議題が1つあるんだけど。

 ――皆々様、お時間の方はよろしいでしょうか?」





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