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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
魔法の国編・第1部
136/164

第135話:魔法使いたちは新たな精霊言語を知る。




「――本題に、入りましょうか」


 2人の魔女の表情が引き締められる。


「それじゃあ、……」


 口火を切ったのはメルチータさんだった。


「結論としては」


「はい」


「残念だけれど、よく分からなかった」


「私たちの……力、不足……。領主様、……申し訳、ない……」


 本題――それは、『大魔法防護』のことだ。


 革命の戦いで市民たちが使った未知の魔法。

 あの魔法の性質調査と対策の研究を、僕はこの2人の魔女に依頼していた。


 先ほどまでの態度が嘘のように、ナイアさんも肩と視線を落とす。


「空属性と識属性の重複魔法だったことは間違いないんだけどね。それ以上は進めなくて」

「どう考えても……足りない・・・・……」


「ええと。足りない、というのは?」


「あの魔法の性質から簡単におさらいするね。

 まず、大きさ。

 肉眼では視認することができない曲面の領域で、領都の正門側の外壁をくまなくカバーしていた」


「高さは……城壁の5倍以上あった……」


 でかいな、と思う。


 ムーンホーク領都の全体の印象は、草原地帯に建造された中世ヨーロッパの城塞都市といった感じだ。

 あの謎の防御魔法は、それをすっぽり覆っていた。


「次に性質および効果。

 これは魔法の遮断。単純な攻撃阻害だけじゃなくて、市民代表のファリーニ卿が言ってたように、魔法の発動の起点もあの向こう側には置けなかった」


 例えば、『彼方に』などの修飾節モディファイを使えば、魔法が展開される空間の点、すなわち『起点』は、魔法使いのイメージによって自由に動かすことができる。

 そのイメージすら『大魔法防護』の向こうには入り込むことができなかった、と。


「しかも……向こうからは魔法を打ち込める……っていう、鬼畜仕様……」


「たしかにそうでしたね」


 まるで視界をクレヨンで塗りつぶされたようなすさまじい密度の反撃の魔法は――確かにあの膜の向こう側から放たれていた。一方通行だった。


 考えれば考えるほどに、魔法使い殺しな魔法だ。

 単に魔法使い殺しなだけでなく、魔法使いの軍隊をも蹂躙じゅうりんできる魔法。


「……私が……知覚できたマナの動きだと……最初の展開にマナを使って……その後も、継続してマナを消費していた……」


「うん。だから、私たちが正門をくぐって主要な術者を倒した後は、一気に脆くなった」


 発動の瞬間だけじゃなくて、ターンが来るたびにマナを要求される、みたいな感じか。


 なるほどね……。


「この前提条件を踏まえて、私たちはあの魔法を実現するための単位魔法ユニットを探してみたんだ」


「1つ……近い性質の魔法があった……」


「あったんですか!?」


 思わず前のめりになる。


 だが、メルチータさんとナイアさんの表情は、決して明るくはない。


「ムーンホーク地方でも南部に伝わっていた『空の11番ホロウシールド』は、魔法を完全に防御する膜を生み出す単位魔法ユニットなの。

 でも、あれは5秒くらいしか持続しないし、大きさも人間の胴体くらいだから小さい」


「……あの程度の人数で……領都を覆うようなサイズを……生み出すことはできない……。

 だから……消費されていたマナも……敵側の人員も……足りない、はず……そういう結論」


「ちなみにその単位魔法ユニット、対価はいくつなんですか?」


「『空の11番ホロウシールド』の対価は……12……」


 ナイアさんの紫色の瞳が妖しく輝く。


「だから……領主様じゃなければ……倍数魔法は無理……」


 ――この世界に転生したとき、僕はカミサマに反則チートを与えられた。


 それが、『対訳』という僕だけのユニークスキル。

『ありとあらゆる言語の意味を理解し、操ることができるようになる』という特殊な才能。

 まあ、ありがちだと思う。


 けれど――その能力は、この世界の魔法の性質と凶悪なまでに相性が良かった。


 炎を放ち、大地を操り、空気を凍らせ、雷を呼ぶ――そんな魔法の呪文は、失われた古の言葉である『精霊言語』によって編まれる。

 ベースとなる単位魔法ユニットに振る舞いを規定する修飾節モディファイを加え、最後に対価の数字・・・・・を宣言することで、呪文は現実の魔法を発現させる。


 対価とはすなわちマナだ。


 空気にも、土にも、水の中にもある光の粒のようなエネルギー体。光る粒、甘い匂い、かすかな音、母親の温もり、雲の味……と、感じ方はそれぞれだけれど、魔法使いは例外なくこのマナを知覚するための第六の感覚を持ち合わせている。


 マナを知覚して詠唱をする。

 これで魔法は発動するけれど、条件が1つだけ。


『いくつのマナを消費する呪文なのか』を正しく・・・宣言をしなければ、魔法は失敗してしまうのだ。


 単位魔法ユニットにいくつのマナを使うのか。

 修飾節モディファイにいくつのマナを使うのか。

 その合計を何倍した魔法なのか。


 それを暗算し、呪文の最終節に宣言することができなければ、魔法は完成しない。


 そして、この世界の共通言語であるリームネイル語に、18以上の数字は存在しない。


 同様に『精霊言語』にも17までの数字しか存在しないと考えられ、魔法の威力は17マナ以下に縛られていた。


 それが、『17の原則』。

 魔法使いの上限を定める絶対の原則。


 ……の、はずだった。


 そう。


 僕は『17より大きい数字』という概念をイメージすることができる。

 そして、僕には『対訳』の力がある。


 その力は、あっさりと、僕に18以上の精霊言語の存在を教えてくれた。

 僕はこの世界でただ1人、対価が18マナ以上の魔法を操れる魔法使いとなったのだ。


 試した限りでは対価が289マナの呪文まで唱えることができた。17×17。それ以上はまだ怖くて試していない。十分に可能性はあるだろうけれど。

 とにかく、僕は17人の魔法使いと同等、あるいは、それ以上の瞬間火力を行使できる、というわけだ。

 この『17の原則』を無視できる、という事実を僕は2人の魔女に打ち明けていた。


 話を戻そう。


 『大魔法防護』をムーンホークにある単位魔法ユニットで実現するためには。


「連続で詠唱して回転数をあげるとか?」

「それも……厳しいんじゃないかな。……私はむしろ――――」


 2人の魔女の考察を聞きながら、僕も考える。

 とはいえ、2人よりも魔法に関する知識の量は少ないはずだ。


 今の僕にできるのは、2人に無いような視点を提供すること。


 ……。

 ……。


 ……そもそも。


 大人数の魔法使いで同時に詠唱する必要があって、じわじわとずっとマナを要求されて……って、これもう、なんていうか――――


 僕は深く考えることなく、思ったままに言った。


「僕たちの魔法とは全然違うんじゃないでしょうか」


「「え?」」


 2人の魔女の声はぴったりと重なっていた。

 こちらに向けられた呆然としたような表情も、丸く見開かれた瞳も、シンクロしている。


「だってほら、そう思いませんか。僕たちは、単位魔法ユニット修飾節モディファイを使う魔法しか知らないけれど、まったく他の文法で規定される呪文があっても変じゃないですよね?」


 というか。

 この世界の魔法こそが変わってる。


 理屈っぽくて、ロマンは欠片もないと思う。僕は息が切れるくらい長文な呪文を詠唱して大規模破壊をやりたい。そして、獄炎と書いてヘルフレイムとルビを振りたい。


「せめて1度でも詠唱が聞き取れればな……」と僕は呟く。


 そうすれば、『対訳』の力によって、僕はその呪文の意味を理解し、すぐにでも真似することができるだろう。


 『対訳』。すべての言葉を理解し、すべての言葉を発することができる、僕だけの反則チート


 メルチータさんやナイアさんレベルの魔女でも、1度詠唱を聞いただけで未知の呪文を真似することはできない。

 7系統のそれぞれでバリエーションがある『精霊言語』は、発音がとにかく難しい言葉だからだ。聞き取りから発音までの練習過程は壮絶の一言に尽きる。練習過程をすっ飛ばすことができる、っていう意味でも僕の『対訳』は十分な反則だ。


「1度聞くだけで……あらゆる精霊言語を習得できる……精霊に……愛されし者……か……」


 ナイアさんはこくり、と首をかしげた。「……とりあえず……呪っておく……」


「やめてください…………」


 呪いの視線に僕は首をすくめた。

 本当に寿命が縮みそうだ。


「ね、タカハくん」


 対照的に、穏やかな口調で言ったメルチータさんの視線は真剣そのものだった。


「『精霊言語』の意味が直接分かるっていうことでいいんだよね?」


「はい」


「それっていうのは、どういうイメージなのかしら?」


「『精霊言語』の意味を直接理解して、言おうと思ったことを『精霊言語』で言うことができる、という感じでしょうか」


「だから、あんなにすごい倍数魔法もすぐに使いこなせたんだ……」


 ふむふむと頷き、メルチータさんは腕を組んだ。


「タカハくん、前々から少し考えていたんだけどね」


 メルチータさんはさきほどよりもさらに真剣な目で僕を見た。


「『精霊言語』で自己紹介ってできる?」


 …………。


「え、と?」


 思考がフリーズする。

 よく、分からなかった。

 だって精霊言語は魔法の言葉なのだから。


 だが、メルチータさんは、あくまで真剣。


「想像した言葉を発することができるんだよね。だったら、単位魔法ユニット修飾節モディファイだけじゃなくて、『僕はタカハ=ユークス自由公爵です』って、『精霊言語』で言うことも不可能ではない?」


 少し、考えてみる。


 うん。


「不可能じゃないと思います。やってみましょうか」


「ごめん! 待って!」


 鋭い声が僕を制した。


「冷静に考えたら、これってかなり危険な実験だと思って。もし精霊様がその言葉を詠唱だと判断したら――」


「そうか。対価が分からない。僕は呪文を完結できない・・・・・・


「うん。詠唱失敗と判断されて、精霊様が噛みつく・・・・ことになっちゃう」


「あの感覚は……正直、味わいたくないですね……」


 対価の宣言を間違えたり、呪文を完結できなかったりすると、魔法使いの回路パスが一定量、精霊様に削られることになる。

 それは魔法使いのだれもが恐れる魔法に関するペナルティだ。心臓のすぐ横のあたりにあるマナの通り道に灼熱を突っ込まれるようなあの痛みに似た感覚は、思い出しただけでもぞっとする。


「でも……やっぱり、試してみましょうか?」


 削られたとして、17秒あたりに換算して、30マナ分くらいだ。僕の回路パスの太さは318マナ。

 多少は削られてもいい。

 この実験で得られる事実の方が大きい。

 なにかが1つ、前に進みそうな気がする。

 そんな直感があった。


「ごめん、言い出したのは私なんだけれど、やっぱり反対させてもらうわね」


 きっぱりとメルチータさんは言った。


回路パスの太さは魔法使いの実力そのもの。ましてタカハくんは『17の原則』を無視できるんだから、簡単に犠牲にするべきじゃない。そう思うよね、ナイア?」


 メルチータさんの言葉はもっともだった。

 理論立てられた正論だと思う。

 けど……僕は。


「…………私は……」


 ナイアさんは、透き通った紫の瞳の底に、どこか貪欲どんよくな光を宿していた。


「――――試す価値はある、と思う……」


「ナイア!?」


「精霊に愛されし者なんて……魔法を無くしちゃえば――」


「ちょ待て」


「っていうのは……さすがに冗談。……あなたの力は……常に、私の好奇心の……対象……。それに……『暁の賢者』の魔法は……独立領にとって……かけがえのない……大切なもの」


 その前提で……、とナイアさんは続ける。


「基本に戻れば……魔法の詠唱は……そもそもが、『願い』。……『願い』だからこそ、代償が……必要……。

 でも、自己紹介は……『願い』じゃなくて……状態。

 ……私が精霊様だったら……対価はとらない。

 ……そもそも、取りようが、ない……」


 一瞬、目を閉じて考える。

 僕はどちらかというとナイアさんの意見に賛成だった。

 だったら躊躇う理由もない。


 息を吸って、火属性の詠唱のつもりで、すぐに言った。


「“僕は独立領主、タカハ=ユークスです”」


 言えた。

 僕の口が紡いだのは、間違いなく『精霊言語』だった。

 名前は固有名詞だったからリームネイル語と同じ発音だったけれど、『僕』『は』『独立』『領』『主』『です』の部分は、たしかに『精霊言語』だった。


 あれ?

 ええと?

 それってつまり……?


 2人の魔女は目を見開いたまま、硬直している。


 そのまま、数秒が過ぎた。


 回路パスが焼けつくあの感じは襲ってこない。

 マナが動く気配も、魔法が発動する気配もない。


「……大丈夫?」

「ええ。なにごともありません。回路パスも減ってないみたいです」


「あぁ……」とナイアさんは妙になまめかしい吐息をついた。「実証、された……」


 それどころか、どこか潤んだ瞳で僕を見ている。


「今、私たちは歴史的な瞬間に立ち会ったんだよ!」


 メルチータさんも興奮した様子で、早口だ。


「魔法の研究史を塗り替えるような! たぶん、『王立工房』だって確信には至れていない事実――『精霊言語』で自己紹介ができる・・・・・・・・だなんて!」


「つまり……魔法以外の・・・、『精霊言語』の存在……これを証明した」


 ん?

 それがどうして、2人のテンションの高さにつながる……?


「理論は昔からあったんだ。『塔の大魔法使い』ギデン様が私たちの祖先に関する仮説を立てていた。『精霊言語』が真に言葉だとしたら・・・・・・・・・、それを使っていた『精霊民族・・・・』が過去にいたはず」


「…………あ」


 ようやく腑に落ちた。


 そうだ。

 言葉は、人が居なければ、生み出されることはない。

 日本語は日本人が居るから。

 リームネイル語は、この大陸の人々が居るから。

 だとするなら。


 精霊言語は、精霊民族と呼ぶべき人々が生きていた、その証になる。


 メルチータさんとナイアさんの興奮に僕もゆっくりと追いついてきた。

 記録が残されている時代よりも、はるかに過去。

 この魔法の国に魔法という仕組みを生み出した民族の存在は、それまで仮説だった。

 でも、今の僕の発音によって、論理的に証明されたのだ――――


「ナイア」

「メルチータ」


 2人の魔女は、ゆっくりと互いを見て、将棋を打っているように、言葉を交わし始めた。


「……これで、理論が……一歩前に進む……」

「ちょうど1月前に議論したところだね」

「ええ……。3番の仮説が、1番近い……。単位魔法ユニットと、修飾節モディファイは……分かりやすく、噛み砕かれた形……」

「もしくは戦闘用に特化された仕組み」

「じゃあ……マナは、なに……?」

「マナはエネルギー体。回路パスの太さは?」

「才能じゃなくて……引き継がれる形質でもない……権利。……あるいは権限……」


 2人の魔女はしばらく口をつぐんで、僕を見た。

 ややあってメルチータさんが僕に言った。


「……私たちは、単位魔法ユニット修飾節モディファイに……その仕組みに……囚われていた……」

「任せて、タカハくん。私とナイアで、なにかを掴めそうな気がするの」

「……『大魔法防護』も……その一端かもしれない……」


 手伝います、と言おうとして、僕は口を閉じた。


 現実的な問題として僕に自由に使える時間は少ない。

 領主として、するべきことは山のようにある。


 迷って――僕はこの件を2人の魔女に任せることにした。


「分かりました。領主としても、お願いします。魔法の真実を、突き止めてください」

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