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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第5部
131/164

第130話:公爵は、宣言をする。




騎士団総員・・・・・! 抜剣・・――ッ!!」


 それは、知っている声だった。


 ムーンホーク城の城門の向こうで、残った100人程度の騎士たちが、一斉にミスリル剣を抜き放つ。


「緑色騎士団、最後の任務・・・・・だ! 騎士団長を奪還し、オレたちは戦域を離脱する!」


 妖精種エルフの王子様。皮肉めいた悪ガキ。

 ――――そんな彼は、もう、どこにも居なかった。


 青い瞳に悲壮な決意を宿し、淡々とした無表情の影に絶望の気配を隠した正騎士プロパは、僕を、僕だけを、まっすぐに見ている。

 いや違う。

 僕から5歩の距離で倒れ伏す騎士団長を見ているのだ。

 プロパは僕のことを見てなどいない。


 プロパの右手はミスリル剣を高く掲げていて、それは、僕が覚悟するよりもずっと早く、振り下ろされた。


「――――――――突撃ッ!!」


 その後の僕の記憶は、曖昧あいまいだ。


 僕は記憶を映像として覚えているのだけれど、その後の数分間の記憶は、無数の写真のように細切れになっていた。現像してもらって、写真を収めた袋を開けて、写真を取り出して、僕はそこで違和感を感じる。僕はほんとうにこの景色を見ていたのか。僕はほんとうにここにいたのか。――――そう感じてしまうくらいには、僕の記憶の中の写真は、血塗られていて、ピントがあっていなくて、残酷だった。


 突っこんでくる騎士たち。

 同時に僕に襲い来る、いくつもの魔法。

 仲間が展開してくれた土の壁ランドウォールが僕の視界を塞ぐ。

 その表面で魔法がいくつも炸裂する。


 騎士団は最初の位置から半分くらいの距離を詰めてきていた。


 そこで、『革命軍』の反撃が始まった。

 始まってしまえば、一方通行だった。

 まるで虐殺だった。


 僕の両脇をおびただしい数の魔法がかすめ飛んでいく。


『招集での魔法は『土の7番ストーンショット』か『火の3番マグナスフィア』を選択してください』


 僕は自分の言葉を思い出す。


『マナコストあたりの威力が優秀ですから』


 その通りだった。

 びっくりするくらい優秀だった。


 人間大の土の塊と炎の玉が緑のコートを地面に倒し、引きちぎり、焼きつくす。僕は気づく。『精霊言語』の詠唱を終えた瞬間に魔法は現実の力になる。冷酷すぎる現実の1つになる。岩に潰されれば、炎に焼きつくされれば、人は死ぬ。そういう、現実の1つに。


 僕は魔法を思いつかない。

 単位魔法ユニットを決められない。

 頭が回らなかった。


 僕はゆっくりと首を横に回したらしい。視界が動いた。

 プナンプさんも、ナイアさんも、ヴィヴィさんも。

 メルチータさんも、ガーツさんも、グラムさんも。

 みんな『精霊言語』を唱えている。

 淡々と。

 無表情の瞳で、バタバタと倒れていく緑の騎士たちを見ている。

 映画で見たことのある、機銃を掃射する兵士みたいだ。

 騎士たちが殲滅されるのも時間の問題、と僕は思った。


 けれど、目標を1つに絞った騎士たちは、強かった。


 まるで植物を刈り取るように次々と味方が倒されていく中、矢のような隊形となった騎士たちの先頭が――ついに、気絶していた騎士団長にまでたどり着いた。


「賢者様!」「タカハ!」

「お下がりください!」

「ここは我らが!」


 僕は魔法使いたちによって、ずい、と隊列の後方に引きこまれる。


「プロパッ!!」


 僕は叫んでいた。


「プロパぁ――ッ!」


 僕の隣で、シリアが泣き叫んでいる。


「もう終わりなんだよ! プロパ!」


 リュクスも叫んでいた。


 緑のコートの軍団の中から、一瞬だけ、名手の放った矢のように僕を貫いた青い視線があった。けれど、ほんとうに一瞬で、それがプロパの目だったのかどうか、僕には分からなかった。


 代わりに、プロパの声が聞こえた。


防御詠唱・・・・――ッ!!」


 騎士団の動きは整然としていた。彼らは一糸乱れること無く土の壁ランドウォール覆い尽くす霧フローミストを同時に展開した。霧が、僕たちをも包みこむ。視界がさえぎられ、『革命軍』に一瞬の動揺が走る。


「風の2番だ! 吹きとばせ!」とガーツさんの号令。


 それを受けた『革命軍』の動きも、鋭い刀のようだった。

 ガーツさんの命令に従って、一斉に突き進む突風ヘビィウインドが放たれる。数えきれない突風が一瞬で霧を吹き散らかしていく。領都の城門の輪郭があらわになる。その根元で――――


 転移座が、緑色の淡い光を放っていた。


「…………」


 足元がふらつく騎士団長を支えながら、プロパは僕を見ている。


 無言で、ただ、見ている。


「プロパ! やめてくれ!」と僕は叫んだ。


 不思議な感覚だった。衝動のままに行動する自分を、僕は自分の斜め後ろから見ているような、そんな感覚。

 僕はなにを言ってる……?

 やめる? なにを……?


 ――――もう、僕とプロパは、真逆を向いているというのに。


「タカハ」


 プロパは言った。

 その声は、戦場にできた一瞬の空白の中、よく通った。


「オレはよく分かったよ。オレは、ふつうの・・・・魔法使い・・・・で、ふつうの・・・・騎士・・なんだ。それ以上でも、それ以下でも、ないんだ」


 その言葉に込められた思いを、僕は直感する。

 だって、僕は、ふつうの・・・・魔法使い・・・・じゃない・・・・


 僕のこの力は、反則チートだ。

 神が授けた魔法への絶対的な適性。

 僕はそれを振るっているだけにすぎない。


「――――お前みたいには、なれない」


 プロパは感情を決して表に出さないように唇を強く結んでいる。


「だから、そこには居られない。オレはなにも持ってない、から」


 …………そうか、と深いところで僕が言った。

 プロパは前世の僕と同じだ。

 人間は誰でも数字を持っている。

 その人を表現する、たくさんの数字。

 5点が平均で、10点が満点。つまりロールプレイングゲームのステータスやスキルポイントと一緒だ。この分野で、あなたは1です。でも、そこの彼は7です。そういうのが、決まっている。もちろん、その数字は人生の中で増やすことも減らすことも出来る。

 けれど、スタートが3の   は、10の   の隣に立つことだって難しくて――――


「シリア。オレ――――」


 聞き取れたプロパの言葉はそれが最後だった。


 僕たちの陣地に、石の塊が、火の玉が、一斉に出現する。

 統率された狼の群れのように、現実となった凶悪な魔法が騎士団に襲いかかる。

 緑のコートの集団を、一切の慈悲すら見せず、完全に押しつぶす。


 その、寸前。


 転移座が起動した。


 淡い燐光が半分以下に減った騎士たちを包みこみ、そのまぶしさが彼らの輪郭をかき消していく。魔法はその光にわずかに届かなかった。光が収束したその向こうにある城門に次々と着弾する。石組みの城門が悲鳴をあげ、美しいムーンホーク城の一部だった城門は、ついに倒壊した。その瓦礫がれきが騎士たちの遺体をおおい隠していく。城門の崩壊はしばらく続いて、僕はそれを呆然と見ていた。


 城門が崩れ去る。


 そうして見えるのは、美しく翼を広げた、ムーンホーク城。

 そして、テラスで一部始終を見ているライモン公爵。


 ……ああ。そうか。

 思い出す。

 僕の仕事はまだ終わってないんだ。


「――――宣言を!」と僕は叫ぶ。


 ライモン公爵は一瞬だけ目を閉じて、すぐに開けた。彼は魔法使いたちを見る。領都に詰めかけたムーンホーク領の魔法使いたちを。


 ムーンホーク領の支配者は、厳かな口調で言った。


「ムーンホーク領に生きる、すべての奴隷を、奴隷の身分から解放する」


 ライモン公爵は両手を大きく広げた。


「魔法使いタカハ=ユークスを私の養子として迎えるとともに、ただちに公爵の称号を継承する! 今日、この瞬間より、『暁の賢者』は四大公爵の1人だ! ムーンホーク領は彼が支配する!」


 僕は『音声拡大』の魔法を、自らののどにかけた。


『ここは、もう、ムーンホーク領ではありません』


 ライモン前公爵は驚いたように僕に目を向ける。

 打ちのめされたライモンの表情が、ゆっくりと変化していく。彼は新しいものを見つけた興奮に目をキラキラとさせて――不気味な笑みを浮かべた。


 「おおおおおッ!」と魔法使いの1人が叫んだ。それが引き金だった。魔法使いたちの声が、領都を揺るがす。その音量は大きすぎて、うわんうわんとうねって聞こえた。


 ――――その日、『魔法の国』の歴史に新しい1ページが刻まれた。


 魔法使いたちの反乱とムーンホーク領都の占拠。

 わずか1ヶ月でなされたその革命を、だれもがこう呼んだ。


 『暁の革命』と。


「……僕は、後見人にライモン=ファレン=ディード前公爵を指名します」


 魔法使いたちに向かって、声を張る。

 彼らが静まり返って僕の言葉を聞いてくれる。

 その気配と視線を感じながら、僕は呼吸している。


 やることは山のようにある。

 考えることは領都の瓦礫がれきよりも多く転がっているだろう。


 戦い続けなければならないかもしれない。

 もう、泣き言は許されないのかもしれない。


 けれど、僕は知っている。

 僕は1人じゃない。

 僕に賛同してくれる何千、何万の魔法使いたちが、ここに居る。


「『革命軍』の代表として、新しい公爵として、1人の魔法使いとして――――」


 僕は彼らに向かって言った。



「僕は、今日、ここに『ムーンホーク・・・・・・独立領・・・』の建国を宣言します」






――――――――騎士団編、了

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