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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第5部
130/164

第129話:決闘。




 魔法使いの決闘を、僕は連続で行うじゃんけんだと思っている。

 同時に魔法を唱え続け、その魔法には相性があるからだ。


 たとえば、防御魔法の筆頭、『土の11番ランドウォール』。

 ほとんど全種類の単位魔法ユニットに対して有効な防御となる土の壁ランドウォールは、けれど、同じく地面を活用する土属性の攻撃魔法の一部を防げないという弱点がある。

 そういう相性のようなものが、たいていどの魔法にもある。


 『お互いに防御の魔法を使う』とか『同威力の魔法がだいたい対になって消滅する』、というようなあいこが続けば、魔法使いの決闘はいくらでも長引く。1回や2回負ける程度なら持ちこたえることもできるけれど、3回連続で『じゃんけん』に負けてしまえばほとんど決着。そんな印象だ。


 つまり。


 初手の魔法。

 それは、その後の戦いを決定づける、極めて重要な選択になる。


 僕の手元には、魔法書のすべての単位魔法ユニット

 ゲルフから継承した29の修飾節モディファイ

 17秒あたり315マナの太さの回路パス

 そして、7系統すべての詠唱をこなし、『17の原則』を無視するユニークスキル『対訳』がある。


 小さく息を吸い込む。


 ――――僕はミスリル剣の剣先を地面に触れさせた。


 マナの知覚は終えていた。

 詠唱開始。


「――――”土―2の法―15個―今―彼方に”」


 地面から土の槍アースランスを突き上げる『土の2番』、5マナ。

 即時に発動する”今”が2マナ。

 遠距離に位置を指定する”彼方に”が3マナ。

 合計10マナ。

 その15倍魔法だ。


 対する団長は――――


「”風―6の法―今―付与 対価は14”」


 既に詠唱を終えている。

 短い分、素早い詠唱だった。


 バヂィッと大気を切り裂くような音とともに、一瞬の閃光が僕の網膜を焼く。電撃のあとが赤く僕の視界に焼き付いた。騎士団長のミスリルのレイピアには、飛び散る紫電がまとわりついている。その動きに合わせて、忠実な猟犬のように雷が身震いする。

 『風の6番ライトニングボルト』――『雷撃系』の魔法の武器への付与エンチャント

 やはり、団長は接近戦に持ちこむつもりなのだ。


 させない・・・・


「”ゆえに対価は 150”」


 僕の魔法が、発動する。イメージした15の地点から一斉に、15本の土の槍アースランスが生える。僕は10本を団長の足元、5本を僕の周囲にランダムに出現させた。前者は攻撃用、後者は『雷撃系』魔法への防御用――避雷針だ。


 既に僕は、この攻撃用の10本が団長に当たるかどうかで分岐する2つの詠唱をイメージしている。


「ぬうッ!! 『原則』を……ッ!?」


 レイピアの技法の一部なのかもしれない。すばやい身のこなしで、団長は一斉に立ち上がる10本の土の槍アースランスを回避した。

 ――――かにみえた。

 8本目だった。

 それが、偶然、風にひるがえった団長の緑のコートをひっかけている。

 それで、団長の動きは止まった。

 9本目を避けるときにたたらを踏んだ団長。

 その左腕の付け根のあたりを10本目が切り裂いた。

 どばぁ、と冗談のように赤い血があふれだす。


 捕らえた。


 僕の周囲には避雷針となる5本の土の槍アースランス。隠れてしまえば、1番警戒するべき『雷撃系』の魔法は当たらない。

 騎士団長は雷を武器に付与エンチャントしたレイピアを持っているけれど、僕の生み出した土の槍アースランスに左腕を切り裂かれている。

 初手のじゃんけんは僕の勝ちだ。

 距離を詰めさせることなく、押し切る……ッ!


 残りの回路パスは165マナ。

 次の単位魔法ユニットは決まっている。


「”火―4の法―広範なる1つ―”」


 範囲を広げた炎の絨毯ギラベイル


「”―今―彼方に ゆえに対価は 15”」


 起点は今の団長の位置をイメージ。

 詰みだ。

 これで、団長は炎にまれる。

 致命傷とはならないまでも、大きなダメージとなるはずだ。


「”――ゆえに対価は 14”」


 団長の魔法は――――


「ッ!?」


 僕は、そこにあるものを見て、愕然がくぜんとした。


 妖精種エルフの団長の目の前。

 大きな水の塊・・・・・・が浮かんでいた。


 『水の12番アクアスフィア』。

 人間大の大きさの大水球を生み出す単位魔法ユニット

 ”巨大な”の修飾節モディファイが追加されている。


 団長は、風属性と水属性の2重属性の使い手。


 脳内を疑問符が埋め尽くす。

 どうして、『水の12番アクアスフィア』なんだ……?

 攻撃の目的なら有効な魔法とは言えない。

 『水の12番アクアスフィア』はそんなに速くない。

 簡単な横移動で十分に回避できる。

 飛び散る水が当たることはあっても、直撃はしない。


 僕の炎の絨毯ギラベイルを読んでいた……?

 防御用なのか……?


 戸惑とまどいを振り切るように、時は進み続ける。


 答えは次の瞬間に明らかになった。


 団長はミスリルのレイピアを大水球アクアスフィアに触れさせた。

 白銀に宿っていた紫電が、乗り移る・・・・

 宙をたゆたう水の塊に。


「こういう使い方も、できる」


 団長が、詠唱ではない・・・・・・言葉を・・・放ったのと、同時だった。


 僕の炎の絨毯ギラベイルが団長を押し包む。


 紫電をまとった大水球アクアスフィアが僕に疾走を始めた。

 遅いとはいえ20歩の距離しかない。

 魔法での防御は間に合わない。

 帯電した水の塊が、ゆっくりと飛んで来る。

 僕は真横に走った。

 5歩、走れた。


 けれど――――間に合わなかった。


 水風船を割ったかのように、僕の近くで、雷をまとった大水球アクアスフィアが炸裂する。

 帯電した飛沫ひまつがまるで雨のように僕に襲いかかる。

 その飛沫で、十分だったのだ。


 まず、右足に、それが当たった。

 僕の右足の筋肉は、一瞬で僕の脳の支配を外れた。

 皮膚が焼かれる痛みと筋肉が勝手に収縮する痛みが同時に襲いかかる。

 バランスを失った僕は倒れる。

 逃げ遅れた僕の左腕、背中、首、左足……次々と凶悪な雷撃を付与された液体が襲いかかる。


「づっぐうああああああああああ――――ッ!!」


 無秩序に自分の筋肉が暴れまわる。皮膚を強い電流が断続的に駆け抜ける。痛みも無秩序だった。無秩序で無制限だった。自分が今、どっちを向いているのか、それすら分からない。地面をのたうち回っていることだけは確かだ。立ち上がろうとするのに、大きな筋肉がびくりびくり、と勝手に収縮するせいで、姿勢を維持することもできない。


「おおおおおおおおおおお――――ッ!!!」


 声が、聞こえた。

 聞き間違うはずはない。

 騎士団長の声だった。


 白銀のレイピアを構えた団長は、全身を魔法に焼かれながらも、低い姿勢で僕に突っこんでくる。鋭い金色の視線には、地獄の悪魔が乗り移ったかのような迫力がある。


 20歩は大人の足なら一瞬の距離だ。


 なんでもいい……!

 防御魔法……ッ!!


「”土―11の法―今―眼前に 対価は7”!」


 騎士団長のブーツが、腰だめに構えたその白銀が、地面に倒れた僕のすぐ目の前に迫った、そのとき――ばくり、と僕の真正面に土の壁ランドウォールが起き上がる。

 それをものすごい勢いで貫通してきた白銀の剣先が僕の首筋をかすめた。

 引き裂かれた首筋の皮膚が灼熱のような痛みを伝えてくる。

 それを感じている暇すらない。


「小賢しいッ!」と団長が叫ぶ。


 僕は、倒れた姿勢のまま、土の壁ランドウォールから生えている団長のレイピアを、両手の全力でつかむ。

 これを抜かれたら、次の一撃で殺される。

 傷を負った獣のような、必死の抵抗だった。

 ぐん、と引っ張られる力が加わる。

 けれど、団長の姿勢も悪いのか、僕の両手はがっちりとその白銀を握りしめている。


「”土―2の法―今―眼前に”――ッ!」


 壁の向こうの詠唱を聞いて、背筋が凍える。


 『土の2番アースランス』……!

 土の壁ランドウォールの防御は関係ない……ッ!


 僕はレイピアを両手でつかんだまま、大きく身体をねじった。

 一瞬前まで僕の身体があった地点から鋭利な土の槍が立ち上がる


 団長は同時にレイピアを引く力を強めた。

 僕は必死に抗う。

 当たれば良し、外れても僕の体勢は崩れる。

 そういう目的……ッ。


 レイピアが壁の向こうに引き抜かれそうになる。


 抜かれれば。

 僕と団長は至近距離だ。

 武術で、勝ち目はない。


 これが最後のチャンス。

 僕は呪文を決めた。


 今、団長のすべての意識は、レイピアにある。

 そこを狙う……ッ!


「”風―6の法―今―眼前に”」


 単位魔法ユニットは『風の6番ライトニングボルト』。


「――――”ゆえに対価は 12”」


 すべてをレイピアに託した団長が、レイピアを手放すことはない。

 僕は稲妻ライトニングボルトを、両手で握る白銀に解き放った。

 イメージ。

 その金属の中を駆け抜けた紫電が、持ち主の両手へ貫通していく。


 果たして。


 ――――そのとおりになった。


「があああああああああああああああッ!!」


 獣の断末魔のようだった。

 喉が裂けるような大声で、団長は苦悶くもんの声をあげる。

 抜けるような秋の空が、それを吸いこんでいく。


 声は、すぐに途切れた。

 後には重苦しい沈黙だけが残っている。


「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 自分の荒い息遣いだけが聞こえていた。土の壁ランドウォールに反響している。僕の両手は団長のレイピアを握りしめていた。向こうから力が伝わってくることはない。


 ……やった。

 勝った……んだ……。


 目を閉じ、脱力する。


 僕は白銀の剣先を手放した。



 その瞬間だった。



 白銀が、ものすごい速さで引っこんだ・・・・・

 土の壁ランドウォールの向こう側へ。


「…………ッ!!」


 それがなにを意味するのか考えるよりも前に、身体が動いていた。

 僕は必死に地面を転がり、身を起こす。

 土の壁ランドウォールを回りこんでこちら側に来た騎士団長。

 距離は5歩もない。

 白い肌は煤にまみれ、髪は焼け焦げている。

 左腕はだらりと垂れ下がっていた。


 ――――けれど、その右腕はレイピアを構えている。


 僕は勝ってなんかいなかった。

 フェイクだったのだ。

 次の瞬間には鋭いあの白銀が僕の身体を。


 僕は目を開けてその剣先を見ている。

 避けられない。

 確信する。

 僕の体勢は悪い。

 そして、騎士団長のレイピアは――紫電よりも疾い。


 衝撃を、痛みを、覚悟した。


 団長がレイピアのリーチにまで踏みこんで――――


 そこで、動きを止めた。


「……………………くっ」


 ぎんっ、という金属音が、領都の正門に反響した。

 ――――レイピアが地面に落ちる音だった。


 どさり、と麻袋を放ったときのような音が、領都の正門に反響した。

 ――――団長の身体が地面に崩れ落ちる音だった。


 倒れている。


 殺意をたぎらせていた騎士団長が、今、僕の目の前に。


 騎士団長の緑のコートは――そこに描かれていた金色の大きな鷹は、僕の放った魔法によって、真ん中から2つに裂けていた。秋の風が、その緑のコートを揺らして、ムーンホーク城の城壁を駆け上がっていく。


「…………」


 時間は進み続けていた。なのに、この場にいるだれもがその事実を忘れているみたいだった。風の音、鳥の鳴き声……ふだんなら存在に気づくことすらないような小さな音が聞こえる。そのくらい、領都は静まり返っていた。


「…………この国で4人の騎士団長に勝つ、か」


 ライモン公爵はもう笑ってなどいない。

 ただ、淡々と、僕を見下ろしていた。


「ほんとうに歴史を変えるつもり……?」


「僕は――――」


 答えようとした。

 けれど、できなかった。


 空を怒りの色で塗りつぶすような大声が、僕と公爵の会話を切り裂いたのだった。


騎士団総員・・・・・! 抜剣・・――ッ!!」


 知っている声だった。

 探していたかもしれない声だった。


 ムーンホーク城の城門の向こうで残った100人程度の騎士たちが、一斉にミスリル剣を抜き放つ。緑のコートと、白銀の武装。魔法奴隷たちに本能的な恐怖を呼び起こすその組み合わせが、これほどの数になると、整然としていて、どこか美しくさえあった。


「緑色騎士団、最後の任務・・・・・だ! 騎士団長を奪還し、オレたちは戦域を離脱する!」


 妖精種エルフの王子様。皮肉めいた悪ガキ。

 そんな彼は、もう、どこにも居ない。


「――――――――突撃ッ!!」


 プロパ。

 いや。

 正騎士、プロパ=イース卿。


 青い瞳の妖精種エルフの騎士が、

 ミスリル剣を振り下ろし、

 『精霊言語』を呟きながら、

 『革命軍』の方向へ突っこんでくる――――




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