第12話:「お世話になりました!」と言ってエルフの少年が旅立つ。
「……む」
「…………」
僕たちは、鏡に自分の姿を見つけた猫がそうするように、動きを止めた。
「なにをしておる、タカハ」
「それはこっちのセリフだよ、ゲルフ」
『9歳の儀式』の翌日。
朝日が昇る前の少し肌寒い時間。
僕とゲルフは1階のかまどの前で見つめ合――いや、睨み合っていた。
お互いが絶妙に不機嫌な理由ははっきりしている。
僕の両手には木の実と鍋。
ゲルフは干し肉と乾燥させた薪。
僕たちはともに、おおよそ同じことを考えて、どちらもこんな朝早くに起き出したのだった。
苦手な相手と服装が似てしまったときの舌打ちしたくなるような感覚。
「……料理をするつもりか」
沈黙を割ったのはゲルフだった。
「なにか文句ある?」
「あるな。お前は料理の経験がない。失敗することが目に見えておる」
「はっ。笑わせないでよ。ゲルフだってできるのは肉を焼くことだけじゃないか。それは料理って言わないの」
「そもそもなぜ料理をしようと思ったのじゃ」
決まってる。
我が家の料理番が、昨日、ひどい目にあったからだ。
……でも、僕はそれを正直に言うのは嫌だった。とくにゲルフには。
「それは僕のセリフだよ。ゲルフだっていつもはしないくせにさ」
「質問に答えてから質問をせよ。会話にならぬ」
「会話をする必要はないってこと。今日はゲルフの分の料理も僕が作るから、そこをどいてよ。かまどはひとつしかないんだから」
「なにを言うか。今朝はわしが肉を焼く。そう決めておる」
「あのさ、朝から肉なんて食べたいと思うわけないでしょ?」
「……む」
ゲルフは一瞬、口をもごもごと動かした。
ややあって、大きめの息をひとつ吐き出す。
「それもそうじゃな。……タカハ、この薪を使いなさい」
「え? ……あ、ありがと」
干し肉を壺に戻したゲルフは土間を横切って、そのへりに腰掛けた。その仕草はひどくゆっくりで、しかも、弱々しい。僕に『お手伝い』を命じる普段とは別人のようだ。
僕は薪を並べ、火をおこす。
鍋に水を張って、火にかける。
ぱちぱち……、と音をたてて揺らぐ炎を見つめる。
「ラフィアは」
振り返ると、顔を上げたゲルフと目があった。
「ラフィアは、これからどうなっちゃうの?」
「……どう、とは?」
僕は見逃さなかった。
――ゲルフの瞳がかすかに踊ったこと。
――肩に不自然な緊張感があること。
くそ。
やっぱりそうなのか。
この9年間で、僕はすべての村人たちと会話をして、だいたいの人柄や得意なこと、魔法の属性を知っていた。だからこそ、僕はよく知っている。
「ピータ村には魔法使いじゃない人はいないよね?」
「――――」
「ゲルフは前に言ってた。幼いうちに大きな傷を負った回路が成長することはない、って。だから、ラフィアはもう……」
「…………そうじゃ。魔女にはなれぬ」
ゲルフはうつむいた。そのとんがり帽子が、白いひげが、肩が、かすかに震えている。節くれだった指は、血の気が引いて白くなるほどのすさまじい力で互いに組み合わされ、ぎちぎちと軋んでいた。
「……今朝のラフィアの回路は17秒あたりで、2マナ。どれほど小さな呪文でも唱えられぬ。そして、希望的に成長を見積もったとしても回路が5マナを超えることはあり得ぬじゃろう」
「じゃあ、どうなっちゃうのさ……!?」
じゅっ、と。
鍋から吹きこぼれた水滴が炎に焼き尽くされた。
「ラフィアは――――肉体奴隷となる」
「…………肉体、奴隷?」
8歳までの僕たちは単なる奴隷だった。
そして、9歳以降の僕たちは魔法奴隷になる……はずだった。
「ピータ村ではここ数十年なかったことじゃ。生まれつき回路が備わっておらぬ者や、幼いころに精霊様に噛みつかれた者は、肉体奴隷と呼ばれる。17歳で成人した後、領都に集められ、そこでさまざまな肉体労働に従事させられることになる」
「ピータ村には居られないってこと……?」
「ピータ村で働くことはまずない。都に集められ、そこで管理をされ、仕事をする。男なら間違いなく労働じゃ。石材運びや材木の切り出しをひたすらにやらされる。……が、ラフィアは……ラフィアの未来は……」
そのまま、黒衣の魔法使いはぶつぶつと呟き始めた。聞き取れない。
ゲルフは『男なら』と言った。
じゃあ、女の子なら……?
脳裏を電流が走る。記憶が走り抜けていく。いつかラフィアを誘拐しようとした腐れ従騎士が居たじゃないか。少女であるラフィアは、いや、『容姿』の数字に優れるラフィアは、この体制を支配するやつらに――――
「――ッ!」
僕は不愉快な、それでいて妙に現実感の伴った想像を首を振って押し潰した。
「他の道は!?」
僕は必死に頭を回す。
「そうだ! 誤魔化せばいいよ! 『ラフィアは魔法を使える』って誤魔化し続けるんだ! 村の人たちを説得して、大人になった後の招集は僕が肩代わりする。ほら、村の中で招集は家の単位だよね? だから――――」
「無理じゃ」
「どうして!?」
「儀式の日のの騒動で、騎士ジーク様はラフィアが回路を失ったことを知っておる。あの方は情に篤い騎士じゃが、職務を曲げることはあり得ぬ」
「――――」
すっ、と僕は冷静になった。
炎の色が赤から青に変わる瞬間みたいだった。
僕は土間を横切って、ゲルフのすぐ隣に立つ。
「ゲルフ」
「む?」
「お願いがある」
「なに、を――――」
腹の底の方に沈殿していたわだかまりはもうどこにもなかった。
――――気付くと、僕はゲルフに頭を下げていた。
「僕に、魔法を教えてください」
「――――」
「僕は力が欲しい。どんな敵からでもラフィアを守るための力が欲しい。
……それは、魔法だ。僕はゲルフの魔法を教わりたい」
「…………本気か」
ゲルフの声は、太く、揺るぎない。
「ラフィアを守るために魔法を学ぶ。その言葉に、偽りはないか」
「ない」
黒衣の老魔法使いは立ち上がった。
「……それで。タカハはなにを作るつもりなのじゃ?」
「…………え?」
ゲルフはぐつぐつと沸騰する鍋に視線を固定したまま、言った。
「わしも、手を貸そう」
――
階下に下りてきたラフィアは目を丸くした。
居間のテーブルには朝食というには豪華すぎる料理が整列している。それだけじゃない、居間も土間もぴかぴかに磨き上げられ、窓の外には朝日に照らされて洗濯物がはためいていた。
「まあ、これはあれじゃよ」
ゲルフはもぞもぞと身じろぎをして、さらに咳払いをした。
「うむ。気分、じゃな。朝起きたとき、たまたま掃除や料理などをやりたい気分になってな。タカハもどうやら同じ気持ちだったらしい」
「そ、そうなんだよ。ええと……気分転換、みたいな? いつもはすぐに狩猟団の手伝いに行っちゃうから、今日はなにか別のことをしたいなって思ってさ」
「……なんじゃそのへたくそな言い訳は」
「ゲルフだって似たようなことを言ってただろ……!」
僕はラフィアに向き直る。「とにかくっ。今朝のラフィアの仕事はないから」
「こういう日もたまにはいいのではないか。今日は手伝いもよいから、ゆっくりしなさい」
「……」
きょろ、きょろ、とラフィアの青い瞳が僕とゲルフの間を往復する。
その目元はぷっくりと腫れていた。昨夜、押し殺すように泣いていたことを、隣にいた僕は知っている。家事を代わってあげたくらいで埋められる悲しみではないことも分かっていた。でも、僕とゲルフにできることは、そのくらいしかなくて――――
そのときだった。
「………………ふふっ」
雪が溶けるような、花びらがこすれるような、声。
「ふふふっ……あははっ……。おとーさんもタカハもおかしい。あははっ……」
ラフィアはおなかに手を当てて、目尻に少しだけ涙を浮かべて、笑い始める。僕とゲルフは互いに目配せをした。よかった、とりあえず第一の関門はクリアできたようだ。
「あー……。わたし、おなかすいちゃった。食べてもいい?」
「そうじゃな。食べよう」
僕たちはともにテーブルを囲んで、精霊様への祈りを捧げた後、料理に手をつけた。やっぱりいつもラフィアが作ってくれる料理とは少し味が違って、あまり美味しくなかった。
「ラフィア――」
ゲルフはかみ砕くようにゆっくりと、だが、嘘を混ぜずに、魔法奴隷になれなかった肉体奴隷の未来を語った。ラフィアは取り乱すことなく、ゲルフの言葉を聞き終える。
「すまぬ、ラフィア。見守っていたわしにすべての責任がある」
「……ううん」
「ファロ村の脱走奴隷は、処刑されることが決まったようじゃ。見に行くか?」
「え?」
ラフィアは目を大きく見開いた。
「それって、私の儀式を邪魔したから?」
「いや。儀式の妨害がなくとも決まっておった。脱走後の数ヶ月、近隣の村の狩場を荒らしたり、他の村に不法侵入したりと、さまざまなことを繰り返しておったらしい。……やつはやつで、生き延びるのに必死だったのじゃろうが」
「どうして、脱走なんて…………」と言って、ラフィアはうつむく。
「ふむ」ゲルフは目を閉じ、腕を組んだ。「ファロ村は、狩猟団の次期の頭目争いで揉めていたようじゃ」
「……団長決めってこと?」
「そうじゃな。同じくらいの実力者が2人いて、どちらも狩猟団の団長になりたかったらしい。結果、狩猟団の中で互いに足の引っぱり合いが起きて、村人を養うのに十分な食料をまかなえなかった、と聞いておる。……詳しくは分からぬが」
村に住む男たちが所属する狩猟団は、村人たちのために食料を確保するのが仕事だ。それが機能しないと、当然、致命的なことになる。
隣村の事情はどうでもよかった。
僕はただ、犯人に仕返しすることができない、という事実に落胆していた。
このもやもやした気分は消えない。だって、この話、ラフィアは本当に何も悪くないじゃないか。今回の事件は偶然が最悪のタイミングで重なった結果だ。
「私、行かない」
ラフィアはきっぱりと言った。
「……行っても、気持ちわるいだけだから」
僕たちはしばらく無言で食事を続けた。
その沈黙を破ったのは、ゲルフだった。
「ラフィア、お前はこれから、どうしたい?」
「……どう?」
「お前の回路は10秒で2マナ。わずかに残っているが、最低5マナなければマナも視えぬし、そもそも呪文にできぬ。そして、幼いころに噛みつかれた者は、回路を増やすことが難しい」
「……うん」
「機織りならソフィのやつに頼んでみよう。数や文字を教えてもよい。……すまぬ、領都ならば他にも道はあるのじゃが」
不器用な言葉で、ゲルフがラフィアのことを思っているのがひしひしと伝わってきた。
だからこそ、ラフィアの返答は意外だった。
「わたし、体を、鍛えたい」
兎人族の少女は言い切った。
「…………鍛える?」とゲルフが訊く。
「うん」
ラフィアは僕を見て、言う。
「強くなりたい。この村で1番強い人に鍛えてほしいの」
「……ラフィア。無理だけは、しないで」
僕はラフィアの腕を見た。痛々しい奴隷印が目に入る。細くて柔らかそうな白い腕には、筋肉とか頼もしさとか、そういう成分は混ざっていなかった。
「本気だよ。今の私は自分の身を守る力だってないんだから」
「……」
「17歳になったら肉体奴隷としてどこかへ連れて行かれちゃう。そうなったとき、自分のことも自分でできないのだけはイヤなの」
ゲルフはしばらくラフィアの目を見て、言った。
「本気か?」
「あてがあるんだね?」
「……む」
ラフィアはにんまりと笑った。
「本気だよ。だって、私にはもう、この体しかないんだから」
「そこまでの覚悟か。よかろう。……あては、ある」
――
その昼、プロパが僕たちの家を訪ねてきた。
ティーガとは違う襟のついた立派な服を着たプロパは、いつもの皮肉めいた表情をしていないのもあって、童話の王子様のように見えた。
「ぼくは今日、領都のおじさまのところに行きます。ゲルフ様、お世話になりました」
「ゼイエルによろしく伝えてくれるか?」
「はい」
「……どうか今後も、この2人と仲良くしてやってほしい」
僕は少し驚いてその言葉を聞いた。
「分かりました。お約束します」
プロパはラフィアに向き直る。「ラフィア、これ」
「え……?」
早業だった。素早くラフィアの右手をつかんだプロパは、その手のひらにあるものを握らせている。小ぶりなナイフだった。鞘には美しい装飾が施され、明らかにいい品に見える。
「下級ミスリルを使った解体ナイフだ。きっと、役に立つと思う」
「で、でも……」
「オレにはこのくらいしか出来ないから」
プロパは寂しそうな目でラフィアを見た。
「……ありがとう。プロパ、元気でね」
「うん。今度は騎士として、きっとピータ村に戻ってくるよ」
プロパは一歩、ラフィアから離れる。
そのまま立ち去ると思っていた。
けれど、妖精種の王子様はゆっくりと歩いて――なぜか僕の前に立った。
「タカハ」
プロパは数回、深呼吸をした。
言うべきことは決まっているのに、それを言い出せない。
そんな感じ。
つまり、告白の直前のようだった。……それだけは勘弁だけど。
「昨日は……オレの負けだ」
プロパはいたって真剣な口調だった。
「オレはびびって魔法も使えなかったし、タカハにかばってもらわなかったら死んでいたかもしれない。だから、その、えっと……あり、がとう……」
「ど、どうしちゃったの? ありがとうなんて……」
「茶化すな。助けてもらった件は、これでチャラでいいか?」
「……ミスリルの解体ナイフを僕ももらえるかな?」
「くっ!」
「じょ、冗談だって。そんなに睨まないで」
「悔しかったら睨みつけておけ、っておじさまに教わった」
「プロパ」ゲルフがひげに触れながら言った。「ゼイエルはその癖でいろいろと損をしておると思うぞ?」
「そっ、そうなんですかッ!?」
「少なくともわしの目にはそう見える」
「…………で、プロパはなんで僕を睨むんだよ」
眉間にしわを寄せていたプロパはふんっと鼻を鳴らして、顔を背けた。
「いいか。忘れるなよ。オレはおじさまのところですごい魔法使いになる。すぐにタカハなんかより優れた魔法使いになってみせる」
ふーん。
「望むところだよ。プロパ」
「首を洗ってまってろ。タカハ」
こいつ……。
「プロパ、昨日さ……メソメソ泣いてたよね?」
「ばっ!」
王子様の顔が、一瞬で赤くなった。
「そ、そんなわけないだろ! てか関係ない!」
……我ながらガキっぽい反撃をしてしまった。
反省しよう。
「プロパ、ありがとう」とラフィアが優しく微笑んで、プロパは言葉に詰まる。
「と、とにかくだッ!」
プロパは襟元を正して、僕ら3人に向き直った。
「ゲルフ様、ラフィア、あと……タカハ。9年間、お世話になりました!」
僕は少し驚く。
プロパはやれば出来る子だったのだ。たぶん。
――――幼少期の僕がプロパを見たのは、それが最後。
僕とプロパが再開するのはずいぶんと先の話になる。
――
「…………ラフィアちゃん、本気かい?」
野太い声が、戸惑っていた。
声の主は大柄だ。ゲルフも背は高いけれど、さらに頭半分くらい大きい。それだけではない。全身が筋肉の鎧で出来ているみたいな印象を受ける。頬には大きな傷があり、すさまじいラスボス臭がただよう。しかも……兎人族だ。悪役プロレスラーにうさみみをつけたみたいな、強烈な違和感がある。
名前は、ガーツさん。
ピータ村狩猟団の、現役団長。
少し怯えながらも、ラフィアははっきり「はい」と応えた。
「女の子が狩猟団に入るのは、異例だぜ? だから男とおんなじことをしてもらわないといけない。キツイと思うんだがなあ」
「やらせてください」
「うーん……」
「わしからも頼む」とゲルフが言った。
「まあ、ゲルフの頼みならなあ。……断るッ!」
「ラフィア、しっかりやるのじゃぞ」
「はい! おとーさん!」
「……きけよ」
ガーツさんはため息をついた。
「まあ、仕方ないか。今日から来る?」
「行きたいです」
「じゃあ、夕方の体力訓練から参加して。汚れてもいいティーガでね」
「分かりました!」
「よろしく頼む」とゲルフが頭を下げた。
「いいってことよ」
悪役うさみみ以下略が凄みのある笑みを浮かべて、そして、僕を見た。
「タカハは今日も手伝いに来てくれるのか?」
「いや、タカハはしばらく休ませてほしい」
「え?」
断ったのは、ゲルフだった。
呆然とする僕をよそに、ガーツさんは仕方ないと言わんばかりに肩を落とす。
「そうかあ、戦力ダウンだなあ……。タカハはその辺の見習いよりよっぽど使えるからなあ……」
僕は少しいい気分になる。作業を教わり、その精度を上げ、効率を高める。様々なアルバイトの経験が活きていた。
……て、待て。
ゲルフ、僕は欠席って言ったよな?
「その分、ラフィアちゃんには期待してるぜ。……身を守りたいんだよな?」
「……はい」
「任せとけ。単なる狩猟術だけじゃなくて、いろんな技法を教えることにするからさ」
ガーツさんの豪快なウインクにひるまず、ラフィアは大きく頷いた。
こうしてラフィアは9歳にして、狩猟団に見習いとして所属することになった。
9歳なのに、厳しい道を自分で選べるなんて、すごい決断だと思う。
だが、このときの僕は理解していなかった。
ラフィアが言った『体を鍛える』という言葉の真の意味を――――
「では、タカハ、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「……なにをしておる?」
村のほうへ数歩進んだゲルフが、振り返った。
「どこへ行くの? 全然分からないって!」
「お前は魔法使いになった。魔法使いになったのなら、家長の魔法を継承する。つまり、わしのな。しばらくは修行じゃ。今日から始めてよいな?」
「あっ……はい!」
魔法。
ゲルフの魔法。
ついに本腰を入れて教えてくれるらしい。
「ラフィア、1人で大丈夫か?」
「お留守番? 大丈夫だよ!」
「わしとタカハはしばし村を離れる。魔法だけでなく、生存術も教えこむ。そのためには実地での訓練が1番じゃ」
「分かった。がんばってね、2人とも」
ゲルフは目を細めてラフィアの頭を撫でると、僕に険しい視線を向けた。
「そうと決まれば、出るぞ、タカハ。ケガは治っているな?」
「ばっちり」
痛みもほとんど残っていなかった。
回復魔法マジですごい。
「羊皮紙と羽ペン、ナイフだけを持て。後のものは不要じゃ」
そうして、厳しい修行の数日間は唐突に幕を開けた。
僕とゲルフは朝のピータ村を出て、谷を抜け、山を超えた。ピータ村の食料でもある4種類の絶対に必要な木の実はもちろんのこと、その他の木の実や野草の鑑別、即席の弓の作り方から獣の捕らえ方、魚のとり方、雨露をしのぐための様々な方法や天気の予測――といった、ありとあらゆるサバイバル技術を叩きこまれる。日が昇り、すぐに暮れた。
「魔法を操る存在である以前に、わしらは生き物じゃ」
日中の生存術の鍛錬に加え、休憩も挟まずに数時間続けた魔法の詠唱訓練のせいで、僕の意識は朦朧としていた。
「この生存術をおろそかにしてはならぬ」
「……はい」
「…………体力も十分についたようだな、タカハ」
今……なんて……?
返事をしたか分からないうちに、僕の意識は闇に落ちていった。




