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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第5部
126/164

第125話:領都攻略戦が幕を開ける。




「我こそは、ムーンホーク領都『市民会議』の初代議長にして永久名誉上級会員、『時計台』の青の席、ファリーニ家の正当なる嫡子、マッカス=ジョン=ファリーニである! 大罪人よ! 奴隷たちよ! 私の言葉を聞け!」


「……」


 ペラペラと繰り出された自己紹介に、僕は圧倒される。


「……マッカスさんが出てくるなんてね」とリュクスが冷たい声で言った。「面倒くさいよ。あの人は」


 リュクスはムーンホーク城内の情報に詳しい。

 どうやら、あの男のことも知っているようだ。


「顔見知り?」と僕はリュクスに訊いた。


「いや。俺が一方的に知ってるだけ」

「どんな人?」

「ファリーニ家の先代が前公爵閣下の腹心だった。市民だけど、ほとんど自分は貴族だと思ってる。プライドもすごい」


 なるほど。


「で、どう面倒くさいんだっけ……?」

「話がとにかく長い」

「……」


「こらああああ――ッ! 聞いとるのかッ! そこッ!」


 …………教頭先生みたいな人だな、と思う。


 僕はしぶしぶ顔を城壁に向けた。


 大きく咳ばらいをした後、ひげを整えてから、マッカスは呪文を詠唱した。僕たちの全員に緊張が走る。その前に、マッカスは自らが王であるかのような仕草で僕たちを制する。


『補助魔法だ。貴様らは知るまい』


 僕は驚いた。

 マッカスの声は、ふつうに喋っているようなのに、朝もやを吹き飛ばすような圧倒的な音量だったのだ。『革命軍』1400人の全員が聞いているだろう。『音声拡大』の魔法、とでも言うべきか。『伝令』とは違う。


「タカハくん、私、知ってるよ、あの単位魔法ユニット


 メルチータさんに耳打ちされ、僕は脱力した。


「南東域で教えてもらったの。風の10番、対価は3」

「大したことないですね」

「今のところはね」


「こらああああ――ッ! 聞けええええッ!」


 僕はしぶしぶ、顔を城壁に向けた。


「遠路はるばるご苦労だった。魔法奴隷の諸君。だが、いささか数が少ないようだな。5個の17倍した17人程度か。…………ふっ」


 マッカスは『奴隷』という単語に力をこめてそう言うと、「ふはははははははは――ッ」と高笑いを始めた。唐突すぎて僕はびっくりした。

 17秒は笑い続けただろう。

 すごい体力だと思う。


 笑い声が途切れた。


 そうして杖をこちらに向けたマッカスの瞳に――――冗談の色はなかった。


「市民代表として断言しよう。領都はムーンホーク領の中枢だ。神聖なる中核だ。貴様らが領都の地を踏むことは、未来永劫、許可されない。我ら市民が、許可しない・・・・・


 しない、だって?

 僕は目を細める。覚悟はしていたけれど、どうやら、市民たちは完全に僕らの敵となったようだ。


「貴様らに、領都を攻め落とすことは不可能だ」


 マッカスは断言した。一切の躊躇ちゅうちょなく。

 僕たちの野営地に緊張が広がっていく。


「全隊、詠唱準備――!」とガーツさんが鋭く号令を発した。


 使える属性ごとに再編成された『革命軍』の魔法使いたちは杖を構え、その先端を領都の正門に向ける。


 マッカスは。

 その唇を、歪めた。


番人・・たちよ、ここへ!」


 マッカスは正門の上で両手を広げる。

 まるで天を抱きしめるかのように。


 その大声に応え、ずらりと城壁の上に人影が整列する。


 全員が目元だけの仮面をつけ、例外なくイエルをまとっている。市民たちか。隠れていたのだろう。互い違いに整列しているせいで、ものすごい人数が城壁の上に並んでいる。100人、200人……もっと多いか。数えきれない。


腑抜けた・・・・騎士団に・・・・代わり・・・、われらが公爵閣下と領都をお守りするのだ! 『大魔法防護』ッ! 用ぉ意ぃぃぃッ! 詠唱――――ッ!」


 瞬間、仮面の魔法使いたちが一斉に口を開いた。

 羽虫の大群が迫り来る音のようなそれは、精霊言語。

 呪文の詠唱だ。

 数えきれないほどの。


「なにか来るぞ!」


 そんな僕たちの前で。

 市民の詠唱が終わった。


 1秒。

 2秒。

 3秒。


 なにも、おきない。


「はあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは――ッ!!」


 ただ、マッカスの高笑いだけが続いている。


「貴様らの負けだぁぁ! 愚かで下賤な奴隷ぃぃぃッ!!」


 マッカスがゲラゲラと笑う声が大音量に拡散されてあたりに響く。それどころか、城壁の上に立った他の市民たちも僕たちを馬鹿にするように腹を抱えていた。


「今のは……? 単位魔法ユニットが分からなかった」とメルチータさんが言う。もちろん僕も分からなかった。見た目で変化はない。そして、そんな単位魔法ユニットはムーンホーク領に存在しない。


「難儀な魔法を使われた予感がぷんぷんしますなぁ」とプナンプさん。

「……精霊言語のアクセントは……空属性、だったと思う……」とナイアさん。


「あ……!」と声が出る。


 ごう、と風を切りながら、僕の頭上を、大火球マグナスフィアがかすめ飛んでいく。1つではない。4つ、5つ――、いや、もっとだ。


 火属性の魔法使いたちが放った、いや、放ってしまった・・・・・・・魔法。

 その全てはマッカスに向かっている。


 豪奢な服を身にまとい、両手を広げ、頬を歪めて笑うマッカスは、大火球マグナスフィアを見ているはずなのに、動かない。


 あっという間だった。


 計8つの大火球マグナスフィアが同時にマッカスに着弾した。

 服が爆炎にはじけ飛び、高価な宝飾品が火花のように舞い散る。

 マッカスは跡形なく焼きつくされる。

 ――――ことはなかった。


「はあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは――ッ!!」


 高笑いは、続く。


 たしかに8つの大火球マグナスフィアは当たった。ように見えた。なのになぜ、あいつは生きている……? 防御の魔法を瞬時に展開した……? いや、そんな仕草はなかった――――

 爆炎と煙がかき消え、その向こうではさきほどと変わらない姿勢で僕たちを見下ろすマッカスが居る。


「ナイアさん、あれは……!」とメルチータさんが言った。


「ええ……間違いない……」


 僕は振り返る。

 紫の珍しい髪を持つ『虚幻の繰り手』は、僕の目を見て言った。


「空の系統……たぶん……『眠りの国』の大障壁ベールに近い魔法……。魔法が……消されてた・・・・・……から……」


 ベール……?

 歴史の中でしか登場しないようなその単語に、僕は少し身構える。


 隣国である『眠りの国』は歴史上、1度も他国の侵入を許していない。その最大の理由がベールと呼ばれる大魔法だ。絶対不可侵のその防御領域は、たしかにマナを消費し続けていて、つまり、魔法であることが判明している。

 人間がそこを通り抜けることはできず、魔法は打ち込んだものと全く同じ単位魔法ユニットが弾き返される。

 人間には壁。

 魔法には鏡。

 それが『眠りの国』のベールだ。


 正門の上に立つマッカスを見る。


 僕は舌打ちをした。さっき市民たちが一斉に唱えた魔法は、領都を包み込む巨大な防御魔法・・・・だったのだ。詠唱は聞き取れず、単位魔法ユニットも、修飾節モディファイも分からない。あの防御魔法の性質を僕たちは知らない。


 魔法が跳ね返される様子は今のところない。

 カウンター機能を引き算したベールということか。

 それが、領都をすっぽりとおおっている……?


「不意打ちとは……だから奴隷なのだ。たとえ反乱のときであっても、毅然きぜんと、颯爽さっそうとあるのが美しい。品格、格式は人間を人間たらしめる根拠だからだ。そして、その基盤たる理性と、知性。すべてを失った貴様らは――――家畜以下だ」


「くそっ……あの野郎……ッ!」とガーツさんが地面を蹴りつける。


「飽和攻撃をしましょう。こちらには――――」


「『5個の17倍した17人の人数がいます』……か?」


 グラムさんの言葉を強引に奪い取ったマッカスがゲラゲラゲラと笑う。


「残念だ。残念としか言いようがない。我らの試験の結果、この大詠唱は貴様らの2倍の人数の魔法攻撃を押し留めることができたのだからな!」


 マッカスが、僕を見た。


「大罪人! 堕落した騎士タカハよ!」


 その瞳には、虫けらを見下ろすような、冷酷な色が宿っていた。


「呪うがいい。それしき人数しか集めることができなかった事実を! 貴様の人望の無さを! 言葉の弱さを! 価値の無さを!」


「…………」


「王都とミッドクロウ領から2日以内に応援が駆けつける。ここで貴様らは終わるのだ! われらの編んだ防御魔法に手出しすることもできず! 反逆者の汚名を被せられて!」


「…………」


「はははははっ! 言葉も出まい! 人生をかけた逆転劇だということを私はよく理解している。そして、今、その劇が脆くも崩れ去ったということもな!」


「”風―10の法―今―眼前に ゆえに対価は7”」


 僕は音声を・・・拡大させる・・・・・魔法を自分にかけた。


『マッカスさん』


 マイクを握ったときの声は、変に聞こえるものだ。

 僕は自分の声の違和感に、首をすくめる。


 正門の上の市民会議初代議長は、唇を愉悦に歪めている。


「降伏か? 寛容な我らは受け入れるぞ。人数で比べても、我らはそちらの3倍。賢明な判断だな。おすすめできる選択肢だ。我らの心の――――」


「マッカスさんは、勘違いをしています」


「…………は?」


前提が・・・違うんですよ・・・・・・。それがその市民のみなさんの間に伝わる『理性と知性』というものから導いた結論なら……正直、失笑モノですが」


 ファリーニ家の正当なる嫡子殿の顔から、一瞬で血が引いた。


「――――おい。なにを言ってるのか、分かってるのか?」


「ええ。もちろん」


「魔法を通さない大障壁に囲まれた領都。発動起点のイメージすらこの大障壁には入りこめない。……中には貴様らの3倍の魔法使い。2日後には増援がかけつける。終わりだ。終わってるんだよ。貴様らは」


「ちなみに、領都の中の魔法奴隷たちは?」

「はっ。……全員捕らえたに決まっている」


「では、肉体奴隷は?」

「貴様らが物理的に正門をこじ開けることができないよう、私の真下に控えてもらっている。……ああ。水堀には簡単に雷撃魔法を打ち込めるから、近づくべきではないと忠告しておこう」


 マッカスは腕を組んだ。


「では、教えてもらおう、賢者殿。

 この布陣をどうやって打ち破るのかを」


 正面、城壁の上からの市民たちの視線を感じる。

 横から、後ろから、『革命軍』のメンバーの視線を感じる。


 僕はゆっくりと右腕を上げた。


 人差し指で東の空・・・を指さした。


 マッカスが、市民たちが、魔法使いたちが、東の空を見る。

 ほとんど同時だった。


 朝日がゆっくりとその顔を見せる。

 夜明け。

 暁を、超える。


「――――なっ!」とマッカスが言う。


 城壁の上に並ぶ市民たちの間に、電流のように、動揺が伝わっていく。

 姿を見せた太陽の光が朝もやを吹き散らかしていく。


「……僕たちは『暁の革命軍』です。戦闘を行う、実働部隊だ」


 城壁の上からはよく見える・・・・・はずだ。

 領都を囲む草原丘陵の・・・・・全貌が・・・見渡せる・・・・はずだ。


 今日は晴れるだろう、と僕は思う。


「ここに集う魔法使いが『革命軍』だけ・・だと、いつから錯覚していたんですか?」


 今日は第13月、13日目。

 北東から、南東から、北西から、南西から――『革命軍』には加わらなかったけれど、僕の招集・・には答えてやろう、という魔法奴隷たちが、各小域から駆けつけてくれるはずだった。


 教科書をばら撒き、知識を広めて、――できるだけ多くの魔法奴隷たちに領都に詰めかけてもらう。僕たちの逃避行は、初めからそれが目的だった。『革命軍』を挙兵し、進軍したのは、その副産物・・・にすぎない。


 だから。


 僕は信じていた。

 信じて、同時に、願っていた。


 僕はゆっくりと振り返る。


「ま……。当然の結果だね」とリュクスが歌うように言った。


 ラフィアとメルチータさんは無言だった。


 一拍遅れて、グラムさんが羊皮紙をはさんだ木の板を取り落とした。


「タカハ、俺たちは…………勝ったぞ」とガーツさんが言う。


 朝日が草原丘陵を照らし上げていく。

 領都を囲む美しい草原地帯は――――


 魔法奴隷たちでびっしりと埋め尽くされていた。


 先に布陣していた『革命軍』より何倍も多いだろう。

 正直、僕の角度からでは全体を見通すことはできない。


 魔法使いたちは、僕に応えてくれたのだ。


「ガーツさん」


 僕はすかさずに言った。


「――――突撃の用意をしましょう」


「と、突撃……? だって、タカハ、お前…………」


 ガーツさんは正面を見て、目を瞬かせた後、数回大きくうなずいた。


「よく分からんが、善は急げだな。……全体に通達。領都に・・・突っ込むぞ・・・・・


「人数をどれだけ揃えようと! 我らの『大魔法防護』は健在です! 打ち破れるものなら打ち破ってみるがいい!」


 マッカスの声は堂々としていたけれど、どこか空回りしているような印象があった。

 市民たちと革命軍の戦力比は一気に逆転した。市民の総数よりも何倍も多い魔法を、同時に、僕たちは放つ用意がある。『大魔法防護』という魔法がそれを持ちこたえられる保証はどこにもないのだ。


 ……まあ、そんなのも関係ないのだけれど。


 僕は右腕をもう1度上げる。


 それを、真正面に振り下ろした。


「――――全軍、突入」


「突入しろ――――ッ!!」

「第1部隊からだ! 後続は指示を待て!」


 ガーツさんが、グラムさんが、その号令を大声で復唱する。


 僕は先陣を切った。

 正門へ続く橋に足をかける。


 歩く。

 ざっ、ざっ、といくつもの足音が僕に続く。


「馬鹿か貴様らは! 正門は――――あ、あああああっ!?」


 マッカスが絶叫した。


 それもそのはずだ。

 堅牢にとじ合わされているはずだった正門は、あまりにも自然に、あまりにも呆気なく、全開・・になっていた。


 汚れが染み付いた石造りの正門の向こうには、大通りが見える。ふだんは馬車が行き交っていたそこには、僕たちの侵入を防ぐための柵が組まれていた。さらに向こう、領都の1番奥には、翼を広げた美しい鷹のようなムーンホーク城がある。


 僕を無数の視線が迎える・・・

 正門を開けた、肉体奴隷たち・・・・・・だ。


 その先頭に立っているのは、大柄な男たちの中であまりに異様な、薄青の髪の少女。

 1ヶ月ぶりの彼女は、にぃっと笑っている。

 僕は彼女に歩み寄った。


「完璧なタイミングだよ、エクレア」

「当たり前だぜ。ボクをダレだと思ってるんだ。ほら、なんか言うことあるだろ?」

「…………う」


 要求されると、妙に気恥ずかしくなる。


「代わりに『愛してる』でもいいぜ? ほらほら」


 エクレアは僕の腕に自分の腕を絡めてきた。低い角度から薄青の瞳が僕を見上げている。どきり、とした自分を反省した。みんな緊張感ないなあ、ほんと――という思いは間違いだった。


 エクレアの後ろに並ぶ肉体奴隷たちが殺意の視線を放っている。

 ――――僕に。


 緊張感ないのは僕とエクレアだけだった。


「……ありがとう、ございましたっ」

「おお。素直でよろしい」


 僕は一歩前に出て、その場に居る100人程度の肉体奴隷たちを見た。


「――――この恩は決して忘れません」


「な、なっ、なっ、なっ……」


 ようやく、だった。

 市民会議初代議長のマッカスは、10秒は遅れて絶叫した。


「肉体奴隷はなにをしているうううう――ッ!?」


 僕は肉体奴隷たちの目を順に見る。全員がみすぼらしい格好をしていた。秋口だというのに寒々しい格好をした人もいる。太っている人は一人としていない。材木や石材を長時間運び続けるのに必要な筋肉が、鎧のように彼らの身体をおおっていた。

 けれど、彼らに魔法はない。

 ラフィアくらい異次元の才能がない限り、彼らは支配され、搾取されるだけの存在だ。


 そんな彼らが、領都の正門を開けた。

 エクレアの説得もあったはずだ。僕の顔見知りも何人かいる。

 それでも。


 ここに集まった全員は、自分で選んで、僕に賭けた・・・

 なにかが変わると信じて、この門を開けた。


「全員、詠唱を開始! やつらに、領都の地を踏ませてはならない――ッ! 断じてだ!」


 マッカスの号令を合図にするみたいに、僕たちは動き出した。


 『革命軍』と肉体奴隷たちは同じ方向を――領都の大通りの方向を、向く。

 その先には、魔法の詠唱を始めた市民たちが待ち受けている。


「先行するね」とラフィアが僕の横をすり抜けていった。影のような双剣を抜き放った彼女は大きな正門を走り抜けると、市民たちの隊列に一気に飛びこみ、その戦線をめちゃくちゃにかき乱している。


「よーし。ボクたちも行くか! グラスリー! お前は先頭だ! 走れ走れぇ!」

「は、はいっ!」


 手負いのサメを人間にしたような大男が、小柄すぎるエクレアの言いなりになっている。その号令で、約100人の肉体奴隷たちが一気に反転した。その手には魔法使い殺しのあの爆弾・・・・がいくつも握られている。数秒後、鼻がムズムズするような爆発が大通りに連鎖して――――


「”土―7の法―――”」と僕の横を通り過ぎながら、見たこともないほどに真剣な表情をしているのは、『剛弾の大魔法使い』プナンプさん。

 その後ろから、邪神を殺す氷の瞳で戦場を睨みつける『虚幻の』ナイアさんが続き。

 無言のままふんわりと微笑むヴィヴィさんがゆっくりと歩を進める。


 ここまでは正門の中。


 戦力の大部分は正門の外だ。

 市民たちの攻撃も、多くがそちらへ向かうようだ。


 雷撃、炎、水の塊、氷の槍――さまざまな属性の魔法が、城壁の上から正門の外の『革命軍』本陣に襲いかかる。

 魔法は見慣れているけれど、これほどの数は、現実離れしすぎていた。幼い子どもがクレヨンを使って思いのままに僕の視界を塗りつぶしたら、きっとこんな感じになる。そのくらい、城壁から飛来した魔法は数が多かった。


 けれど、その程度でやられるような魔法使いたちではない。


「――――土!! 11番ッ!!」


 本陣に残ったガーツさんが大声で『革命軍』に命令を下す。


 魔法使いたちは、その号令に機敏に応えた。


 領都の城壁から飛来した無数の魔法が本陣や草原丘陵に届く直前。

 『革命軍』の3分の1を占める土属性の使い手たちの詠唱は重なり合い・・・・・、1つの巨大な土の壁ランドウォールが立ち上がる。


 CGを駆使した映画だって、こんな迫力を生み出すことができるかどうか。


 城壁に向かい合うように立ち上がった巨大なランドウォールに、膨大な量の魔法が次々と着弾する。炎が踊り、水が弾け、氷が砕け、雷が消滅する。衝撃の余波が正門に吹き込み、僕の肩の布を大きく揺らして走り抜けていく。

 風が通り過ぎ、僕は目を開ける。


 ……さすがガーツさん。

 本陣はほとんど無傷。

 草原丘陵にいる魔法使いたちにも被害はないようだ。


「よおし! 防いだぞ! 反撃する! 火! 3番!」


 数秒遅れて、網膜を焼き尽くすような閃光と、領都を揺るがすような激震が戦場におおいかぶさった。


 『火の3番マグナスフィア』は大火球を生み出す単位魔法ユニット。火属性の使い手は全体の4分の1くらいだけれど、あっという間にそれは数千発の単位になる。圧倒的な火力が領都の上空に広がる防御壁に叩きつけられた。その激震と熱と光が正門にも入りこんでくる。


 その光は、遠く、王都でも見ることができたという。


 市民たちのベールがきしむ『びきり』という音を僕はたしかに聞いた。


「第2部隊は正門へ突入! 第3部隊は待機!」

「偵察班! 草原に集まった人たちの中から回復魔法に精通している魔法使いたちを集めてください! 治療班を組織します!」


 グラムさんとメルチータさんのコンビなら、僕が居なくても『革命軍』全体に適切な指示を飛ばしてくれるだろう。


 さて。


 大通りの正面には『革命軍』が立ち上げた何枚かの土の壁ランドウォールがある。そこまでは僕らの陣地だ。その向こうでは、市民と『革命軍』が魔法の撃ち合いをしている。


 やや押されている。

 城壁からも次々と魔法が飛来しているからだ。

 城壁の市民たちを沈黙させれば、五分五分の戦いに持ちこめるだろう。


 …………いや、五分五分じゃない。

 僕たちは戦いを知っている。

 生死を賭けた瞬間の身体の動かし方や、殺意が飛んでくる方向の見極め方や、反撃をするときのリズムのようなものを、僕は、僕たちは、身体で知っている。


 市民は、単位魔法ユニットや、修飾節モディファイや、その性質を熟知しているはず。幼いころから魔法を丁寧に教えられる分、回路パスも奴隷たちより太いのかもしれない。


 けれど、市民たちは戦場を知らない。


 ほんとうの戦場。それも知識だ。


 教育してやろう・・・・・・・

 僕が、市民たちに、教育するんだ。


 ありがたく受け取れ。


 正門の中を歩きながら、僕はマナを知覚する。

 呪文を決める。

 『17の原則』の向こうを、解き放つ。



 ――――数時間におよぶ領都攻略戦が幕を開ける。




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