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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第5部
125/164

第124話:「聞けええええッ! 大罪人――ッ!」と男が叫んだ。




 空がゆっくりと明るんでくる。

 夜明けはもうすぐだ。1000人以上にふくれ上がった『革命軍』の陣地の活気が、夜の気配を追いだしていくみたいだった。

 あたりは、かがり火が必要ない程度の明るさになってきた。


 第13月、13日目。

 今日は晴れるだろう、と生存術できたえた感覚が教えてくれる。

 快晴になるはずだ。


 深い紺色の空を見ていた僕に、領都の北西・・から大人数の部隊が近づいているという報告が入る。僕は彼らを迎え入れる準備を進めさせた。


 北西域の『革命軍』は300名程度だった。

 率いるのは、領都を落ちのびた4人のうち、最後の1人。

 ラフィア。


「…………北西域『革命軍』は賢者様の指揮下に入ります」


 僕の前にひざまずいた北西域『革命軍』の指導者は、そんな大げさな肩書がつり合わない年齢の、それも少女だ。

 僕と同じ16歳。

 ベージュ色の髪の可愛らしい兎人族ラビテ


 でも、今のラフィアを見れば、だれもが一目で納得するだろう。年齢も、性別も、肉体奴隷であることも、彼女が身にまとう雰囲気に比べれば、些末さまつな問題にすぎない。


「賢者様、ご指示を」


 淡々とした口調でラフィアは言う。


 腰には一対の大振りな双剣。

 右手には魔法書の複製。

 すきのない立ち姿が、優れた剣士であることを強烈に印象づける。


 まるでのようだ。

 鋭い一対の牙を持つ、気高き野生の狼。


 ラフィアの両脇りょうわきには、オウロウ村の長であるガフロウさんや、パルム村の村長アーレンさんが控えている。

 北西域は従騎士時代の僕が1年をかけて駐屯ちゅうとん任務を続けた地。村長の顔見知りも多い。ラフィアは彼らの協力をまっさきに取り付けたのだろう。


「戦力を統合します。村長さん方はあの天幕へ。その他のみなさんは待機してください」


 僕の指示に従って魔法使いたちが散らばっていく。


 魔法使いたちの視線から解き放たれたラフィアは、各村の村長たちと挨拶をかわして、それから僕に気付いた。

 きょろきょろと本陣を見回すラフィアがゆっくりと近づいてくる。


 表情を引き締めたラフィアは僕の隣に立って、眠り続ける領都の城門を見上げる。


「ここまで、来たね」

「……うん」

「タカハ、ご飯は食べた?」

「え? ……あ、食べたよ」

「今日は途中で体力切れってわけにはいかないからね」

「だね」


 すっと緊張が引いていくのを感じる。ラフィアはこんな状況でも、これっぽっちも動揺していなかった。その強さに……僕はいつも救われる。


「安心して。いつもの倍は食べたから」

「よし。……あ。あと、髪形も少し整えた方がいいかも。『革命軍』の盟主様だから」


 少女のほっそりした腕が頭に伸びてきて、僕の髪に触れる。ラフィアの大きな瞳は、僕の目線の高さよりも低い位置にあった。ベージュ色のふんわりした髪の中でうさみみが左右に揺れている。甘い、よく知る家族の匂いがした。

 丁寧な手つきで、ラフィアは僕の髪を撫でつける。


「ラフィア」

「これでよしっと。……ん? どうしたの?」


「見ていてほしいんだ」


 これから僕がやろうとしていることは――壮大だ。

 たくさんの人の願いが積み重なって、より合わさって、僕たちはここに立っている。


 でも。

 僕にとって、1番の理由は、目の前にある。


 あの日、僕の目の前で涙を流した少女がいた。

 この世界の理不尽に打ちのめされ、うち捨てられた少女が。


『だってそれは――ラフィアのためになる』


 3年前、ゲルフはそれを聞いて笑った。

 3年前、ゲルフはそれを聞いて、僕を『軍団』に迎え入れた。


 僕は戦い抜く。

 ムーンホーク領のすべての奴隷と、何よりもラフィアのために。


「分かった」


 ラフィアは深く、強く、頷いた。


「終わったら、なんでも美味しいもの作ってあげるからね」

「あははっ……!」


 思わず、笑っていた。

 同じことをお願いしようと思っていたからだ。

 それは僕が考えられる中で、ぶっちぎりに最高のご褒美。


「ええと、作戦はタカハが考えてるの?」

「いや……僕の出る幕はなさそうなんだよね」


 ぽろっと本音が出てしまった。ラフィアは虚をつかれた表情をして、天幕の方を見る。そして「ああ……」とため息のような声を出した。


 いくつかの燭台しょくだいが持ち込まれた天幕の中、その炎が揺らいでいる。


 天幕の中で、会議は混迷していた。


「だーっ! 面倒くさいな! 正面から突っこめばいいだろう!?」とガーツさんが叫ぶ。


「……敵戦力の確認に時間をかけるべきです。市民たちの戦闘力が分からない」とグラムさんが冷静に反論する。


「市民は人数が多いが、実際の戦いを知らない。夜明けとともに仕掛ければ一気に崩せるはずだ」


「でも――――」と言葉を差しこんだのは、メルチータさんだった。「私たちの『教科書』は、奴隷たちの知識を集めただけのものに過ぎません。ムーンホーク城や市民たちの中に、私たちが知らない魔法を持っている人がいる可能性もある」


「……1つ……噂を……聞いた」とナイアさんが言った。「識属性か空属性……上位属性で……ムーンホーク領都には、秘密の魔法がある……」


「秘密の魔法っちゅうとあれですな。秘密、ううむ、実にドキドキしますな。ミステリアスな女性を連想させる。やっぱり女性は秘密をもっている方が魅力的に映るもんです。秘密がありますよ、と上手に演出できる女性に私はすぐに引っかかってしまいますからなあ。つまり――――」


「『つまり』なんですか? あなたはさっきからなにが言いたいんですか。プナンプさん」


 やばい。ガーツさんは人格者だけれど、爆発寸前のような声だ。激しい議論の奥でリュクスがぽろろん、とリュートを奏でているのが、哀愁を誘う。


 ――――ぱんっ、と手が打ち合わされる音が響いたのはそのときだった。


 乱戦のようになっていた会議がぴたりと止まる。両手を合わせた姿勢で止まっているのは、『白光』のヴィヴィさん。


「簡単な決め方があります」


 ヴィヴィさんは上品に微笑みながら言った。


「タカハさんに決めてもらいましょう」


 ずっ、と効果音が聞こえそうな勢いで、一斉に皆の視線が僕に向かう。

 僕は少したじろいだ。


 ……そうなるのは当然だと思うけれど。

 僕にだって考える時間が必要だ。


「ええと」ととりあえず言う。「状況を教えてください」


 グラムさんが手を上げて、一歩進み出た。


「4小域の『革命軍』を統合しました。戦力の合計は、約5個の17倍した17人です」


 うわーい。面倒くさいよー。

 17とか289とかを僕は嫌いになりそうだった。

 ……革命軍は、おおよそ1400人。


 その後、グラムさんが領都の人口の予測値を説明してくれた。


 領都の中の市民が4000人程度、魔法奴隷が2000人程度、肉体奴隷たちが500人。これだけの人数が今、領都の中にいるはず。


 次は騎士団だ。


 平常時の緑色騎士団は正騎士が17人隊を17隊構成できるから289人、従騎士はその倍の600人くらい、合計は900人といったところか。各地の散発的な戦闘でその戦力は目減りしていると見ていいだろう。どのくらいが領都の中にいるかは分からないけれど、地方での追撃の少なさを見る限り、ほとんどが領都内にいると僕は見ている。


「タカハ……?」とガーツさんが言った。


「あ。ええと、すみません」


 会議なのだし、僕はリーダーだ。

 無言で考えるのはよくないだろう。


「状況を整理しましょう」


 僕は天幕の中の全員に視線を向けながら言った。


「まず、革命軍が何を目指すのか・・・・・・・。つまり目標です。僕たちの目標は、『公爵閣下から奴隷たちの身分を解放する言葉を引き出すこと』」


 王族であるライモン公爵を武力によって打ち倒し、ムーンホーク領を実効支配するのも、もしかしたら不可能ではないかもしれない。

 けれど、王都に行った僕は知っている。

 肌で感じた。


 『魔法の国』は王族たちの支配する王国だ。


 王様は愚劣ぐれつなのかもしれないし、実質は各色の騎士団の支配なのかもしれないけれど、それは重要なことじゃない。建前がどこにあるか、という話だ。『革命軍』がライモン公爵に危害を加えれば、僕たちは王都と残りの3領を完全に敵に回すことになる。口実を与えてしまう。


 あくまで、ムーンホーク領の支配者であるライモン公爵の口から有利な条件を引き出すのが僕たちの目的となる。


「その上で、領都の中身・・を見てみると……。公爵の剣である騎士団は確実に僕たちの敵。肉体奴隷たちは中立として……市民たちはどう動くと思いますか? グラムさん」


 グラムさんは全員の視線に一瞬たじろいだものの、すぐに真顔に戻した。


「ほぼ全員が敵になるでしょう」


「……やはり、そうですか」


「僕たちの待遇が向上することを市民たちは望みません。……あれだけの人数が居ますし、一致団結して領都に立てこもると僕は予測します。そうなれば、僕たちの3倍近い人数になる……」


 市民は約4000人。

 厳しい数字だった。


 少なくとも、現時点では。


「けどな、領都の中の魔法奴隷たちもタカハの教科書を持ってたんだろ? 中にいる魔法奴隷だって戦力として当てにできるんじゃないか?」と、ガーツさん。


 領都の中の魔法奴隷たちは2000人程度だ。彼らが全員協力してくれるのなら、革命軍は今の2倍以上に膨れ上がることになるが……。


 それにしては、と僕は思う。

 閉じられた正門も含め、領都は静かすぎた。


 まるで、なにかが終わってしまった後のように。


「問題は、領都の中の何割の魔法奴隷が協力的なのか、ということです。もちろん全員が味方してくれるのであれば、戦闘経験の少ない市民たちを蹴散らすのは簡単だと僕も思いますが……」


 グラムさんの言葉に顔をしかめながら、ガーツさんが言った。


「ビビりすぎだ。市民たちは戦うことだってしないはずだぜ。それに第一、俺たちは――――」


 ガーツさんが言いかけたときだった。


 天幕ごしに音が伝わってくる。

 野営地全体がにわかに騒がしくなってきた。


「なんでしょう……?」とグラムさんが言う。


「……」僕は無言で天幕を出る。会議をしていた全員が続く。


「あれを見てください!」


 偵察班の若い人間ヒューマンが領都の正門をさした。


 固く閉ざされた領都の正門。

 いや、その上だ。


 人影がある。


 僕は目を凝らす。距離にして100メートルくらいは離れているだろう。


 男だった。

 ハデな、男だった。


「聞けえええええッ! 大罪人――ッ!」


 豪華ごうか絢爛けんらん

 口ひげを丁寧に整えた40代くらいの人間ヒューマンの服装はその方向性で突き抜けている。


 公爵閣下に挑もうとでもいうのか、イエルは金色や銀色の刺繍ししゅうがほどこされ、希少なミスリル鋼をふんだんに使った装飾品や宝石をいくつも身に着けている。長杖もやたらピカピカとしたデザインだ。


「我こそは、ムーンホーク領都『市民会議』の初代議長にして永久名誉上級会員、『時計台』の青の席、ファリーニ家の正当なる嫡子、マッカス=ジョン=ファリーニである!」


 けれど、その言葉に宿った自信は、本物だった。


「大罪人よ! 奴隷たちよ! ――――私の言葉を聞くがいい!!」




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