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一章・1

 一月一日を跨いで僕は家に閉じこもっていた。四畳一間には空になったビール缶に半開きのポテトチップの袋、ブロックの栄養食品の箱が散乱して、そいつらが襲ってくるんじゃないかと片隅に敷いた布団にくるまったまま震えていた。あいつが悪いんだ。僕を蹴落とそうとして、バカみたいに高笑いして、くそっ、やっぱり殺しておけばよかった。殺しておけばよかったが、そしたら僕も終わりだ、畜生。畜生。あいつだっておんなじように、まともに働きもせずに飯食らってるただのクズじゃないか、なんで違うんだ。僕と。俺と。くそっ、ばかばかしい。どうなってんだこの社会は、リサイクルならもっとうまくやれよ、俺の言ってること、間違ってるかよ。そうだ、間違ったことなんて一つだって言ってなかった。なのに、あいつばっかりが得をする。どうなってんだこの社会は。俺は教えられて、学んだとおりに生きてきて、それでなんだ、急にダメだって、ふざけんな。責任とれよ。俺にいい子に成れって言ったやつら、その全員だ。責任を、とれよ。あぁ、もうくだらないテレビ番組がぁ、もううるさい、どうにかなれ俺がどうかしてないならお前らがどうにかなれよ、くそつまんねぇ。

 一通り弱音を吐いた僕は冷静になった頭で部屋を出た。歩いて10分の駅から10分、都心に出るとやはり相変わらず東京という街は腐っている。色とりどりのゴミがそろって、どうしてこれをカラスがつつかずにいられるのか不思議でならない。ゴミと言ったのはもちろん、人間のことだ。僕には人の心が色になって見える。ひとりひとりの色が。そして、そいつらが出会った時に混ざり合ったあの色も見える。あの、ああ、思い出すだけで気持ちが悪い。気持ちができない。それをまた、見てしまっている。これをなんとか一つずつ間引いていくことができないのか、僕はそればかり考えた。そして、通りを一通り歩いてだいぶ憔悴しながらも、お目当ての店につく。喫茶店。とびきりきれいな色をした女性が、そこにいる。

 30は過ぎているが、子供はいない。そして未亡人だ。いつ見ても若々しくて、そのせいで僕は自分を鏡で見るたびに、恥ずかしくて死にそうになる。ブレンドを注文した。この店は注文してからが長い。一度、30分かかったことがある。その時は、彼女が言うには、味がどうにもまとまらない日だということらしい。僕が頼むブレンドはあまり人気がなくて、通常、どのブレンドもその日の朝に一杯入れて味を確かめるのらしいのだけれど、寝坊した彼女が僕が好むブレンドまで確かめる時間がなかったのだと言った。その話を聞いたときは興奮した。ほとんど僕のためだけに、彼女は毎朝ブレンドの味を確かめているのだ。そして、僕にコーヒーを出す前にその味を確かめている。この味は僕と彼女だけの秘密と言ってもいい。僕はそこまで思い至るのに1秒とかからなかった。にやけ顔がとめられないのを、彼女はどう思っただろうか。彼女の色は、いつも境目のきれいな虹色をしている。そして僕はいつも思う。この虹色がなかったら僕はとうに死んでしまっているだろう。

 珈琲を飲んでから、バイト先に出向く。ほとんど風化しそうなビルの2階で、もうろくした灰色い爺さんが手書きのメモを僕に渡した。「本日14時に大姿コンサートホール裏手に行き、そこにいる警備員に『白崎のマネージャーです。荷物の引き取りに来ました』と言って、渡された荷物を18時までに新宿の東口ロッカーの18番に入れろ。キーナンバーは768。報酬は中にある。閉めるときのキーナンバーは867だ」あいかわらずぶっきらぼうな言葉選びをすると思った。

 コンサートホールには13時についた。人気のアイドルのコンサートらしく、入り口側には長蛇の列ができていた。僕は白崎と名前のついた子のグッズを一つ買った。ピンク色のキーホルダーで、メンバー個人のグッズとしては一番安い。それをベルトのキーチェーンに取り付けた。その後14時ちょうどにホール裏手にいた緑黒く濁った警備員に声をかけた。彼は訳知り顔で「少し待っていてください」と言ってから無線で人を呼んだ。呼ばれて出てきたのは黄色みを帯びた20歳ほどの女性スタッフで、バイトの子のようにも思えた。荷物は段ボールに入っていてそれには取っ手がついており、片手で持てる大きさだった。礼を言って立ち去ろうとすると、彼女に封筒を渡された。便せん数枚ほどの厚みがある。白崎さんに直接渡してほしいと。断ることはできない。二つ返事で受け取ってポーチにしまい、その場を立ち去った。あとはメモ書きの通り、新宿のロッカーに荷物を置いて、そこに入っていた謝礼を受け取った。30万円。そんなに大きな仕事には思わなかった。

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