黒翼の大天使
大天使ルシフェルの誕生。その圧倒的存在に、場は戦慄する――!
まさか彼がこれほどの強敵となって私の前に立ちはだかるとは思っていなかった。憎しみという性質を従え、その感情の赴くままに世界を滅ぼそうとするだろう。
それが天使という存在だ。ただのギョウマで有りながら、天使に……いや、天使を超えた存在となるなんて……!
しかし気になるのは、彼が静かすぎると言うことだ。これまで遭遇した天使は――この場にいるミルザを含めて、全て感情を剥き出しにしていた。欲望に忠実な存在だった。
でもルシフェルは違う。言葉は発さず、表情も無表情。ただ自分の姿を見渡してその場に立ち尽くすのみだ。
もっとも、今はそんな事はどうでもいい。何が彼をこうさせてしまったのか、私にはそれが気になっていた。
彼は強い意思を持つ魂を持っているがゆえに天使に転生した。憎しみを貫き通す意思を。
でもドランとハゴンは言っていた。彼は最初からああだった訳ではないんだって。
だから、その強い意思を憎しみっていう間違った感情で振りかざす事になってしまったキッカケが、あるはずなんだ。
それがなんなのかはさすがに特定は出来ない。だから私は今自分が出来る行動で彼の心に語りかけた。
「ごめんなさい」
そう言って、頭を下げた。ルシフェルは、私に視線を移し――やはり黙りこんでいた。
しかし見ているということは、聞こえてはいるってこと。だから私はそのまま続けた。
「いやさ、君、私の事、すっごく憎んでたから。君をそんなおぞましい存在にさせてしまったのには私にも責任があるのかなって」
ぶっちゃけると、私は何も悪いことをしたつもりはないし、自分が正しいと思った行動で彼とはぶつかってきたつもりだ。だから彼が私の何に苛ついてるかわからないし……でもその反面、どこで苛つかれてても文句は言えないって思う。
私の考えや行動はきっと綺麗事ばかりなんだろう。
それをなんとか貫いてこれたから良いものの、周りには迷惑をかけることもしばしば。ノゾミちゃんには『なんでも自分の基準で語るな』なんて言われた事もあったっけ。その通りだよ。
でも後戻りも出来ないし、する気もない。それを信じて歩いてきたのだから。だから結局今も、綺麗事でしかぶつかってあげられないのかもしれない。でもこれが私の精一杯だ。
「別に命乞いとかそう言うことじゃないよ?ただ、戦いたくないんだよ。君とはまだ仲良くもなれてないし友達にもなれてない。それでも失いたくないんだよ。どんな形であれ、存在している君との繋がりを」
ルシフェルは私から視線を反らして無表情のまま……ようやく口を開いた。
『相変わらずうっとおしいな。貴様は』
うんざりだと言う風にため息を付け加えた。そして彼は、どす黒い闇のオーラを燃やし、それを手のひらに集めていく。その力はとてつもなく大きい。一気に私達を全滅させるつもりだ。
しかしそれをすぐには放とうとはしない。ルシフェルは私との会話を続けた。
『何が失いたくない、だ。その言い方だとまるで貴様には俺を倒せる……貴様の方が強いとでも言いたいみたいじゃねえか』
「……うん。負ける気は、更々無いし」
『貴様はいつもそうだ。どれだけ追い詰めようが根拠のねえ事ばかり』
「根拠ならあるよ。みんなとの絆がある。それが絶対に負けないって自信がある」
『あぁそうかよ』
ルシフェルは作り上げた暗黒の弾丸にエネルギーを加え、更に密度の高い一撃へと変化させていく。
『貴様がどうしようもない馬鹿だと言うことはわかっていた。今更何も話すことは無かったな。苛ついただけだ』
彼の憎しみが、如何に大きなモノなのかが感じられる。私が戦うことを避けていたから……だからようやく葬れると、喜んでいるのかもしれない。
やっぱり……戦わなくちゃいけないんだ。これが彼の選んだ道なんだ。私が向き合ってあげなくちゃね。
虹神鍵をいつでも使えるように身構えた。彼ほどの強さには、みんなの絆の全てをぶつけなくては勝ち目がないだろう。ここで使うしかない。
全力の力を解放する事を決意した私。そこでついにルシフェルは弾丸を放とうとしていた。
私は咄嗟に鍵をグローブのスロットに装填しようとした。が、その前に私の動きは止まる。ルシフェルが出た、驚愕の行動に。
彼の手が指したのは、ミルザだった。突然の出来事にミルザは反応する事が出来ず――次の瞬間、ルシフェルの暗黒の弾丸をまともに喰らっていた。
その巨大な力に抵抗することが出来ず、ミルザの身体は意図も簡単に吹っ飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。そこでようやく状況を把握できたのか、弱々しく声を発した。
『て、てめぇ……なんで……?』
ルシフェルはまるで悪びれる素振りも見せずに言葉を発した。
『新庄優希――こいつの馬鹿さ加減はよーく知ってるつもりだ。いや?その俺の予想をも上回るような馬鹿っぷりを毎度の事見せてくれるぜ。しかしだな、こういう馬鹿の方が……何故だろうな。生きている価値のある奴だと思えちまうんだよなァ』
そう言ってルシフェルは拳をバキバキ鳴らして、ようやく表情を崩した。チンピラのような、悪面の笑みだった。
『だからまずはてめえから殺すことにした』
ルシフェルはミルザに向かって駆け出した。しかしミルザもただ殺られる訳にはいかないと旋風を巻き起こして道を阻む。
もっとも、それはルシフェルにはまるで意味をなさない。漆黒の翼から巻き起こされる暴風に欠き消され、更にそこから放たれた羽の刃がミルザに突き刺さる。
ミルザに残された行動はもはや抵抗に満たない悪あがきだった。もう虫の息と言うほどに、弱々しくフラついている。それにも関わらずルシフェルは、まるで容赦する様子もない。拳を無造作に叩きつけ、めり込むほど地面に叩きつけた。そしてミルザの真上から魔弾を発射した。
その一撃は、ルシフェルごと飲み込んでいった。が、無傷のまま、ルシフェルは爆炎の中から生還した。悠々と歩いて戻ってきたのだった。
――四番目の天使・ミルザが死んだ。新たな天使・ルシフェルを除く全ての撲滅が完了したのだった。
ただ、ルシフェルの存在をどう扱うかが、今後わからないところだろう。彼が敵か味方か。それは今一わからない。
戦闘が終了してからルシフェルは、何も言わないし、何もしない。それが不気味で、誰も話しかける事が出来なかった。ただ、気を張り巡らせていた。いつ奇襲をしかけられても反応できるようにと。
特に私は、気を付けなくちゃいけないだろう。なんせ彼の憎しみの矛先は私に向けてが多かった。何をされてもおかしくはないと思う。
しかしどうも、何もしないでいると言うのは苦手だった。
だから敢えて私は、自分から話しかけようとした。万が一を考えてセイヴァーの状態は保ちつつ、接近する。ルシフェルは私に視線を向けることもなく、身構えることもなかった。とりあえずは大丈夫そうか……。
「……君、人間の魂を持っていたんだね」
『もうとっくにくだらん心の事なんざ忘れたがな。無いのと同じようなもんだ』
あまりその辺は触れてほしく無いのか、やりづらそうに顔を歪めていた。それで結局会話が途切れ――黙りこんでしまっていると、ルシフェルの方から言葉が紡がれた。
『何故助けに来た』
予想外だった。まともに言葉を向けられたのは、相当に珍しい事だったからだ。
少しだけ嬉しくなって、私はいつもの調子でこう返した。
「私がどうしようもない馬鹿だってことはわかってるんでしょ?」
『フッ……そうだったな……フハハッ……』
「へへ……アハハハハ」
そうして二人で笑い声を溢し合った。
その光景を見て先ほどまでの沈黙の空気は無くなった。みんな安心したみたいだ。
でもまだ安心するのは早い。存在こそ変わってしまったが、彼の心はそのまま……私の事が嫌いなままな訳で。たぶん今の私の返答も気にくわなかったに違いない。
『ハハハハハハ!オラァッ!!』
「へへへ……うりゃぁあああああっ!!」
私達はお互いに殴り合っていた。
鈍い音と共に私の身体は吹っ飛ばされた。しかし同じく、ルシフェルも地面に膝をついて殴られた頬を擦っていた。
「……やっぱりね。絶対にそういうことやって来ると思ってたよ」
『チッ……てめぇ、普段生ぬるい事ほざいてる割には思いきりやりやがったな』
「ぶつからなきゃいけない時はいつも全力だよ」
『やっぱりムカつくなお前。この手で殺さねえと気が済まねえ』
そうしてルシフェルは立ち上がった。私もそれに向かい合って構える。
でも彼はすぐに私に背を向けて、こう言った。
『気が済まねえが――お前との決着は神をぶっ殺してからだ』
その言葉に、私は自然と笑顔になっていた。
「抑えられるの?私を憎む気持ち。感情に歯止めが効かないのが天使だって、ミルザは言ってたけど」
『ふん。俺を誰だと思っている。俺は生き残る為にどんなことでもやって来た。目的の為にならどんな苛つく事だって耐えてきた。天使とやらに覚醒めようが、目的の為にならそんなもん抑え込んでやるよ』
「へへ、だったら別に決着を付ける必要も無いんじゃないの?」
感情を抑え込めると言うのなら、本当は歪み合って殺し合う必要なんて無いはずなんだ。
その言葉に、ルシフェルも何か思うことがあるのか、しばらく沈黙。そしてその後――私に背を向けたまま、こう言った。
『そいつァ無理な相談だ。だが、もし神を殺し終える前に、俺が心変わりして――俺の目的がお前の望む答えになったなら、そういうこともあるかもしれねえな』
そして『そうなるように精々祈ってるんだな』と付け足してから、彼は再び黙って座り込んだ。
もしかしたら、彼も心を開こうとしてくれているのかもしれない。……なんて油断してたらまた痛い目に合っちゃうかもだから、気は抜けないけどね。
けどお互いに拳をぶつけあって理解した。彼と私の間にも絆って奴はあったんだ。
(こういう形のは、あんまり素直に喜べないけどね)
私は苦笑を浮かべて、座り込んだ。そしてようやく一段落付いたと、安心できた頃――。
「優希、ちゃん……」
「うん?鞘乃ちゃん?」
何やら不安を抱えたような表情の鞘乃ちゃんが、私を見つめていた。
――ルシフの救出に成功。そして四大天使の完全撲滅完了。残すは正しく神のみだろう。しかし今無理に挑まずとも、カレンちゃんの元で修行を積んでからの方が良いのではと思っていた。
そもそも今回は、神との対決は、あくまでも過程であり得るかもしれない程度にしか捉えていなかった。ルシフさえ助けられたなら、それで良いと。
もっとも、神はおそらく私達を逃がしてくれないだろう。この世界に来てからずっと、何かに監視されていたようなのだから。
そしてそれこそがきっと、神だろう。
鞘乃ちゃんはその視線をずっと気にしていた。ネオセイヴァーとなっている時は、その『超感覚』の能力により特にそれを感じやすくなっていた為に、大きな重圧を感じていたみたいだ。得体の知れない存在に視られている恐怖は、相当なストレスとなって精神を磨り減らしていたに違いない。
私は彼女を抱き寄せてしっかりと手を握った。そして安心させるために呼び掛けていた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「うん……ありがとう。ちょっと落ち着いた」
そう言って彼女はまだ残る不安を浮かべながらも笑っていた。私はそれを見て静かに神に対する怒りを、再び募らせ始めていた。
(……こんなの絶対間違ってる……!)
神は人間の過ちによって産み出された者なのかもしれないが、そのやり返しで動くには、過剰すぎる犠牲を産んだ。私の街の人達は、奴の企みのせいでめちゃくちゃになった――それどころの規模ではない。言ってしまえば、神さえいなければ、ギョウマなんて産まれなかった。いろんな世界が、いろんな命が、消えることはなかった。
許されるべき存在じゃない。
そう考えていた矢先――声が聞こえた。
『四大天使が全滅させられたのは、計算外だった』
直接頭の中に語りかけてくるような、不思議な声だ。
『救世主どもがよもや、ここまで来るとは。どうやら私が動く他、無いらしい』
その声と共に黒い球体が、動き始めた。ゴゴゴゴゴゴゴ……大きな音を立て、球体の表面にはエネルギーが通ったように、虹色の光で模様が浮かび上がる。
まさか、この世界のどこにいても沈むことはなかった、あの黒い球体の正体こそが……。
「これが……神なのか……?」




