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新庄優希の救世物語  作者: 無印零
第9章
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憎悪の申し子

 ついにギョウマの存在という一番の謎が解明された。

 しかし、だからこそ、腑に落ちない事があった。


 ――私達はルシフを捜して天界を駆け抜けていた。手がかりはまるでないので、とりあえず神の力の発生源と思われる、空を浮かぶ巨大な黒い球体に向かって走ることに。アークビヨンドくんの速度なら、五分くらいで到達するだろう。


 それで、腑に落ちない事柄というのは。


「なんでルシフを拐ったんだろうね」


 神の狙いがルシフであった事。

 私達を誘き寄せる……はまず無いだろう。そんな事をしなくても、神はカレンちゃんから力を奪っていった。完全復活もほとんど出来ているに違いない。ゆえに、誘き寄せ無くとも、直接こっちに攻めに来れば良い話だ。

 ましてやルシフはただのギョウマだ。それに――彼を侮辱する訳ではないが――はっきり言って彼の力は強いとは思えない。破壊光線の威力が凄かったのも、もう前の話だ。特殊能力も別段持ってる訳じゃないみたいだし。

 ならば暴走進化態にして戦力に加えてみようというのか?そんな事をしなくても、先程あった戦いでの通り、駒にするには充分すぎる数のギョウマを従えていた。私達の世界には『壁』がある。風で防いでいたが、一歩間違えればルシフを拐いに来たミルザも失う可能性すらあった。


 そんなリスクがあるにも関わらず、ミルザを私達の世界に寄越した。それを考えると、神にとってはミルザよりもルシフの方が価値のある存在に違いない。

 でもその価値っていうのがわからなくて……。


「カレンちゃん、何か知らない?」

「そのギョウマの事を私はよく知らんのでなぁ。どんな奴だ?」

「よくわからないけど、私の事を凄い嫌ってるんだ。うん、それはそれは、尋常じゃないくらいにね」

「それだけではなんとも言えんな~」


 そりゃそうか。考えるには情報が不足しすぎだもんね。

 思えばルシフの事は何も知らないなぁ。語り合うのはいつも戦いの中だった。それもほとんど歪み合ってるだけ。

 哀しい事だけど、彼との間には絆というものは、ほとんど無いに等しいモノだろう。


「……私ももっとコミュニケーション取れるように頑張れば良かったかなぁ」

「考えんのも良いけど、たまにゃ、休みは必要だぜ優希さんや」

「おやおや彩音さん。こりゃどうも」


 彩音ちゃんにジュースを注いでもらって一休み。カレンちゃんに景気付けに買っておけと言われていたものだろう。

 なんだか久しぶりにのんびり出来た気がした。それほどに、これまで起こった出来事は、濃密なものだった。いや、これからが本番か。

 これから向かうところから神の力が特定できたということは、そこで神との対決が起こるかもしれない。


 そんな不安を抱えながらも、その時は刻一刻と迫っていた。




 ――ゴオオオオオオオッ。

 目的地に近づくに連れ、何やら重い音が響いては地面を揺るがせていた。定期的にそれは起こっては静まり、また起こっては静まり……それを繰り返している。


「確実に震源に近づいていますね……」

「これがもし、神の企みに関係しているなら……ルシフが危ないかもしれない!」


 その予感は的中する。

 黒い球体のすぐ傍にまで到着した。そこは岩場に阻まれ、どうやらこの岩場を昇った先で神の策略は起こっているようだ。

 荒れ暮れた大地もビヨンドくんはスイスイと進んでいく。


 そして岩場を登り終えたそこで、私達はルシフを発見した。


 ボロボロになり、地面に這いつくばるルシフを……。


「ルシフ……なんでこんなことに……?」


 その答えはすぐにルシフに襲いかかる。

 虹色の輝き――神の光が、ルシフに落ちた。大きな衝撃が響き渡る。これが、先ほどから起こっていた地震の原因。どうやらルシフには何度も何度もこうやって神の光が流し込まれていたようだ。


「でもなんで?光を浴びたら暴走進化態になってしまうはずじゃあ……?」

「とにかくさっさと助けてやろうぜ。見るからにヤバそうじゃねえかよ」


 私達はセイヴァーになり、ルシフの救助へ向かった。が、そこへ風が吹き荒れ、私達の動きを封じた。


「これは……ミルザの風の攻撃……!」

『ピンポーン、正解じゃーん!』


 天使の最後の一体・ミルザ――奴は私との戦いで負った傷を治し、今一度私達の前に姿を現したのだ。


『まさかこの世界にまでやって来るたぁ、思ったよりもしつこいんだねぇお前さん』

「まぁね!……ルシフは返してもらうよ」

『そういうわけにはいかねえんだな、これが』


 私はセイヴァーソードを創造して突風の中を突き進んでいく。ミルザは私の攻撃を軽々と受け止めて、飄々とした態度のまま口を開いた。


『いやぁ、俺としてはこんな奴どうだって良いんだけどさー、神に命じられた手前、適当にするわけにはいかねえわけ。ま、お前さんと戦えてラッキーっちゃラッキーだがよォ~』


 ミルザは全力で私に攻撃を仕掛けてくる。さすがに完全体。通常形態では勝ち目がない。でも、形態変化させてくれる隙も与えてくれない。暴風にみんなも動けない。このままじゃルシフが……!


『ハハハハハハ……!楽しい、楽しいぞ!戦いはこうでなくちゃあなぁ!!』

「ならば貴様もその楽しさの中で朽ち果てるが良い」

『あん?ウグアアアアッ!?』


 カレンちゃんがミルザの風を欠き消して二つの剣で攻撃する。鋭い斬撃の嵐が、ミルザを圧倒する。彼女の力をはっきりと見たのは今がはじめてだが、さすがという感じだ。凄い……!


「今だ優希。はやく助けてこい」

「うん!ありがとう!」


 カレンちゃんにミルザを任せて私は走った。ようやくルシフ奪還だ。

 しかし当のルシフは近づく私に対して険悪な表情を浮かべて言った。


『チッ……来ルナ!』

「何言ってるの?私の事が嫌いなのはわかるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

『ソウイウ事ジャネエ……!近ヅクナ……俺ハ……モウ……!!』

「え……っ!?」


 そして次の瞬間、ルシフの身体から巨大な力が溢れだし、彼自身を包んでいった。

 何が起きたのかわからず、私は目の前の光景にフリーズしていた。


 ふとミルザがこう呟く。


『始まったか』


 始まった……?まさか、暴走進化態になってしまったと言うのか……?

 いや、違う。こんなに巨大な力は、暴走進化態の比じゃない。一体何が起こっているんだ?


「超転生」

「……?」

「今更ながら、繋がったよ。神の奴が何を企んでおったのか」


 そう言うカレンちゃんは少し険しい顔をしていた。もしかしなくても、厄介な事が起こってしまったようだ。それで……その超転生というのは?

 私が尋ねる前にミルザが声を発した。


『さすがは始まりの救世主ってところか。でもま、他の連中は解ってねえみたいだし、説明してやりなよ』

「ふん。そのような事を言っておるが、貴様の考えなどお見通しだ。私と戦いたくないだけであろう」

『あらら、バレちまってたか』

「……まぁ良い。今は貴様を相手にしておる場合でもなさそうだしの」


 カレンちゃんは剣を地面に突き刺して杖変わりにし、身体を預けてだらりとリラックスしていた。ミルザごときは取るに足らない相手だ、と言うことだろう。これで力が落ちてるだなんてとても思えない。これが経験の差って奴なんだね。


 カレンちゃんは莫大なエネルギーに包まれているルシフを見ながらこう言った。


「神の力と言うものは巨大すぎる。ゆえに凄まじい力を得るがゆえに、その身も心も耐えきれず、結果滅んでしまう。それこそが暴走進化態だ。だが、それを自らの力として制御し、更なる高みへと昇るイレギュラーな存在がいるのだ」


 それがルシフと言うことか。でもイレギュラーな存在というのは……?


『たまにいるんだよなぁ』


 ミルザが口を挟む。


『人間の頃の魂をそのまま引き継いでギョウマに転生する奴が』

「え……?」


 カレンちゃんの方へ視線を戻す。彼女はそれは事実だと頷いた。


「ギョウマの肉体であれど、魂が人間……それは神の力にも消されぬほどの強い意思を持った魂だからだ。そう、通常のギョウマよりも質の良い魂を持った存在。神の力を制御し、正常な進化を遂げる事の出来る存在なのだ」

「それが……ルシフ……?」


 とてもじゃないが信じられない。今でこそ、その傾向は無くなったが、どんな手を使ってでも私の事を殺そうとしていたギョウマだ。そんな卑怯な奴に、強い意思なんて……。


 ……いや、逆だ。その卑怯な手を使ってでも貫こうとする。それこそがルシフの意思の強さを表していたんだ。

『憎しみ』という一つの大きな感情を貫き通そうとする、意思の強さを……!


「あやつはその憎しみのままに全てを滅ぼす化身となるであろう」

「……ちょっと待ってよ。一つの大きな感情の性質を司るギョウマ……それって、まるで――!」

「そなたの想像通りだ。あやつは新たなる天使としてこの世界に降臨するであろう。それも、これほどの膨大な神の力を全て自らの体内に宿しておるのだ。もっとおぞましき存在へと覚醒する……!」


 だからこそ厄介なのだ。とカレンちゃんは眉を強ばらせる。


 確かに、ルシフから感じられる力は尋常ではない。完全体のミルザをも軽く凌駕するほどの巨大な力――これこそが神の狙い……?新たな戦力を産み出し、人類滅亡への一歩を加速させようというのか……!


 ――ルシフのエネルギーは次第にその身体の中に納まり行く。そしてルシフの身体は崩れ落ちていき、新たな姿へと再構築される。


 その肉体は黒一色ではあるが、同じく黒一色だった不完全体の天使とは違う。鋭く、毒々しい鎧に身を包み、その下に見える強靭かつスマートな肉体には美しさすら感じる。烏のような黒い翼は、絶望そのものを象徴するかのように巨大で、羽の一つ一つが禍々しく力を秘めている。

 闇の属性に特化した黒き完全体。これが彼の新たなる姿……。天使というよりはまるで、堕天使と呼ぶべきが、相応しいように感じる。


 新たな同胞の誕生を楽しむようにミルザは大きく笑い声を挙げた。そして高らかに声を挙げた。示した。その存在の名を。


『さぁさぁ、真打ちの登場だァ!これが我らが大天使・『ルシフェル』様だぜぇ!!』


 ルシフェル。そう呼ばれる者に生まれ変わった彼という存在は、一体何を持たらすものか。彼は不気味なほどに、黙りこんでいた。

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