青春との別離
王との戦いに終止符を打った。
でも、まだ全ての問題は、解決していなかった。
ノゾミちゃんが私に語りかけた。最後に、選択しなければならないことがあると。
『『力』はお前に託せた。後は我々の『魂』の事だ。どうする?』
私は想束の力でみんなの魂と一体化している状態だ。しかし、神の力を得た今、自らの意思で魂を切り離す事が出来る。つまり共鳴が無くなる。
でもそれをすれば……今度こそ、本当にお別れだ。もうみんなとは対話も不可能になるし、視認することすら出来なくなるだろう。
簡単に答えは出せない。
共鳴の事はおぞましく感じていたが、今はみんなといつでも話せてむしろ良く感じている。要するに――。
「……どっちでも良いよ。ノゾミちゃん達が決めて」
どちらも選べない。選択は、彼女たちに委ねた。
するとノゾミちゃんは瞳を閉じて笑みを浮かべた。もう覚悟は出来ているというような感じだろう。
ノゾミちゃんはみんなに確認するように視線を飛ばした。全員が満場一致で頷き、ノゾミちゃんは再び私へ答えを告げた。
『世話になった。お別れだ』
チクリ。胸が苦しかった。泣き出したかったが――彼女の胸の内は共鳴のお陰でわかっている。反発は出来なかった。
ノゾミちゃんは……いや、みんなは、私の身体を元に戻そうとしてくれている。共鳴を解こうとしてくれている。
そしてこうも考えている。自分達が居座り続ければ、私の心はいつまで経っても日常に戻れない。
私がそれを受け入れようが、仮に共鳴なんてものが存在しなかろうが――抱えている限り、真の意味でのそれは叶わないだろう。そう考えているんだ。
私だってそうだ。
みんなの意思を背負いながら戦うと決めた。だけど、みんなの存在に甘えるのは、良くないって思う。辛いけど……それが本来あるべき現実の姿なのだから。
それに、みんながそう思ってくれた。それを否定したくはなかった。私は、それを受け入れる。
美影さんは哀しさを押し殺して言った。
『哀しむ必要なんて無いわ。みんなそれぞれの居場所に還るだけ。私達の心はいつも貴女の傍にいるし――きっとまた、どこかで逢えるわよ!きっと……ね』
向き合わなくてはいけない。私も強引に笑みを浮かべて返した。
「だね!絶対みんなの事は忘れないよ!みんなとの、大切な、大切な、思い出……ずっと大事にするから。私、これからも頑張るから!」
私はセイヴァーソード・アルティエンドに神のオーラを纏わせ、みんなの魂と私の魂を分離させた。
ズドドドドドドッ――巨大な音を立て、私の意識の中からみんなが消えていく。
私達は手を振り合って、最後までお互いの顔から目を離さなかった。
『優希ー!!元気でやりなさいよ!!』
「ヒカリちゃんこそ……こう言うのも変かもだけど、故郷で元気でね!いつか、逢いに行くから!だから……ばいばい!!」
ヒカリちゃんとは、ちゃんとさよならを言い合えなかったから。やっと言えた……そんな安堵と、それのせいで益々感じる名残惜しさを抱え、手を振り続けた。
その隣にいるエレムの視線に気づく。
『……ナ、ナァ……ッ!』
「何?」
『……何デモナイ』
エレムは少しやりづらそうに、珍しく顔をしかめていた。
しかし次の瞬間にはいつものヘラヘラした表情に戻って――。
『ジャアネ。騒ガシイ馬鹿セイヴァー』
「んがっ!?な、なんですとっ!?……はぁ、もう。……うん、じゃあ、ね……」
別れを告げると、消えていった。
ようやくみんなの魂は、自由へと、解放されたんだ。
――私の意識は現実に戻る。もうこうして、心と現実を行き来することも無くなるのだと考えると、ほんの少し寂しいが、みんなで決めたことだ。
それに、私も前に進むよ。共に生きている大切な人達と。
「優希ちゃん……っ!」
「やぁ、鞘乃ちゃん……ってわばっ!?」
鞘乃ちゃんに勢いよく抱きつかれ、ずっこけそのまま二人で地面に落ちた。
「平気なの?身体に異常は?怪我は?」
「あぁ、うん、今地面に打ち付けられた以外はだいじょぶ」
「そう……っ!良かった……!!」
私の無事と、そして、全ての決着。その事の喜びが、彼女の表情に溢れ出し、それは涙へと変わって私の頬に落ちた。
世界を救った。それは同時に、彼女の幸せをちゃんと守ることが出来たって事なんだ。
私も嬉しくて、彼女をそのまま抱きしめた。その綺麗な髪を撫でながら、私は言った。
「終わったよ。全部終わったんだ」
――その後、私は次元の属性を使い、私達と異世界を分離させた。同時に核は消滅し、これで完全に安全な世界へと戻っただろう。
繋がりは消えたとはいえ、ビヨンドくんに乗ればいつでも異世界には来る事が出来る。もう誰もいない世界とはいえ、みんなの魂が眠る場所だ。いつかちゃんと弔いに来ようと思う。
ルシフとバーナは、ましろちゃんが外界との接触を遮断するスーツを作ったことで、私達の世界へと招き入れることが出来た。ルシフは私と戦いたがっているけど、『壁』がある限りそれは叶わなさそうだね、なんて。
それから私は伝えた。
彩音ちゃんにはウェイブからの、ましろちゃんには操さんからの、最後の伝言を。
消え行く間際に彼らは虹神鍵にそれを遺していった。スロットに挿していない状態でもスイッチを押すことで虹神鍵は様々な効果を発揮する事が出来る。その一つを使う。彩音ちゃんの『音』の属性を応用したものだ。彼らの言伝てを再生した。
『彩音!君ハ優希ト同ジクライ……イヤ、ソレ以上ニ危ナッカシイ!!モット大人シクシタマエ!!』
「あー、折角最後の言葉だってのに説教たれんじゃねえよ。うっせーな」
『……ゴホン。無理ハ駄目ダ。デモ、ソンナ真ッ直グナ彩音ノ事ガ大好キダヨ!遠イ未来、アノ世デ会オウ!』
「さらっと縁起でもねーこと言うなよ!!アタシだって大好きだ!バーカ!!!」
ボロボロと涙を流して彩音ちゃんは叫んだ。
そんな彩音ちゃんに冷たい視線を送り、「だらしないですねぇ」と腰に手を当てていたましろちゃんだったが。
『ましろ』
「操さん!?」
操さんの声を聞くや否や、ダバーと滝のような涙を流していた。まぁ、無理はないだろうけど、ね……ハハハ。
『ずっと見てたわよ。ううん。それは変わらない。だからこれからも、走り続けて。ましろの人生を』
「はいっ!!これからも精進するです!!」
そう言って彼女は操さんの形見である結晶を見つめていた。
あの時と同じで、涙ながらにだが、微笑む表情には彼女の成長が伺えた。
絆とか、力の強さとか……それだけじゃなくて、私達自身の心が成長出来たんだ。
あの日、あの時。私が踏み出した一歩が、今に繋がっている。胸を張って言えるよ。私の選んだ道は、間違いなんかじゃなかったって。
そんな感傷に浸っていると、鍵はさらに加えて、音を発した。
ザザッ――そんな雑音だけだったから、何かの間違いかと思ったが、しばらくして、彼の言葉を弾き出した。
『……ヤァ。楽シクヤッテルカイ?』
エレムだ。私は驚いて、思わず背筋をビシッと伸ばしていた。
しかし彼の声にいつもの態度はない。そう言えば別れの直前も、様子がおかしかったが……一体どうしたと言うのだろう。私はそのまま耳を傾ける。
『実ハ、サ。最後ノ台詞。気ニ入ラナクテ。ヤッパリ、後悔シナイヨウニ、チャント言ットカナイトネ。マ、死ンデルノニ、後悔モ何モ無イカ』
自嘲して笑う。
その後彼は気を落ち着かせるように呼吸を正しているのか、少し雑音が入って……そして、言った。
『君達同士ノ絆。馬鹿ニシテタヨ。ケドマサカ、人ト、ギョウマガ、コウシテ交ワルマデ来ルナンテ思ワナカッタ。凄イヨ。大シタモンサ。ソレニ……ズット、僕ノ事ヲ背負ッテクレテタ。最後ニ一緒ニ戦エテ良カッタヨ』
彼と私は、お互いに否定しあう為にぶつかった。彼との戦いから、私がギョウマとわかりあう為の戦いが始まったんだ。
そんな彼と、一緒に戦った。私の想い描いた光景。それを思い返し、胸が熱くなった。
そして――。
『サンキュー、新庄優希!ジャアネ』
彼が素直になれず、だけど伝えたかった事……感謝の気持ち。そして私の名前。
それを聞いた瞬間に涙腺が決壊した。流れ落ちたそれは、留まることを知らず勢いを増していく。
私とエレムは最後の最後でわかりあう事が出来たのだ。私は鍵を握りしめ、それを実感していた。
「ありがとう……エレム……っ!」
――辛い戦いの日々だった。
だけど無くなってしまえばそれは、ぽっかり心に穴を開けるように、寂しさのようなものを残していった。
争いなんてなければいい。それは今でも思う事だし、戦ってる最中なら尚更思っていたことだった。
それでも。それでも、必死に向き合った事だから。希望を求め続け、走った毎日だったから。
きっとこれが、私達の青春だった。
そんなちょっと不思議な感覚を抱いて、私は、みんなとの幸せを噛み締めた。泣いたまま、鞘乃ちゃん達に向けて思いきり、笑って見せた。




