希望への誓い
ちょっとしたピンチだ。
セイヴァーとして戦うことだけが大変な事だと思っていたけれど、こんな身近なところに大きな壁が待ち構えていたなんて予想もしていなかった。
「そういえば今日も途中で帰ってたよな?鞘乃も一緒だったろ」
彩音ちゃんは私の事を心配してくれているんだってことはわかる。でも、セイヴァーのことは話すわけにはいかない。バレてしまえば、それこそ余計に心配をかけることになる。自分が戦うだなんて言い出すかもしれない。鞘乃ちゃんの事を責める可能性だってある。でもちょくちょく怪我していたことはなんて説明すればいいかわからないし、かといってなんて他になんて説明すれば良いかもわからない。何か辻褄が合うような出来事があれば良いんだけど……。
(……待てよ?さっき思い出してた事が使えるかもしれない)
と言うより、今は悩んでる暇もなさそうだ。私は考え付いた答えを彼女にぶつけた。
「以前鞘乃がお前になんかしたんじゃねえかって疑ったことがあったよな?やっぱりあいつ……」
「あ、あのね!!実は剣術の修行を受けておりまして!」
「は?」
鋭い目が一瞬できょとんとした顔に変わる。そりゃそうだろう。全く予想外の位置から吹っ飛んできた言葉なんだから。
「いっやー、実は鞘乃ちゃんって剣術の名門が産まれでね、時々稽古つけてもらってるの!」
「ちょっちょっちょっと待てよ。わざわざ学校サボって、しかもあんなに傷だらけになってまでやることか?」
「やるならなんでも本気でやらないと!私が無茶っぽいのは彩音ちゃんも知ってるでしょ!?」
……ちょっと強引過ぎたかな。普通なら騙されないだろうね。でも私が新庄優希という人間だからこそそんな馬鹿な言葉は通る。だって馬鹿ですから!
「……そっか。思い過ごしかい」
「そうだよー!彩音ちゃんの攻撃に負けないように私も鍛えようと思って!」
「動機が不純だな!」
なんとかその場は切り抜けられた。……大丈夫、だよね?彩音ちゃんは乱暴だけど、私の言う事は信じてくれるから。
……その信用を利用して騙した挙げ句、そんなのよりももっと大変な無茶を背負っちゃってる。その事は本当に申し訳無いと思う。でも、彩音ちゃんが大事だからこそ、巻き込みたくないんだ。そんな罪悪感を抱きながら、その分彼女を安心させてあげれたらとしばらく時間を共にした。
――そして帰宅。なんだか非常に内容の濃い1日だった。
なんとか誤魔化せたけど、今日みたいな事がもう起きない事を心から願うよ……。
「それにしても、彩音ちゃん、何に悩んでいるんだろ」
……悩んでてもわかんないし、今は今わかってることを優先しないと。
この戦いを解決出来るかもしれない三つの謎。そのなかで解明出来そうなことが一つだけある。
「奴らの隠れ家……」
虹色の空の事を調べようにも手がかりが全く無い。奴らの動く理由だって聞いたところで教えてくれるとも思えない。
ならばやはり、行動するだけの、三つの謎の中でもすぐに解決出来る見込みのある隠れ家を調べるのが得策だろう。潜んでいるポイントがわかるだけでもいろいろとこちら側が有利に動ける可能性がある。
さっそく鞘乃ちゃんに連絡する事にしよう。左手に填まったグローブで簡単に通信出来るけど、鞘乃ちゃんの方は部屋でまで通信機を着けてるとは思えない。無難にメールで済ませておくことにする。
「えっと……『こんばんわ。ギョウマ達の隠れ家かもしれない場所に攻撃してみない?』……なんか物騒な文面だなぁ」
でもそれ以外に簡単に伝わるのは思い付かない。
「ええいっ、送信だ!」
するとほんの数秒後、電話がかかってきた。迅速な対応に少し戸惑いながらも、私は応答する。
「も、もしもし?」
『優希ちゃん、今の本気?』
少し不安そうな声色が伝わる。鞘乃ちゃんはやっぱり反対なんだろうな。でもここで引き下がっちゃ、何も変わらない。
「ほ、本気だよ。だってこのまま現状を維持し続けても、戦いは終わらない」
『そうかも知れないけど……言ったよね?ほとんどが不明なあの世界で迂闊に動くのは危険だから、慎重に動くべきだって』
「でもそれは鞘乃ちゃんが一人だけだったからだよね。今は私がいる。私にもし何かあっても鞘乃ちゃんが残ってるから……」
強引だが、なんとか彼女を納得させようと先走ってしまった。そしてその発言を聞いた途端――。
『やめて!!!』
彼女は声を荒らげ、微かに泣き声を漏らしていた。
……今のは冗談でも言っちゃいけないことだ。約束したはずだ。私は死なない。彼女の重荷になるような事にならないと。
「ごめん!本当にごめんなさい!」
鞘乃ちゃんにとって私は、ようやく出来た繋がり。少しのことでも敏感になって当然だろう。最低な真似をしてしまった。
それでも鞘乃ちゃんは必死に謝る私のために気を戻していつも通りを取り繕ってくれた。
『……ゆ、優希ちゃんの考えもわかる……でも、少し考えさせてくれないかな……』
「うん、本当に……ごめんね」
『ううん、もう大丈夫、だから……。とりあえず今日はこの辺にしよう?』
「そ、そうだね……おやすみなさい!」
『……おやすみなさい』
電話を切り、絶えない後悔に私は力無く地べたに座り込んだ。あんなに取り乱すほど、私の事を大切に想ってくれていた彼女を哀しませてしまうなんて……。
とは言え、今回は言ってることがどっちも間違いじゃないと思う。さすがに私が犠牲になると言うような発言はやり過ぎてしまったが、現状維持のままではいけないというのも事実。さてどうしたものか……。
(私がもっと強ければ……)
私が無力だからいけないのだ。私がもっと強ければ……何が現れても負けないくらい強い力を持っていれば……。いや、そんな事、考えるのはもっと間違ってる。
力だけに拘ったらギョウマと一緒だ。熱くなりすぎてる。少し頭を冷やさなければ。今日はもうなにも考えないほうが良さそうだ。明日目を覚ませばいつも通り、そう、寝ればきっと忘れられる。
「……寝よう」
――次の日。確かに気分は少しマシにはなった。ただ、鞘乃ちゃんを前にするとやはりどう接すればいいかわからずにどぎまぎしていた。
「お、おはよ……」
「……うん、おはよう」
私達は最初の時みたいにギクシャクしてしまっていた。それは一目で分かるもので、葉月ちゃんが心配そうな視線を送ってきている。とりあえず心配させてはいけないし、気にしないで、と口にした。
しかし私も鞘乃ちゃんも結構ブルーなオーラが出てしまっている。気にしないと言う方が難しいかもしれないね。でも鞘乃ちゃんとは随分親密になっていたから、その分私のショックは大きなものになっていたんだ。鞘乃ちゃんも、そう思ってくれているかな……。
やはり葉月ちゃんはこのギクシャクした空気に焦りを隠せないという風にしていた。……いつもならこの辺で彩音ちゃんからの一喝が入るところなんだけど。
「……彩音ちゃんは?」
「え、えぇ。ちょっと事情で休むと言ってましたよ」
それでこんなにメリハリが出ないのか。雰囲気が悪いときは私か彩音ちゃんが盛り上げ担当なんだけど。
(今日に限って休みかぁ……)
――結局昼休みまで特に進展もなく。今日は無事お弁当を食べれそうだけど、こんなに食欲が出ないのも中々無いよ。
でもそれ以上に葉月ちゃんに迷惑だ。彼女は無関係なのにこんな私達に挟まれちゃ良い迷惑だろう。いい加減に私がなんとかしないと。そう思っていた矢先、鞘乃ちゃんが口を開いた。
「葉月ちゃん」
「は、はいっ!?」
まさか自分の方に言葉が飛んでくるとは思わなかったのか、葉月ちゃんは思わずビクッと跳ねてから再び椅子に座る。
「す、すいません、私の方が取り乱してしまって……。なんでしょう?」
「……私には今悩みがあって」
それを聞いて葉月ちゃんはチラリと私の方見たが、敢えて私の事かどうかということは聞かずに黙っていた。
「両方とも正しいと思える事があるんだけど、どちらを選べばいいかわからない。そんな時、葉月ちゃんならどうするか、聞きたいの」
……まぁ、そういう質問の仕方にはなっちゃうよね。気持ちはわかるよ、鞘乃ちゃん。漠然とした質問だったけど葉月ちゃんは真剣に悩んでくれていた。
「わかります。私、優柔不断なタイプですし、よく二つの事で悩む事が多いです」
例えば?と私が言うとにっこり笑顔で葉月ちゃんが答えた。
「チョコレートパフェにするか、いちごパフェにするか……その次の日はクッキーにしようか、ケーキにしようかで悩みましたよ!」
……食べ物ばっかりじゃん!!……って突っ込みたいけど、私も食べ物には拘るし、否定できないや……。鞘乃ちゃんも少し予想外の答えに一瞬焦りを見せたが、本題を続けた。
「そ、そんな時、葉月ちゃんはどうしたの?」
「両方食べました」
「!?」
え、葉月ちゃんってそんな両方も食べれるほど大喰らいだっけ?……お菓子は別腹って事かな……。
「うーん、きっと鞘乃ちゃんが抱えてる事ってこんな些細な事じゃないですよね。でも、欲張る事って大事だと思うんです。その分、自分が頑張らないといけませんけどね」
葉月ちゃんはニコニコ笑ってお腹をポンポン叩いた。
(……絶対無理して食べたんだ!!そりゃその体型にパフェ2つは地獄だよ!)
驚愕の事実に鞘乃ちゃんと仲良く驚いて見せた。
――葉月ちゃんと言葉を交わしたからか、鞘乃ちゃんも少しづつ調子を取り戻していった。なんとか三人で楽しく時間を過ごすことが出来て一安心だ。
昼食を食べ終え、昼休みが終わるまでの残り時間、話があると鞘乃ちゃんは私を屋上へ連れ出した。鞘乃ちゃんは私に言った。答えが出たと。
「両方やる。奴らの潜伏先を調査。かつ貴女を無事にこの世界に戻す」
「葉月ちゃんの考えだね」
「えぇ。彼女のお陰で答えを見いだせた。どちらか一方の考えに集中させようとするからいけなかった。そしてそれは、私が優希ちゃんの存在に甘えすぎていたから起きたこと」
そんな事はない。私のせいで鞘乃ちゃんには辛い想いをさせてしまった。私がもう少し鞘乃ちゃんの気持ちを考えてこの話を提案していれば、鞘乃ちゃんを悩ませる事も無かった。
私は今一度頭を下げた。まだ直接謝ることだって出来ていなかったしね……。でも鞘乃ちゃんは、首を横に振る。自分が未熟なせいだと。
「私は優希ちゃんの言い分に涙してしまった。それこそが未熟な証拠……。本当に私が優希ちゃんに言わなきゃいけなかったのは、『貴女に何かあったら、私が守る』って事のはずだもの」
「鞘乃ちゃん……」
「私達が二人でいる意味は、どちらかを犠牲にして真実を掴むためじゃない。二人で助け合って進むためだと、私は思うわ。だから……何があっても、優希ちゃんは私が守るよ」
彼女は私の手をギュッと握った。力強く、彼女の強い意思を感じた。私もそれを握り返す。
「うん……その分私も鞘乃ちゃんを守るからね!」
そう言うと鞘乃ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
この笑顔を守るため、彼女をもう一人にはさせない。そして私自身、彼女とこれからも楽しく過ごしていきたい。
だからこそ……必ず二人で生きて帰る。絶対に……!それを誓い合って、私達は挑む事にした。未知の領域へ――。




