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新庄優希の救世物語  作者: 無印零
第1章
6/100

日常の守護者

 桜も散り、少し肌寒い時期も終わった。吹く風は気持ちよくて、ぽかぽか陽気のお日様に包まれた爽やかな朝の空気を浴びながら、私は駆け出した。

 待ち合わせ場所には既にみんなが集まっている。彩音ちゃんと葉月ちゃん……二人の友人とは、小学校時代から変わらずこの場所から登校していた。

 そんな私達の日常に、鞘乃ちゃんがいるようになったのも、すっかり当たり前になって……。


「みんな、おはよう!!」

「おはよう、優希ちゃん」

「鞘乃ちゃーん!会いたかったよ!」

「ふふ、昨日会ったばかりだよ」


 ずいぶん笑うようにもなった。と言うよりは、本来の鞘乃ちゃんを私の前でも出してくれるようになったって感じかな。


「……で、葉月ちゃん、その凄い量のビデオカメラは一体?」

「いえ、お気になさらず。お二人はそのままどうぞ続けてください」


 ……相変わらず葉月ちゃんのツボは良くわからないけど。とにかく、この一ヶ月弱の間で鞘乃ちゃんとの距離は凄く縮まった。今では一番時間を共にしている仲になっている。大きな秘密を共有することになり、私の事を頼りにしてくれているのだろう。

 私は現在もセイヴァーとして、鞘乃ちゃんと共に悪いギョウマさん達との激しい戦いを繰り広げている。


 とは言え、それは名目上というか、普段はただの女子中学生に変わらないわけで、その両立に苦労する毎日なんだけどね。それもこれも、ギョウマさんは都合よく現れてくれる訳じゃなく、日数単位も時間もバラバラ。慣れるはずもないよ。あのゴウテツとの戦い以来、倒せたギョウマもたった二体ほど。もう少しペースを上げた方が良いんじゃないかな?


 でも戦いはやっぱり嫌なものだし、平和すぎる日常をありがたく噛みしめながら学校生活を味あわせてもらっている。


「――ふぁあ……」


 ……ちなみに、今の欠伸は単純に出たもの。数学の授業は苦手で、ついだらけてしまっちゃうんだよね。


「おいおい優希くん、随分余裕だね」

「おいおい彩音ちゃん、その言葉そのまま返すよ。というかどういうキャラなのそれ」


 ツッコミを入れてから、冷静に考える。もうすぐ中間テストというおぞましいものが始まるんだ。国語と美術だけはそれなりに得意だけど、他は点でダメ。数学なんて目もつけられない。


「余裕どころか絶賛大ピンチだよ~テストとかどうしよう」

「ハハ、優希は馬鹿だもんな。……まぁ、アタシも全然人の事、言えねえか」


 二人並んで落ち込んで見せる。それでなんとかなれば苦労もしないんだけどね……。

 彩音ちゃんも勉強がすこぶる苦手なんだ。まぁ、思うがままに生きてきたって感じだし、見掛けっぽいって言えばそうなんだろうけど……うーむ、また二人で仲良く補講は避けたいなぁ。

 そうして私が益々だらけていると、彩音ちゃんがゆっくりと右隣へ視線を移した。


「……葉月教えてくれよ。英才教育の賜物ってやつでさぁ」


 私の前、彩音ちゃんの右隣は葉月ちゃんの席だ。いつも笑顔の彼女だが、さすがに私達の怠惰な態度には、ほんの少しそれを曇らせ、困ったような笑みへと変わっている。


「構いませんけど……全部他人任せではいけませんよ。きちんと授業は聞きましょうね」

「うげぇ、真面目だなぁ」


 葉月ちゃんは聞かずとも余裕だろうに、真面目に授業に取り組んでいる。こういう姿勢から変えなければ、意味が無いのだろうか。

 葉月ちゃんはとりあえず賢いんだ。日頃から勉学に励んで、その上いろんな習い事、お稽古をこなしている。顔も結構な美人だと思うし、やっぱり、恵まれてる人はとことん恵まれてるって感じ。


「どうしたんですか優希ちゃん」

「……なんでもない」


 ……本当は、彼女を羨ましく見つめ、自分のダメダメさを再確認していたところだ。そして益々やる気が霞んできた。というか、こんな凄い人間を前にして、どうやる気が出せようか。

 こういう時は一旦気持ちをリセットするべきだ。隣の席の鞘乃ちゃんに目を移す。私と違ってやはり真面目そうだ。勉強してる姿も様になるなぁ。


(あっ、目があった)

「……優希ちゃん、頑張ろう?あと少しで終わるから」


 うーん、鞘乃ちゃんに言われるとやる気になっちゃうな。それにこの数学を乗りきればお待ちかねの昼休みだ。お昼ご飯が待っている。それを考えると急に気合いが湧いてきた。


 そうして身体を起こした時の事だった。鞘乃ちゃんのケータイの緊急アラームが鳴り響いた。鞘乃ちゃんは先生にすいませんとペコペコ頭を下げ、そして私の方へ視線を移す。……出番のようだね。




「――どうして昼休みに限ってぇえええええ」


 これはアレだ。平日に中々来ないくせに、休みの日に限って現れる台風のガッカリ感に似ている。

 人々の幸せを破壊するギョウマは確かに私の幸せを潰していった。


「おのれギョウマ……ゆるさん!!速攻で片付けよう!!」


 ギュッと拳を作る私を見て少し苦笑い気味に鞘乃ちゃんは頷いた。ただそれ以降は緊迫感に包まれた出陣だった。相手は恐ろしい異形の魔物だ。油断は出来ない。


 ――やって来た異世界。虹色の空が綺麗だけど、実は結構危ない場所らしい。謎のエネルギーが充満し、生身の人間ならば三十分程度居座れば限界なのだ。限界って言っても、実際は何が起こるかは鞘乃ちゃんにもわからない。……想像はしたくもないけどね。


 さて、そうこうしている間にギョウマを発見した私達。ピエロみたいなちょっとファンシーな姿のギョウマだ。でも油断してはいけない。その目はとっても危なっかしい目をしている。やる気満々って感じだ。


『イッリューッジョッジョッジョ!我ガ名ハ『トンファン』!貴様ヲ倒シテヤルジョ!』

「ご丁寧にどうも。キャラ濃いねぇ……。私は新庄優希!悪いけど、死なないっていう約束してるんだよね」

『ジョッジョッジョッ…死ネナイノカ…ナラバ死ネィッ!』

「話聞いてる!?」


 トンファンは幻影による分身を産み出した。それが奴の能力みたいだね。ザコギョウマ達を片付けるだけでも面倒なのにまだ増えるなんて面倒だな。でも私にも頼りになる友達がいる。


「ザコギョウマは私がやるわ。優希ちゃんはギョウマの方にだけ集中して」

「わかった!任せたよ、鞘乃ちゃん」


 鞘乃ちゃんは愛用の銃と、新装備の剣を引っ提げ、ビヨンドくんと共にザコギョウマ達に立ち向かっていった。それと同時に私もトンファンに攻撃を仕掛ける。


 ――セイヴァーは基本的に誰でもなれる。が、その能力は人によって違う。私は特殊な力こそ持たないが、パワーとスピードに特化した攻撃型だ。

 それを利用した拳によるラッシュでトンファンの分身を一気に攻撃していく。凄まじい速度で攻撃した結果、それはすぐに本物を捉えた!


『ジョバァッ!?』


 吹き飛ばされたトンファン。奴は能力に頼りっぱなしで本体の力はそれほどではないみたいだね。そんなんじゃ、「全部分身任せではいけませんよ」って葉月ちゃんに怒られるよ?


『オノレ……コレナラバドウダッ!』


 トンファンはまたも分身を作る。でも通じない手をわざわざ使うってことはなにか考えがあっての事に違いない。

 それでもやることは一つ。分身達を一つ一つ確実に消していく。が、分身に触れた瞬間、そこが光輝いた。咄嗟に拳を引っ込め、高くジャンプして回避する。光った分身が、爆発した。


『ホウ……カワストハ、中々ヤルジョ……』

「……幻影による分身……そこになにかを仕込んだんだね」

『ソノトーリ!俺ノ分身ニアラユル罠ヲ仕掛ケテオイタ!』


 つまり迂闊に攻撃出来ない。って、言いたいんだろうけど。だったら全部一気に消してしまえばいい。


「ふふんっ!セイヴァーソード!」


 右腕から創造した救世剣・セイヴァーソード!鞘から抜刀し、力を込める。私の特化した力を注ぎ込めば、それは巨大な光の刃となり、あらゆるものを斬り裂く必殺の剣となる。


『ク、クソッ!ヤレッ!分身達ッ!』

「私と鞘乃ちゃんの絆の力に、そんな小細工は通用しないよ!」

『ジョッ……ジョアアアアアアアアッ!!』


 必殺の一撃はトンファンを分身ごと、まるごと飲み込むように一刀両断にした。


「――優希ちゃんお疲れ……」


 ザコギョウマ達との戦いを終え、駆け寄る鞘乃ちゃん。その言葉が途切れたのは、目の前に広がる光景を見たからだろう。


「……また随分と派手にやったね」

「へへ、頑張ったよ」


 大きな岩場が斜めに裂け、崩れ落ちていた。私の成長速度は順調に上がっている。一ヶ月間の戦いは伊達じゃない。これぞ努力の成果ってやつだね!


「……さすが優希ちゃんね」

「へへ、そうでもないよ」

「そうでもあるよ。優希ちゃんは本当に頼りになるセイヴァーだもの」


 鞘乃ちゃんはそれを嬉しそうに、でも少し羨ましそうに言った。


 鞘乃ちゃんは誰にでもなれるはずのセイヴァーに何故かなることの出来ない存在。その理由は不明だけど、誰にでも出来ることが出来ないって、不安にもなるよね。

 確かに不思議な事ではあるけれど……でも、それで哀しまないでほしい。どんな状態であれ、鞘乃ちゃんは私にとって大切な存在なんだから。私はそれを彼女に教えてあげた。


「鞘乃ちゃんは立派なセイヴァーだよ?私にとっての救世主!」

「優希ちゃんにとっての、救世主?」

「うん!鞘乃ちゃんがいてくれるから私も戦える。それは今も変わらないよ?」

「……うん」


 照れくさそうに、だけど彼女は笑ってくれた。


 私と鞘乃ちゃんは肩を寄せあって守り抜いた世界の空を、見上げていた。戦う運命は辛いけど、達成感みたいなものはあるかな。今日は空腹も付いてきたけど。


 ……余韻に浸っておきたいところだけど、身体を動かしたこともあってお腹がペコペコだ。もう切り上げて、元の世界に帰る事にした。

 ――そして、鞘乃ちゃんの家に戻り、ビヨンドくんを格納する。でも、これから学校まで歩かなくちゃいけないのは面倒だし、戻ってもお昼休み過ぎちゃうかも……。


「うー……お腹空いたよぉ……」

「じゃあお昼ご飯にしましょう!」

「え?でも午後からの授業が……」

「連絡入れておいたよ。この疲労感だと、行っても授業なんてまともに受けれそうにないし、荷物も預かってくれるって」


 し、仕事が早い……!それにしても鞘乃ちゃんって意外とルーズなのかな?授業に集中出来ないだろうっていうのは、その通りかもだけど……。

 困惑の表情を浮かべていると、彼女はちょっぴり頬を紅く染め私に言った。


「……優希ちゃんと一緒にいたくて、つい」

「ンエェ!?」

「……ちゃんと戻ってこれたんだって、安心できるから。……ダメ?」


 ……何がダメ?だこの野郎!そんな頼まれ方されたら断れるほど残忍じゃないよ私は!というか可愛すぎか!ルーズじゃなくて積極的の間違いだったね、こりゃ。

 そうして一人、盛り上がっては、その様子を見てどうしたのかと心配する鞘乃ちゃんに抱きついていた。


「へへ、じゃあ私とことん鞘乃ちゃんと一緒にいちゃうもーん!」

「優希ちゃん!もう……ふふふ」


 すると彼女は満更でも無いというふうに私の手にその手を重ねてくる。スキンシップも随分と受け入れてくれるようになって、私も嬉しい。触れ合えるって、すっごく暖かくて、それだけで幸せになれるからね。

 でもこのままじゃ昼食は食べれないので一旦離れる。もうお腹と背中がくっつきそうだよ、なんて笑みを溢して。


「それじゃあ簡単にだけどご飯作るから、ちょっとだけ待っててね」

「うん!鞘乃ちゃんの手料理、楽しみだぁ!」


 私はソファーに腰掛け、ゆったりと鞘乃ちゃんの料理する様を見ていた。その間にもいろんな思い出が目移りする。

 変わったのは彼女自身だけではなくて……彼女の家も、一ヶ月前と比べると凄く賑やかになっている。ビヨンドくんと、持ってきた武器の数々、それからほんの少しの鞘乃ちゃんの思い出の品々……そんな前のままじゃ殺風景過ぎるからって、二人で作り上げた部屋だ。

 出逢ってからほとんど毎日来てるし、自宅のような安心感すら覚える。最初はあんなにぶつかりあっていたのに、今は一緒にいることが当たり前になっているほどなのだ。


「あー!この前プレゼントしたぬいぐるみじゃん。ちゃんと飾ってくれてるんだね」

「もちろんよ。優希ちゃんから貰ったものを粗雑には出来ないわ」


 ニコニコ笑いながら鞘乃ちゃんは食材を切っていく。

 ――幸せ。幸せな日常だ。それを脅かそうとする悪は、感情を持ちながらどうして世界を滅ぼそうとするんだろう。……どうして私達のように、一緒にいて、温もりを感じあって、それで満足出来ないんだろう。

 この戦いは世界を守る私達セイヴァー側と、滅ぼすギョウマ側。本当にそんな単純な関係で表せるものなんだろうか。


 それを考えるため、私は再び鞘乃ちゃんから教わった事を頭のなかでリピートしていた。彼女が知る限りの、この戦いの情報を。

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