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新庄優希の救世物語  作者: 無印零
第6章
57/100

さよならの涙

 王……この戦いの全ての元凶……。そいつが次元の穴からその右腕で操さんを貫いた。その光景に、私は唖然としていた。

 そしてすぐにハッとなる。すぐに頭を動かす。おかしいぞ。だって壁の影響で王はこっち側には来れないはずなんじゃ……。

 いや……操さんは壁の影響を受けない特殊な体質を持っている。彼女の身体に直接次元の穴を広げればそれも可能というわけか……。そしてそれと同じ条件で、操さんの背後でずっと、私達の会話を聞いていたんだ。操さんが、その穴に吸い込まれてしまわない程度の、そして、誰も気づかない程度の小さな穴を作って……。


『何故……だ……!?私の事を、信用していると……言ったはず……!』

『ハハハ!!特別扱いなんてするわけにはいかないでしょ?僕は王なんだよ?王たるもの、民には平等でなくては』


 ケタケタと馬鹿にするように、高らかに笑い声を挙げた。

 こうやってこれまでも犠牲にして来たのか……。こんな奴のために、みんな消えていった。戦いを望まない者もいた。それを蹴落として平気で笑っていられる。


 私は初めて、誰に対して心の底から涌き出るような怒りを覚えた。


「王ーーーッ!!」


 不愉快な笑みが止まった。しかし王は、何も悪びれる様子もなく、ポリポリと頭を掻いている。


『あぁ……君か。確かセイヴァーツヴァイ……だっけ?を獲得した子だよね?おめでとう。君ほどの素質を持つ子と出逢うのは初めてだよ!僕も珍しく興味が湧いた!ぜひ名前を聞かせてくれないかい?』

「お前に名乗る名前なんか無いよ……!!」


 そう言うと王は少し残念そうに俯いた。

 ……なんなんだこいつは。目の前で倒れている操さんにはまるで関心が無いという風にしている。まともじゃない。いや……今さら感じることじゃないか。

 狂っている。こいつは狂ってる。だからこそ……今ここで倒さなきゃいけない……!!


 私は拳を握りしめ、敵意を剥き出しにした。それを見て王は衝撃波で私の動きを止める。


『あー、ダメダメダメ!僕もそろそろ戻らないといけないからさぁ。もう穴が塞がっちゃいそうだし、ここにいるの辛いんだよね。それに君との戦いはメインディッシュにしときたいし、ね?』


 ニンマリ笑って王は操さんを持ち上げ、異世界へと連れ去った。このまま逃がしてたまるか……!倒す……王はここで潰す!!


「許せない……王だけは絶対許せない!!」



 ***



「優希ちゃん……!?」


 こんな彼女は初めて見た。怒りを露にしている。

 怖い。私はただひたすらにそれを恐ろしく感じた。そして、苦しくなった。

 優希ちゃんが、優希ちゃんで無くなっていく……。その様子を見ていろんな言葉が連想されていく。変貌、消失、絶望、壊滅……崩壊。


 崩れていく。私に勇気をくれた、彼女の笑顔が、崩れていく……。


「倒す……!!」


 優希ちゃんがセイヴァーグローブを構えた。

 瞬間、私は意識を戻す。救世主の力は憎しみの感情では動かせない。彼女を落ち着かせなくては……。私は呼び掛けようとした。が、しかし……優希ちゃんは起動スイッチを押し、何事もなくセイヴァーに変化した。


 どうしてこんなことが……?しかも私は操作していないのにビヨンドが私達の目の前に走ってきた。まるで、優希ちゃんの意思に反応したかのように……。どういうことなのか目を疑うことばかりだが、ビヨンドを見て現状を思い出す。しっかりしなくちゃ……。

 操さんを救うことが優先だ。優希ちゃんの憎悪に気を取られすぎていた。みんなでビヨンドに乗り込み、異世界へ急ぐ。

 ……ましろちゃんが身体を震わせている。最悪の事態を避けないと……。


 次元を越え、異世界に辿り着くと、王が操さんを踏みつけ、動きを封じていた。完全なとどめを下そうとしているんだ……。

 優希ちゃんはビヨンドから飛び降りて、王に向かってセイヴァーソードを振りかぶった。しかしまた、奴の衝撃波が優希ちゃんの身動きを封じる。しかも極めつけとして、奴の『恐怖』が、優希ちゃんに向けられた。


 飲み込まれてしまいそうな深い深い闇のような真っ黒な瞳。そこで揺らめくものは、全ての存在の立ち向かう勇気を奪ってしまうような、絶望だ。それを見てしまえば、奴と戦う事すらなく、負けてしまう。

 王の勝ちは決まっていた。どんな存在にたいしても、それは揺るがない。かくして王は、操さんに心置きなくとどめをさせることとなった。その足で操さんを蹴り上げ、落ちてきたところに拳を叩き込み、抹殺しようとしている。


 止めなくちゃ……でも、どうやって?行ったところで優希ちゃんの二の舞だ。前は彼女の存在が私に立ち向かう力をくれたけど、その彼女があっさりと絶望に屈した。全部の希望が打ち砕かれてしまった。


 おしまいだ。私は奴への恐怖で動けずにいる。もう無理なんだ。諦めてしまいそうな、その時だった。


「そうやってみんなを屈伏させてきたの?」

『!!?』


 その声に、あの王がピタリと動きを止めた。葬られること無く、地面に落ちた操さん。しかし王は、再度その抹殺に動こうとはしなかった。

 声の方向に振り返る。そこへ拳が飛んできて、王の顔面を捉えていた……!


 王は吹っ飛ばされる事もなければ、大したダメージを受けた様子でもなかった。だが、王のその表情を見たのは初めてだ。操さんもきっとそうに違いない。


 あの王が、驚愕しているなんて……!


『……あ、れ?おかしいな……確かに君は……僕の恐怖を体験したはず……』

「……」

『恐怖を感じていない……?どうして?どうして?』


 怒りに満ちた優希ちゃんの表情を見て、王は戸惑っていた。

 奴も怖いのか?……そうか。これまで自身を恐れなかったものがいなかった。言わば王にとってはそれが当たり前なのだ。その当たり前を覆した。この新庄優希という少女が……!


 怖いに違いない。王にとっての未知を味わってしまったからには。……でもそう言うわけでもなかった。王の表情は次第に、笑みに変わっていく。


『……違うんだよ。僕が見たいのは、僕を見て恐がって、苦しんで、命乞いをする憐れな表情なんだ。ねぇ君はどうしてそうならないの?君もそうなってよ。もっと僕を喜ばせてよ!!』


 王は……嬉しいのかもしれない。初めての自分の危機に、喜んでいるのかもしれない。そして、更なる喜びを得るために、優希ちゃんの心もぶっ壊したいと願っているのだ。


 その狂喜と呼応するように優希ちゃんは益々怒りを高めていく。今にも二つの感情がぶつかろうとしていた。

 が、そこへ、操さんが割って入る。限界の状態だが、力を振り絞って次元移動の能力を発動した!私達は元の世界へと戻される。



 ***



 取り残された王は、しばらくその場を動かなかった。反省していた。目的を忘れ動こうとしていた自分の感情を。


『……彼女達にはもっと強くなってもらわなくちゃ。神に到達するためにも』


 今ここで殺すわけにはいかない。わかっていても動かされた。それほどに魅力的に感じた。あのセイヴァーの少女を。頬にまだ残っている。自分への殺意を纏わせた拳の感触が……。


『殺したい……。殺したい殺したい殺したい殺したい……でも、まだ抑えなくっちゃ……』


 王はようやく見つけたのだ。喜びの対象を。それを今はただ、踏みしめていたかった。だから自分の王座が待つ最深部まで、一瞬で辿り着くことができる次元移動を使わず歩いた。


 その道のりの中で、ふと思い返す。自分と彼女を止めてくれたあのギョウマの事を。止められた瞬間は苛立ったが、今は感謝する他無い。


『……本当は『こっち』で死んでもらわないと『回収』出来ないんだけど……まぁ、いっか。あいつの分くらいなくても、なんとかなりそうだし。功績に免じて、これ以上はそっとしておいてあげよう』


 どうせもうすぐ死ぬし。と、王は適当に吐き捨てた。


『……それにしても、あいつの名前、なんだったっけ?』



 ***



 元の世界に戻された私達。操さんがやったみたいだ。私はすぐには気づけなかった。


「なんで止めたの!?あいつだけはここで……ッ!」

『落ち着け優希ちゃん!!ここで奴と戦っても勝てないぞ!あのまま冷静さを欠いたまま挑めば、それこそ一矢も報いることすら儘ならなかったはずだ!!』

「冷せ……っ!?」


 言われてようやく気づいた。自分が怒りで前が見えていない状態にいたことに。

 わかっていたはずなのに。こんな気持ちでセイヴァーになっちゃいけないって……なりたくないって、思っていたはずなのに……。


 操さんは、そんな私を優しく慰めてくれた。


『……さっきは厳しく言ったが、自分を責めないで。君のせいじゃない。こんな戦いが、あるから……君を狂わせてしまった……ウグッ……ッ!』

「操さん!?」

『……それでも、忘れないでくれ。どれだけ憎い相手でも……君がこれまで貫いてきた……優しさを……』

「しっかり……っ!!」


 抱えた操さんの身体はずっしりと重く、手には力が入っていない。王に受けたあの一撃の時点で既に限界だったんだ。それなのにこの人は、私を助けてくれて、優しくしてくれた。いや……ずっとこの人に守られていた。今ここで、この人を失ってしまえば……!!


『……君たちとは、もっといろんな話をしたかった。しかし、どうやら、ここまでみたいだ……』

「……っ!」

『最後に言わせてほしい……こんな時でも、戦いの話で申し訳ないと思うが……良く、聞いてくれ……』


 その場の全員が黙っていた。半ば放心状態に近かったと言っても、間違いじゃないだろう。認めたくなくても、もうその命が尽きつつあることに、みんな気づいていたんだ。


 私はなんとか意識を叩き起こし、操さんの姿をしっかりと見た。彼女はゆっくりと口を開く。


『……優希ちゃん。君の現状を教える。君は今……救世主の力と一体化しつつある』

「え……っ!?」

『なんらかの理由で……セイヴァーグローブと一体化し始めているのだ……私も……これは予想外の出来事だった……。だが……私の考えを纏めた資料を研究所に置いてある……後で確認してくれ……』


 私の身体の異変は、このセイヴァーグローブが起こしたもの……?理解できない事態だが、今は時間が限られている。操さんの言うとおりに後で資料を確認しよう。


 操さんは次に鞘乃ちゃんに視線を移す。


『王は最近、大きく動き始めている。これから戦いは更に激化する事は決まったようなものだ……。だから鞘乃ちゃん、君のネオセイヴァーにも……新たなバージョンアップが必要だ』

「バージョンアップ……!」

『その方法も、記してある……かなり厳しい道になるかもしれないが……いずれは通らなくてはならない道だ……よろしく、頼む……』

「……わかりました」


 そして最後に……ましろちゃんに別れを告げる。


『ましろ……ごめんね。また貴女に辛い想いをさせてしまって……』

「……うぅ……っ!」

『でも……私はずっと傍にいるわ……だから……貴女も最後まで優希ちゃん達と共に歩みなさい』

「……」

『貴女は……強い子でしょう?』

「……わかったです。操さんがそれを望むなら……ましろは……走り続けるです」

『偉い子ね……』


 操さんが嬉しそうにましろちゃんを撫でた。力の限り……それが、動き続けるまで。





 時間が停止する。霧島操という世界を守り続けた救世主の時間が、完全に止まった。

 彼女は最後の最後まで、誰かに対する思いやりを持ち続け、そして、自分自身のましろちゃんへの愛情を注ぎきって、沈んだ。

 ギョウマとしての存在のせいか、彼女は光の粒になって消えていく。この世界との繋がりを一瞬で消し去るように……。


 天へと昇っていく光の粒を見て、ましろちゃんは必死にそれを掴もうと手を伸ばす。だけど光は掴めない。ましろちゃんの手をするりと抜けて、消えていく。

 その時ようやく彼女の感情が爆発した。操さんに心配をかけまいと、抑え込んでいた感情が、溢れ出す。


「嫌です……いかないで……操さん……操さん!!……お母さん!!」


 その叫びと同時に、操さんは、完全に消滅した。彼女が昇っていった空は、何事もなかったかのように晴れ晴れと綺麗な青空だった。


 ましろちゃんはその哀しみを叩きつけるように、何もなくなった地面に向かって拳を叩きつけた。痛々しく血が出るほどに、だけど、誰もそれを止められなかった。……彼女を除いて。


「……操さん……!」


 消えていったはずの光の粒の一つが、彼女の元に戻ってきた。それはましろちゃんの涙に解かされ、固まった一つの結晶となり、ましろちゃんの手の中に残った。


「そうですよね……いつだって、傍にいてくれるんですよね……」


 ましろちゃんを元気付けるように結晶は輝く。ましろちゃんはそれを大切に握った。


「忘れないです……ましろはずっと、操さんの事を忘れないです!本当に……本当にこれまで、ありがとうございました、ですっ!」


 ましろちゃんは泣きながらにっこりと歯を見せた。

 ……私達も、忘れないよ。そう告げると、ましろちゃんはさらに笑顔を見せてくれた。


 そう、忘れない。操さんがやって来た事を私達が受け継ぐ。私達は必ず、王を倒す。貴女が背中を押してくれた、優しい救世主として。だから……見ててよ。操さん。

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