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新庄優希の救世物語  作者: 無印零
第5章
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目覚めの心情

 優希ちゃんの抱える過去を知るため、彼女の家に訪れる事にした私達。それを前にして私は緊張感に襲われていた。その理由と言うものが――ここには初めて来るという事だ。

 呟くと、彩音ちゃんも葉月ちゃんも信じられないというようにように目を大きく見開いていた。


「あんだけベタベタして、毎日ほど遊んでたくせに!?」

「ベタベタて……。その、彼女は私が寂しくないようにって、毎日家に残ってくれてたのよ。だからいつも私の家ばかりだったわ」


 一人は慣れているから余計なお節介だと最初の方は断っていたのだけれど。……お陰で今じゃ一人でいることに不安を感じるようになってしまったわ。

 だからこれからも彼女には居てもらわないと困る。それを少しでも脅かそうとするものは、消さなくては。


「……みんな、行くわよ」

「そんなに緊張してんのお前だけだけどな」


 インターホンを押してすぐにその人は出てきてくれた。まだまだ若々しく元気に――もちろん性格に差異はあれど、どこか彼女に近しいものを感じた。

 彩音ちゃん達から教わって名前は知っている。新庄陽向(しんじょうひなた)――この人がそうなんだ。優希ちゃんのお母さんなんだ。それを心で実感したと思った。


「はいはいは~いお待たせしました~。……ってあれぇ、彩音ちゃんに葉月ちゃんじゃないの」

「ども、まぁまぁ久しぶりっス」

「そだねぇ、春休みぶりかな?けど、生憎まだ優希のやつ、帰ってきてないのよね」

「大丈夫です。私達、お母様にお話があってきたので」


 陽向さんは困惑の表情を浮かべながらも、とりあえず家に上げてくれた。まぁ、娘の同級生から話をしたいなんて申し受け、中々無いかもだし、そうなるのは仕方がないだろう。

 もっとも、すぐに会話の態勢に切り替えてくれたのだけれど。

 テーブルを挟み、私達は陽向さんと向かい合う形で座る。間近で見ると面影がすごくわかりやすい。

 そしてお菓子とお茶が出されたところで話は始まった。


「ごめんなさいね、こんなものしか残ってなくて。優希ったら食いしん坊でしょう?」

「ふふふ、お母様もそうだった記憶がありますよ」

「あらっ、痛いところ突かれちゃったわね……ふふふ。……ところで気になってたのだけれど、貴女は……?」


 当然ながら私はこの人と初対面だ。いつ名乗ろうかとタイミングを伺っていたのだけれど、先手を打たれてしまったわね。

 ところがその状況をも遮るように、陽向さんは「ちょっと待って」と私を黙らせた。そして少し考え、パッと明るくなった笑顔を私に向け、言った。


「貴女、鞘乃ちゃんね!?」

「えっ!どうしてそれを?」

「優希がいつも話してくれるの。鞘乃ちゃんって言う子はとっても綺麗で可愛いって。だからもしかしてってね。本当にそうだったから驚いちゃったわ!」


 こういう無邪気なところもそっくりね。って優希ちゃんったら私の知らないところでどんなこと言ってるのかしら……!

 ほんの少し恥ずかしい気持ちにさせられてしまったけど、その反面嬉しくもある。私の事をずっと考えてくれてるんだってわかったから。だから――。


「……教えて下さい、優希ちゃんの昔の事!」

「え?」


 早く解決したい。そんな感情の勢いに任せて言ってしまった。陽向さんは益々困惑。

 そこで葉月ちゃんがなんとか誤魔化してくれた。「優希ちゃん、昔の友達の話を凄く楽しそうにするから気になってしまって」――蒼の鍵が開いたのは優希ちゃんの繋がり、そして過去が関わっているという推測を、私達は出した。葉月ちゃんの質問なら、それを上手く聞き出せるかもしれない。


「ナイスアシスト」

「どういたしまして」


 ひそひそ話でそう口に出しあって、私達はテーブルの下で拳と拳をぶつけ合った。


 しかし困惑は治まっていない。陽向さんは不思議そうに首を傾げていた。


「誰の事を言ってるのかな?うーん……」

「よく思い出してくださいよ!」


 彩音ちゃんはいつになく前のめりだった。友人が何時まで経っても教えてくれない秘密――聞くのはプライバシーに反するみたいな事を言ってたけれど、実際は気になってしかたが無かったのだろう。

 私もそうだけど。でも陽向さんがこれだけ悩むってことは、優希ちゃんにはきっとたくさん友達がいたんだろう。今だって、基本的によく遊んでいるのは私達だけど、クラスの大半が彼女と交流を持っている。若干人見知りの入ってる私からすればちょっとした憧れすら感じるくらいよ。


 だからこそ私達は驚いた。


「いやね……こういうこと言うのって酷いかもしれないけど……あの子に友達なんていたかしらって」


 そんなの私達の想像の真逆じゃないか。今の彼女しか知らない私からすれば、そんな事考えるのは違和感を感じるレベルだ。

 だけどそんな嘘を初対面の人間に言えるだろうか。……まぁ、優希ちゃんならおかしくないけど。でも一応は真面目な話なのだ。嘘という事はないだろう。信じざるを得ない。


 陽向さんは更に話を進める。


「優希は……元々は凄く大人しい子だったのよ。というよりは、何事にも関心がないというか。だから周りから孤立していたわ。その理由はたぶん、幼稚園の時にちょっとした事で喧嘩があって……あの日から私と夫にしか笑わなくなったものだから」

「そんな些細なことで……」

「確かに些細な事ねぇ。でも、幼い優希にとってはとても大きな問題だった。誰かにとっては些細な事でも、当人からすれば重要な事なのよ」


 それもそうか。私に、そんな事を言う資格は無いんだ。だって私達もそうだった。


 葉月ちゃんはお金持ちであるがゆえにそれを嫌うようになってしまった――『嫌悪』。

 彩音ちゃんは優希ちゃんを守る事に固執してしまっていた――『友情』。

 そして私は――自分の『復讐』を遂げるために、優希ちゃんと対立するかもしれないほど追い込まれてしまっていた。


 これらは確かに、赤の他人からすればくだらないと思われたりするかもしれないが、私達はそれに悩み続け、今もそれと戦っている。優希ちゃんのそれも、理解は出来る。


「……そうですね。じゃあ優希ちゃんはどうやって今の彼女になれたんですか」

「それもあることがきっかけだったわね。確か……小学生になって……同じクラスの男の子が……」

「男っ!?」

「……ええっと、そういう恋愛話は無いよ?その男の子はいじめられてたの。でも当時の優希はそれを助けようだなんてまったく思わなかったみたいね」


 少しホッとした。……じゃなくって!!

 かつての優希ちゃんは驚くほど別人みたいだ。今なら無謀でも助けようとするだろうに。


「それどころか、『あの子も私と一緒だから助ける義理なんてないよ』って。自分も孤立しているからってそう思うのはどうかと思ったわよ。でもいじめの対象が優希に向いてしまうのは嫌だし……私も強要は出来なかったわ」

「仕方ねえっスよ。でも今、アイツがそんなんだったらぶん殴ってしまうかもですけど」

「ふふふ。彩音ちゃんったら相変わらず面白いのね。……そんな優希が変わり始めたのは、その子が飼ってた犬のお陰なのよ」


 優希ちゃんは見たそうだ。その日も男の子がいじめられていたのを。だけどその日は見過ごせなかった。いじめっ子の手が、男の子の大切にしていた犬にまで伸びていたことが。


 その男の子は確かに孤立していたかもしれない。だけど犬と一緒の時だけは、そうじゃない。優希ちゃんからすれば、自分と同類ではなく、立派に繋がりを持つ者として輝いて見えたに違いない。

 きっと許せなかったんだ。その絆を踏みにじろうとした奴らの事が。


「優希は初めて誰かを助けたのよ。優希自身、戸惑ってたみたいだけど」

「それで導いてあげたのですね。『人助けは良いことだからガンガンやれ』と」

「うわそんな事まで知ってるんだ!?優希ってば喋りすぎだよもう……」


 その話は私は初耳なんだけれど……どうやら陽向さんのお陰で彼女は人助けをするようになったようね。

 その結果、今の優希ちゃんが誕生した。絆の為に覚醒した……なんとも彼女らしくて……素敵な、理由だわ。


 それを話したくなかった理由や、かつての自分自身を目の敵にするように嫌う理由もなんとなくわかった。かつての彼女は、絆とは無縁の存在。彼女にとっては、どんなことよりも恥ずかしく、許せない過去に違いない。

 そう、彼女が拘り続けた些細な事なのだ。




 ――話が終わった。こんな形とは言え、彼女のルーツが知れたのは、大きな事だと思う。他にも――おそらくは今回の事件の出来事に関係はないだろうが――優希ちゃんに関するいろんな話が聞けて、幸せな気分だった。こんなに夢中になって話を聞いたのは久しぶりかもしれない。あっという間の時間だった。


「ありがとうございました。貴重な話を聞かせていただいて」

「大袈裟だって。まぁでも、今日聞いた話で優希をいじったりとかは」

「しませんよ。それは約束します」

「ありがとうね」


 陽向さんはその笑顔を満開に咲かせた。


「鞘乃ちゃんには本当に感謝してるんだよ。優希はさ、その過去のせいで頼りたくなかったんだよ。自分の力でやらなきゃ意味がないってさ、なんでも一人で突っ走って……そのたびに本当に彩音ちゃんにはお世話になったね」

「良いんスよ気にしないでくださいっス。……アタシもそれでいろいろあったし」

「んん?」

「あーなんでもないっス!と、とにかく……確かに鞘乃が来てからアイツは変わったよ」


 私が、優希ちゃんを変えた。

 そう言われて心臓がバクバクと音を荒らげた。


 ずっと助けてもらってばかりだと思ってた。どれだけ助けているつもりでも、一緒に戦っているつもりでも、結局は優希ちゃんの存在に守られてばかりだったから。

 そんな私が、本当に優希ちゃんを変えられただろうか?……優希ちゃんの役に立てたというのだろうか。もしそうだとしたら……私は本当に幸せだ。


 思わず舞い上がってしまう自分がいた。それをなんとか抑え込んで、私は陽向さんに一言。


「……こ、これからも優希ちゃんを大切にします!」


 さて、それに対する返しはと言うと。


「なんかそれ結婚の挨拶みたいだね」

「ひうっ!?」

「鞘乃ちゃんだったら歓迎だよ。むしろ優希のやつ貰ってくれると私も安心して老後の暮らしが出来らぁ」

「からかわないでください!それに陽向さんまだまだ若いでしょっ!!」


 ――私っていつからこんないじられ役になっちゃったのかしら。優希ちゃんみたいな素敵な人と結ばれたら、そりゃあ私も満足出来るかもだけど……。


(って私は何を考えてるのよ馬鹿馬鹿!!)


 ……仕切り直そう。

 ともかく、だ。これで優希ちゃんの抱えていたものは知ることが出来た。後はそれが、蒼のセイヴァーとどう繋がっているかだけだ。


 私達は優希ちゃんの家を出て、再び私の家を目指した。その道中、葉月ちゃんが鍵となりそうな人物を挙げる。


「あり得そうなのは、例の男の子かペットのワンちゃん。後はお母様という線も有りますね。優希ちゃんの人助けのきっかけですし」


 彩音ちゃんも頷く。


「それ以外には人物は出てないしなぁ。けど、なんかしっくりこねえんだよなぁ……」


 そうなのだ。その男の子とはそれ以来何もなく、友好関係はあり得ない。その時点でペットの線も消える。あり得るのは陽向さんだけだ。

 しかし本当にそうだろうか。それなら今までと条件は変わらない。例の異質な力への説明はつくのか……?



 ***



『目覚めよ』


 優しく甘い声だった。しかしそれから連想させられる重圧に、ルシフは飛び起きた。

 目の前にいるだけでも畏れ多き存在・『王』だ。そしてその王が今ここにいる理由を察したとき、ルシフは笑みを溢していた。


『殺シタケレバ殺セ。王ニ殺サレルナラ俺モ本望ダ……アッハッハッハ』


『見え見えな嘘は無礼というものだよ。……まぁ、死ぬんだったらそんな事どうでもいいかぁ』


 王は巨大な闇の弾丸を作り出した。そしてそれをすぐに分解する。


『冗談だよ。君にはまだ死なれちゃあ困るんだ』

『……ヤハリソウカ。セイヴァー モ、俺モ、貴様ニ生カサレテイル』


 それを聞き、王はにっこりと笑った。

 王の笑顔は、感情のすべてだ。怒るときも驚くときも楽しいときも、すべてが笑顔だ。

 だからこそその笑顔のニュアンスの違いをなんとか感じなくてはならない。今は――『わかっているなら黙って従っていろ』とでも言いたいのだろう。脅しの笑顔だ。

 恐らくは今回王が自ら仲裁に入ったのは、ルシフの行動を気にくわなくなったからだろう。


 しかし相手の苛立つ事であればあるほど、それに逆らおうとする。それがルシフというギョウマだ。


『何ガ目的ダ?』


 答えるはずはない。だがそれでいい。自分は貴様にただ利用されているだけだと思うな――そういう姿勢を見せてやるだけで充分なのだ。


『『神』への到達』


『!?』

『とでも言っておこうかな……フフフフ』


 王は、そのルシフの考えすらも無意味と言わんばかりにあっさりとそれを口にした。

 だからこそこいつは危険なのだ。自分の読みを平然と叩き折ってくる。


(……ソウイウ奴ハ新庄優希ダケデ手一杯ダッテノニナ……)


 問題はその新庄優希よりも圧倒的に強いと言うことか。

 だからギョウマ達は逆らおうとはしない。背後にいるネイドも、不意討ちをするチャンスはいくらでもあるというのに、そして奴はルシフよりも強いギョウマだというのに、それでも戦おうとはしない。それだけ実力が違うのだ。


『ん……そう言えば、君、いたんだっけ?』


 王はようやくネイドに視線を移す。


『オ、王ガ命ジタノデス……撤退シロト』

『あぁそうだったね。でも運が良かったね。たぶん僕が命令しなかったら死んでたよ、君』


 ネイドは一瞬、反論しかけたが、すぐに口を閉じ、黙りこんだ。少しでも、生き長らえることを考えなくては。それがネイドの脳に浮かんだ率直な願望だった。しかし――。


『あのセイヴァー、結構おもしろいことになってるみたいだからね。たぶんもう君じゃ勝てないよ』

『サ、左様デゴザイマスカ……』


 すぐさま戦力外通告。

 それは死を意味する。王にとって使えない駒は即刻処分だ。

 しかし簡単に解放はされない。駒が遊べなくなるまで、すり減って立てなくなるまで、王の『所有物』として使われ続ける。

 それを理解しながらも、ネイドは結局反乱を起こすことは出来なかった。彼はただ待った。自分の最後の役目を負わされる事を……。


『じゃあ向こうで話でもしようか。……『日向ぼっこ』でもしながらさぁ』

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