異質の蒼き光
なんとか元の世界に戻ってこれた私達。
しかし優希ちゃんの意識はまだ戻ってきていない。ぐっすりと眠ったままだ。傷の方は今の間に『治癒』の鍵の力で治すとして――問題は彼女の身に何が起こったのかだ。
(やっぱり。一瞬で完治した……)
常人ではあり得ない怪我の回復速度。二度もこんな偶然が起こるとは思えない。それゆえに起こった出来事というものにも嫌な妄想を抱いてしまう。その恐怖から、知ることを心が拒んでいる。
けど、ほっておくわけにもいかないだろう。彼女の事が心配だからこそ、彼女の事を良く把握しておかなければ解決には繋がらない。
「……一体何があったの?」
「えっと――あぁ、アタシには上手く説明出来そうにねえな!」
「でしょうね。ですから私が話すことにしましょう」
もはや葉月ちゃんもお手のものという風に彩音ちゃんに変わって話してくれた。
その内容は、優希ちゃんとみんなで三体のギョウマと対決したこと。その最中で、『ネイド』というギョウマの攻撃からみんなを庇い、優希ちゃんが傷だらけになったこと。そしてその後……迫り来る二体のギョウマに立ち向かう為に優希ちゃんが再び立ち上がった事――。
***
――あれは……突然のことでした。
ギョウマの攻撃に彩音ちゃんが殺されてしまう。そう思ったとき、突然蒼い光が視界を奪い――目を開くとそこには、何故か逆に吹き飛ばされたギョウマ達の姿がありました。
そしていつの間にか立っていた優希ちゃんの手にそれがあったのです。その力を解放したセイヴァー第三の鍵が。
新しい力の目覚め。それにこれまでどれほど助けられてきたでしょう。なのに私は何故かその力に不安を感じたのです。
怖いとかそういうのじゃなくって――その力に対する不審といいますか……。
その理由でまず感じた事が、『誰との絆』でそれを発現させたのかということです。
鞘乃ちゃんはその場にいませんでしたし、あの状況でなら、彩音ちゃんの為、とも考えたのですが、それは既に黄色の鍵に込められている。なのでそうではないと考えました。
その謎の答えはまだ出せていないので、一旦置きましょう。
次に私が不安を感じたのが、彼女自身でした。優希ちゃんは、その力を手にした瞬間から、まるで別人のようになったのです。
普段の優希ちゃんの暖かい心とは違い……どちらかと言えば逆の、『冷徹』な雰囲気を感じたんです。
呼び掛けても一言も発さず、ただギョウマを睨み付けているようでした。ですが私達の安全だけは最低限、考えてくれているのでしょうか……近づいて呼び掛ける彩音ちゃんを押し退け、近づかぬように鋭く眼光を飛ばしていました。
そして再び迫るギョウマに対抗するため、ついにその鍵をスロットへ装填し、直接変化したのです。――蒼の、セイヴァーに。
「葉月!一体何がどうなってやがる!?」
時を同じく、ビヨンドさんの中に避難した彩音ちゃんとましろちゃん。私と同じようにその異変に気づいていたようで、すぐにデータを取ることに専念しました。
戦いが始まり、最初に動いたのは優希ちゃんでした。超スピードでギョウマの一体に接近し、光を纏った拳で素早い連撃を繰り出した後、鋭い蹴りで岩壁に叩きつけたのです。
「色々と気になる事は残りますが……どうやら優希ちゃん自慢のスピードもパワーも、この形態では健在のようですね」
「それは違うです葉月さん……」
「え……?」
ましろちゃんは私達よりもセイヴァーについて詳しい。ですからすぐに見抜いていました。その力の強大さを。
「スピードもパワーもいつもより更に一段階上昇しているです。どころか、デメリットが今のところ見当たらないです」
「えっ!?じゃああれはデメリット無しの姿だってのか?すげえじゃねえか!」
「喜んでる場合じゃないです!!」
彩音ちゃんは訳がわからなさそうに首を傾げていたけど、私には何が言いたいのか理解できました。
純粋な強化だけの形態……そんなものはこれまで存在しなかった。そしてさっきから感じているいくつかの不審……あの姿は能力の変化だとかそういう問題を通り越して『異質』過ぎる。凄い力だからこそ、尚更恐ろしく感じる。
しかし優希ちゃんは手を止めることなくギョウマに止めを差そうとする。そこへ二体目のギョウマが妨害しようと魔弾を乱射した。
瞬間、優希ちゃんの右腕から光が飛び交い、魔弾を全て防いだ。更にその光は次第に丸いディスクのような形になり、ギョウマに突撃。そしてそのディスク状のものは、優希ちゃんの左腕に装着される。
彼女は新しい武器を創造したのです。あらゆる攻撃を耐え凌ぐ救世の盾――名付けるならセイヴァーシールドで良いでしょう。
セイヴァーシールドはただの盾ではなく、光を纏わせぶつけたり、無数の光弾を放つことが出来る万能な武器でした。
それを使い、二体目のギョウマもあっという間に追い詰めてしまいます。
彩音ちゃんもそこでようやくその姿に何かを感じたようでした。
「一応攻撃にも使えるみてえだが……まさかあの優希が、自分の身を守るような武器を創造するなんてなぁ」
優希ちゃんらしくない。彩音ちゃんの言うことも、確かにそうだと感じました。
そこにいるのはどう見ても優希ちゃんのはずなのに、優希ちゃんに見えない……。不審はそこで、恐ろしさに変わりました。
しかし優希ちゃんは当然そんな事も知らず。
その後もギョウマ達二体を相手に優勢に戦いました。しかしそこでリーダー格であるギョウマ・ネイドが乱入。優希ちゃんに攻撃を仕掛けました。
もちろんそれも罠です。攻撃を誘うため、わざわざ前に出てきたのでしょう。優希ちゃんは簡単にネイドの攻撃を防ぎ、逆に盾をぶつけダメージを与えました。瞬間、ネイドの身体から莫大なエネルギーが発生します。
『ククク……ドンナ姿二ナロウト……俺ノ攻撃ハ防ゲマイ!』
爆発が優希ちゃんを襲う。しかしそれを全て盾が受けとめ、軽々と弾き飛ばし、優希ちゃんの隣の地面が爆発しました。
ネイドの攻撃をも防ぐ事が出来る凄まじい防御能力。ネイド本人は驚いて硬直していました。
その隙に優希ちゃんはセイヴァーシールドにエネルギーを集中させ、必殺の光弾をギョウマの一体へ炸裂させました。
……とても大きな威力でした。
響き渡る断末魔。しかし彼女はまるでそれを気にしないというように更に続けて、セイヴァーシールドを分解しました。
そしてそれをセイヴァーソードに再構築し、そのままもう一体のギョウマを斬り裂き、倒したのでした――。
***
話が粗方終わったが、私はまだ少し動揺していた。優希ちゃんではない優希ちゃん。それが何を意味するのか……まだ確証はないが――それでもやはり、それを想像してしまう。
その冷徹な優希ちゃんこそが、人を越えた存在となってしまった彼女の在るべき姿なのではないかと。
「ネイドは撤退したようです。優希ちゃんの力を恐れたのでしょうか……」
「……えぇ、私はそのネイドって奴とすれ違ったわ。でも正直必死だったから、相手にしている余裕がなくて……」
「心配でしたものね……。今でこそ、いつもの優希ちゃんですが……あの時は本当にどうなることかと」
眠っている彼女は――きっと良い夢を見ているのだろう。幸せそうだ。
その力を奮ったとき、元の彼女の意識はあったのだろうか。何を想い戦っていたのだろうか。何にせよ普通じゃない事ははっきりとしている。
原因を知らなくては。すぐにわかりそうなことと言えば……それが誰のための力かということだ。
「優希ちゃんがその鍵を使う前に、何か変だと思った事はない?どんな些細なことでも良いわ。そこから真相へ結びつける事が出来るかもしれない」
「あっ、じゃ、じゃあ……優希さん、必死でした!」
「馬鹿かお前、あの状況じゃ当たり前だろ」
「そうではないのです!こんなところで止まれないんだって、ましろの手を振りほどいたんです。あんな優希さん、はじめてでした……それでその後……何故か急に動かなくなって……」
その時に間違いなく何かがあった。そして優希ちゃんが誰かの為以外に必死になること。それはなんだ?
私は記憶を辿った。どんな何気ない会話でも良い。彼女が思わず動揺してしまうような事を見つけるんだ……。
――私の……『記憶』……!?
「記憶。そうよ記憶よ!優希ちゃん、何故か昔話が嫌いだったでしょう!?」
「優希ちゃんの過去が関係してる……と言いたいのですね?」
ズバリそうだろう。
過去の話をするときだけ彼女は普段見せる表情とは違うものに豹変する。
想いという精神的なモノを糧にするのがセイヴァーシステムだ。感情の変化によって、これまでとは違うような力が発動してもおかしくはないだろう。ゆえに、この可能性は十分あり得る。
もしそれが証明できたなら、同時に、今回起こった異常は、例の人じゃないという仮説も薄れる。
希望は見えてきた。だけど……簡単に解決には至らない。すぐに問題にぶつかってしまった。
「だが、もし記憶の中にいる誰かの為に蒼のセイヴァーになった……とか、そういうオチだったら、特定のしようがねえぞ」
「過去が関係している事を前提とするならば、優希ちゃん本人に聞き出すことは難しいでしょうしね」
確かに優希ちゃんははぐらかすに違いない。付き合いが一番長い彩音ちゃんにすら、自分の過去を話そうとしないからだ。
とすると当然旧友なんて私達には知り得ないし、見つける事なんてほぼ不可能。
……結局詰まってしまった。しかしここで諦めるわけにもいかない。どうすれば――。
(――そうか、別に私達だけの間で考える必要もないのか)
セイヴァーの事に巻き込んでしまうのは不味いことだから、他者に話すことなんてまず考えたこともなかったが、思えば今回は優希ちゃんの過去のお話を調べるだけで、聞く分には何も問題ないわけか。
だとすれば、友人よりも優希ちゃんを詳しく知っている関係の人達に話を聞くのも一つの手だろう。
「優希ちゃんの家へ行きましょう」
そう提案した。それを提案する私自身、あまり良い方法だとは思わなかったが。彩音ちゃんが私の気持ちを代弁するかのように腕を組んで悩んだ。
「おばさん達に聞くってのか?けどな~……本人のプライバシーをこういう形で聞き出すのは、あんまり気が進まねえなぁ」
彼女の言うことは最もだ。ましてやその対象が優希ちゃん――確かに彼女の事は気になる、が、しかし、それでも彼女に対してこんな無礼を働くのは心が痛むことだ。
それでも今はその気持ちを押し殺そう。そう、今はやむを得ないのだから。
「緊急事態なのよ。確かに申し訳ないとは思うけれど……四の五の言ってる場合じゃないわ」
「それもそうか……」
彩音ちゃんが折れたところでみんなもそれに賛成した。
「なら、優希が眠っちまってる今行くのがベストなんじゃねえのか?」
「かもですね。優希さんはましろが見ておきますから、皆さん行って下さいです」
ましろちゃんの言葉に甘えさせてもらい、私達は優希ちゃんの家へ向かう事に。
優希ちゃんは一体、どんな重いものを背負っているんだろう?……いや、どんなものだろうと構うものか。優希ちゃんは、私の宿命を一緒に背負ってくれた……かけがえのない存在なのだ。
今度は私が、彼女を救ってあげる番だ。私は拳を握りしめ、決意と、そして仲間達と共に歩きだした。




