浄化の優しさ
――憎しみではなく、守るための力。
本当に望んでいたものにようやく気づいた私は、優希ちゃんを守るために再び戦いの中へと足を踏み入れた。
「鞘乃ちゃん。ありがと、助かったよ」
「……また無茶したのね。みんなを巻き込まない為に」
「へへ……まぁ、ちょっとね……」
心配をかけたくないと思っているのか、彼女は傷を隠すように押さえ、にっこりと笑った。
ボロボロになった彼女を抱え、私はその決意をさらに強めた。
彼女をこんな目に合わせたルシフは、未だ彼女を始末しようとサーベルをギラつかせてこちらを睨んでいる。
こいつの存在は狂いそうな程、憎い。だけどそれを抑えなくてはセイヴァーとして戦うことは不可能だ。
でもそれは出来るはずよ。私の心が本当に守りたいと願っているのなら。私にセイヴァーの資格があるのなら……!
「もう優希ちゃんを傷つけさせない……私が、守ってみせるわ!!」
瞬間、セイヴァーグローブが蒼き光を放つ。導かれるように私は起動スイッチを入れた。
そして私の身体はネオセイヴァーへと変化する事に成功する。もう失わない。大切な人を守るためのこの力を……!
私が消し去るは、私自身の因縁ではなく、優希ちゃんを傷つけるもの。優希ちゃんを守るためにこの力を使う。それが今、私がこうして立っていられる理由だ。
やはり最初に仕掛けてきたのはルシフだった。自慢のサーベルを構え、接近してくる。セイヴァーを憎み、滅ぼそうとするその形相。だから私も、それを否定する為にこの剣を使おう。
「セイヴァーソード改!」
左腕の装甲より創造する優希ちゃんとの絆の剣。私はこれを復讐の道具に使おうとしていた。それが如何に哀れな事か気づけた今だからこそ……!
ルシフを迎え撃つ為に構える私だったけど、そこへ突然通信が入り、思わず気が抜けた。とっても可愛らしい声だったから尚更だ。
『鞘乃さん!ましろですよぉ!どーやら上手くいったようですね!』
「え、えぇ。お陰さまでね。それで、今立て込んでいるのだけれど……」
ルシフのサーベルをセイヴァーソード改で受けながら会話に応じる。
……正直、結構余裕だったりする。それほどにこのネオセイヴァーシステムの性能は凄まじく、私が思う方へ剣を導いてくれる。ただ、ルシフのサーベルは中々凶悪な威力。当然の事ながら喰らいたくない。
「手短に御願いしたいのだけれど?」
『あぁ、大したことじゃないのですが……さっき渡したアレ、実戦訓練でも、と思ったのです』
「なるほどね……確かにどれ程のものか、気になるわ」
私はサーベルを弾き、後退して少し距離をとった。同時に私の衣服の中から、それらは飛び出し空を舞う。優希ちゃんを助けるときに使ったアレだ。
それらは自動で私を援護してくれる万能メカだけど、本来の使い方は『鍵』だ。
そう、優希ちゃんがセイヴァーブラストやセイヴァーグランに形態変化する時に用いるあのアイテム。私のグローブにもそれを装填するスロットは備わっている。
私が始めてこのセイヴァーで戦ったとき、ましろちゃんが言っていた、私の知らない機能を発動させるために使う為のもの、それがこの鍵だったのだ。
「と言っても……どれを使えば良いかしら。結構数が有るようだし……」
飛び交う鍵は七つ。効果もそれぞれ未知数だし……この状況でどれを選ぶかで、危険な可能性もある。
だけどルシフはまた仕掛けてきていた!奴は待ってくれるほど優しくない。
『ゴチャゴチャ何ヲ言ッテイル……ッ!!ソノ油断ガ命取リダゾ!但シ……『オ前』ノ、デハ無イガナァ!!』
必殺の破壊光線。それが狙うは……私じゃない!優希ちゃんを仕留めようと彼女のもとへ伸びる……!!
優しくないなんて程度じゃない。本当に卑劣な奴……。奴の狙いはどう足掻こうと、あくまでも優希ちゃんって訳ね……。優希ちゃんはもう立つことさえ限界に近い状況なのだ。かわす余力は残っていない……!!
だけど私は決めたのよ。絶対に貴女を守るって!
「その為の力を……!」
――どれでもいい。彼女を守るための力を貸して。
すると、その言葉に反応したように、鍵の一つがグローブのスロットへ飛び込んできた。そして優希ちゃんの前に幾多のエネルギーのラインが出現し、壁となった。破壊光線は壁に着弾し、巨大な爆炎となったが、壁は無傷でそびえ立っている。つまり、優希ちゃんは無事だ。
「優希ちゃんを、守った……!今のは……一体……?」
『貴女がやったんです、鞘乃さん』
「え……?」
『ネオセイヴァーシステムの鍵は、従来のモノのように姿を変えたり属性変化させるものはありません。ですがその分、より使いやすく、多彩な能力を付与させることでセイヴァーのサポートに特化しているのです』
ネオセイヴァーは元々、バランスの良い万能な能力ステータスを持っている。デメリットもなく、それでいてすべてにおいて高水準な能力値。
それに加え、補助の役割を持つ七つの鍵を使うことで、形態変化する必要もなく、様々な状況に対応することを可能にしたのだ。つまりはどんな相手に対しても死角の無い戦士として戦う事が出来る。
「これがネオセイヴァーシステムの、本当の力……!」
驚きの声に満足と言った風にましろちゃんは高らかに説明をはじめた。
『今のは『守護』。鞘乃さん自身にはもちろん、ある程度の距離ならば別の対象にも発動可能な即席結界なのです!』
「凄い……!!」
『とは言え、鍵の力はそう乱発出来るものではありません。その時その時の決断は鞘乃さんに懸かってるですよ~!』
「えぇ、わかったわ」
いえ、十分よ。これならば心置きなくこいつとの戦闘に専念できる。
――そう言えば後ろの二人に動きは無いようだけれど……一体何を企んでいるのかしら。
まぁいいわ。今倒すべきは目の前のルシフ。これ以上こいつの好きなようにはさせない。
「一気に行くッ!」
走り出した私と共に、一つの鍵が並んで飛ぶ。今度はこいつを試してみようかしら……!
それを装填すると、身体に光が纏い、駆ける速度が上がった。ぐんと縮まった距離を離す事はできず、ルシフは身を守ることしか出来ずにいる。しかし同時に凄まじいパワーが私に宿り、一撃でルシフのガードを弾き、もう一発で空へと吹き飛ばした!
『おおっ、いきなりその鍵とはお目が高い!それは短時間だけですが、セイヴァーの能力を強化する『超化』の鍵。不利な状況やフィニッシュに最適なのですよ!』
「……私が選んだ、と言う訳でもないのだけれど」
その時その時の状況に合わせてこの鍵達は私に力を貸してくれている。この子達が私にどれを使えば良いか教えてくれている、そんな気がした。
そう言うと、グローブから別の声が流れてきた。
『合格よぉ~ん鞘乃ちゃぁ~ん!!!』
「!!?」
この声……操さんだ。驚いてポカンと口を開ける私に、操さんは言った。
『ネオセイヴァーの鍵はそれ自身が救世主の力を原動に動く特殊なもの。つまりそれはその子達が貴女に使われることを認めた証よ!』
「私を……?」
救世主の力は、使う人間を選ぶ。私はさっきまでそれに拒絶されていた。
今だってその原因をちゃんと抑えられているのかわからない。ただ、優希ちゃんが見てくれている。彼女の存在が、私を支えてくれている。
そしてこの力達もそうなのかもしれない。負けるなと。私の信じたものを守るために戦えと、私に付いていてくれているのかもしれない。
「……だとしたら、尚更勝たなくちゃね……!!」
私は左腕の装甲より再び創造する。セイヴァーソード改!
更にプラス鍵の力!装填するは『変剣』の鍵!セイヴァーソード改を別の姿へ変化させる!
落ちてくるルシフは、そのままサーベルを構え、私に攻撃を仕掛けるつもりだ。だけどその前に私が斬る。
「セイヴァーソード改……モード大剣!!」
超巨大化した私達の剣で、サーベルごとルシフを斬り裂き……叩きつける!!
ズンッと巨大な衝撃がルシフをねじ伏せた。サーベルは真っ二つになり、戦況は圧倒的に私に傾いている。お仲間のギョウマも止まったままのようだし?いわゆる『詰み』ってやつね。
「勝負はついたわね」
鍵を抜き、元の形態に戻ったセイヴァーソード改の刃をルシフに向けた。
「……言っておくけれど、私は優希ちゃんほど甘くない。お前は卑劣な奴だと言うことはよーく承知しているし、生かしておけばまた誰かが傷つく。だから倒す。私がこの手で」
『……ク、ククク……!ソンナ綺麗事デ着飾ッテモ無駄ダ』
「何……?」
完全に敗北寸前のところでルシフは、私に言う。最後の悪あがきのつもりだろう。だが、その内容というのは――。
『誰カノ為デハ無ク、自分ノ為、ダロウ?貴様ガ俺ニ憎悪ヲ抱イテイタ事位ワカッテイル……今更良イ子ブッタ所デ、醜イ復讐鬼デアッタ事実ハ消エナイ』
「なっ……!?」
『貴様モ同ジナンダヨ……ッ!醜イ心ヲ持ッタ……俺達 ギョウマ トナァ!!!』
お前達と……同じ……?
それは私に対する最大の侮辱だった。私の人生を滅茶苦茶にしたこいつらと、同類呼ばわりされる事――それが如何に腹立たしくて、許しがたいことか……っ!
そしてそれが私の中の憎しみを呼び覚ます。やっぱりこいつだけは……こいつだけは絶対に……っ許せない……っ!!
気づけば私はギリギリと拳を握りしめ、怒りのままにルシフを抹殺しようとしていた。
だけどその拳を包み込むように、優しく優希ちゃんの手がそれを止めてくれた。ボロボロで立つことすら儘ならないと言うのに、私の為に……。
「……鞘乃ちゃん、だめ」
握る手にほとんど力は籠っていなかった。それなのに、暖かくて――信じられないほどの強さを感じる。
その温もりのお陰で私は怒りを鎮め、彼女の言葉を聞くことが出来た。
「……鞘乃ちゃんの気持ちもわかる。でも、そんな気持ちで消し去ってしまえば、それこそ同じになっちゃうよ」
「……」
「もう自分を傷つけないで。……もし鞘乃ちゃんを虐める奴が居たって、私が守るから。……だって私、知ってるよ。鞘乃ちゃんが優しいって事」
優希ちゃんは、私の為に涙した。その涙が、私の濁った心を浄化する。
……そうね。私は奴等とは違う。私には優希ちゃんが居てくれる。貴女が居てくれるから優しくなれる。
私は握った拳を解いて彼女の手を握り返した。
「……大丈夫よ、優希ちゃん。もう私は自分を見失わない。信じるわ。貴女が優しいと言ってくれた私を」
「……うん!……えへ……」
「ふふ……」
ルシフはこの光景を見て驚いたように口を開けてフリーズ。そして益々私達が気に入らないのだろう、巨大な暗黒火球を作り始め、私達を消し去ろうとした。
そこへ操さんのメッセージと共に次元を越え、あるものが届けられる。
『エクセレント!自分の感情をモノにしたわね、鞘乃ちゃん!これは私からのお祝いよん。こんなものしか造っていられる暇がなかったのだけれど、どうか貴女の役に立てるよう、祈っているわ!』
一撃の威力が大きそうな大型銃だ。これなら火球ごと、奴を倒せる!
使い方はなんとなく察した。この大型銃にはグローブと同じようなスロットが組み込まれている。なるほど、これなら外付けの武器でも救世主の力を存分に撃ち出す事ができそうね。
私は超化の鍵を装填、その力で一気に大型銃のエネルギーを充填する。
『ハハハハハッ!何ヲ シヨウト無駄ダッ!消エ去レ!不様ナ セイヴァー ヨ!!』
「不様でも無駄でも何とでも言うと良いわ。私は屈しない。過去の私を越えて……優希ちゃんと同じ道を行くッ!!」
巨大な火球が私達を飲み込むように地面を削り取り、接近してくる。勝敗が圧倒的に見えたがしかし、放たれたエネルギーが、火球を突破し、ルシフに炸裂した……!




