不屈の三重奏
――鞘乃ちゃんは新しいセイヴァーとなった。
ネオセイヴァー……その姿はとってもカッコよくて、しかも強化されたシステムの力をもう使いこなせている。
そのはずだった。だけど今、私の目に写っている光景は、セイヴァーの状態を解除され、追い詰められている彼女の姿。その絶体絶命のピンチに緊張が走った。
「おい、鞘乃の奴、もう恐怖は克服したんじゃないのかよ!?」
彩音ちゃんの言うとおりのはずだ。実際さっきまでは何の問題もなくセイヴァーとして戦えていたのだから。何が起きてしまったというんだろう。しかし……。
「とにかく、このままじゃ不味いですよ!!助けましょう!」
葉月ちゃんの言うとおり。理由なんてどうだっていい。助けなきゃ。鞘乃ちゃんは絶対に失いたくない。
葉月ちゃんは愛用のマシンガンを取り出した。反動も無く心置きなくぶっぱなせる代物だ。それゆえに足止めには最適、ルシフと鞘乃ちゃんの間を割くように、弾丸の嵐を放った。
その隙にそこへ向かって私と彩音ちゃんは走る。
「優希、グローブ貸せ!」
「えっ、でも」
「まだ怪我治ってねえんだ無茶すんな。それにお前は鞘乃に付いていてやってくれ。きっと取り乱してるだろうからさ」
確かに鞘乃ちゃんが心配だ。彩音ちゃんの指示に従った方が良さそうかな。
彩音ちゃんにグローブを預け、私達は二手に別れた。
「いくぜ!セイヴァービート!!」
『!セイヴァーガ、モウ一人!?』
彩音ちゃんはすぐにセイヴァーになり、ルシフに飛びかかった。葉月ちゃんもサポートに入ってくれて、安心して鞘乃ちゃんの傍に居てあげられそうだ。
……安心して、って言うのは誤った表現だったね。とても心が休まるような状況じゃない。鞘乃ちゃんの焦りや嘆きに満ち溢れた表情を見るのは。
「はーっ……はーっ……!動け!動いてよ!なんで……なんで……ッ!!」
「鞘乃ちゃん、落ち着いて」
彼女は強い子だから。だからこそ彼女が折れてしまった時に感じる絶望は、私にとっても大きいもので。
「私がやるんだ……こいつらを全部……」
「鞘乃ちゃんしっかりしてよ!!」
私は思わず叫んでしまっていた。でもそのお陰で鞘乃ちゃん我に帰る事が出来たみたいだ。
我に帰った事で、冷静に自分がどうなってしまっていたのかがわかった彼女は、ボロボロと涙を落として私に抱きついてきた。私にはそれを受け止めてあげる事しか出来ない。
それほどに、大きく取り乱してる。殺されかけた事に対する恐怖心のせいだろうか?
「……優希ちゃん、私……私……っ!」
「今は落ち着いて。無理に話さなくて、大丈夫だから」
私が強く抱きしめ返すと、次第に彼女の震えは止まっていった。
とりあえずは、一安心と言ったところかな……。それにしてもどうしてネオセイヴァーシステムは、機能を停止してしまったんだろう。
やっぱりまだ不備があったのかもしれないね。ましろちゃんは私達の期待に応えようって急遽完成させてくれたものらしいから。
……とりあえず今はここを離れなくっちゃ。すぐそこで戦いが起こってるんだし、今は私も鞘乃ちゃんも戦える力がない。狙われたら大変だ。
「鞘乃ちゃん、歩ける?」
「……」
鞘乃ちゃんは私の手をグッと握って動こうとしない。……そんなに恐かったのかな?でも鞘乃ちゃんはいくつもの死線を潜り抜けてきた戦士なんだ。こんなことで壊れるほど柔じゃない!……はずなんだけど。
おぶってでも避難しなくちゃ。そう思って彼女を一旦離そうとしたその時だった。
「優希!危ない!!」
「えっ……!?」
ルシフの破壊光線が私達の元へ迫る……!油断していた!ヤバい……!もうかわすのは不可能だ。
「鞘乃ちゃんっ!!」
「……え……?優希……ちゃん……?」
私は鞘乃ちゃんに覆い被さるようにして光線に背を向けた。死なせる訳にはいかない。
私はどうなったっていい。それで助けられるなら……。
でもその行動は、間違いだった。自分が身代わりになれば、守ることが出来る。それは私以外にでも咄嗟に思い付いてしまうような事。
「うあああああああああっ!!」
その叫び声と共に私は目を見開いた。そしてすぐに振り返る。そこに立っていた背中が、力無く倒れた。
「……彩音ちゃん?」
どさり。地面にその身体が着いたと同時にセイヴァーの状態を解除され、ボロボロになった彼女の姿がこの目に写った。
すぐにはその光景を受け入れられなかった。が、すぐに私は理解した。彼女も私がしようとした事と同じ事をしたのだと。
「彩音ちゃん!!」
私は無我夢中で彼女のもとへ走っていた。そして抱えると、彼女は眉を強ばらせてその目を弱々しく開いた。
「……馬鹿やろー……わざわざ近づくやつがあるか……せっかく助けたんだぞ……」
「でも……でもっ!彩音ちゃんが……っ!ううっ……っ!」
「泣いてる場合か……!はやく逃げろ……っ!もう助けられねえんだぞ!」
そんなことわかってるよ!でもこのままじゃ……このままじゃ彩音ちゃんが死んじゃう!
「よくも彩音ちゃんを……っ!!」
葉月ちゃんがマシンガンでルシフを攻撃する。しかしまるで通用すること無く、彼女もサーベルから飛ばされた剣圧に吹き飛ばされ、私のすぐ隣の地面に叩きつけられた。
「葉月ちゃん!しっかり……!」
「大丈夫、です……でも、奴が……っ!」
ルシフは私達のすぐ前に立っていた。見下すようにボロボロの私達を見て笑っている。
『フハハハッ!随分ト手コズラサレタガ、貴様ラトノ因縁モ、今日デ最後ダナ!』
「ルシフ……っ!!」
奴は完全に勝ち誇っていた。どうして人を痛め付けてこんなに馬鹿にする事が出来るんだ……?いや、はじめから、こいつには話は通じなかった。こいつには、良心というものがない。今更な話だ。
その極めつけとして、ルシフはこの状況を私のせいだと言った。
『オ前ガ俺ヲ助ケナケレバ、コンナコトニハ ナラナカッタ』
ルシフは気づいていたらしい。私が、ザコギョウマ達にルシフを助けさせていた事を。
私が助けてしまったから――確かにその通りかもしれない。
私自身、どうしてルシフを助けようって思ったかわからないんだ。今日で余計にそれがわからなくなった。
ただ傷ついていたのがほっておけなくて……でもその結果、私の大切な人達が傷つけられてしまった。
「……人とギョウマはわかりあえない」
このルシフは特にそうだ。最初からわかってたはずなのに、つい情けをかけて助けてしまった。
私の中でギョウマの存在は少しづつ、変わりはじめた。戦いを通して、彼らの事が、わかりはじめた……つもりだった。
だからこそ、ずっと悩んでいたんだ。でもやっぱり……無理なのかな……?
『ソウダ!クダラン甘サノセイデ貴様ハ仲間ヲ死ナセル事ニナルナ!フハハハッ!滑稽ダッ!』
きっと、そうなんだろう。私の無駄な考えのせいで、みんなボロボロにされた。取り返しのつかない事をしてしまったんだと、後悔が生まれた。
その時――。
「……そいつぁ違うぜ、優希」
「彩音ちゃん!?」
彩音ちゃんは力を振り絞って身体を起こし、私と目を合わせて言った。
「お前は、自分の口でギョウマに教えてやったじゃねえかよ……!友情ってもんを……っ!」
私は思い出す。私に感謝しながら消えていったギョウマを。彩音ちゃんの為に自らを犠牲にして、友情を守ったウェイブというギョウマのことを。
彩音ちゃん……まだ彼のことを背負って戦っていたんだね。そこまで想ってもらえるなんてきっと彼も幸せなんじゃないかな。
……私も忘れないよ。彼の残した心を。そして、私が倒してしまったギョウマ達の事も。
「お前がこいつを助けたのは、わかりあえるって信じてるからじゃねえのか……?」
「……そうだね。ギョウマだって、きっとわかりあえる。いや、わかりあえたんだ」
「そうですよ優希ちゃん」
葉月ちゃんが私の手を握る。
「言ったじゃないですか。過去の事を後悔しないって。だから貴女は貴女が守ろうとしたものを否定しないであげてください。貴女が選んだ道がどんな道でも諦めず――そこで答えを見つけるんです!」
「私の選んだ道……」
みんなが笑って終われるハッピーエンドにしたい。
そして今、やっとわかった……私はやっぱりギョウマともわかりあいたいんだって。ギョウマ達は確かに残虐な心を持っている。でも最後に彼らはその奥に秘めた想いを見せてくれていた。
きっとそれは、不可能じゃない。ノゾミちゃんとだって、そうだったじゃないか。
どんなにわかりあえないかもしれない相手でも……全力でぶつかれば心を通わせることが出来るんだ。だって、人だろうとギョウマだろうと破壊者だろうと!みんな、胸の中に大事な大事な、心を持ってるんだから!
だから……戦うことが運命だとしても……せめて世界を滅ぼす事だけを望むその歪んだ心を救いたい。
「……私はみんなを守りたい。これ以上友達を傷つけない為に、そしてこれ以上君に誰かを傷つけさせないために……!」
『何……ッ!?』
「復讐なんかじゃない。君にこれ以上罪を重ねてほしくないから……その為に……倒す」
それが私の決意だ。それが宿った目を見て、ルシフは一瞬たじろいだ。が、すぐに、サーベルを構え、私達を一斉に始末しようとする。
『ダッ……黙レッ!貴様ニ振リ回サレルノハモウ御免ダッ!!』
サーベルが振り上げられる。強がったのは良いけど、この状況を打破出来る方法がないのも事実だ。
だとしても……最後まで諦めない。私は、最後まで全力でぶつかる。たとえ無力でも、逃げ出さない!
迫りくるサーベルに視線を反らすことなく向き合った。私は拳を握る。そしてルシフの攻撃をかわして、その拳を突き出した。
瞬間。彩音ちゃんの手に填まったセイヴァーグローブが光輝いた。飛び出した光は私の拳に宿って、それを大きな一撃へと化した。
『何ィーーーッ!?』
そしてその一撃はルシフを打ち砕く。一体なにが起こったのかすらわからないけど、とにかく打ち砕いた。その胸の装甲を粉砕したんだ。
しかしおかしい。確かにセイヴァーは想いの力でその真価を発揮する。でもそれを装着しているのは彩音ちゃんだし、セイヴァーの状態ではない上に、もう戦えないほどボロボロ……。
「じゃあ今のって……?」
自分の手を見てみる。光は消え、異常も特に無い。何だったんだ?あの力は……。
「細かい事……気にしてねえで、ちょっと肩貸してくんねえか……」
彩音ちゃんは息を切らしてフラフラの身体を支えていた。もうそうするだけでも精一杯という感じだろう。私と葉月ちゃんで、彼女の両肩を支えて歩くことに。
「葉月ちゃんも休んでて……怪我してるんだし」
「優希ちゃんこそ、腕の傷に障るかもしれません。無理は禁物ですよ。それに、私のは大したことないですから……」
葉月ちゃんも力になりたいと思ってくれているんだろうか。その心意気に甘えて、ビヨンドくんの待つ場所へと足を進める。
が、勝負はまだ終わっていない。
『逃ガスト思ウカ……!?コノ程度ノ傷デ……!!今ナラ貴様等ヲ殺ルノハ容易イ!纏メテ死ネッ!!』
ルシフはしつこく私達を狙う。が、ルシフは気づいていなかった。私達の新しい仲間の存在に。
「油断したですね……この瞬間を待っていたです!」
『何ッ!?貴様ハ……?』
「エネルギー充填完了!これでも喰らいやがれ!!……です」
いつのまにそんなものを積んでいたのか。始めて見る……おそらくは彼女の開発した超パワーの大型銃をぶっぱなすましろちゃん。ルシフはその爆風に吹っ飛ばされた。
さすがは天才メカニック。威力は絶大だ!
「今のうちにはやく彩音さんをビヨンドへ運ぶんです!」
「うん!」
一歩一歩、辛くも歩く私達。
しかしその中で一人、鞘乃ちゃんは俯いたまま、その場に座り込んでいた。
私はましろちゃんに彩音ちゃんを任せ、鞘乃ちゃんの元へ駆け寄った。そして呼び掛ける。
「鞘乃ちゃん」
「……」
「ごめんね一人にしちゃって……でももう大丈夫だよ」
「……大丈夫なんかじゃ……ない……」
「鞘乃ちゃん……?」
俯く鞘乃ちゃんは、私にその表情を見せることはなく、身体を震わせていた。
こんな鞘乃ちゃんは初めてだ。やっぱりこれは、ルシフに殺されかけた事に対しての恐怖ではない。何かがあったんだ。
(……鞘乃ちゃん、どうしちゃったの……?)
――停止した新たな力と、起動した謎の力。
新しい謎と大きな傷痕を残して、私達は再び日常に帰ることになった……。




