宿命の白騎士
――誰にでも、避けられない戦いとは訪れるものだ。
私こと剣崎鞘乃は、父の意思を継ぎ、戦ってきた。もちろんやりたくてやっている訳ではない。かと言って、深く考えて戦ってきた訳でもない。単純に、私がやらなきゃならない事なんだって、そう思ったから戦っている。
私だって、普通の女子中学生らしい生活をしたかった。でも、逃げちゃダメだから。いや、逃げるわけには、いかないから。だから戦い続けている。
――そういうのをたぶん、宿命って言うんだと思う。だから、この戦いも、私にとっての宿命だ。
(そして、この宿命に挑むだけの心を与えてくれたのは――……)
――破壊者騒動が終わってから、一週間程が経った。
その間、ギョウマが攻撃してくることもなく、無事に過ごせたが、その日は空気が違った。
宿命というものは、身近な日常の中にもあることだ。ほんの些細な出来事でも、人によっては大きな出来事と化す。
……優希ちゃんは今、それに立ち向かっている。そして苦しんでいる。あの優希ちゃんがこんなに辛そうな表情をするなんて、信じられなかった。
だけど信じているわ。貴女なら……貴女ならきっと!そいつにも負けないはずよ。頑張って……!
「うぬぬぬぬぬぬぅ~…………っ!」
「コラァ!新庄!!静かにしなさい!何度言わせるつもりだ!次騒いだらその時点で零点だからな!」
「はっはぃぃ……あっ、し、静かにね……」
口を塞いでコクコクと首を振る優希ちゃん。
しかし酷すぎる!先生、これでも優希ちゃんは耐えているのよ!?本当は今すぐにでも叫びたいはずだわ!
それでも貴女は剣を持ち、立ち上がる。立派よ……諦めなければきっと勝機はあるわ!勝つのよ……数学と言う悪夢に!!
「剣崎、よそ見をするな」
「あっハイ」
――ついに中間テストと言う名の地獄が訪れたのだ。
最後まで諦めずに戦い続けた優希ちゃん。しかしその裁きを下すは鮮血の如き赤ペンを振りかざす先生。血も涙も無い冷酷なその手が優希ちゃんに迫る。果たして彼女の命運は如何に……?
場所は変わって我が家。放課後、みんなで集まり、今日のテストの出来についてを語り合った。
しかし優希ちゃんは、机に突っ伏して頭を抱えていた。
「……たぶん駄目だろうなぁ~あ~……あああああああああっ!!」
「優希ちゃん!!諦めちゃ駄目よ!そうよね?」
「は、はい。そうですよ、優希ちゃんはここ数日必死に……」
「止めとけよ……。アタシらは永遠に呪われたままなんだよ、赤点の呪いに」
彩音ちゃん……っ!なんて酷いことを……。
私はカッとなって彼女の方を見る。彼女は愕然としていた。この負のオーラは……そう。駄目だったのね……。
「もうアタシらには絶望しかねえのさ……」
いつもの喧しすぎる程の突っ張り魂を感じない。たぶん霊圧的なものが尽きてしまったのだ。
「……それでも私は優希ちゃんを信じるわ!優希ちゃんが積み重ねてきた努力を!」
「鞘乃ちゃん……!」
「優希ちゃん……!」
私達は手を取り合った。きっと大丈夫。私は彩音ちゃんが地獄から貴女を引きずり込もうとしようが、先生が敵だろうが、ずっと優希ちゃんの味方よ。優希ちゃんが追試を受けるというのなら私だって一緒に付き合う。貴女を絶対に一人には――。
「……あの、それいつまで続くです?」
――こうして茶番劇は幕を閉じた。我らが期待のニューフェイス・泉ましろちゃんの一言によって。
……そうね、のんびりしている場合ではないわね。今日は大切な実験なのだ。彼女がこの短期間で造り上げてくれた、新たなるセイヴァーシステムの起動実験を行うことになっている。
その為に私達は異世界へ訪れた。万が一何かあってもここなら回りを巻き込む心配もない。
「それにしても、もう完成させたなんて、ましろちゃんは凄いなぁ。よーし、ご褒美になでなでしてあげるね!」
「えへへ……こ、こほん。優希さん、まだ安心するのは速いですよ。むしろこれからが本番なのです!」
……ましろちゃんが、ちょっぴり羨ましい。
(――って、変なこと考えてないで、集中しないと!)
ましろちゃんのアイコンタクトを受け、私はセイヴァーグローブを填める。お父さんの造ったモデルとは違い、これは右手に装着する。そしてそれに備わっている起動スイッチはこれまでと同じ。
私はもう、セイヴァーシステムに対する恐怖を克服した。緊張していないと言えば嘘になるが、きっと大丈夫だと私は信じている。だから私は迷うことなく起動スイッチを押し込んだ。
瞬間、グローブから蒼き光がキラキラと散らばり、私を包んでいく。
――誕生する新たなセイヴァー。その姿にみんなが驚いていた。
私自身もそう。この前優希ちゃんの代わりになったセイヴァーとは、また違う姿だったからだ。
少しメカメカしさ(という表現で良いのだろうか――)が増し、かつより動きやすそうなものになっていて、武器を産み出す特殊装甲は左腕に移っている。そしてよりパッと見てわかる大きな違いは全身のカラー。蒼から白を基調としたものに代わり、だけどあちらこちらに蒼色のラインが刻まれている。
従来のセイヴァーよりもヴァージョンアップしてるって感じ。まだ、見た目の話だから、性能がどうなのかはわからないけれど……ましろちゃんは自信満々に頷いているから、とりあえずなることには成功したようね。
「鞘乃ちゃん……すっごく格好いいよ!」
優希ちゃんが目を煌めかせている。……なんだか、照れちゃうな。白のセイヴァーの癖に顔は紅く染まってしまった。
ただ気になるのは、性能面。どれ程のものか、試させてもらおうかしら。
「……丁度いい的もいるしね」
と、私は辺りをぐるりと見渡した。ザコギョウマがあちこちで『静止』している。
この光景は以前も見たことがある。あれはそう、奴らの潜む空間へ攻めこもうとした時だったかしら。
私達には無害だったとはいえ、奇妙であることに変わり無い。いろいろおかしな点も見当たるし、こいつらは本当に只の下級兵士で留まる存在なのかしら。
まぁ、それを考える機会も戦いが続く限りは十分ある。今はチュートリアルの標的として、頑張ってもらいたいが――。
「……とりあえず、動いてくれた方が私としてもやり易くていいのだけれど」
敵とは言え、無抵抗の相手をボコボコに叩きのめすのは気が引ける。練習相手としても、そっちの方が良いしね。
そう私が思うと、奴らは私に向かって攻撃を仕掛けてきた!
「へぇ、この前といい、随分と聞き分けの良いこと……!」
本当にこいつらは何を考えているのかしら……でもこれで心置きなく試せる。このセイヴァーの力を……!
私の能力は『超感覚』。それは変わりなくこのセイヴァーでも使うことが出来た。
ただ、ザコギョウマ達の強みと言えばその数。攻撃自体を見きれても、物理的にかわせない。身体がそれに追い付かないからだ。
しかしさっきから一撃も当たる気配がない。身体が思うように動くとはこう言うことなのだと私は体感した。
「……じゃあ次は、反撃っ!」
光を拳に纏わせ、そしてそれを打ち出す。それは分裂し、屈折し、ザコギョウマ達一体一体に確実にヒットさせられた。パワーも申し分無い。
私の超感覚、それを十二分に使いこなせる性能が秘められているようね……。
ましろちゃんは「驚いたですか?」と誇らしげに腰に手を当てて笑みを浮かる。私はすぐに頷いた。
――実際、想像以上って感じだ。グローブ自体はほぼ変わって無かったから、最初はほんの少し良くなった程度で、後は単なる据え置きレベルでしか考えてなかった。
しかしこれはかつてのセイヴァーシステムを格段に越えたもののようだ。
「甘く見てもらっては困るです。それは最新技術と操さんの強化プログラムを搭載して、破壊者の力を抑えるだけでなく、救世主の力を増幅させる事に成功した……既存のシステムを進化させたものと言っても過言ではないです!」
「正しく新たな力と言うわけね」
「ですです!その名も『ネオセイヴァー』システムなのですよ!」
ネオセイヴァー……これが私の力。これなら優希ちゃんの前で不甲斐ない戦いをせずに済みそうね。
それに、この力さえあれば――。
涌き出てくる、ある感情。私の表情はどうなっているのかはわからないが、彩音ちゃんはそれを見て、まるでおぞましい何かを見るかのような目を向けてきた。
「……鞘乃、どうしたんだよ。なんか顔怖いぞ」
失礼だな、なんて思いながらも、面倒事に発展しても困る。私は平然を取り繕ってこう言った。
「えっ!?あ、ううん、ちょっと感心しただけよ。ましろちゃんは本当に凄いなって」
それを聞いてましろちゃんは嬉しそうに笑った。そしてまた気を引き締めて彼女は続ける。
「鞘乃さん、それだけでは無いですよ!ネオセイヴァーシステムにはまだ――」
はしゃぐましろちゃん。しかし言いかけた途端、彼女の表情は青ざめていく。
初めて遭遇したのだ、無理はない。そう、この世界に蔓延る悪・ギョウマが現れたのだった。
奴は確か――ルシフ。名前なんて知りたくも無かったし、覚えたくもないけど、こいつはしぶとく生き残っているから、嫌でも脳にその存在がこびりついてしまった。
そう、こいつは一番長く戦っている相手だ。優希ちゃんと出逢う前からこいつとは戦い続けていた。
そして今回、私達の存在に気づいた例の『王』とやらの命でこいつは姿を現したらしい。
……こいつは最初に倒す相手として相応しいかもしれないわね。無論、誰が相手でもギョウマならば仕留めるつもりだけれど。
「やるならばとっととやりましょう」
『話ガ早クテ良イ。今日コソ殺シテヤルゾ、セイヴァー共!』
睨みあう私とルシフ。それを葉月ちゃんが止める。
「鞘乃ちゃん、いきなり実戦なんて無茶ですよ!」
「そうかしら?調整は完璧だったし、能力も把握しているわ」
そう、負けはしない。……だから、離して!私は葉月ちゃんの手を強引に振りほどき、再びルシフと向かい合う。
すると今度はましろちゃんが呼び止めた。
「それは違うです!まだ鞘乃さんは全ての機能を熟知していないのです!それを知ってからでも遅くないのです!」
私は彼女の目を見ずに返した。
「いいえ、私はやるわ……今なら消せるのだから……!」
口に出す事で、私はついに抑え込んでいた感情を爆発させた。
……ずっと欲しかった。こいつらを殲滅することを可能とする力が。
こいつらさえ居なければ、お父さんもお姉ちゃんも、死なずに済んだ。こいつらさえ居なければ、私は平和で幸せな人生を歩めた。そしてこいつらは、私の大切なものを傷つける。優希ちゃんを……苦しめる。許せない、許せない!
ずっとずっと、消してやりたかった。この手でぶっ潰してやりたかった!!
この力さえあれば、それが出来る。この憎くて堪らない目の前のギョウマを……!!
「……倒すッ!」
それこそが私に課せられた宿命!そしてこの宿命に挑むだけの心を与えてくれたのは――奴らに対する『憎しみ』!
(こいつとの因縁はっ!ここで断ち切るっ!!)
私はルシフに向かって突撃した。奴は平然とした態度で破壊光線を放つ。
……それで対処したつもりならお笑いよ。私にはそんなものは当たらない!私は軽々とかわして、止まることの無い笑みを浮かべながら、進み続ける。
焦って奴は連続でそれを放つ。が、ぬるい!ザコギョウマどもの方がよっぽど厳しかったわ!
――気づけばもう奴の懐に届いていた。容赦はしない。確実に滅してやる……!
「セイヴァーソード改!!」
左腕から創造した救世剣。その一筋の閃光がルシフを斬り刻む……!手応えはあった。確実に殺った。ネオセイヴァーのパワーは把握済み。ルシフごときなら、当たれば十分致命傷のはず。
……これで一歩前進したわ。ギョウマ殲滅への道を。そして、それを可能にする力を得られた事を実感する為、私は右手のグローブを再び強く握りしめた。
――その、時の事だ。
『……ソレデオ終イカ?』
「!?」
奴の声に我に戻った私。しかしその攻撃は、既に私を捉えていた。奴のサーベルが、私を斬り裂く。
超感覚のお陰でなんとか直撃は免れた。しかし右腕を掠め、ダメージが刻まれる。私はその衝撃で地面に倒れた。
(……そんな馬鹿な。確実に倒したはず。なのにどうして……?)
傷こそ浅いが、動揺を産むのには申し分の無い出来事だった。
『威勢ガイイ割ニハ、ソノ程度カ…フハハハッ』
「黙……れ……ッ!」
奴の減らず口が、更にペースを乱す。
……だけどここで止まれない。一撃で無理なら何度だってやるだけよ!この程度の怪我……どうってことない!私がこいつを……!
「私がこいつを……倒すんだ!!」
叫びと共に私は再び奴に向かって駆け出す。
――しかし、私はまたも、運命に突き放される。
私は倒れていた。バランスを崩して転んだのだ。そう、突然の出来事に驚き気をとられ、足を滑らせてしまっていた。
「……どう、して……っ?」
私の身体は駆け出した直後、セイヴァーの状態を解除され、元の姿に戻ってしまっていた。
一体何が起きたのか、全く理解が出来ずにいる。
――ルシフの攻撃?致命傷は受けていない。
――ルシフの能力?そんなものがあるなら優希ちゃんとの戦いで既に使っているはず。
わからない。何が起こっているのか、さっぱりわからない。
私は必死にグローブの起動スイッチを押し続ける。……何も起きない。
「……どうして?どうしてなの……っ!?やっと、やっとこいつらを倒せる力を、手に入れたのに!!」
願い虚しく、私は追い詰められる。ルシフの刃はもう私の目の先へ迫っていた。




