温もりの決意
セイヴァーシステム……それを組み込んだ赤い手袋型の装置・セイヴァーグローブは、その甲の部分に備えられたスイッチ一つで私の姿を変化させる。
赤を基調とした髪と衣装に、足元まで渡る長きマフラー……私の全身は一瞬でファンタジー感溢れる姿に変わった。だけど、鎧らしい鎧に包まれたのは右腕だけ。こんな姿で本当に戦えるのかな……?
そう思っている隙にギョウマ達は一気に接近してくる。凄い数だ。なのに不思議だ。全く負ける気がしない。どうして?危険そうに見えるのはあのリーダー格のギョウマぐらいだから?……そうじゃない。そのリーダーですら、動きが遅く見える。敵の動きが、わかる!
「うりゃああああああああああああっ!!」
私の拳は、光のエネルギーを纏って、凄まじいラッシュを繰り出した。一撃一撃が強く、それでいて、速い!バッタバッタとギョウマ達を薙ぎ倒し、気分はまるでアクションスターにでもなったかのようだ。
『!?◎◎▼◇◇▼◎◎!?』
『馬鹿ナッ!コノ数ダゾ!?何故コンナ小娘ゴトキニッ!』
余裕満々だったリーダーすらも、驚きで声を挙げていた。その悪意に満ちた笑みをへし折れただけでも、セイヴァーになった甲斐はあるというもの。
これ以上好きにさせてたまるもんか。だって私はもう、ただの小娘じゃない。
「甘く見てもらっちゃ困るよ。私は世界を救うセイヴァーだからね!」
ドヤ顔でリーダーを睨み付けた。でもそうやっていい気に乗るなって感じで奴はサーベルをブンブン振り回し始めた。
タンマ。ストップ。何でも良い、止まってよ。さすがに武器は卑怯でしょ。そうして焦ってジタバタしていると……。
『新庄さん!』
グローブから鞘乃ちゃんの声がする。たぶんこのグローブを介して話すことが出来るんだろう。さすがは救世主の力が宿ったグローブだ。鞘乃ちゃんなら戦い方を知ってるだろうし、急いで何か防ぐ方法を教えてもらわないと。
「あいつ武器使ってる!なんか防ぐ方法無いかな!?」
『落ち着いて!セイヴァーにも武器は使えるわ。右腕の装甲は防御以外にも武器を生み出すための機能が備わっているのよ』
「なるほど、それで右腕に情報量が詰まってるわけかぁ」
連絡中にももちろん敵の攻撃は来る。リーダーギョウマのサーベルは、私を目掛けて一直線に降り下ろされた。なんとか私は右腕の装甲でそれを受け止める。『防御以外に』ってことは、やっぱり防御にも使えるわけだ。それなりに頑丈みたいだし、このまま武器を生み出して、反撃開始だ!
「……ってどうするの?」
『武器をイメージして!何でもいい!あ、でも無茶すぎる大きさのは無しだよ!』
「イメージ……イメージね……」
私は一旦ギョウマのサーベルを弾いて距離を取りながら、武器をイメージする。尚且つ追ってくるサーベルを交わしつつ、イメージ……。しかし武器って言われてもなぁ、実際にはそんな物騒なもの、ほとんど見たことないし……。
(どうしよう鞘乃ちゃん……ん?そうか、鞘乃ちゃんか……剣崎鞘乃ちゃん……)
『ヌエエイッ!チョコマカト動クナ!』
段々イライラが溜まってきていたギョウマさんは、怒りに任せて巨大な火球を作りだした。逃げても無駄なようにこの辺りを一帯、吹き飛ばすつもりだ!
でも残念ながらそうはさせるわけにはいかない。近くには鞘乃ちゃんがいるんだ。鞘乃ちゃんは私が守るって決めたからね。絶対に落とさせない!
「これだああああああっ!」
右手に力を込めて、イメージを実体化させる。私が創造したのは――鞘に納まった剣だ。名付けてセイヴァーソード!それを構えて一点に力を集中。そして迫り来る火球を一撃で……斬る!
「いっけええええっ!」
剣に纏ったエネルギーが紅き閃光となり、振り下ろされる。巨大な火球は半分に割れ、直後、空で爆発した!
「いやったああああああああっ!上手くいった!!!ねぇ!見た!?見たよね!?鞘乃ちゃん!!」
『み、見てたよ。だから落ち着いて!気を抜いちゃダメ!』
「あ、う、うん、了解!」
ハッとなってすぐに構えると、ギョウマはその場に立ちすくむのみだった。
『アリエナイ……コンナフザケタ小娘風情ガ……ッ!!』
どうやらあの一撃は、ヤツにとって余程自信があるものらしいね。それを砕かれて戦意を喪失したみたいで、ヤツはその場から消えてった。
初めての戦闘で、私は無事勝利した。逃げられちゃったけど……はじめてにしては上出来だよね。
(無事に世界を、守ったんだ……!)
でもそれで私のセイヴァーとしてのスタートを無事にきれたって訳じゃなかったんだ。私自身、意外な展開だったな。だってもう、信用されてるって思っちゃってたんだもの。
「――なんで!?ねぇ、どうして返さなきゃいけないの?」
私が納得いかなそうに吠えているのは、セイヴァーシステムを鞘乃ちゃんに剥奪されてしまったからだ。
「鞘乃ちゃんは私が守るって言ったよね!?」
「気持ちは有りがたく受けとりたいところだけど、私はまだ貴女を信用出来ないの」
じゃあさっきセイヴァーとして私を戦わせたのは、ホントに急場凌ぎの為……?そんなの駄目だよ。だって、ずっとセイヴァーとして戦える人がいなきゃ、世界は滅ぼされちゃう。
でも鞘乃ちゃんは、理解してくれない。結局そのまま学校に戻ることになった。どうすれば、わかってもらえるだろう。
学校までは特に話すこともなく……というか話せるような雰囲気じゃなかったから黙ってた。鞘乃ちゃんの方は何を考えてるのかな。冷静を装っているけど……。
あぁ、怪我の手当てだけは私がさせてもらったよ。どう思われても、やっぱりほっとけなかったしね。
学校に着いても話は出来なかった。まぁ、それは私達の険悪なムードのせいって言うよりは、鞘乃ちゃんが傷だらけで戻ってきたから、みんな気になって彼女の周りに集まったからなんだけど。そりゃ保健室にいったはずの鞘乃ちゃんがズタボロで戻ってきちゃ、みんな驚くよね。しかも最近入ってきた転校生だから、みんな余計に敏感だと思うし。
でも私にとっちゃ良い迷惑だよ。そうしてじっと睨んでいると、後ろからポンッと肩を叩かれた。
「ういーっす、優希!転校生取られて嫉妬かぁ?」
「そ、そういうわけじゃあ……」
唐突に少しドぎつい声を掛けてきたこの少女は島彩音ちゃん。ポニーテールが特徴の、サバサバ系……と言うよりはちょっと不良気質のあるツッパリガール。そんな感じなのに何故か馬が合ってよくふざけ合う、私とは一番付き合いの長い友人だ。
そしてその後ろからさらにぽわぽわと可愛らしい笑顔を見せる少女が一人。
「でもでも!優希ちゃんはずっと剣崎さんばかり気にかけてましたよね。もしかして禁断の愛ですか!?」
「ち、違うよっ!?」
彼女は三枝葉月ちゃん。大人しくて礼儀が正しく、いろいろ出来て頭も良い。その実力は日々のお稽古の賜物。その実態はセレブのお嬢様。そんな超高スペックなのに、どこか変な一面もある……私達の中ではたぶん一番の不思議ッ子なのだ。今みたいに私と鞘乃ちゃんの関係に興味津々みたいだしね……。
まぁ、そりゃあ確かに鞘乃ちゃんは綺麗で可愛いけど、でも今は、周りの人達に嫉妬するほど鞘乃ちゃんを思えないかな。周りの人には笑顔を振り撒ける彼女には……。
……もしも、もしも、真実を知らないままだったら――私は彼女とああやって笑い合えたのかな?
(……違うよ。あんなの、愛想笑いだ)
今の鞘乃ちゃんは、全然本当の自分を見せようとしていない。笑顔ではないし、ほんの少しだけだが――私は彼女の本当の表情を見た。それを閉ざしている。私だけじゃない。誰に対してもだ。
このままほっておけるわけがないよ。なんとかしてあげたいよ。でもその方法が思い付かない。二人に相談してみるか……?
(でも今回のに限っては、なんて説明すればいいんだろ)
……そっか。普通じゃ相談出来ない事、やってるんだよね。誰にも知られない孤独の戦いを、鞘乃ちゃんは背負ってる。軽々しくそれを背負うって言ったけど、私に、ホントにそんな事出来たかな。
「おい優希!なにボーッとしてんのさ。もしかしてマジに恋かよ」
黙っていると勝手にドン引きされた。もう、こっちはそれどころじゃないってのに。否定して、私はなんとか打ち明けることにした。
「……鞘乃ちゃん怪我だらけなのに誰にも頼ろうとしてないみたいだから大丈夫かなって、そう思っただけだよ」
もちろん言葉は濁すしかない。言っても信じられるような話じゃないしね。そうして黙って鞘乃ちゃんを見てると、彩音ちゃんにゴツンと頭を叩かれた。
「お前が言ってんじゃあねえぞコラ!」
「痛った!!何するの!?」
彼女は悪びれる様子も無くふんぞり返る。
「言えるような立場かよ。転校生の事、何の相談もなしに勝手に突っ走ってる癖によー!!お前はいっつもそうだなこのやろ」
「イダダダダ!ごめん、ごめんって」
……まぁ、言われてみればその通りだ。日頃も自覚は無いけれど、そうなのかもしれない。でも、今は私の事じゃなくて鞘乃ちゃんの事!私は彼女を助けたいだけなんだ。
彩音ちゃんに押され、脱線しそうになったがそこで葉月ちゃんが間に入ってくれた。さすがに葉月ちゃんの風格には彩音ちゃんも思うように攻撃を仕掛けることも出来ず、しぶしぶ後ろに下がった。
そしてニコニコ笑って葉月ちゃんは続けてくれた。話が元に戻って一安心である。
「ええっと……私が思うに、剣崎さんって優希ちゃんと同じなんですよ」
私が?鞘乃ちゃんと?外見はまず……あり得ないとして、性格でも正反対だと思う。だって私なんかと違ってキビキビして、世界のためにあんなに自分を捨てることが出来る。私にはそんなの無理だよ。
「それは見当違いじゃないかな」
「そんな事ないですよ。良い意味でも悪い意味でも、自分がやると決めたことには他人を絶対に巻き込もうとしない。それはきっと不器用な優しさなんでしょうが……それが返って自分を苦しめている」
私にはそう見えますよ、と私を見て笑った。にっこりと、だけどどこか、凄みを感じさせられた。やっぱり鋭いな。よく見ているし、大体その通りだ。
鞘乃ちゃんは絶対に誰も頼ろうとしない。私の事だって、信用していないと突き放した。だからこそ困っている。どうしたらいい……?私が俯いていると、彩音ちゃんが葉月ちゃんの隣に並んで言った。
「突き抜けた馬鹿には突き抜けた馬鹿の言葉しか伝わらねえってこったな。そうでもしないと、あいつも砕けようがねえんじゃねえの」
私が鞘乃ちゃんにぶつかるしかない。そう言いたいんだろう。でもそれでも伝わらなかった。私の気持ちは、彼女を救えなかった。そんな私にもう一度戦えと言うのか?無理だよ。迷惑なんだよ。
「鞘乃ちゃんに迷惑かけちゃうから……そんな事出来ないよ」
そう言うと、彩音ちゃんはため息をついた。すぐにぶん殴ってこない辺り、たぶん本当に苛立っている。彼女はそう言う子なのだ。そして面と向かって彼女はこう言った。
「なんだよそれ、お前らしく無い」
その一言で私はハッとなって瞳を伏せた。
戦い、世界、ギョウマ……難しい事にばかり捕らわれて私は、重要な事を見落としていた。確かに鞘乃ちゃんはそんな難しい事の中にいる。
だけど私にとってそんな事はどうだっていい事だって思ったはずだ。私はただ、彼女を守りたいと思った。鞘乃ちゃんが信用してくれなくたって、それでもそばにいてあげたいって思ったから……何度拒絶されたって、私が守ってあげたいってそう思えたから……私は彼女のもとへ走った。セイヴァーになって、ギョウマと戦った。
きっとそれが、彩音ちゃんが感じてくれていた、私らしさ……。
「……そう、だね。私、ちょっとビビってたかも。鞘乃ちゃんは彩音ちゃんと違って綺麗で可愛いもん」
「んだとこのやろ~~!!」
「へへ、やめへよ、痛ひよー!!」
安心したように彩音ちゃんは笑顔を取り戻し、私の両頬をグイッと引っ張った。
彩音ちゃん、そして葉月ちゃん。二人の友人のお陰で、答えが出た。やっぱり私は鞘乃ちゃんを助けるまで止まれない。それを気づかせてくれた二人には、本当に感謝している。
そして二人の気持ちを無駄にしないためにも、私が絶対に鞘乃ちゃんを守る!!その想いを抱いて、改めて鞘乃ちゃんにぶつかる事を決意した。
先生に呼び出され、強引に抜け出したことをガミガミと叱られたが、こんなことで私の気持ちはもう揺らがない。
(……つもりだけど、やっぱり堪えるよぉ)
ちゃんと嘘、考えとけば良かった……。その後悔を噛みしめ、もう後悔を産まない為にも、より一層気持ちを固め――放課後。ついにこの瞬間が訪れる。
この時まで一切鞘乃ちゃんと話すことはなく、彼女も、その事を平然と受け入れたのか、なんの行動も起こすこと無くひっそりと帰ろうとしていた。しかしそうはさせまいと、私は彼女の前に立ち塞がる。
「……鞘乃ちゃん、一緒に帰ろう」
沈黙。そしてその目は、私に冷たい視線を飛ばしてきた。当然、鞘乃ちゃんには私の考えはお見通しだろう。それでもここで引き下がるわけにはいかない。半ば強引に彼女の手を掴んで、引き寄せた。
「お願い。聞いてほしい事があるんだ」
鞘乃ちゃんはうんざりと言った風にため息をついた。しかしその後、鞘乃ちゃんは目を反らしたまま、私にこう返した。
「どうせ聞くまで帰してくれないんでしょう?」
そして私が動くのをじっと止まって待ってくれた。まったく気持ちの通わぬまま、二人で手を繋いで歩く奇妙な帰路が始まった……。