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新庄優希の救世物語  作者: 無印零
第3章
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力の真の意味

 再び姿を現した破壊者。彩音達からすれば初めて出逢うそれは、想像していた以上に恐ろしい存在だった。

 ――勝ち目が無い相手。それはなんとなく彩音にも感じられた。優希達がそう言っていたからじゃない。目にしてその意味を真に理解した。だからこそ対話を試みる。正統に挑んでも無駄だとわかりきっているからこそ、別のアクションを試してみるのだ。


「……アンタが破壊者か?アタシは――」


 言いかけたところで破滅の槍による衝撃が地面を抉りとる。……聞いていた通り話が通じそうにない。


「おいおい。自己紹介の邪魔すんなって」

「頼んだ記憶はない。そして覚えるつもりもない」

「あぁそうかい。……だったら無理矢理にでも聞かせてやるぜ!」


 結局こうなってしまった。しかし、無駄だとわかっていても、やらなくては。自分自身を、そして葉月を守らなければ。彩音はその為にエネルギーを解放する。

 まるで楽譜のような形のエネルギーが幾多も彩音の身体から飛び出し、破壊者に反撃する。しかしそれも槍により粉砕され、一瞬で間合いを詰められた。


 セイヴァービートによるラッシュで迎え撃つが、それも軽くいなされ、そのまま吹っ飛ばされた。圧倒的だ。当然だが実力の差が大きすぎる。


「つまらんな。昨日の奴の方が潰し甲斐がある」

「ちっ。破壊だの潰すだの。テメーおかしいぜ」

「おかしくて結構。まともなら破壊者なんてやってないんでね」

「んなこと言ってんじゃねーよ」


 彩音は痛む身体を気だるそうに起き上がらせ、なんとか座り込んで破壊者と目を合わせた。

 攻撃を食らって益々痛感する。無理だ。何をやったって勝ち目は無いだろう。それでも彩音が取り乱したり、虚無感に襲われずに破壊者から目を背けないでいられるのは、許せないことがあるからだ。


「聞いてるぜ。お前大事な奴の為にこの世界壊したんだってな。だったらなんでそんな馬鹿げたことやってんだ」

「何?」

「こんだけ派手にぶっ壊しちまったんだ。元通りって訳にもいかねーだろうし、罪が晴れる訳じゃねーけどよ……せめてそいつの傍にいてやれよ!まだこんな事を続けて……なんのためにお前はそいつを助けたんだよ!」


 気に入らない。友情の大切さを改めて知ることが出来た彩音だからこそ、目の前で下らない生き様を曝しているそいつが許せなかった。


 しかし破壊者はそれを聞いて槍を握る拳に力を入れる。仮面で隠された素顔だが、見える口元からは彼女の食い縛った歯がギリギリと音を立てている。

 そしてその感情を地面にぶつけ、崩壊させた。


「私が知りたい!彼女は既にこの世には居ないのだからな!」

「なんだって……!?」

「言葉の通りだ。彼女は私の前から消えた。……私はなんのために世界を壊し、なんのために彼女を救ったんだ!」

「その八つ当たりでなんでもかんでも乱暴にぶっ壊してるって訳。……益々ダメダメじゃねーか」

「うるさい……!貴様に何がわかるッ!!」


 破壊者は再びその槍で彩音を消し去ろうとする。


 が、その時!


 ズガガガと音をたて大地を駆けるスーパーマシンが、現れる!……ビヨンドだ!


「おせーよ、バカ優希」


 彩音は嬉しそうに笑う。同時に身体から力が抜け、地面に突っ伏せてしまいそうになったが、葉月がそれを支えてくれた。

 破壊者はその光景を見てまた苛立ったように槍を振り上げるが、瞬間――ビヨンドがなんの躊躇もなく破壊者に突っ込んだ。流石にそれは予想外だったからか、破壊者は吹き飛ばされる。

 正義の味方らしからぬ轢き逃げアタックで二人の少女、新庄優希と剣崎鞘乃が颯爽と登場した!



 ***



 正義の味方っぽくないとか轢き逃げとか散々な言われようだけど、なんとか彩音ちゃんと葉月ちゃんを救出することに成功した。まぁ、前回はこの戦法はこっちも危険だからしなかったし、破壊者も油断してたんだろうね。


「ふん、ようやくお出ましか」


 しかし破壊者はまるで無傷。平然と私の前に立ちはだかる。私達もビヨンドくんから降りて、彼女に向き合った。破壊者の視線はすぐに私の腕に向かった。包帯でグルグル巻きにされた左腕――そんな状態で挑もうなど馬鹿な奴だ、とでも思っているのだろう。


「やはり先の対決で負傷していたようだな。だが、容赦はせんぞ」


 破壊者は槍をブンブンと振り回す。それを遮るように鞘乃ちゃんが私の前に立ち塞がった。


「構わないわよ。優希ちゃんは今回、戦わないから」

「……ほう」

「と言うよりは戦わせないわ。優希ちゃんにはゆっくり休んでてもらわないと」

「ならば貴様が相手をしてくれるのか」

「ご名答」


 彩音ちゃんも葉月ちゃんも、それを聞いて驚きを隠せずにいる。無理もない。これまで鞘乃ちゃんがセイヴァーになれなかったということは、二人も知っているからだ。


 でも私達はもう理解している。その理由も、力の意味も。


「戦う前に一つ言っておくわ。破壊者、貴女の思惑は外れだったわよ」

「なんの話だ」


 鞘乃ちゃんは彩音ちゃんからセイヴァーグローブを預り、そしてそれを見せる。


「これが貴女の力と同じものではないと言うことよ」

「……何?」

「貴女の力を元にしたことはその通りだった。だから最初は危険なものだったし、実際に犠牲者も出たわ」


 お姉さんの死。それを目の当たりにし、鞘乃ちゃんのお父さんはもっと安全性のあるシステムを考慮した。


「そう、危険な力を抑えるプログラムは既に完成されていたのよ」

「何!?」


 破壊者の力は存在そのものが危険なもの。その力で発生してしまった虹色の空、そして影響で滅びたこの世界を見れば、なんとなく私達の振るう力とは違う性質のものだと言うことがわかるはずだ。

 要するに破壊者の力から『破壊する』力を取り除いた結果、私達の使う救世主の力は誕生した。


 単純に余分なものを削っただけのシステムだ。ゆえに、最初期に考案された事だった。しかし、そこで問題が発生してしまった。破壊する力から破壊する事を奪ったものに何が残るというのか、という事だ。


 ――ややこしいので身近なもので説明するね。例えば私の大好きなハンバーガー。そこから牛肉のパティを取り除いてみよう!人にもよるだろうけど……なんか、それってもうハンバーガーじゃないよね。

 破壊者の力なんて破壊する事を目的としてるんだから、もう存在そのものが消えちゃったも同然だよ。

 実際、それはなんの力も持たなかった。失敗作だ。その現実にお父さんは絶望した。


 だけどそこで諦めることは無かった。最後までお姉さんの願いを叶えるために。


 ……そしてそれは起こったんだ。鞘乃ちゃんのお父さんの遺した、最後のメッセージ。そこには、こう書き遺されていた。



 ――鞘乃。美影も私も、希望を捨てなかった。美影は自分が助かりたいだなんて一言も言わなかった。最後まで願っていたんだ。人々を……みんなを救える力が欲しいと。そして私はそんな美影の願いを叶えてやりたいと思った。

 そんな時の事だ。何もないはずの、失敗作のシステムからとてつもなく巨大な力が溢れだした。幻覚でも見ているのかと思ったがそうじゃない。限界を迎えていたはずの私の身体に力がみなぎってきたのだ。そのお陰で成し遂げられたよ。そして私はようやく気づいた。これこそがこの力の本来の意味なのだと。そう、これの本当の力とは、敵を倒すための力でも、世界を滅亡に追いやる力でもない。この力を動かす鍵とは――



「そう破壊者。セイヴァーとは諦めない人達の願いが完成させた奇跡のシステムなのよ」

「デタラメはよせ!危険性を抑えることに成功したシステムだと……!?ならば何故何も残っていないはずの失敗作のガラクタごときがギョウマに対抗出来る力を持てるというのだ」

「貴女の力の本質は破壊する力じゃなかったからよ。忘れたの?貴女は大切な人の為に世界を壊したんでしょう?」


 私は一度、破壊者と戦ったからわかる。確かに凄い力だし、勝てる気はしなかった。それでも世界を滅ぼすほどのものには感じられなかった。そう、彼女がそれほどの力を解放してしまった鍵は破壊の為の力なんかじゃない。


「――そうだ、私の力も貴様らの力も、その源は」

「そう、想いよ。どんな時でも諦めず、誰かと手を取り合い前に進むための力!それこそが、救世主の力!」


 破壊者の力の本質は、人の精神エネルギー……つまり、『想い』を糧に発動するもの。

 私が謎の力を発動させた時、いつも条件は一緒だった。誰かを守りたい、誰かのために勝ちたい――そう想った時、救世主の力は私に応えてくれた。

 だけど私達のシステムには、世界を滅ぼそうとする危険な力は存在していないわけだから、安心してそれを振るう事が出来たってわけだね。

 ハンバーガーだって、パティを除いても、パンにチーズにレタスは残るわけだから、ゼロになったわけじゃないでしょ?力だって、全くの無になったわけじゃないんだよ。……まぁ、ハンバーガーはどれか欠けちゃうとやっぱり魅力が落ちちゃうなぁ……。


「優希ちゃんのやって来た事は間違いなんかじゃなかったのよ」


 鞘乃ちゃんは心からの笑顔を私に見せて、喜んでくれた。私も、胸が熱くなって、心から気分が晴れたようで、その実感を今でも信じられないほどには喜んでいる。


 ――私の信じた想いは正しかったんだ。


 ……でも、破壊者だってそうだ。力こそ危険でも、あの少女を救いたいと願った気持ちは間違いのはずがない。

 彼女も被害者なんだ。だから私は彼女ともわかり合いたいと思った。彼女の心を救いたい。


 破壊者は私達の話を聞いて愕然とした。そして同時に、湧き出た怒りを辺りに喚きちらした。

 きっと彼女は世界を壊してしまった罪と、少女を失った哀しみで、もう自分で自分を止められないんだ。そして認められないんだ。セイヴァーシステムという希望の力が。


「ふざけるなァ!!何が救世主だ!くだらん!くだらん!!例えそれが真実だとしても、私が危険な力を持っている事に変わりはない!私は破壊者なんだ!全てを破壊してやる……ッ!」


 その全てが入り交じった絶望の『想い』が、彼女の力を増幅させていく。このままでは再び世界は滅ぼされる。そして彼女の槍は、私達の世界と繋がっているこの世界の核に向けられるだろう。

 私達の繋がりを全て消し去る為に。




「……優希ちゃん」


 世界の終末が近づく中、それを止められる最後の希望が、ついに鞘乃ちゃんの手に渡った。


 彼女がこれまでセイヴァーになれなかった理由は、恐怖だ。

 戦う事に対しての意味ではない。お姉さん――美影さんを失ったあの光景を目の当たりにし、現セイヴァーシステムが安全だとわかってもそのトラウマに襲われ、なれなかったのだ。

 セイヴァーシステムは想いを軸に起動する。逆を言うならば、その想いがシステムを扱う事を拒絶すれば、何の力も持たない失敗作のままということだ。


 でも今の彼女に迷いはない。美影さんの願いとお父さんの見つけた答えが、彼女に勇気を与えたんだ。


「お父さんと美影さんが、きっと鞘乃ちゃんを支えてくれてるよ」


 にっこり笑って鞘乃ちゃんの手を握る。鞘乃ちゃんはこの手を大切そうに抱きしめ、幸せそうに目を閉じた。


「それだけじゃないよ。優希ちゃんのお陰」

「え……?」


 再び瞳を開いて、真っ直ぐ私を見つめ……彼女は言った。自分がそれまで抱えてしまっていた、どす黒い感情を。


「ねぇ優希ちゃん。私も貴女と出逢うまで破壊者と同じだった。世界を救うためだ、なんて自分に言い聞かせて戦ってきたけど、本当はこんな世界ぶっ壊してしまいたかった。どうして私ばかりがこんな目に合わなきゃいけないんだって」


 ……だけど仕方の無いことだと思う。鞘乃ちゃんの境遇を知った今、それを易々と否定は出来ない。


 ただ、それも過ぎた話。


「でもね、優希ちゃんが居てくれるから私は変われる。優希ちゃんと一緒だから強くなれる」


 そう言って、鞘乃ちゃんは勇ましい笑顔を見せた。

 彼女は、かつての絶望を乗り越えた。……その役に立てたんなら、すっごく、嬉しいな。

 照れと喜びが混じって、たぶん今、すっごく顔が真っ赤だ。熱い。だから思わず視線を反らしてしまったが、私も彼女に対する気持ちを伝え返した。


「……へへ、私にとっての鞘乃ちゃんもそうだよ?」

「……!……ありがとう。でも今回は私に任せて。私が貴女と貴女の愛する世界を守ってみせるわ!……信じてくれる?」


 鞘乃ちゃんは私の頬に触れ、無理矢理に視線を合わさせた。彼女の可愛い顔が近くて、久しぶりに凄くドキドキしてしまったが――彼女は待っていた。私の返事を。

 なら、答えてあげなくちゃね……。私は煩悩を遮断し、彼女の目を真剣に見つめた。

 ほんの少し見つめあっただけだったが、私の表情からその答えを察して、彼女の表情はより一層気合いが入ったように見える。


 十分答えは伝わったみたいだ。それでも声に出して伝えたくて、口を開いた。


「信じてるよ……あの日から、ずっと……!」


 だからこそ私はこの手を離せる。そして貴女の背中を押してあげられる。


(鞘乃ちゃん。これからが君の本当の戦いだよ!)





「……行くわよ!」


 美影さんとお父さんから貰った勇気。私から託した彼女への想い。全てを背負い、鞘乃ちゃんはついに起動する。

 その煌めきの中から誕生した新たなセイヴァーは、一人でも戦い続けた彼女を体現するように勇ましく輝くオーラを纏い、それでいて彼女が信じてくれた私との絆を兼ね備えた希望を表したような光の粒が彼女の周りで輝いている。


「綺麗……」


 無意識のうちにそれが口から溢れていた。

 思わず私は息を呑んだ。心を鷲掴みされたような、そんな感覚に陥った。可愛くて、美しくて――そんな素敵な彼女の魅力はより一層煌めいていて、まるでそこに天使が降り立ったかのようだった。


 滅び行く世界を前に立ち向かう救世主の姿。私は真の意味でそれを見たと実感した。

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