哀しみの遺産
鞘乃ちゃんに連れられ、訪れた研究所。そこにまだセイヴァーの秘密が眠っている。彼女がそれに巡り会えなかったのは、彼女のお父さんの死が関係していた。
「……優希ちゃん。調べる前に、まず私が知っていることを話しておくわ」
「無理しないでね」
「……ありがとう」
鞘乃ちゃんは深呼吸を挟んでからその事実を打ち明けた。お父さんはこの研究所で倒れていたところを発見され、原因は未知の病とされていたそうだ。
この病に鞘乃ちゃんも私も心当たりはある。……というよりは、最近わかった、といった方が適切か。
「だけど父は最初の犠牲者じゃなかった。一人目は……私の姉」
「……!お姉さんも……」
考えてみればそうだ。鞘乃ちゃんは一人で戦ってきた。と言うことはかつて写真で見た鞘乃ちゃんに瓜二つのあの少女の命も、そういうことなんだろう。
――でも、その原因は?
「やっぱり、ギョウマ?」
「……直接ではないけど、奴等のせいであるのも事実ね」
「それってどういう……?」
「実験よ。セイヴァーシステムの実験。その被験体となって、彼女は死んだ」
さらりと、しかし鞘乃ちゃんにとっては大きく、受け入れがたい絶望が、その口か告げられた。
残酷な真実に私の心はピタリと止まって――気づいたときには、鞘乃ちゃんはまた、ガクガクと震えていた。そして――。
「わ、私は……見たのよ。彼女が、死に行くところを……っ。苦しんで声を挙げて、身体は壊れたようにガクンガクンって大きく揺れて……そ、それで……それで、それでそれで……あ、あ……っ?」
私は耐えられなくなって、彼女を抱き寄せた。話にではない。どんどん早口になっていき、再び呼吸が荒くなる鞘乃ちゃんが見ていられなかったのだ。
そして私の胸で彼女の涙は一気に溢れ出していた。
「うぅうううううっ……お姉ちゃん……っ!あ……ああっ……!!」
「無理しないでって……言ったのに……っ!」
「……っ。ごめ、ん……。ごめんなさい……」
耐えない哀しみに鞘乃ちゃんはズタボロだった。かつての記憶が鮮明に甦ってしまったのだろう。
破壊者の力は常人に耐えきれるものではない。最初のセイヴァーシステムは鞘乃ちゃんのお姉さんを蝕み……殺した……!
「私は……お父さんを責めた。でもセイヴァーシステムこそが世界を救う希望だと知って、私は理解したわ……。ギョウマがいなければこんな事態は起きなかった!だから……だから私は……!」
鞘乃ちゃんは私の腕を掴んで、首を横に振った。私はその目に従い、ゆっくりと彼女から手を離す。
彼女は立ち上がった。その目は戦う時の、鋭く、静かな怒りを宿した目。
「私は誓ったのよ。ギョウマを必ず殲滅してやると……!」
それから鞘乃ちゃんは止まることなく全てを話した。恐らくは、戦いへの怒りや憎しみを盾とすることで、平然を保っているんだろう。
――彼女が話したことを纏めると、お父さんが人体への影響を無くした、現セイヴァーシステムを完成させ、それが彼女のもとへ届けられたこと。
だけどその時既にお父さんは死んでいたらしいこと。
「全てはそれを届けてくれた父の友人から聞いたわ。そして今なら理解できる。彼らの言う未知の病とは、破壊者の力による影響のものだとね」
そうだ。破壊者の力を現代科学とかそういうので簡単に解き明かせるわけもなく、だからこそ『病』といった表現になってしまうんだろう。
鞘乃ちゃんの家族はギョウマに立ち向かう為の策で散っていった。……こんなの、こんなの酷すぎる。どうして彼女とその周りだけが、こんな目に……。
「……優希ちゃん。悲しんでくれるのは良いけど、それで立ち止まってる暇は無いわ」
……その通りだ。じわりと、いつの間にか滲んでいた視界を取っ払い、私は鞘乃ちゃんのあとに続いた。
お父さんとお姉さんの死を無駄にしてはならない。その為に、破壊者の力に対抗出来る答えを見つけなくちゃ……!
鞘乃ちゃんはすいすいと研究所内を歩いていく。もう随分長く来ていなかったが、それでもかつてはよく来ていたらしい。それがまだ脳に染み付いているのだろう。
「……ここね。ここに散乱してある資料を調べれば何かわかるはず…」
「……ねぇ、あれ、何かな?」
「……?本……日記、かしら?」
鞘乃ちゃんのお父さんのものみたいだね。私も了承を得て、それを覗きこんだ。そしてそこには記されていた。
鞘乃ちゃんの知らない時間の物語が……。
――20X1年8月19日。私の前に起こった不思議な出来事を記しておく。本当に何気ない、普通の日だった。だが剣術の修行が終わり、休憩中、空間がねじ曲がった。信じられないが事実だ。そしてそこから一人の少女が現れた。どうなっているか訳がわからなかったが、助けを求めていたので保護した。
「……7年前だね。その頃にはもう、始まってたんだね」
「そのようね。私も小さかったから少し記憶が曖昧で……。でも少女を保護したっていうのはまるで知らなかったし、聞いた覚えがないわ」
「それで、どうなったんだろ」
「……続けましょう」
――少女はこことは違う世界からやって来たと言う。あんなのを見せられた以上、信じざるを得なかったが、その世界もある存在の手によって滅んでしまったようだ。だが少女は言った。世界は滅んでしまったが、それがなければ自分はもう既に死んでいただろう。そう、自分にとっては命を救ってくれた救世主であると。
「……これ!」
「破壊者……!破壊者が災厄から守った人の事……!」
「……奴が言っていたことは事実だったのね」
「……この少女にとっては、あの破壊者も救世主だったって訳か」
――少女はある力を使い、脱出したようだ。次元を越える力。それはどうやって手に入れたかは彼女自身よくわかっていないようだ。だがもうひとつ、彼女が小瓶に入れ、持っていたエネルギーの粒子。それは例の救世主の力の一片だと言う。危険なものだから、直接触れてはいけないと注意された。小さいのにしっかりしている子だ。何故そんな危険なものを持っているのかと尋ねると、これで救世主を救いたいのだそうだ。なんでも、別の世界に突如怪物が現れたそうで、それに対抗するのだと。まるで映画の話でも聞かされているようだったが、私は信じて協力してあげることにした。
「そして誕生したのね。セイヴァーシステムが」
「……この女の子はどうなったのかな」
「その後の日記には登場していないようね……破壊者のエネルギーを持ち歩いていたのだから、もしかしてその子も……」
真相はわからないけど、今知るべき事はそれじゃない。
私たちは続きを読み進めて行く。大体に目を通したが、研究の日々、日常の事と、力の核心に当たる部分は見当たらない……。
途中のそういった箇所は後に読ませてもらうとして、今は逆に、最後の話を読んでみることにした。
鞘乃ちゃんのお父さんの最後の話。何か重大な事を残してくれているかもしれない。
「……鞘乃ちゃん。辛いかもしれないけど、心の準備は大丈夫?」
「……もちろん。このまま現実から逃げても何も変わらないもの」
――20X5年3月5日。私は一人になってしまった。美影を死なせてしまい、鞘乃を悲しませた。私は父親失格だ。だがシステムは完成させなくてはならない。ギョウマはこの世界をも支配しようと企んでいる。世界には必要なのだ。救世主が。
「……目ぼしい情報はないようね」
「でも、私にはわかったよ。鞘乃ちゃんのお父さんはすっごく偉大な人だって!」
鞘乃ちゃんのお父さんは一人になっても、誰にもわかってもらえなくても世界のために頑張ったんだ。その希望を信じて……。
「……そうね。自慢のお父さんだわ」
きっとお父さんに酷いことを言って、そのまま死に別れてしまった事を悔やんでいるだろう。平然を取り繕っていたその表情を歪ませるように更に涙が浮かぶ。
私はどうすればいいだろう。過ぎ去った事に関しては私にもどうすることもできない。そして私にもその気持ちがよく分かる。不甲斐なかった自分にたいしての憎しみ、悲しみの感情。
……っ。今私が落ち込んでどうする。彼女を救うと決めたのは私だ。それははじめからずっと変わらない。
と、どうにか彼女を元気づけようと頭のなかで試行錯誤していると、ギョウマの出現を表すアラームが鞘乃ちゃんのケータイから鳴り響いた。
正直ちょっと安心してしまった。戦いが始まると鞘乃ちゃんはいつもの調子に戻れるのだから。
しかし鞘乃ちゃんはその場を動こうとしない。まだ日記に夢中だ。
確かに彼女にとっては大きな話が沢山載っているのだろう。しかし今はそれどころではないのも事実。はやく倒しにいかなくては。そう考えるが、彼女は微動だにしない。釘付けだ。
見いっている。……少し、様子が変だぞ。
言ってダメならと、私は彼女の肩を揺さぶってみた。すると彼女はようやく意識をこちらに戻し――私に笑顔を見せた。
「優希ちゃん……っ!あった……あったよ!力の秘密が……!」
「え……?」
視線を落とす。彼女が見ていたのは日記の表紙の裏。最後の最後にお父さんはまだメッセージを残していた……!
***
時を同じくして、異世界。ギョウマ・ルシフが世界を滅ぼさんと動き始めていた。近頃、本物の救世主が彷徨いているらしく、ルシフはあまり気乗りしなかったが、王直々の命令だ。仕方がない。
だがルシフは、王の動きに疑問を抱いていた。何故に王は一気に責める事をしないのか。世界を破滅に追い込んだ、本物の救世主に纏めて殺られる事を恐れているのか?しかし慎重に動いた結果少しずつ仲間は消えていっている。どちらにせよこのままでは全滅だ。
『俺ハ必ズ生キ残ルガナ……!』
しかし奴らは世界の平和と銘打って立ちはだかる。ルシフはうんざりだという風に足元にあった石を蹴飛ばした。
『……偽物ノ方カ』
ポリポリと頭を掻くルシフの視線の先には、彩音と葉月がいた。
――先日の戦いで、次元移動装置がビヨンドだけでは足りなかったように、鞘乃は念のため、葉月にもレーダーを預けておいたのだ。
そして出陣したセイヴァー代行・島彩音が威勢良くルシフに言葉を投げ返した。
「偽物で悪かったな!」
『バーナノ言ッテイタ事ハ本当ダッタカ。前ノ奴ト代ワッテ余計ニ喧シクナッタヨウダナ』
「へっ、言いたきゃ勝手に言ってろ。ただし、アタシの『音』喰らって喧しいってレベルで済みゃいいがなァ……!」
彩音はセイヴァーになった。彼女の元気を表したかのような明るめのオレンジカラーを基調とした姿に、どこか清らかな心を感じさせる音を司る力。
まだ二度目の戦闘に過ぎないが、葉月には頼もしく感じられた。彩音が友情の為に戦っているからこそ、そう感じられる。
(やはりセイヴァーが破壊者と同じだなんて私は信じられません……)
葉月は彩音にその希望を託した。目の前のギョウマから世界を守って、セイヴァーシステムが正義であると証明してほしいと。
彩音はニカッと歯を見せて、葉月の頭をポンポンと軽く叩きながら言った。
「任せろよ、喧嘩は得意だからさ。……待ってな」
「!……はい」
葉月に背を向け、彩音は駆け出した。
ルシフと彩音の戦いが始まった。互いに突き出しあった拳と拳がぶつかり、それが止まることなく繰り返される。
しかしスピードはルシフが上回っていく!次第に押され初め、彩音は吹き飛ばされた。が、すぐに体勢を立て直す。
『クダラン、コノ程度カ』
「そう慌てんなよ。さっき始まったばっかじゃねえか」
『生憎ダガ、俺ハ面倒事ハ嫌イナンダ。サッサト終ワラセル』
ルシフは自慢のサーベルを構えた。優希のセイヴァーソードの力に隠れ、薄れがちなそれだが、その切れ味は驚異的なものだ!
しかし振るう前にヤツの手からそれは落ち、地面に突き刺さった。
『ナンダ……?手ガ痺レルヨウナ、コノ感覚ハ……!?』
「どうやらアタシの力までは聞いてなかったみたいだな。テメーの拳には既に音を撃ち込んだぜ」
『音……!?……ナルホド、ソノ振動ノセイカ……!!』
一見地味な音の属性だが、ハマればそのペースに持っていかれてしまう。
……それはまさに音楽。そして刻み込むは友情のビート。彩音の反撃が始まった!
「このまま決めてやるぜ!セイヴァービート!!」
巨大な拳の武器・セイヴァービートにエネルギーを集中し、必殺の一撃を繰り出す。ルシフは対抗し、その口から暗黒の破壊光線を放った!
ぶつかり合う力と力が響き合い、ビリビリと大地を震わせる。
それを止めるにはどちらかの攻撃が届く他無い。その拳が暗黒を撃ち破るか、それとも暗黒が拳を粉砕するか……!?
――答えはどちらでもない。
「纏めて散れ……!!」
突如彩音とルシフの真上に、何者かが現れ、その手に握られた槍を振り下ろそうとしていた。その危険度が、なんとなくわかった葉月は、すぐに彩音に向かって叫んだ。
「彩音ちゃん!今すぐ攻撃を中断して離れてください!」
彩音は咄嗟に拳を反らし、裏拳の要領で破壊光線を弾いた。隣の地面が爆発する。その衝撃で少しよろけたが、その際見えた。上空に巨大なエネルギーを集中させた槍をこちらに突き出している、謎の戦士の姿が。
そして瞬時に理解する。とんでもないパワー……あれが話に聞いた破壊者なのだと。
あれを食らうのは不味い。しかし破壊光線の余波で怯んでしまい、思うように動くことが出来なかった。
――彼女の破滅の槍が繰り出す一撃は、簡単に地面に大きな穴を作ってしまった。
ルシフは一瞬で戦闘不能となる。凄まじい威力だ。
「……くっ。彩音ちゃん、大丈夫ですか……?」
その声に彩音は目を開ける。もうダメだと思ったが――。
「葉月の方こそ……。ったく、無茶するぜ」
葉月が自分の上に乗っかっていた。どうやら葉月は槍の一撃が届く寸前に彩音に突進し、その結果、二人とも直撃を免れたようなのだ。
生身のくせに、とんでもない無茶をするものだと彩音は思ったが、お陰で助かったのだ、文句は言えない。むしろ感謝すべきところだ、と頭を下げた。
葉月は危険な状況に飛び込んだにも関わらずにっこり笑ってこう言った。
「優希ちゃんを見習ってみました」
「……確かに。アイツならやりそうだなァ、ハハハ」
……問題は、その優希でも止められなかった奴が相手な時点で、ピンチに変わりは無いと言うことだ。
滅亡へと誘う破壊者がゆらりと、爆煙の中から姿を現す。果たして二人の命運は――?




