戦慄の破壊者
バーガーマッツを離れて数分後、彩音は鞘乃の家へ引き返していた。勉強会の間に教科書を忘れてきてしまったらしい。
鞘乃の家の構造は、彼女にはよくわからなかったが、彩音と葉月にも出入り出来るように設定してくれた。仲間と認めてくれたからこそだった。
過ちを犯したが、そのお陰で皆と真にわかりあえたのだ。
そしてその時に聞いたこと。彼に教わったギョウマと敵対する存在・救世主の目撃情報。何気ない彼との会話が、前へ進む為の鍵となった。
(ありがとな、ウェイブ。お前には世話になりっぱなしだ)
だからこそ頑張らなくては。信じてくれた仲間達と導いてくれたウェイブのために。
「その為にささーっと帰って身体休めないとな。鞘乃にも迷惑かかるし。……ごめんくださーい。鞘乃ー入って良いかー?」
返事がない。……だが良く見ればほんの少し扉が開いている。
……とりあえず入ってみよう。話はそれからつければいい。と、中へ入った途端、つんざくような警戒音。
ビービービービー!!!喧しい。
音の発生源であるモニターに目を移すと、レーダーに優希と鞘乃を示す点が映っていた。
そしてそれ以外にもう一つ。表示名はUNKNOWN。……葉月ではない事は確か。そしてこの警戒音。嫌な予感しかしない。
自分もどうにか助太刀に入りたいが、ビヨンドという次元転移の為のマシーンはおそらく向こう側だ。
「どうしたもんか……ん?これは……」
***
私達はとうとう出逢えた。この争いの鍵となるであろう人物、本物の救世主に。
彩音ちゃんが話してくれた――ウェイブが言っていた事は、救世主はギョウマと戦う戦士であり、ギョウマ達の潜む暗黒空間から遠く離れた南西の方角にある洞窟に身を潜めているはずって事だった。
今回は向こうから会いに来てくれた。彼女はギョウマと敵対する存在。しかし……そのはずなのにどうして私は恐れているんだろう。そしてどうしてアラームが不気味に鳴り響いているのだろう。
ピリピリと張りつめる空気。動けない私だったが、後ろからしがみついてくる鞘乃ちゃんが私を正気に戻した。
手が震えている。鞘乃ちゃんですら、恐怖を覚えている。だけど今は救世主と話し合わなくては。鞘乃ちゃんがこうなっている以上、私がしっかりしないと。
「……あ、あのっ!初めまして、私、新庄優希って言います!」
精一杯出した声だったが、返事はない。思わず自分の声が出ていないのかと思ったけど、救世主はその場に止まったまま動かず、私の話に耳を傾けているように見える。だから私は続けた。
「貴女は世界を守る救世主ですよね?私も一応そういうことやってて……良かったら、協力してもらえないかと思うんですけど」
救世主はまたも沈黙を作り、そしてしばらくして口を開いてこう言った。
「話はそれでおしまいか?」
予想をしていなかった言葉に、思わず聞き返そうとした。が、それを上回る勢いで私の隣の地面が裂け、吹き飛んだ。
救世主がその手に握られた槍を突き出し、その衝撃が少し離れたここにまで影響を及ぼしたんだ。
「……生憎だが人違いだ。私は救世主などではない」
再び槍を構え、そして今度は確実に私達に狙いを定めた。
「ヤバッ……」
放たれた閃光に滅び行く大地。間一髪、ビヨンドくんが私達を救った。自動防衛システムだ。
鞘乃ちゃんは通常通りにビヨンドくんの中へ入り、私はビヨンドくんに乗っかる形で危機を脱出。
鞘乃ちゃんとアイコンタクトを交わし、操縦をマニュアルへ切り替え、そのまま救世主……って言うべきなのかわからないけど……に向かってビヨンドくんを走らせてもらった。
とりあえず止めないと、こっちの命が危うい。しかしとんでもないパワー……普通に戦っても、とても太刀打ち出来ない。
黄色の鍵を装填し、そしてグローブの起動スイッチを押して、私はセイヴァーグランに直接変化した。この形態の超パワーを信じるしかない。
動きが鈍いというこの形態の弱点も、ビヨンドくんがいれば解消出来る。でも再び乗っかる時間は無いだろうし、鞘乃ちゃんとビヨンドくんを巻き込む恐れがあるから、チャンスはこの一度だけ。
フルスピードで突撃、ビヨンドくんは手前で曲がって軌道を変え避難。私は飛び降りて勢いのついた拳の一撃を救世主に浴びせた。
ゴゥウンッ……鐘の音さながらに金属音が響く。当たったのはその肉体ではなく、槍。防がれた……!
「……っ、でもっ……!!!」
構っている暇はない。そのまま拳を右、左。連続で突き出す。反撃させない……この槍を粉砕する!
セイヴァーグランの強大なパワーが与える衝撃は凄まじいものだ。それを受けながら自由に動けるはずがない。
しかし救世主はその予想をあっさり打ち砕き、槍を振り、私の拳を弾き飛ばした。
「ふん、胴ががら空きだぞ」
ズガンッズガンッ!鈍い音が私に直接響く。
槍を叩きつけるように荒々しく攻撃を仕掛け、逆に私に反撃させることなく追いつめてくる。
この頑丈な身体ですら、そのダメージは大きい。
「こんっ……のっ……!!」
振り絞った力で重力操作の能力を発動し、救世主の動きを封じる。
「……くっ、小癪な真似を!」
しかし救世主はその状態でもなんとか槍を振り回すことに成功。なんて恐ろしい力なんだ……!
その衝撃に私は吹っ飛ばされた。同時に重力は元通りになり、救世主は解放される。
――だがそれでいい。一瞬でも隙は出来た。
まともに防御出来ない上にスピードのハンデがあるこの形態では不利すぎる。
装填する鍵を緑の鍵に変更し、セイヴァーブラストへと形態変化した。
あの力の前では風の壁も恐らく効果は無いだろう。とにかく今は攻撃を避ける事に専念し、隙をついて反撃の弾丸を撃ち込むしかない。
「セイヴァーシューター!」
超スピードで動き回り、救世主の後ろへ回り込む。そこから一気に乱射。しかし即座に私の動きを捉え、振り返って槍で防御の構えをとった。
「残念……それじゃあ防げないよっ!」
風で弾道を変え、その防御をかわし、全弾を救世主の左足に着弾させた。
ちょっとエグいし卑怯な攻撃だけど、これで動きを封じられる。私はこの人と戦いたいんじゃない。この世界の真実っていうのを少しでも知りたいだけだ。
それに一緒に戦う為の仲間として、協力するほうが、救世主にとっても都合はいいはず。
「もう止めましょう、こんな戦い。これ以上傷つけるつもりは――」
言いかけたところで槍による衝撃が飛んできた。セイヴァーブラストの高速スピードで難なくかわすが、ならばと言わんばかりに救世主は槍にエネルギーを集中させ、避けられないほどの巨大な一撃で私を打ち落とした。
激痛が走る。しかも衝撃でセイヴァーの状態を解除されてしまった。
「馬鹿め。無駄な事で私に加減をするとは……。勝負とは始まった時点で勝つか負けるか、生きるか死ぬかだ」
「うぐっ……わ、私は……ただ、一緒に……」
「くだらん。言ったはずだ。私は世界を救う救世主などではないとな」
救世主……いや、謎の戦士は私にとどめをさそうとする。まずい、まだ私は、死ぬわけには……!
でも思うように身体が動かせない。勝敗は完全に決まっているようなものだ。
だからこそ戦士はその攻撃を中断した。
「貴様を始末するのは簡単だ。だが、一つ気になることがある」
「……?」
「その力……どうやったかは知らんが、私の力を組み込んだものらしいな。だが所詮は真似て造られた劣化版……力の差は歴然だ。しかし、それを補うように属性や戦法を変える……私には無い力だ。一体それはなんだ?」
「……みんなとの、絆の力……だよ……」
戦士は笑った。……私の言葉に嘘は無いんだけどな。いや、だからこそだろう。嘲笑っているんだ。
「ククク……絆か。面白い。教えてもらった礼といってはなんだが、一つ話をしてやろう」
「話……?」
「かつてはこの世界にも未来があった。空は蒼く、街があり、人が住んでいた」
……それって……まるで私達の住んでいる世界と一緒だ。
「じゃあなんで……」
「滅びたのか。貴様ならなんと答える?」
思いつくのは一つ。私達が戦っている、異形の魔物――ギョウマ以外に無いはずだ。しかし、戦士の笑い声は等々堪えきれないと言わんばかりに高らかなものに変わった。
「予想通りの回答だ。しかし外れ。奴らが世界に現れたのは既に滅びたあとだ。つまりは誰もいない空っぽのこの世界を奴らは自分たちの住みかにしようとしただけ」
そうか。彼らは知らなかったんだ。この世界が彼らにすら悪影響を及ぼしてしまう場所だと。だから私達の世界を欲して、この世界がどうなろうと興味がないんだ。
じゃあ滅ぼしたのは一体……!?
「私だ。私がこの世界を滅ぼした」
「!?」
「私には大切な人がいた。その人はある災厄に襲われ、それを救うために私はこの力を奮った。だが溢れた巨大な力は世界にも大きな影響を及し、その結果がこの空だ」
「虹色の……空……」
「そうだ。私の放出したエネルギーが原因でああなった。そしてそれは世界に降り注ぎ、常に充満している。…この馬鹿でかいエネルギーを常人が受け止められると思うか?」
それで世界は滅んだ。街もビルも滅び行き、人も死んでいった。何なのそれ……こんなの本物どころか救世主ですらない。真逆の存在じゃん……。
その真実に私が驚愕している中、戦士は名乗った。
「私は救世主などではない、破壊者だ」
己が世界を滅ぼす力を持った、恐ろしい怪物だということを。そして……それは、私も、同じ……。
「大切な者への絆の為に世界を滅ぼした。お前はそれと同じ力を使い、そして同じ理由で戦っている。いずれは貴様も世界を滅ぼす存在となるぞ。……最も、無駄な忠告か。これから死ぬんだからな……」
「……どうして、私たちを……」
「ククク、私は破壊者だ。邪魔なものはこの力で消し去る。理由など必要ないだろう」
そうか。彼女はギョウマの敵ではあるが、私達の味方というわけではないんだ。彼女の味方は、彼女自身。話の通じる相手じゃ……無かった……っ!
破壊者はいよいよ破滅の槍を構え、私をも破壊しようとする。
しかしそこへ鞘乃ちゃんが割って入った。
「……鞘乃ちゃん……来ちゃ……ダメ……ッ!!」
必死に呼び掛けるが、鞘乃ちゃんは、まるで動こうとしない。でもそれは間違った選択だ。この一撃を庇ったところで、私はもうまともに動けない。鞘乃ちゃんを殺した後、私が殺される。少し死ぬ時間が延びるだけに過ぎないんだよ。
破壊者も下らないと鼻で笑った。しかしそれでも鞘乃ちゃんは私から離れようとしない。――私は最後まで優希ちゃんの傍にいる。彼女はそう言った。
「鞘乃ちゃん何いって……っ!」
「優希ちゃん。貴女は貴女が思ってる以上に私にとって大切な存在なの。だから……優希ちゃんの居ない毎日なんて、私は要らない」
そう言って鞘乃ちゃんは笑って見せた。……本気だ。私の事を、そんなにも……。
依然変わらない態度に、流石の破壊者も動揺したようだった。
「……貴様は、本当にそれでいいのか……?」
その声色は、震えているようだった。何故この瞬間だけ、そうだったのかはわからない。しかしすぐに気を取り戻したのか、槍を再び構え、鞘乃ちゃんもろとも私を消し去ろうとしていた。
(そんなこと……させてたまるか……!鞘乃ちゃんは……死なせない!!!)
破壊者の言う通りならば、この力は破壊をもたらす為の力なのかもしれない。
「それでも私は……私はァ!!!」
それでも私は守るために使う!
叫びと共に私はセイヴァーになり、破壊者の一撃を欠き消した。さっきまで動かなかったはずの身体が、思うように動く。
鞘乃ちゃん、そして破壊者までもが、驚いたように口を開いた。私は信じられないほどの大きな力を発動させていたからだ。
この力はこれまでも何度か発動し、私を救ってくれた莫大な力。一体どういった条件、どういった状況で発動するものなのかは、まだ判明していない謎の力だが――この状態の私は普段以上の強大な力を持ち、エネルギーも涌き出てきて限界がない。
私は拳によるラッシュを破壊者に叩き込み、そして反撃しようとする彼女をセイヴァーソードで斬り裂いた。
ゴオオオオオオッ!!雷が落ちたかのごとき巨大な音と共に、破壊者は閃光に飲まれる。その威力は通常時の私を軽々と上回るほどのものだ。
それでも尚、平然とした様子の破壊者。当たったが効かなかったのか、それともかわされてしまったか。
だとしてもこっちだってまだまだ戦える。私は鞘乃ちゃんを守るために、この無茶を押し通してやる。
セイヴァーソードを再び構えた。すると破壊者は突然、槍を下ろし、戦闘を放棄する。
「……ふん、それが貴様の絆の力か。やはり強大な力だ。破壊者としての片鱗と言ったところか」
「私は世界を滅ぼしたりなんかしない!」
「そう言ってられるのも今のうちだ。いずれは力の制御も儘ならなくなる」
……確かに。この力は凄すぎる。私の本来の限界を簡単に打ち砕いてしまった。こんな滅茶苦茶な力……これまでは頼もしいと感じていたが、恐ろしいという取り方だって出来る程のものなんだ……。
察して、俯くと破壊者は再び馬鹿にするように笑った。
「ククク、殺すのが惜しくなった。その力の意味に精々苦しむがいい。それを見せてもらってからでも殺すのは遅くない」
そしてその場を去った。
安心して私はその場に崩れる。でもその安心もすぐに消えていく。誰かのために……絆の為に戦うことは、間違いなのかな……。
口では言い表せない虚無感に見舞われ、私は、すっかり力を無くして項垂れていた。そこで鞘乃ちゃんが私の元へ駆けてくる。戦いが終わり、一安心と言ったような顔だ。
そしてそれを見た途端に不安が戻る。気づけば私は彼女を無理矢理抱きよせ、彼女の温もりにすがっていた。
「……お願い。少しの間だけ、このままでいて」
鞘乃ちゃんは拒否するどころか、同じように私を抱きしめ返してきた。
彼女ももう、気が気でいられなかったんだろう。これまで出逢ったどの存在よりも強い敵の出現、それに向かって命を投げ出そうとしたこと。怖くないはずがない。
それで産まれた行動の合意をありがたく噛み締めるように、彼女に包まれ、不安を欠き消した。
しかし、私があの力を出せたのは、この絆のせいだと、破壊者は言った。私を大切に感じてくれていて、私にとっても大切な存在。それが鞘乃ちゃんだ。
もし破壊者の言うとおりならば、私は、鞘乃ちゃんの為になら、世界も壊してしまうんだろうか……?




