君の居る場所
黄色の鍵の効果で地の属性を司る新たなる姿セイヴァーグランにパワーアップした私。ついにウェイブとの直接対決の開始だ。
――と、言いたいところだったけど。
『……マサカ、防ガレテシマウトハ。私ハ戦闘ガ苦手デネ――アレガ通用シナイナラ、私ノ勝算ハ極メテ低イデショウ』
なんとあっさりと負けを認められてしまった。私は拍子抜けて、足をずるりと滑らせてしまう。……どうやら戦わずして決着はついたっぽいね。
「ちぇー、せっかくこの力を試したかったんだけどなぁ」
なんてとぼけて見せるけど――でもそれで解決出来るならそれでいい。彩音ちゃんも「倒してくれ」とは言わなかった。私自身、相手がたとえギョウマだとしても、出来ることなら戦いたくはない。
特に、ウェイブとは……。
彩音ちゃんは今でもウェイブのことを友達だと感じている。穏便に済ませられるなら、そうしてあげたい。
そして――理由はそれだけじゃない。もし私の勘が正しければ……。
「ウェイブ」
彩音ちゃんがウェイブに駆け寄ろうとする。それを鞘乃ちゃんが止めた。油断はまだ禁物と言いたいのだろう。
確かにその通りだ。一度はその想いを利用されているのだから。
それでも彩音ちゃんは、ウェイブとみんなに呼び掛ける。
「大丈夫だよ。コイツは良いヤツなんだ。アタシの事大事にしてくれてたんだ、それは嘘じゃない」
それはあくまでも、彩音ちゃんを騙すための優しさにすぎない。それでも彩音ちゃんは信じたいんだろう。今度こそ、誰の友情も裏切りたくは無いんだ。
それでも、簡単に信用してしまうというのも違うと思う。だから私はもっと彩音ちゃんにウェイブの話をしてもらうことにした。ウェイブはまだ信用できないけど、彩音ちゃんの言う事なら、私は信用したい。
彩音ちゃんは言った。沢山話をして、寂しさも受け止めてくれた。彼は自分の悩みも打ち明けてくれた。陰湿だと言われ、仲間から追い出されて、いつも独りぼっちだったと。
似た者同士で、孤独を分かち合ってくれた大切な友達だと。
「――こいつはアタシと一緒なんだよ。ちょっとひねくれちまっただけだ。本当はずっと、誰かと仲良くしたかっただけなんだ」
『彩音……』
「心配すんな。お前の事は絶対に見捨てない。もうお前を独りになんか、させねえからさ……!」
彩音ちゃんはそう言って笑った。そして再び私達に訴えかけようとする。
――だが次の瞬間、ウェイブは水の刃を飛ばして私に攻撃を仕掛けてきた。
「!!優希ちゃん、避けて!」
そうしたいのは山々だけど、なんかこの身体、ちょっと重い……。あんな早い攻撃はちょっと避けれそうに無いや……。
まともに全弾が私に突き刺さる。
これがこの鍵の効果のデメリット……この姿では自慢のスピードを披露出来ないっぽいね。
「何て事を……!」
鞘乃ちゃんが焦って私に駆け寄る。そして、同時に彩音ちゃんが絶望の顔に染まる。
「なんでだよ……!」
『勝算ハ低イ、ト言ッタダケデ、降参スルトハ言ッタ記憶ハ無イデスネェ』
「そういうことじゃねえよ……お前ならみんなとだってきっと仲良く出来るのになんで……」
『クダラナイ』
ウェイブはニヤニヤと笑みを浮かべている。助けてくれた彩音ちゃんの気持ちをも、踏みにじってしまった。
……そうか。仕方ない。君が戦うのを止めないと言うのなら、みんなを傷つけてしまうのなら、『倒して』止めないとね……。
「……大丈夫だよ鞘乃ちゃん。なんか全然攻撃が痛くないんだ」
「え……?もしかして、セイヴァーグランの力……?」
ご名答だよ鞘乃ちゃん。このセイヴァーグランは、とんでもない防御力を持っている。正しく大地のようにドッシリと構え、敵の攻撃を諸ともせずに動くことが可能になったんだ。
そしてそれだけじゃない。元々大きかった私のパワーに更に力が加わり、その破壊力は大地を揺るがすほどになった。
――ウェイブはまたも水の刃を繰り出す。だけどそれは空中で形を失い、液体となって地面へと崩れ去った。さらに直後、ウェイブ自身が地面に叩きつけられ、磔とされた。
『重イ……ッ!身体ガ……動カンッ!』
重力。強大なパワーはそれを操るレベルに達していたのだった。そしてそのまま重力を集中させ、ウェイブの元へ岩や砂を押し付け完全に身動きを封じた。
これで終わらせる。友情の悲劇はこれで最後だ!
「セイヴァーハンマー!」
新たに創造した救世の槌セイヴァーハンマー。それにエネルギーを集中させ、必殺の一撃を打ち込んだ。
「ウェイブ!」
地面に横たわるウェイブに向かって彩音ちゃんは走り出した。やはり止めようとする鞘乃ちゃんだったが、葉月ちゃんがそれを止めた。危険を心配する必要はもう無いのだ。
そう、もうウェイブには完全に戦える力はない。……すぐにまた、光となって消えてしまうだろう。
『フ、フフ……アンナ仕打チヲ受ケタトイウノニ、彩音ハ優シイナ……』
「馬鹿野郎!なんで……」
『アクマデモ、偽リノ友情ニ変ワリハ無イ。私ガ騙シテ、彩音ハ騙サレタ。ソレダケノ簡単ナ話デスヨ……』
しかし彩音ちゃんはそこを動こうとしない。
私もウェイブのそばに行って彼の目を見た。……鋭く、破壊だけを目論むはずのギョウマの目だと言うのに、どうしたことだろう、優しい目をしているように見えてしまう。
それを見て、ようやく私の勘は、確信へと変わった。
「さっき言ったこと、嘘だね……君は、彩音ちゃんが君の事で喧嘩して、みんなと仲を悪くして、そしてまた彩音ちゃんが辛い想いをする事に耐えられなかったんでしょ?」
だからこそ彼は勝ち目の無い戦いに身を投じた。
『……フフ、今更嘘ヲツイテモ仕方ナイカ。ソノ通リダ』
――教えてくれ。何故利用していただけの彩音ちゃんを心配してしまっていたのか。
ウェイブは私にそう尋ねた。その答えは、君の心が一番理解しているはずだ。
「例え偽りでも、共に過ごした時間は彩音ちゃんの中に君への想いを残した。それは君も同じだったんだよ」
あったんだよ、君にも、彩音ちゃんを想う心が。互いを結ぶ友情が。
それに気づいた時、ウェイブは目から水を流していた。それが彼の持つ水の属性がこぼれ落ちたものかそれとも――。……答えはきっと、後者に違いない。
だからこそ彼は消え行く道を選んだ。これ以上自分とは――危険な存在とは一緒に居させない為に。
『……行ケヨ。オ仲間ノ所ヘ。彩音ノ居ル場所ハ此処ジャナイダロウ』
彩音ちゃんはその言葉に込められた優しさを理解した。だからこそ彩音ちゃんは、その言葉を受け入れ、彼に背を向けた。
ウェイブの身体が散り始める。消えゆく中、彼は私にありがとうと言った。
『セイヴァー。君ノ オ陰デ、知ル事ガ出来タ。コレガ……コノ想イガ……友情……ナノダナ……』
「……礼なら私じゃなくて、彩音ちゃんにしてあげなよ」
『フフ……彩音ニハ、モウトックニ、シテルサ……』
そして彼は最後にこう遺した。――彩音の事を頼む。
私は光となって空に昇っていく彼を見送りながら、心の中でこう返事をした。
(その覚悟なら、もうとっくに出来てるよ――)
戦いがまた終わった。一旦。ほんの少しの休息でしかない。
それでも必要な事だと思う――平和な日常に触れ、それを再認識する事は。
焦って戦い続けるときっとその衝動は人を狂わせる。私の為に走り続けた彩音ちゃんがそうだったように。そしてそうし続けた者が本当の意味での悪意というものに、繋がってしまうのかもしれない。
きっと、人かギョウマかだなんて事で線引きは出来ないんだ。どっちだってそうなり得る。私達もギョウマも、心を持ってる者同士なんだから。
――私達は彩音ちゃんの要望で浜辺へと訪れた。
ビヨンドくんの空間を越える力さえあれば一瞬で来ることが出来る。まだ入るには少し肌寒い季節だし、とてもじゃないが入りたいとは思えないが――せっかく来たので、少しは楽しもうと、各々自由に時間を過ごしている。
私は早々に一人抜け出し、大きな岩に腰掛け、海を眺める彩音ちゃんの元へ向かった。ウェイブの事で酷く苦しんでいるに違いない。慰めてあげたかったのだ。
「彩音ちゃん、元気出してね」
「ん。元気だぜー全然。だってウェイブと一緒だからさ」
その発言に少し驚いて見せると、彩音ちゃんは照れくさそうに笑う。
「……受け入れているさ、アイツがもうこの世界に居ねえことは。それにそうなることを望んだのはアイツ自身のケジメなんだから。でもこうして波の音聞いてると、アイツが傍に居る気がしてさ」
「そっか。それで海なんだね」
「あぁ。もしここに本当にアイツが居るんなら、伝えてやりたくてさ。お前は一人じゃない。お前の居る場所は、アタシだって」
ウェイブは消えた。だけどずっと彩音ちゃんの心の中で生き続けている。
そっとしておいてあげよう。時には、一人で考える時間も、必要だから。そうして私は彩音ちゃんのもとを離れ、鞘乃ちゃんの隣に座った。
「……今回の事で、ギョウマの事、少しは見直したんじゃない?」
鞘乃ちゃんに冗談半分で問いかける。少し黙りこんでから鞘乃ちゃんは私に目をあわせることなく言った。
「……どうだろう」
鞘乃ちゃん自身戸惑っているのだ。人と心を通わせたギョウマの存在に。
私も、正直ギョウマなんて信じられるような奴らじゃないって思ってた。だけどよく考えれば、不思議な事じゃないのかも。エレムの最後はまるで人との繋がりを欲していたように見えたし、バーナは仲間を思いやり仇を討とうとした。
――ギョウマを完全な悪と決めつけるのはもうちょっと待っても良いんじゃないかな。私はそんな考えに至り……鞘乃ちゃんにもそれを告げた。しかし鞘乃ちゃんはやっぱり、辛そうに俯いてしまった。
「……私はもう充分味わいすぎたよ」
……だからこそ、戸惑っているんだよね。
「ごめん」
鞘乃ちゃんは気にしていない、と首を横に振った。
私の抱いている考えに同意は出来ないが、理解はしてくれているんだろう。その上で私に質問した。
「そんな気持ちでこれからも戦えるの?」
私は迷わず返答した。
「戦えるよ」
……と言うよりは戦うしかない。残酷な事だけれど、大切なものを守る為にはそうするしかない。迷っていたら、失うだけだから。
「でも、もし今回みたいなことがあったら……今度はもうちょっと、話してみてもいいって思う……かな?」
「容易に信用しては……」
「わかってる。大丈夫、油断だけはしないから!」
そう、決めたこと。鞘乃ちゃんを守る。そしてみんなの平和な日々も守る。それが私が、セイヴァーでいる理由なのだから。
そしてそれを叶えるためにも出来るだけの事はやっておく必要がある。私はもう既に、次にするべき事を見出だしていた……。
第二章、完




