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救世主の誕生

 私は鞘乃ちゃんからギョウマという怪物のことを教わった。鞘乃ちゃんは、奴らとずっと戦い続けていたんだ。段ボールの中の私物は、やっぱり奴らと戦うための道具ばかりだったんだよ。


 そしてあの異世界は私達の世界と繋がっている謎の空間で、向こうの『核』を破壊されると、私達の世界も滅ぶ。それを利用し、人間を滅ぼした後、世界を支配しようと企んでいる。それこそがギョウマの目的らしい。

 だからあの乗り物で、怪物達の元へ駆けつけるそうだ。次元を越える力を持ったスーパーマシン……その名もビヨンドくん、と言うらしい。


「このビヨンドがあっち側へ行くための手段。貴女はその次元の捻れが完全に塞がる前に接触し、巻き込まれてしまったのよ」

「そっかぁ。凄い不思議な感覚だったなぁ、あれは」


 ビヨンドくんはあっちの世界のエキスパート。ギョウマの動きも探知するレーダーも備えていて、それも鞘乃ちゃんのケータイと繋がってる。だから奴等も簡単には核を攻撃することは出来ない。……もちろん、鞘乃ちゃんが戦える限りは、の話だけど。


「……ビヨンドはあくまでも移動手段。だからあまり戦闘面の不足はカバー出来ない。今回も、貴女を連れて逃げることが精一杯だった」


 表情にはあまり出していないが、ギリギリと強く握られた拳からは彼女の悔しさが表されていた。そしてそれを見て理解する。戦ってるって言っても、鞘乃ちゃんは常にギリギリなんだ。今発した通りなんとか凌げるのが精一杯。それが痛いほど伝わってくる。


 だけど全く手がないって訳でもなさそうだった。


「……セイヴァーシステムさえ使えれば」

「せ、せいばー……?」


 よくわかんないけど、なんだかすごい響きだ。強そう!単純な私は内心テンションが上がってしまったんだけど……でも、それも使えないみたいだし……なんだか鞘乃ちゃんが不利過ぎるんじゃないかな。

 でも私には元気付けることぐらいしか出来ない。私は精一杯のそれを彼女に向けようとした。


「だ、大丈夫だよ!鞘乃ちゃんならきっと――」


 しかし言いかけた途端に、彼女は抑え込んでいた感情を露にした。


「わからないのにそんなこと言わないで!!」


 驚いたというべきか、ショックを受けたというべきか。私は彼女の気迫に押され、言葉を失った。私に優しく微笑みを向けてくれた鞘乃ちゃんから、これほどの厳しい言動を浴びせられたのだ。そりゃ、続けられるはずもない。

 それに、軽率な発言をして彼女を傷つけてしまったのは私の方なのだ。彼女は話した。その怒りの原因を。


「簡単じゃないのよ世界を守るって!今だって完全に守りきれている訳じゃない……何度か核への攻撃は許してしまったし、災害や、人間の死として、既に影響は起こっているのよ!」


 一人では守りきれない。彼女はその嘆きを吐き出した。

 私は完全にかける言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くしていた。一人であんな危険な怪物と戦ってきたという彼女の境遇に、何を伝えていいのかわからずに戸惑ってしまっているのだ。

 そんな私を見て、彼女は言いすぎたと感じてくれたのだろうか、ため息をつき、気分を抑えた。そしてその上で、これ以上私に軽はずみな言動をさせないために極めつけの一言を放った。


「……世界を救うための切り札として、セイヴァーシステムという武器があるわ。それは誰にでも使えるように設計されて造られたはずだった。でもね、私には何故か使えないの」


 自嘲するように笑みを浮かべる。


「可笑しいわよね。誰にでも出来るはずの事が出来ないのよ?私はとんだ欠陥品ってわけね。ふふふ……ここまで来たら、運命まで私に負けろって言ってるようなものじゃない」


 そしてその苛立ちを必死に堪えるために踞った。

 元気付ける事すら、私には出来そうにない。私は何も知らなかった。誰かの為の人助けをやってるつもりで、一番この世界の為に頑張ってる彼女の事を知らずにいた。

 私は幸せものだ。幸せボケして、ぬくぬくと育ち、真実とは遠い場所で、良い子ぶってるだけの。……そりゃ幸せだよ。辛い思いなんて、ほとんどしてこなかったんだから。

 私のは、誰かの目に映る。助けて、助け合って、幸せを、笑顔を、共有出来る。


(じゃあ、鞘乃ちゃんは……?)


 鞘乃ちゃんはこんなに頑張っているのに、誰にもわかってもらえない。一人で戦っている……。いや、私が証人だ。だって私は彼女の勇敢な姿を見た。

 ……見てただけじゃないか。何も出来ず、今だって彼女の気持ちを変えることすら出来なかった。私は無力だ。このまま声をかけ続けても彼女を傷つけることにしか繋がらない。……大人しく自分の家に帰ることしか出来そうにない。


「ごめんね、鞘乃ちゃん」


 私は、出口であろう扉の方へと向かった。でも、すぐに足が止まる。

 ……ホントにこのまま何も出来ないのかな。何か出来ることはないのかな。私は思うままに鞘乃ちゃんに呼び掛ける。返事はない。だけど、私は構わずに言葉をかける。


「……世界を救うって、とっても大変だし、難しいことだと思う。でも少なくとも私は鞘乃ちゃんに助けてもらったよ?」


 鞘乃ちゃんはハッとなって伏せていた瞳を私に向けた。そして私は彼女への感謝と、心を込めて今出来る精一杯の笑顔を見せた。それが私が見せられる唯一の誠意だ。


「ありがとうね」


 鞘乃ちゃんは私とは違う。無力じゃない。充分すぎるほどに、頑張ってるよ。


「……こんな大変な状況で言うことじゃないかもしれないけど、明日また学校で会おうね」


 それだけ告げ、そして扉を開くと、そこは私の家の近くにある、今はもうほとんど使われない古びた公園だった。

 驚いたけれど、さっきの異世界や、ビヨンドくんの存在のお陰でなんとなく理解できる。鞘乃ちゃんの家も別の次元にあるってことかな。

 まぁ考えてみれば、あんな広いスペースのある家はこの辺には無いし、いろんな兵器を保管している以上、普通に生活していたらいろいろと面倒だもんね。だから荷物を普通に引っ越し屋さんに届けてもらう事は出来なかったんだと思う。


 だけど私は、そんな家の事や兵器のこと、ビヨンドくんの事、世界の真実……今日知った事を全部忘れようとした。

 何も出来ない私がこれ以上鞘乃ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかない。だから私は、鞘乃ちゃんの中の『日常』として、普段とは変わらない新庄優希というクラスメイトとしていようとした。


(だから私は知らないし見てないんだ。本当の鞘乃ちゃんを……)


 黙って見過ごしてしまう最低な人間でごめんなさい。溢れ落ちたこの涙の意味すら、知るものはこの世界には、居ないのだ。それが現実なのだ……私は自分にそう言い聞かせた。

 お母さんにお使いをすっぽかしたことをこっぴどく叱られたが、その事すら、頭に入ってこなかった。


 ――次の日、いつもと変わらないように学校へ行った。ホントにいつもと変わらないように出来てたかはわからない。でも、誰に話したって信じてもらえる事じゃない。意味をなさない上に、鞘乃ちゃんを困らせてしまうのがオチ。いつも通りを演じるのが、彼女のためだ。完全にそんな風に考えてしまっていた。


 そんなわけで学校へ走る私。もやもやする気持ちを抑えられずに、はやく登校しすぎた。その間は誰とも話せる気分じゃなく、ただ自分の机で突っ伏せたり、足をじたばたさせてみたり、髪の毛をいじってみたり……いろいろやって時間を潰した。だけど鞘乃ちゃんは中々来ない。


(あと三分でホームルームが始まっちゃうけど……)


 私が無理に元気付けようとしたせいで、ショックを与えちゃったせいだろうか。

 そう考えていると、静かに教室の扉は開いた。そこから現れた彼女はやっぱり見とれるほどに綺麗だった。過酷な運命を背負っているだなんて想像もつかないほどに。


「お、おはよう、鞘乃ちゃん!」

「……おはよう、新庄さん」


 やっぱり少し元気は無さそうに見えるけど、鞘乃ちゃんは私が話しかけると返事はちゃんと返してくれた。きっと辛い気持ちなのに、私を気遣ってくれるほど、彼女は優しい。

 だけど私はダメダメで、心配かけてしまってた。必死になって鞘乃ちゃんに話しかけ続けたんだ。好きなアニメの事、今朝見た興味あるニュース、この街でおすすめのお菓子屋……確かに普通の話題ではあるけれど、それを押し付けるように……鞘乃ちゃんを置き去りにするがごとく、話しかけ続けた。端から見ても無理してるのがバレバレだった。


「ええっと……それでね――」

「ねぇ新庄さん」

「な、なに!?」

「無理して話さなくても良いんだよ。昨日言い過ぎた事は謝るし、新庄さんのこと、嫌いになったわけじゃないから」


「……うん、ごめん」


 私は何がしたいんだろう。まだ自分が何か出来るだなんて思い上がってるのかな。もう関わらないようにしようって決めたはずなのに、大人しくしていればしているほど、その気持ちは薄れて行くのがわかっていた。話していないと考えてしまう。

 だけどそれすら封じられた。どうして当事者である彼女に心配をかけ、見て見ぬふりをしている自分が苦しんでいるんだ。こんな気持ちでいる事こそ彼女に失礼なんじゃないか?そうは思いながらも、どうしても静まらない馬鹿な頭を抱えていた。


 そんなときだった。

 鞘乃ちゃんの目の色が変わった。ケータイを握る手が震えている。その時が来てしまったようだ……。


「……先生すいません、具合が悪くて」


 そんな口実を作っては、鞘乃ちゃんは教室を飛び出していった。私は……どうする?追いかける?……行ったところで、何が出来る?


(……違う。そんなんじゃ、無いよ)


 私は鞘乃ちゃんが抱えている事全てに対して無力だ。世界の平和……そんなの、ただの一般人である私が守れるはずがない。でも今私が助けたいと思うのはそんなものじゃない。目の前で困っている大切な人達なんだ。

 鞘乃ちゃんとは、まだそんな存在どころか、友達にすらなれていない。だって私は逃げた。普通であることを良いことに真実と向き合おうとせずに逃げた。


 だからこそもう逃げちゃいけない。鞘乃ちゃんを一人にするわけにはいかない。だって私は鞘乃ちゃんと友達になりたいから。鞘乃ちゃんの笑顔が見たいから!


(例え何も出来なくても……!なんとかするっ!!)


 気がつけば手を突き上げ。


「先生!!……少し、野暮用です!!」


 教室を飛び出していた。……嘘は苦手なんだ。一応は考えたけど、咄嗟には浮かばなかった。


 まぁ後の事はどうだっていい。これから起こることに比べたら些細なことだ。先生の説教くらい、いくらでも受けるよ!

 私は鞘乃ちゃんを追いかけた。と言っても随分離れていたから、見失っちゃったんだけど……でも幸いな事にビヨンドくんが私の目の前を横切って走っていったんだ。

 だからその先にある人気の少ないところを探した。きっと目立たない場所で次元を越えたに違いないから。そして予想通り次元の捻れを発見した私は、勢いよく飛び込んだ。その先の世界へと……。


 ――訪れた世界で見たのは、逆さに倒れたビヨンドくんの姿だった。その装甲はボロボロで、プスプスと煙を上げている。


「そんな……まさか……!」


 顔が青ざめていくのがわかった。もしかしなくてもこれって、ヤバい状況だよ……。

 唖然として固まった身体を、遠くから聞こえた爆音が動かした。戦っているということは……まだ終わってない。まだ……!


「鞘乃ちゃん!!」


 走り続け、駆けつけたその場所で私はギョッとした。

 鞘乃ちゃんの事だけが頭で一杯だったからそこにつくまで気づけなかった。私達はギョウマの大群に囲まれていたのだ。瞬時に絶望を思い出す。死にたくないと涙したあの絶望を。


『貴様……ソウカ、ソコノ『クズ』ノ仲間ダッタカ』


 鞘乃ちゃんに指差すリーダーのギョウマの言葉に我に返った私。抱えた鞘乃ちゃんはボロボロで、銃を握る手に力が入っていない。……世界を守るためにこんな相手にも諦めずに戦ったんだ。たった一人で。


 それを今、目の前でニヤついているこいつは何て言った?


「……くず?」

『ソウダ!力無キ分際デ我ラニ逆ラウクズダ!』

「ふざけないで!」


 自分でもこんな声が出るだなんて思わなかった。その怒りの感情で恐怖はすっかり消え、立ち向かう勇気が芽生えた気がした。


「どうして、どうしてこんなことをするの!?」

『世界ヲ支配スルタメダ!!ソノ為ノ礎ニナルガ良イ!』

「そんなの間違ってるよ!力ってそんな風に使うものじゃないよ!」

『エェイ!喧シイ!黙レィ!!!』


 リーダーギョウマは直々に私を始末しようとその鋭いサーベルを構えた右手を振り上げた。でも恐怖心を振り切った私はなんとか対応することが出来た。鞘乃ちゃんの手にあった銃を地面に向けて放ったんだ。


 鞘乃ちゃんの銃の威力は知っている。ギョウマに対抗する為だし、普通の銃じゃなくてレーザー光線みたいな、凄い威力のものなんだ!

 その光線が地面で弾け、それによって生じた爆煙が私達の姿を隠してくれる。その隙に鞘乃ちゃんを抱えて走った。


 火事場の馬鹿力って奴だろうか。足が信じられないほど力強く動いてくれた。その間に鞘乃ちゃんはケータイを操作して、ビヨンドくんをこっちに寄越してくれた。


(ビヨンドくん、まだ壊れてなかったんだね。良かったぁ……)


 すぐに乗り込み、鞘乃ちゃんを席に寝かせる。傷だらけだけどたぶん、命に支障は無さそうだ。……もっとも、奴らはまだ追ってくる。現状がピンチであることに変わり無いけどね。

 それでも安心させようと私は笑った。彼女は驚いたように口を開いて、その後、傷ついて辛そうにしながらも、私に厳しく言葉をぶつけた。


「……新庄さん、どうして……来たの……」

「鞘乃ちゃんを一人にさせたくなかったから」


 それを聞いて一瞬、鞘乃ちゃんの表情は弱々しくなった。でもすぐに眉を強ばらせて、私から目をそらした。


「まだそんな甘い事を言ってるの……?」

「そうだね。私は甘い人間かもしれない。でも、なんの考えもなしに来たって訳でも無いんだよ」

「え……?」


 今の私は無力だ。だけどなんとかする為の力を手にする方法は、鞘乃ちゃん自身がヒントをくれていたんだ。


「セイヴァーシステムは『誰にでも使えるように設計されて造られた』」

「なっ……!?」

「だったよね?鞘乃ちゃん」


 鞘乃ちゃんの額から汗が零れた。私のやろうとしていることがヤバイことだと、重々理解しているからだろう。


 時を同じくして、ギョウマ達は私達に攻撃を仕掛けてくる。

 ビヨンドくんは自動操縦機能がついている。……やっぱり最初に見たときは無人で走ってたんだね。それでなんとか攻撃を振り切っているけれど、既にダメージを受けたビヨンドくんでは厳しい状況だ。


「時間がない、早く出して」

「……誰でも使えるなんて嘘なのよ!だって私は使えない。それが何よりの証拠でしょ?」

「それでもやってみなきゃわからないよ」

「……貴女を巻き込みたくないの」


 鞘乃ちゃんは私のこれ以上の言葉を遮るために、私の手を握り、訴えかけてきた。表情は必死で、握りしめてきたその手はずっと震えてた。彼女の強がりの仮面の下に隠された優しさを感じた気がした。


「……心配してくれて、ありがとう。でも私もこのまま引き下がれない。鞘乃ちゃんが苦労してきた日々を私も背負う」


 私はその手を握り返す。震えを止めるほどに強く、力強く。答えは出ている。私は真実から目を反らさない。その為にここへ来た!


「私が鞘乃ちゃんを守る!」


 ――凄まじい数の攻撃についにビヨンドくんは限界を迎えていた。でも、最後の力を振り絞って一気にスピードを上げて、岩場に隠れたんだ。


 その後、私一人が岩場の表側に立った。……鞘乃ちゃんが託してくれた、セイヴァーシステムをその手に宿して。

 そして容赦のない攻撃が私に向かって一斉放射された。だけど大丈夫!だってどんな時にだって希望はあるんだよ!


 光線の雨は、発動したセイヴァーシステムの巨大な光に飲み込まれ消滅する。暖かい光――その光は私と一体となった。


『何ィ!只ノ人間ゴトキガ……変化シタ……ダト……!?』


 力がみなぎる。この力があれば、負けはしない!世界を、鞘乃ちゃんを守れる!それを感じ、私は強く拳を握りしめた。

 私は今日この瞬間から、救世主(セイヴァー)となったのだった!


「さぁ、これからが本当の戦いだよ!」

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