静夜の安らぎ
優希との戦いに敗れたバーナと、それを嘲笑うルシフ。その前に突如現れた蒼き身体のギョウマ。
それが浮かべる笑みに少し怖じけづきながらも、バーナは顔を上げ、尋ねた。
『ズット気ニナッテイタンダ。オ前ノ作戦トハ一体……?』
『フフフ……ナァニ、簡単ナ事。セイヴァーハ確カニ強イ……私ハ貴方達トハ違ッテ戦闘能力モ然程高クナイノデ尚更ネ。ダッタラ奴ノ戦意ヲ奪ッテシマエバ良イダケノ事……!』
得意そうに話すそのギョウマ。
やり方は卑劣だろうが正々堂々だろうが、どうでも良かった。ただ、自分の思い通りの展開ではない。ルシフはそれが気にくわなくて、舌打ちして蒼のギョウマを睨み付ける。
『相変ワラズ陰湿ナ奴ダ……ナァ、『ウェイブ』?』
蒼き身体のギョウマ――ウェイブはニヤリと笑ったまま、ルシフを睨み返した。
***
……ここはどこだろう。確か私は、バーナっていうギョウマを撃退してそれで――そうだ、今頃ぐっすり寝てるはず!
(と言うことはこれは夢だね!)
それは良いんだけど、味気ない夢だ。
声を出してみるけど、それはしばらく響き渡ってなんの反応もなく消えていく。暗闇。何もない暗闇の中に私はいた。
現実でもいろいろ謎だらけだって言うのに、夢まで謎めいているなんて、とんだ迷惑。することも無いし、つまらない。
「あーあ、たまにはなんのしがらみもなく鞘乃ちゃんと遊びたいよ」
ここ最近はいろいろありすぎてゆっくり出来ないし。だからせめて夢の中くらいでは楽しくさせてほしかったな。
――そう思っていると、その願望が形となったのか、私の前で鞘乃ちゃんが具現化した。
そうか、ここは私の夢の中。何を思い描くも私次第、私の願うことが、世界となるんだ。よし、じゃあその調子で葉月ちゃんや彩音ちゃんも……。
「……あ、そうだ、私夢なんか見てる場合じゃない」
彩音ちゃんを待たせてしまっている。はやく起きなくっちゃ。とは言ったものの、夢ってどうやって目覚めたら良いんだろ。
――思いっきり頬をつねれば良いのかな。自分の頬に手を伸ばす。すると夢の住人であるはずの鞘乃ちゃんがそれを止めた。
「……待って」
「えっ!?な、なに?」
「……貴女に言っておきたいことがある、『セイヴァー』」
セイヴァー……?え?なんで急にそんな呼び方?突然そんな事を言われ、困惑してしまったが、鞘乃ちゃんの言うことを無視するわけにもいかない。例えこれが、夢だとしてもだ。
それで私も彼女の名を呼び返すと、何故か黙りこんでしまった。間違えちゃった……?いや、ここにいるのは確かに『鞘乃ちゃん』のはずだけど……。
「……どうかしたの?」
「……いえ。なんでもないわ、ごめんなさい。本題に入りましょう」
話は無事、続くことになった。
でも……なんか不思議な気分だ。この鞘乃ちゃんは、どこかよそよそしいというか、まるで出逢ったばかりの頃のような……だけど別段、私に敵意を持っているというわけでもなさそうで、彼女は私に話した。
まるで訳のわからない、ぶっとんだ話を。
「……救世主は、いつだって人々の想いを背負って戦ってきた。そして救世主もまた、単に世界を救うだけの存在ではない。人を愛し、それを力に変えて災厄に立ち向かう。それが貴女の求めている力の意味」
おとぎ話か童話の話でもしているんだろうか?戸惑いを隠せず、曖昧な返事をすることしか出来ず。だけどどうも意味深な発言なので、無視することも出来ず。彼女はそのまま続けて、私に言った。
「そして貴女という存在こそが、世界を救う為の鍵……切り札」
――やっぱり、何を言っているのか理解出来ない。キチンと説明してもらわないと、何を伝えたいのかわからないよ。私は彼女に話しかけようとした。しかし思うように言葉を発することができない。なんだ?急に意識が遠退き始めた……。
「その力で皆を救ってあげて。そう、『みんな』を――」
そして鞘乃ちゃんもまた、それを告げると暗闇の中へ消えていく。待って。まだ話は終わってないよ。
(鞘乃ちゃん、待って――)
意識が朦朧としたまま、私は彼女を追いかけた。必死に手を伸ばす。そして、暗闇を越え、光の先へと駆け抜けた――。
「鞘乃ちゃん……鞘乃ちゃんっ……!」
「しっかりして!私ならここにいるよ!」
がっしり掴まれた腕。それはさっきのものとは違い、しっかりと鞘乃ちゃんの温もりが伝わる。
……辺りを見渡すとちゃんと見覚えのある景色――鞘乃ちゃんの家。どうやら現実に戻ってきたみたいだ。でも一応確認しておこう。
「……鞘乃ちゃん」
「な、なに?優希ちゃん」
……良かった。いつもの鞘乃ちゃんみたいだね。
でもなんであんな夢見たんだろ。あれは私の夢のはずでしょ?私、常日頃からあんなわけのわからない妄想とか、やってないからね?
何にせよ、あの夢が何なのかっていうモヤモヤだけが残っちゃったよ。あぁっ!スッキリしないなぁ!
「……鞘乃ちゃん、もうちょっと分かりやすく話してよね」
「……え?な、なんの話?」
……まぁ今はそれどころじゃないから、一先ずは勘弁してあげるけどさ。
そう、今は夢の話なんてしてる場合じゃ無いんだ。すぐに彩音ちゃんの家に行かなきゃ。
と、立ち上がろうとすると鞘乃ちゃんに止められる。こんな時間にどこいくのって。
どこってそりゃあ彩音ちゃんの家しか無いでしょ。なんて笑いながら時計を見る。……もう夜の10時だ!
「わぁああああそんなに寝てたの!?」
「だいぶ疲れてたみたいだからね、仕方ないよ」
労ってくれるのは嬉しいけど、私的には大失態だよ……。
さすがにこの時間から彩音ちゃんの家に押し掛けるのは迷惑だから駄目だ。
昔の私だったら行ってたかもしれないけどね。――こういうことかな?葉月ちゃんが言ってた行動に責任を持てるようになったって。
でもそれが原因で起こった仲違いってのも変な話だよね。私が少しでもしっかりできれば、問題も減って彩音ちゃんも、というか私の周りの人達はみんな、安心できるだろうに。葉月ちゃんの勘は間違いなんじゃないかな。
ま、とにかく今日はどうも出来ない以上、帰らないとね。気だるく立ち上がると、鞘乃ちゃんに引き留められた。
「もう遅いし、泊まっていったらどうかしら」
そんな提案を受け、楽しそうだと私は笑顔を見せた。――のも束の間。彩音ちゃんの事はほったらかしているのに、私は楽しんじゃうのってどうなんだろう。そう考えると、どうにも二つ返事で「うん」とは言えなかった。
それに、迷惑じゃないの?と思ったのだ。しかし鞘乃ちゃんは全然平気だと言う。
「一人だから困ることの方が少ないわ。……むしろ、歓迎しちゃう、かな」
肩を狭めてちょっぴり寂しげな姿をほっておくことが出来ず、再び私の心は悩み始めた。
――うーん、鞘乃ちゃんって普段は寂しい想いをして夜を過ごしているわけか。……私もちょっと身体がだるいし、お言葉に甘えちゃおうかな。
そんなわけで、ありがたく彼女の家に泊まらせてもらう事にした。
(よく知っている場所とはいえ、やっぱりわくわくするねぇ)
家が別の次元にあるといっても、各種設備は鞘乃ちゃんパパの残したスーパーテクノロジーでガスも電気も使えるし、お風呂だってほっかほか。快適そのものだ。
……というわけで、今私は鞘乃ちゃんと一緒に湯槽に浸かっております。広いからせっかくって事で。……ちょっとドキドキしたのは内緒。
「周りに家もないし、お風呂で歌いたい放題だね!」
「……なるほど。次のカラオケに備えて特訓しておくわ」
鞘乃ちゃんはすっかりカラオケの魔力に引き込まれたようだ。……今度は四人で行こうね。
身体を洗いあいっこしてると、その身体に刻まれた戦いの証がちらほら目に映った。いつもは服で隠れて見えないけど、それが多いに確認できる。
「どうかした?」
「……えっと……う、うへへっ!鞘乃ちゃんのスタイルは良いですなぁっ!」
「わっ!へ、変なとこさわっちゃ駄目だよ!?」
私は以前の鞘乃ちゃんが何をして、どんな戦いをしてきたのかはほとんど知らない。
過ぎ去った事はもうどうにも出来ないし、彼女にとっても忘れることの出来ない出来事だろうけど……せめて今は、私が一緒にいる間だけは、そんな痛みを忘れて笑っていてほしいな。
……お風呂上がり、パジャマは鞘乃ちゃんのスペアを貸していただく事になりやした!ちょっとサイズが合わないけどね。主に胸の格差は……いや、止めておこう。悲しくなるだけだ。
それから布団と使い捨ての歯ブラシまで……。
「装備が揃ってる!鞘乃ちゃんのご飯も美味しいし……もう私ここに住んじゃってもいいレベルだよ~」
「ふふ、満足してもらえたかしら。少しでも優希ちゃんが元気になれば良いなって思ったんだけど」
「元気だよ。鞘乃ちゃん成分補給出来てバリバリの元気だよ!明日からも頑張らなくっちゃね!彩音ちゃんの事も、世界の事も!」
「……そう、だね」
そう、また頑張らなくちゃいけない。私の目指すゴールは、中々簡単にはたどり着けないみたいだ。それでも折れちゃ駄目だ。鞘乃ちゃんは私にセイヴァーシステムを託してくれた。私のことを頼ってくれた。その想いを無駄にしないためにも。
そう考えるとオチオチ夜更かしも出来ない。私達はすぐに寝ることにした。ほんとはもうちょっと遊びたいけれど、体力を温存しておくことは大切だからね。
……といっても、さっき結構寝てたからあまり眠たくならないんだけどさ。
「……優希ちゃん、起きてる?」
鞘乃ちゃんが言う。
「起きてるよ」
私が返す。そしてそのまま鞘乃ちゃんの方へ視線を移す。鞘乃ちゃんも私を見ていた。少し不安そうな目をしていたから、私は更に続けて言う。
「どうかしたの」
「……ちょっと、眠れなくって」
「そうなんだ。私も一緒」
えへへ、と笑って見せるけど、たぶん鞘乃ちゃんの眠れない理由って私とは違う。
……でも私が想像していた理由でもなかった。
「ねぇ、優希ちゃんは平気なの?」
「ん?あぁ、身体の方は全然……」
「そっちじゃなくって。ギョウマを倒すために無茶して、それなのにまだ他の人達のために頑張って――それが優希ちゃんのやりたいことだってことも分かるよ。でも、ここのところは怪我したり、友達の事だったりで、根を詰めすぎてないかって思うの」
――心配、してくれてたんだね。確かに、予想以上に苦しい戦いが続いている。強い敵も出て来て、私の身体にもどんどん負担がかかってきてる感じ。
でも、私なら大丈夫。それに、一度決めたからには、やりきらなくちゃ。そう告げると、鞘乃ちゃんの表情にほんの少し、辛さが滲み出たような気がした。
「それも分かってる。……でも貴女は誰かに優しさをあげるだけで、自分に厳しすぎるわ」
鞘乃ちゃんは手を伸ばして私の頬に触れる。
……それがお泊まりの真の目的だったんだね。自分が寂しいからじゃなくって……。
「私が優希ちゃんの辛さを受け止める」
……全然逆だった。鞘乃ちゃんは私よりも私の事を大切にしようとしてくれてた。
守ろうとしてくれているんだ。私の心を。
でも、辛いのはお互い様だ。鞘乃ちゃんだって、いろいろ大変なはずだよ。孤独で寂しくて辛くて――それでも誰にもわかってもらえないし、大切な家族だっていない。
だけど彼女は言う。そんな孤独なんてもうへっちゃらだって。
「私には、優希ちゃんがいるわ。いつだって優希ちゃんが元気付けてくれたもの」
「鞘乃ちゃん……」
「でも、優希ちゃんは誰かのために頑張ってるばかりで……私、優しくしてもらってばかりだし、このままで本当に良いのかなって」
鞘乃ちゃんの事は頼りにしている。彼女がいなければ戦えないってくらいには心の支え……以前も言ったけど、私にとっての救世主は彼女なのだ。
それでも私は彼女に弱味を見せたことはなかった。……確かにちょっと無理してるところはあるかもしれない。鞘乃ちゃんはきっと、その事を不安に思っていたのだろう。
――だって、一度吐き出しちゃえば、簡単に崩れちゃうもん。私、セイヴァーやってるけど、戦ってない時は、ただの女子中学生だもん。
「私、鞘乃ちゃんが思ってるより全然弱いもん。きっと、後悔するよ?」
そう言うと鞘乃ちゃんは私の方の布団に潜り込んできて……私をギュッと、抱きしめてくれた。
「しないわ。どんな優希ちゃんでも、私にとっての大切な優希ちゃんに、変わりは無いもの」
「鞘乃、ちゃん……」
彼女の腕の中は、とても暖かくて、優しくて――まるで私の不安を消し去ってしまうかのように、心地が良かった。
気づけば私も彼女の身体にしがみついていた。怖くて言い出せなかった、本音をぶちまけてた。
戦いの事、怪我の事、上手くいかない事……それでも鞘乃ちゃんは、まるで気にしないというように――いや、それどころか……。
「……やっと、甘えてくれたね」
そう言って、鞘乃ちゃんは嬉しそうに笑う。そして私の髪を優しく撫でて、安心させてくれる。いつの間にか、私の中の苦悩は治まっていた。
鞘乃ちゃんの優しさが、私を満たしてくれている。それをただ、味わっていたかった。――きっとこんな気持ちで鞘乃ちゃんのそばにいるのははじめてのことだろう。彼女の前での私といえば、「私が守るんだ」っていつも強がってたからね。
(……そういえば、彩音ちゃんも……。そっか、もしかして、彩音ちゃんは……)
……葉月ちゃんの考えも間違いじゃなかったのかもしれない。確かめる必要があるね。でも今はただ……。
「……このまま一緒に寝ていいかな」
「もちろん」
「……ありがとう。安心する」
「私もだよ、優希ちゃん」
――夜は静かに明ける。別次元のこの家には日の光というものも差さないから尚更だ。
私は結構早く目を覚ました。それも随分と目覚めのいい朝だった。彼女の優しさに包まれて眠ったからだろうか。
「ありがとう鞘乃ちゃん、大好き」
まだ眠る彼女に向かって囁いた。
彼女のお陰でまた頑張る気力が湧いてきた。彼女の存在の大切さがより強くなった。……この想いがあれば私はもっと強くなれる。そんな気がした。
そして伝えなければならない。私が体感した気持ちを。……きっと、私と同じ気持ちを持っているゆえに悩んでいるあの子に。
「……待っててよ、彩音ちゃん」
ほんの少しの休息を経て、私は今度こそ彩音ちゃんを救う決意を固める。
だけど私の知らないところで既に、事態は深刻なところまで達していた。
私のケータイに着信が入っていた。五件ほど。彩音ちゃんの家からだ。……何か、あったのかな。
そしてそれを確認したと同時に、鞘乃ちゃんのケータイがギョウマが発生したことを告げた。
勝手に人のケータイを触るのは良くないが、緊急事態だ、やむを得ない。私はそれを目にする。……そしてそこで、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
直後、鞘乃ちゃんが目を覚ます。
「……優希ちゃん、ギョウマが出たの?」
尋ねてくる鞘乃ちゃん。それに返事をすることが出来ずにいた。彼女は私の様子が普通ではないと感じとり、おそるおそるディスプレイを覗きこんだ。そして、鞘乃ちゃんの目の色も変わった。
レーダーが指し示していた反応はギョウマだけではなく、人。そう、本来は異世界にいないはずの存在である人間の生体反応がそこに示されていたのだ。
……何故だろう。なんだか凄く嫌な予感がする。