勝利の追い風
新たな力・セイヴァーブラスト。そしてその武器である銃・セイヴァーシューター。未知の力の前にエレムは絶望したようにフリーズしていた。
だけどそれで「ハイそうですか」と、自分の負けを認め、大人しくやられてくれるような奴もそういないだろう。
要するに、エレムはまだ反撃のチャンスを狙っているんだ。私はそれを感じとり、セイヴァーシューターを構え直す。
「……降参して、もう私達の前に二度と現れず、平穏に暮らしてくれるなら、私ももう攻撃しないよ」
『フン、下ラナイナ』
エレムはだらりと体勢を崩し、子供のように地面を弄って如何にも興味がないと言う風にしていた。
『僕ミタイナ存在ニ平穏ナンテ物ハ ソモソモ 手ニ入ラナイ。ソウ、君達ノ世界ヲ滅ボスマデハネ』
「……滅ぼさないって誓えるなら別に私達の世界に来てくれても良いんだよ?共存出来るなら、それでいいじゃない」
『無理ダネ』
キッパリと私の提案を打ち砕く。
『人トギョウマハ交ワレナイ存在ナンダヨ。ソレニ僕達ハ『滅ボシタ』上デ、君達ノ世界ヲ手ニ入レル必要ガアル』
「どういうこと……?」
私の問いに答えること無く、エレムは『雷』となった。
そう、まるで雷のごとき速度で動き回った。私の注意が反れる瞬間を狙っていたらしい。
――エレムの動きは無駄に大きかった。それは私の風に巻き込まれないために距離を取っているのだろう。
さらに、距離が有れば、セイヴァーシューターによる弾丸が来るまでに時間がある。要するにエレムの速度ならば、かわせる余裕が出来る。
その隙に電撃をその角にチャージし、必殺の一撃を喰らわせるというのが奴の狙い。風によるガードをも打ち破って私を倒すには、それしか無いはずだからね。
「……中々いい作戦だと思う。でも私達の想いはどこにでも届く。……外れはしない!」
セイヴァーシューターから放たれた疾風の弾丸は、エレム目掛けて一直線。エレムはすぐに回避行動に出た。
しかし弾丸は軌道を変化させた。エレムが移った位置に一気に着弾する。まともに受け、エレムは吹き飛んだ。
『グッ、ガッ……グハッ!!』
倒れたところへ私はすぐに間合いを詰め、エレムの目の前でセイヴァーシューターを構えた。
『……ナルホド、風。風ヲ操リ、弾道ヲ変エタノカ』
私を取り巻き音をたてる風を見てエレムは理解した。
この風は葉月ちゃんとの絆。葉月ちゃんの想いが、私の攻撃を届けてくれる。
『……参ッタ。コンナニ追イ詰メラレタノハ初メテダ』
諦めたように手を広げるエレム。……こんなこと、もうやめてくれるの?そう思ったが、エレムはやはりそんな気はまるで無いようだ。
『最後ハ正々堂々必殺デケリ付ケヨウヨ』
技の威力だけなら勝てると踏んだらしい。あくまでも悪を貫き通すんだね。……良いよ、ちゃんと決着つけようって決めたからね。
こんな悲しい遊びはもう終わりにしよう。
「だあああああああああああっ!」
『ラアアアアアアアアアアアッ!』
決着は一瞬だった。疾風の弾丸と雷光の槍、高速の一撃同士がぶつかり合い、立っていたのは……私だった。
ドシャリ。エレムは力無く倒れる。それでも最後まで、余裕そうな態度を貫き通すように、ゴロリと寝返りをうって仰向けになり空を見上げていた。
『取リ敢エズ負ケ、認メテオイテヤルヨ。デモマァ、コレデ『僕等』ニ勝テルダナンテ希望ハ持タナイ方ガ良イ。君ハ『王』ニハ絶対ニ勝テナイカラネ……』
ケタケタと笑うエレム。だけどそんな煽りは私に無意味だ。だって私はもう既に、みんなとの未来という希望を背負って戦っているからだ。
「どんな困難でも越えていくよ、私は……いや、私達は」
『……デタヨ。ソノ下ラナイ友情論。マァ、精々真実ヲ知ッテ、マダソンナコト言ッテラレルノカ見テイテヤルヨ。アノ世デネ』
真実……。そうだ、それを解き明かさなければ真の平和ってやつは訪れないだろう。
この世界は何なのか。ギョウマとは何なのか。何故私達の世界を狙うのか。……何故戦わなくちゃいけないのか。
難しい顔をしていると、エレムが呼び掛けるように石を私に投げつけた。……乱暴だな。でも、電撃ビリビリやってこない分、彼なりの優しさなのかも。
『……一ツ、ヒントヲヤルヨ。遊ンデクレタ礼ダ。『救世主』ヲ探セ』
「救世主……?」
パッとセイヴァーグローブを見せる。エレムは首を振った。
『本物ノ救世主ダ。ソレ以上ハ秘密……ッ、モウ限界カ』
エレムは気だるそうに言った。本物の救世主?それは一体なんだ……?それを尋ねようと考えたが、私は口を閉じた。
一つの命が、消えようとしている。
無茶苦茶ですぐにキレるし、ずっと付きまとってくるから鞘乃ちゃんはストーカーだなんて言ってた。味方ですら、敵のように扱っていた。
そんな悪い奴だって事はわかってる。それでも、この世界にちゃんと存在していた、れっきとした一つの命なんだ。それが消えていく。私の目の前で、消えていく……。
……あの破壊衝動満々の性格に同情は出来ないけど、本当に遊びたかっただけなのかもしれない。人を馬鹿にしたようなあの態度も素直になれない事の表れで、本当は誰かと仲良くなりたかったんじゃないかな。私達の幸せな日々を憎んでいたのは、そんな繋がりが羨ましかったのかな。
いろんな可能性を考えては、チクリと痛む心に気づいた。しかしもう、彼はいなかった。身体中が分解され、エネルギーとなって空に消えていった。ギョウマという存在ゆえにそういった消滅になるのかもしれない。
詳しくはよくわからないけど……昇っていくエネルギーはまるで、光のようにキラキラと輝いていた。
「ギョウマってなんだか……」
思いきりぶつかって、彼の事を少しだけ、理解できたかもしれない。でも、その先の言葉は言わないでおくよ。ギョウマが私達の世界を狙う限り、戦わなければいけない事に変わりはないのだから。
そしてそれが悲しい結果に繋がろうとも、私は……。
『優希ちゃん、お疲れ様』
鞘乃ちゃんの声だ。
……私には待っててくれる人がいる。こんなところでくよくよしている場合じゃない。戻ろう。
「はーい、今戻るよー!」
私はすぐに元気を取り繕って走り出した。
――ビヨンドくんに乗り、異世界を後にする。
本当に、疲れた。いや、いつも以上に大変に感じた。それほどにエレムというギョウマは強敵だった。互角に渡り合えるようになってようやくそれが真の意味で理解できた気がするよ。
「だけど風の力のお陰で無傷だよー!ありがとうね葉月ちゃん」
葉月ちゃんは嬉しそうだった。なんだか以前よりもっと仲良くなれた気がして、私も嬉しい。俄然やる気が出てきた。
「よぅし、これからも頑張るぞ!」
「その心構えは良いことだけれど、無理は禁物だよ?最近は特にいろいろあったんだから、少しくらい気を休ませてあげたらどうかな?」
鞘乃ちゃんは優しく微笑む。……確かに一理ある。これから頑張るためにも、一旦パーッとリラックスしておきたいね。
「じゃあカラオケでも行こうか!」
「良いですね!」
「そういうつもりで言った訳じゃ無いんだけど……でも楽しそうね。そうしましょうか」
今回はちゃんと外出許可を取っているし問題ない。時間まで目一杯楽しむぞ!
――そうして楽しむ事、数時間後……。
「ハヒー、楽しかったねぇ」
そう言って私は病院のベッドに倒れこみ、ゲッソリしていた。なんというか、元々疲れてた事を忘れてはしゃぎすぎてしまったと言いますか。確かにスカッとはしたから満足ではあるんだけどね。
葉月ちゃんは習い事と言うことでそこで別れ、部屋までは鞘乃ちゃんに支えてもらって戻ってきたんだ。
「もう、無理は禁物だって言ったばかりなのに」
「そうは言うけど、鞘乃ちゃんも熱唱してたじゃーん。葉月ちゃんとデュエットまでしちゃって」
「う……そ、そう言われちゃうと、返す言葉もないわ」
鞘乃ちゃんは少し恥ずかしそうにベッドの横の椅子に座る。
「……その、初めてだったから、楽しくて」
……その発言がピンと来なかったが、彼女の境遇を思い返してすぐに察した。そっか。鞘乃ちゃんにとっては私達にとって当たり前なことも特別なことなんだね。
「……そりゃ良かったよ。これからもずっと鞘乃ちゃんを楽しませるから、覚悟しておいてね!」
「優希ちゃん……」
ビッと指差した私の手を包み込むように鞘乃ちゃんの手が触れる。そして喜んでくれたのか、笑顔を見せてくれた。
「……不思議だね、優希ちゃんに話してもらえるだけで私元気になれちゃうよ」
「私なんかで良いならずっと話してあげるよ~毎晩子守唄でも歌ってあげようか?安心して眠れるよ~」
「もう、からかわないでよ、ふふふ」
「あはははっ」
そうして二人で笑顔を咲かせて、幸せな一時を過ごした。
――私だって一緒だよ。鞘乃ちゃんがそばにいてくれると安心するんだ。私一人じゃ、全部救うだんて言い切れなかったかもしれない。鞘乃ちゃんが待っていてくれるから、私は勇気をもって戦えるんだ。
それだけじゃない。私は葉月ちゃんとの絆の力も手に入れた。彼女の太陽のような笑顔が、もう一度立ち上がる力をくれた。
二人のお陰で私は強敵・エレムに勝利した。でも勝利なんかよりも、もっと大切な事に気づけた。
そして私自身、以前よりも強くなった。私達はただ前を向いて走っているだけじゃない。きちんと成長して進んでいるはずだ。
(みんなの力を合わせれば、きっと負けない。この先に何があっても……)
だから私は、その為にこれからも頑張るよ。葉月ちゃんに負けないくらい、笑顔でね!
――だけど私は知らなかった。この時……いや、もっと前に既に、悪は次の手を打っていたということを……。
第一章、完