未知との遭遇
今から話すのは、私が体験したお話。普通じゃあり得ない、そんなちょっと不思議なお話だ。
――始まりは桜がひらひら流れてくる春の教室。美しい花びらをここで見るのももう二年目になる。新しいクラスだとはいえ、もう緊張感に襲われることもなく、この落ち着きがちょっぴり大人だなって、まったく見当外れの自信を持ちながら迎えたホームルーム。
私の視線は奪われた。
風でなびく長い綺麗な黒髪。キリッと鋭くも、どこか優しそうに見える瞳。可愛くとも美人とも言えるような……所謂美少女と言った風な顔立ち。そしてスラッとした抜群のスタイル。
同じ女子中学生でもここまで差が出るかというほど、私とはかけ離れた圧倒的存在感。その姿に私はピタリと硬直していた。
当然だが、まるで見慣れない顔だ。少なくともこんな存在が既にいたならば、学校のマドンナとして色んなクラスで話題になっていただろう。察するに――私が頭に浮かんだ頃には美少女転校生の自己紹介は始まっていた。
「剣崎鞘乃です。皆さん、宜しくお願いします」
さらっと、テンプレートに当てはめたような簡単な挨拶。それにも関わらず、どこか感じられる気品のある雰囲気。気になるというところから、彼女と友達になりたいと思うのも、まるで時間は掛からなかった。
でも彼女との出逢いが、あんなことに繋がっているとは、この時はまだ思っていなかった。そう、未知との遭遇に――。
――空がオレンジ色に染まって、すっかり校舎に人影が見えなくなった。私は冷たいジュースに癒されながら、そこを後にしようと歩く。のっそりのっそり。のんびり時間をかけて。
「今日も頑張ったぁ~」
今頃帰宅するのは部活動に勤しむような学生が大半だろう。じゃあ私は何部かと言われたら特にどこに所属しているわけでもない。毎日部活動やら委員会やらで困ってる人達を見かけては手助けをしている。まぁ、自己満足での事だ。みんなとそうして触れあう事で仲良くなれたり笑顔が見られたり……私は好きなんだけど、変わり者だなんて言われることもしょっちゅう。そんな毎日を過ごしている。
さて、そんな私が何者なのか、そろそろ名乗っても良い頃だよね。私の名前は新庄優希。髪は肩くらいまで。身長は百五十六センチくらい。好きなことは人助けと……食べること!でも太らない体質なのが自慢なんだ、へへ。そんな感じのごく普通な女子中学生だよ。元気だけは人よりも自信があるかな。
その元気のお陰で充実した日々を過ごせているんだけど……今日はまだ、終わりじゃなかった。
「あっ!大丈夫?そんなに……沢山……」
私は思わず声をかけた。でも次第に私の声は小さくなっていく。驚いた。単純に驚いたんだ。顔も見えないほどに段ボールを積み上げて、それを必至に運ぼうと奮闘するその光景に。……無茶すぎる!今にも段ボールは崩れ落ちそうだ。
「わわわっ!キャッチ!」
「ご、ごめんなさい!ありがとう。大丈夫?」
「うんー重いけどなんとか!どこまで行けばいいの?」
校舎の外まで。とその人は呟いたので、そのまま私が支えて一緒に運んだ。
結構な重さだ。普通じゃぎっくり腰になるレベルじゃないかな。こんな物を持てるなんて、一体何者なんだろう!?
疑問と段ボール箱を抱え、ようやくたどり着いた校門にはちょっと変わった車……なのかどうかわからない乗り物があった。
表現が曖昧なのは、外見がゴツゴツといろんな模様で造詣されていて、何て言うんだろう……とてもアニメチックな感じって言うか、現実離れしたものというか。そもそも車なのか、それすらわからない乗り物だったからなんだ。
その乗り物はずっしり段ボールを積み終えられると、持ち主を残して走り去ってしまった。乗って帰らないの?というか、あの車、運転手さんがいなかった気がするけど……それはさすがに気のせいだろうか。
「どうもありがとう」
不思議だなって走り去る乗り物を見送っていたら、後ろからそう言われた。どうやらお礼を言うためにわざわざ残ってくれたみたい。
振り返って初めてお互いに顔を見合わすと、一応は顔見知りだったからビックリしちゃった。
「わぁ!鞘乃ちゃんだ!」
「あ、貴女は……確か、新庄さん、よね?」
「そうだよー!覚えててくれてたんだね!嬉しいな!」
あの転校生・鞘乃ちゃんだった。友達になりたいと願っていたら、偶然にも彼女は私の隣の席になったんだ。とは言え、ほとんど話して無いのに、覚えられてたのは驚いたけどね。
「……あれだけ見つめられているとね」
「あうっ!ゴメンナサイ!」
……前言撤回。そりゃ、覚えられて当然かぁ。気になってたから思わずガン見しちゃってたんだ。タハハ……。必死になる私を見て、鞘乃ちゃんはクスクスと笑った。良かった、嫌われた訳じゃないみたい。
しかし見とれてしまう気持ちもわかってほしいものだ。今朝初めて見たときから、今の今までドキドキしてしまう。かと言って、またじっと見ても変に思われるだけ。なんとか話を切り出して、変な印象を持たれないようにと、話題を探した。
「……あっ!そう言えば何運んでたの?転入祝いに一杯課題でも出されちゃった?」
「ふふ、違うよ。アレは私の私物。私の家の事情で、学校で預かってもらっていたの」
家の、事情……。あのヘンテコな車と言い、鞘乃ちゃんってもしかして訳有りな感じなのかな?変な想像を働かせては、警戒心を張り巡らせて、ガチガチになってしまっている自分がいた。そこへ今度は、彼女が私に尋ねた。
「新庄さんは、いつもこんなことを?」
「い、いや!こんなにも見つめちゃうのは鞘乃ちゃんくらいで!」
「そ、そう言うこと、じゃなくって……」
鞘乃ちゃんの頬が真っ赤に染まった。そんな表情にもなるんだって少し意外で可笑しくて笑みが溢れた。しかしすぐに素に戻ってあんなことを口走ってしまった事に恥ずかしさが込み上げてきた。結局私、変って思われてるかも……。
でもその後も特に変わりなく話を続けてくれた。……助かります。
彼女が言いたかったのは、私が鞘乃ちゃんを助けた事……そういう、人助けはずっとやっているのかという事だった。さっきいろんな手伝いをやってたのを見かけたらしい。見ててくれたんだと少し、嬉しくなる。そしてどこか誇らしくなって、乗り気で言葉が走った。
「いやぁ、困ってたみたいだし、それほって帰るのもなぁって!ほら、困ってたら助け合いでしょ?」
「そうね。でも、新庄さんみたいに積極的に問題に取り組むタイプも珍しいと思うよ?」
「そうかな?」
「ええ、立派よ」
褒められちゃった。別にそれが目的な訳じゃないけど、益々気分が高まった。頑張りが認められるって気分がいいものなんだなって、そう感じた。
そんな私を見て、彼女も優しく微笑んでくれた。心が撃ち抜かれちゃうような、素敵な笑顔。でも、どこかその笑顔は、寂しそうに見えた。
鞘乃ちゃんは改めて礼を告げると、一人で帰っていった。送るよって言ったけど、例の家の事情云々で見事にかわされてしまった。引き留められるほどの理由もまだ無いし、私も大人しく帰るしかなく、自分の部屋で項垂れているところだ。
(むむむ……もうちょっと話したかったんだけどな。)
それほどに過酷な状況にいるんだろうか。どんな事情があるかは知らないし、危ない想像をしては恐怖に身体が震えるけど、力になってあげたい。彼女が褒めてくれた私の頑張りを、彼女にも向けてあげたい。
「とは言ったものの、鞘乃ちゃんの家はどこにあるかわかんないしな~……」
悩んで机に突っ伏していると、お母さんにお使いを頼まれた。『暇なら夕飯の食材買ってこい』って。別に暇じゃないんだけどなぁ。……暇に見えるのも無理はないだろうけど。
買い物メモにはずらりと山程の食材の数が。こんな数どうやって持って帰れってのさ!苛立ちが込み上げてくる。しかし、すぐに現状と彼女の事が重なり、私の感情は動きを止めた。
「そうだよね……こんなの普通、持てないはずだよねぇ」
鞘乃ちゃんの事だ。あんなに重い荷物、一人で持って歩けるなんて、やっぱり普通じゃない気がする。私物って言ってたけど、一体何を?あの乗り物の異様な形状のこともあるし……。
「もしかして兵器、とか?」
自分で口にした言葉なのに、全く信じられないと思った。そりゃそうだよね。我ながらちょっと想像が飛躍しすぎだな。じゃあ……ダンベルとか?筋肉鍛えてるなら重いものでも持てるかもだし!もしくは引っ越し祝いでお米を満タンに……。
想像はいろいろ出来るけど、やっぱりスッキリしない。もやもやが残る。気になるなぁ。
そう思っていたら、路地裏の向こうに一瞬、横切る人影を見た。
(鞘乃ちゃんだ!)
ちょうどよかった。直接聞いてみよう。私はすぐに走り出した。でもその時は、先に買い物してなくて良かったなぁとか、どうしてこんな薄暗いところにいるんだろうとか、のんきに疑問を膨らませているだけで。
その先が非日常の世界だなんて、これっぽっちも思っちゃいなかった。
「……あれぇ?鞘乃ちゃんが消えた」
彼女を追い、私が行き着いたのは行き止まりだった。周りは塀で塞がれ、これ以上どこにも行けそうにない場所。当然周りには全く人がいるわけでもなく、見落としたなんて事はあり得ない。
ただ、一つだけ異様なものを見た。ほんの少しだけ空間がグニャリと歪んでいるように見える。
「なに……これ……?」
蜃気楼だとか幻覚だとか、そんなものじゃない。確かにその空間だけが渦巻いている。怖いはずなのにそれが気になり、私は恐る恐る手を伸ばした。
瞬間、世界は渦巻く。ぐにゃぐにゃと、私の身体は吸い込まれていく。叫ぶ暇もなく私は、その場所から消えた。
――私が目を覚ましたそこはね、見知らぬ荒野だったんだ。空はオーロラみたいな虹色に包まれて、綺麗だなって思ったよ。
え?見とれている場合じゃあ無いでしょって?もちろんすぐに、出口を探さなきゃとか、もしかして鞘乃ちゃんも迷いこんじゃったんじゃ?って考えたよ。
でもすぐにそんな暇なんて無くなってしまったんだ。
「何、あれ……?」
たどり着いた荒野の、一つ目の岩壁をようやく登り越えた頃だった。またも広い空間が、私の視界に広がっていて、そこに大量の……何かがいた。
それは人間という身なりじゃなくて、言葉で表すなら『怪物』。その軍勢の中に一匹だけ、ちょっと違う感じのヤツがいた。アレを中心に動く兵団みたいなものかもしれない。
「……ってアレ?これって見つかったら不味いんじゃ」
岩壁の上から見下ろす私。こんな目立つ場所にいれば当然怪物達に見つかるのは……時間の問題だ。
『○□□◇▼□□□◇◎◇▼!!』
理解できない言葉が飛び交い、やがてすべての視線が私に集中する。
――逃げなきゃ!その本能に従って走る。後ろは振り向いてる暇がない。でも謎の爆音が後ろで鳴り響いている。たぶん光線的な何かが私を攻撃してきてるんだろう。
どうすることも出来ず、ただ必死だった。もしこれが……これが夢だとしても、死にたくない。怖い。恐怖が私の中で渦巻き始めた。
「誰か助けて……助けてっ!!!」
願い虚しく、ついに爆風に吹き飛ばされ、私は倒れてしまった。目を開くとそこには、奴らが予想以上に近くまで接近してきていてそして、感じが違う一体が、その鋭い牙を見せ、ニヤリと笑った……ように見えた。
『ククク……迷イコムトハ、貴様モ不運ダナ』
(喋った!!!!!!)
やっぱりこの一匹だけは違う。怪物の中でも偉い人なんだ!
「あ、あの!話が分かるんでしたら!助けてください!!」
土下座をして様子を伺う。要するに命乞いだ。こういう状況ならかっこよく立ち向かうっていうのがよくアニメとかであるパターンだけど冗談じゃない。こんな訳のわからない状況で殺されるなんてごめんだよ!
うっすら目を開けて見ると、怪物はその手に握られたサーベルを地面に突き刺し、已然変わらぬ態度で仁王立ちしている。
『駄目ダネ』
(やっぱり駄目だぁあああ)
もう諦める以外に選択肢は無い、私はそう感じた。立ち向かったって死ぬのが早くなるだけだ。しかし逃げたところでこうして追い付かれてしまうんだもん、意味をなさないよ。
まだまだやりたい事はいくらでもある。お母さんやお父さんともっと話したかったし、友達ともっと遊びたかった。
そして鞘乃ちゃんと、友達になりたかった。
「嫌だぁ……死にたくないよぅ……っ!」
零れた涙。その涙に加減してくれるほど甘くなく、怪物達の光線は私を飲み込まんとしていた。
その時。ガガガガガッ!地面を荒々しく地面を削るような音が鳴り響いた。
それはタイヤが荒野の荒い地面に勢いよく飛び込んできた音……何かが突っ込んでくる!それは勢いよく回転し、怪物達の光線を弾き飛ばす。逆に光線を受ける事になった怪物達は爆風に怯んだ。
その光景に唖然となる私。ボーッとしてしまっているところにその乗り物の扉が開いて私に呼び掛けた。
「乗って!」
乗り物の中から聞こえた声に従って、私は開いたドアに飛び込む。相も変わらず必死で。
成り行きで乗り込んだけど、さっき私の視界に映った乗り物には見覚えがあった。今日の放課後、あの少女の荷物を乗せていったあのヘンテコな乗り物だ。そして私を助けてくれた声も、今目の前にいる人物も……。
「鞘乃、ちゃん……?」
呆気にとられた表情の私を見て、鞘乃ちゃんはため息をついた。
「驚きたいのは私の方だよ」
鞘乃ちゃんはちょっと変わった形の銃を取り出すと、窓から追っ手の怪物達を攻撃して、怯ませた隙に乗り物の中のスイッチを入れた。
「このまま振り切るわ。ちょっとガタつくけど、我慢して」
乗り物は速度を上げ、そして私たちは、次元を越えた。また別の世界へ、私は誘われた。
そこは荒野という外の世界ではなく、武器庫のような内の場所。と言っても結構な広さだ。この乗り物を置いておくには充分すぎるスペースがある。
「とりあえず、一段落と言ったところかしら」
そう言う鞘乃ちゃんは安堵の表情を浮かべている。彼女はどうやら今起こった事態をよく理解しているようだけど……。
「鞘乃ちゃん、君は一体……?」
「……やっぱり気になるわよね。見てしまった以上、貴女も知るまで納得出来ないだろうし」
彼女は表情を険しく変え、その現実を私に語った。
「奴らはギョウマ。この世界を滅ぼし、そして支配しようとする異形の魔物。私はそれと戦っているの」
それはまるで作り話かと思うような話だったが、彼女の瞳からはそう感じさせられなかった。何より、この目で確かに目撃してしまった以上、反論は許されなかった。
そして私はこれから知ることになる。その怪物達が何者で、何を企んでいるのかを。鞘乃ちゃんが背負ってきた、過酷すぎる、運命を――。