僕の隣にいるのは、とっても氷な僕の彼女。
たっぷり遊んで回り、やっとプレゼントを渡す時がきた。いや、『渡す』では適した表現とは言えないが……。まあ取り敢えず、プレゼントだから、渡すで。
日は完全に沈み、完全に夜となった世界で、僕たちは車に乗っていた。
正確に言えばタクシーだが。兄から借りたタクシー代……お年玉で返さなくては……。
終電の時間は過ぎてしまっていたので、足がこれしかないのだった。
当然、このことについては、姫花ちゃんと前日のうちに打ち合わせ済みだったから、何も問題はないが。
姫花ちゃんはお嬢様だが、別に家のきまりに厳しいところはない。むしろ、放任主義に近いのだという。
彼氏と過ごすから、夜遅くなるとか、そんなことでは、怒られはしないらしい。まぁ、外泊は禁止されているようだが、それは僕もだ。いとこの家は例外だが。
やがて、姫花ちゃんの住む町に辿り着くと、横からつんつんと肩をつつかれた。「なに?」と、僕は彼女の方に首を回した。
「岸さんは、このままこの町の親戚のところに泊まるんですよね?」
「うん、いとこん家にね」
答えると、彼女はそわそわと、瞳をさかんに左右に動かし始めた。
僕はすぐにその理由がわかったので、彼女に微笑みかけ、言った。
「プレゼントでしょ? 大丈夫♪ それは今から見せるから。この町でね」
「この町で……?」
訝しげに、彼女は首を傾げた。予想通りのいい反応だ。
「まさか……ドッキリ!?」
「そんなまさか。それは君の得意分野だろうに」
「実はそれがドッキリ?」
「ドッキリが得意というドッキリ……僕はドッキリに……ややこしいなぁ」
笑う。笑い合う。
今日は、ずいぶんと彼女は声を出して笑らってくれる。クリスマスイブ万歳だ。
僕は正面に向き直り、力強く凛々しい声で、彼女に言った。
「取り敢えず、この町で、君に見せたいものがあるんだ」
──────
姫花ちゃんを連れてやってきたのは、大きな公園だった。少し小高い場所にあり、周りは森に囲まれている。
幸いにも雪は降っておらず、風もすっかり止んでいる。乾いた冷たい空気だけが、辺りを包んでいた。
「この公園なら、家も遠くないですし、何度も来たことがありますが……?」
「いいから、こっちこっち」
僕は彼女と手を繋いで牽引する。
そして、公園を囲んでいる、暗い闇の森の中へ足を進めた。
「絶対に手を離さないでね」
「……は、はいっ」
姫花ちゃんが緊張しているのが、いまの声でわかった。いいぞ。そうなるほど、感動は大きくなる。
真っ直ぐ森の中を進む、進む。
やや上りになっているが、疲れるほどではない。と思っていたら、彼女の息が切れてきた。
今日、ずっと歩きっぱなしだったから……仕方無いか。
「……?」
「おんぶしたげる」
「……お願いします」
まだまだ進む。
まだまだ進む。
まだまだ進む。
そろそろ着く。
「…………!」
十分は歩いただろうか。
僕らは拓けた場所に出た。
───「どう? 凄いでしょ」───
───「……ええ。とても……」───
僕らが辿り着いたゴールに待っていたのは──
──まるで境界線のない、満点の星空と、町の夜景だった。
ここは、昔はスキージャンプ場として使われていた場所だ。
かなり高いところにあるというわけではなく、あの町がひときわ低い土地に作られているのだ。
小さい町というわけでもなく、向こうの山肌に沿って頂上まで続いているので、前方に限りなく広がっているように見える。
そして、それより広いのは、町の天井に広がる星空。
境界線が見えないので、まるで空にもうひとつ町があり、向かい合っているかのような幻想的な景色となっている。
都合が良すぎるくらいの快晴で、僕の今まで見てきたものより、更に美しい景色に仕上がっていた。
──これが、僕が贈れるものの中で、最も人の心を満たすことができるプレゼントだ。
姫花ちゃんは、言葉を失っていた。
沢山難しい小説を読んできた彼女でも、この景色を表現する言葉を見つけられないらしい。
むかし、僕もそうだったように……。
ここに立った二人は、しばらく何も口にすることができなかった。
どのくらい時間が経っただろうか?
やっと、姫花ちゃんが沈黙を破った。
「いつまでおんぶしているんですか」
「あ……! ごめん……」
彼女を降ろす。
降りた彼女は、僕の隣に並び、また景色を見つめだした。
「……わたくしはもう、何にも欲しくありません……」
「はは……そう思っちゃうよね。これ見ちゃうと……」
「……あなたの愛以外は、ですけれど」
彼女はそう言うと、僕の左腕に、自らの右腕を絡ませてきた。
そして、 僕の肩に頭を委ねてきた。
ほうっ、と暖かい気持ちが身体中に巡ってくる。
「……君の口から、愛なんて言葉初めて聞いたよ」
「そりゃあ……初めて口にしたんですもの。でも、こう見えてもわたくし、一番好きな言葉は愛なんですよ。勿体ぶって、今まで言いませんでした。……恥ずかしいですし」
ここで、しばし沈黙。
姫花ちゃんが肩にすり寄ってくる。
白い吐息が、僕の顔にかかり、思わずドキッとし、動悸が激しくなってきた。
「…………」
「…………」
幸せだ……。
きっと、彼女も幸せなのだろう。
「岸さん」
不意に呼ばれ、我に返る。
「あの……わたくしは、岸さんから見ても、やっぱり氷のような女性ですか……?」
そんな問いをする姫花ちゃん。彼女はどんな答えを期待しているのだろうか。しかし、それが何であっても、僕の答えは既に決まっている。
「うん、氷な女性だ」
「そう……ですか」
「でも……全部良い意味での、氷だよ」
「そうなんですか……?」
「確かに冷たいけれど、綺麗で透き通っているし、全然尖ってない滑らかな性格だし、強そうに見えるけど、案外脆いかもしれないそんな一面も見たし……姫花ちゃんは氷だ。氷の本質を持ってる」
「本質……」
「……うん」
「……ふふっ♪ さすが、岸さん。相変わらず非凡です」
「そりゃ……貴女様の執事ですから」
「そうですか……♪」
「暖かいです」と、彼女は言った。僕の腕を抱く力がきゅっと強くなる。
僕は思った。
彼女は氷のように、暖めたら簡単に解けてしまうんだな、と。
「では、最後に……岸執事」
「はい?」
彼女は、今日一番の美しい笑顔で、こう言った。
「辛いものでも食べにいきましょうか」
「仰せのままに……姫」
―――END