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彼女は氷のように滑らかだった。

 電車に乗って、近い街の中では一番大きな街に辿り着いた。

 今僕たちがいるところは、その街のさらに中心部だ。

 辺り一面が、人だかりになっており、大いに賑わっている。

 まるでお祭り騒ぎ。

 今日は、十二月二十四日。クリスマスイヴだ。

 あらゆる建物や街路樹にきらびやかな装飾や鮮やかな電飾が施されている。ところどころにサンタの格好をした人が、ビラ配りや人呼びをしており、その側の店を覗くと、クリスマスムードたっぷりな内装で今日にちなんだ品物を並べていた。客でごった返している中、笑顔ではしゃぐ子供たちも沢山いて、それがクリスマスがどのようなイベントなのかを象徴しているようで僕も思わず笑みを溢した。

 それにしても、人が多い。

 まだ午前中なのに、これほどだとは思っていなかった。

 五メートルほどの道幅でも狭く感じ、スムーズに前に進めない。

 周囲を目で見渡すと、ふと僕の右側を歩く姫花ちゃんが、少し口を尖らせているのに気づいた。

「……どうしたの? 進みにくいからむっときてる?」

 表現を窺いながら、あまり刺激しないように穏やかな声で訊く。

 すると、彼女は頷いた。頷くのか。頷かれるのですか……姫。

「人が多すぎます。予想外です」

 そう、やや不機嫌な調子で呟いた。僕と目を合わせようとはしてくれない。

 でも、どうしようもできないし……僕だって予想外だし……。

 そう思って困っていると、もう一言、呟きが耳に入った。

「わたくしはあまり人間が好きではないというのに……」

「それは人間としてどうかと思う……」

 思わず突っ込んだ。人間って、君も僕もだよっ。自分を嫌いにならないで。

「地球に最も害を為しているのは人間ですよ。好き勝手自然を壊して、資源を惜しみもなく無駄遣いして、二酸化炭素まで排出するんですよ?」

「二酸化炭素を排出しない動物なんて存在しないんだけどね……。じゃあ、なら、姫花ちゃんは地球に優しいのかい?」

 ふっと、鼻で笑う姫花ちゃん。今度は何を言うんやら。

「わたくしは全ての有害ガスを吸収し、酸素に転換して排出しますよ」

「とんだ夢装置だね。ドラ○もんのひみつどうぐみたいだ」

「電気は自身の細胞発電能力で賄えます」

「君は電気鰻か? それとも無限城の雷帝なのか? はたまた、レベル5の超電磁砲なのか?」

 おお。まさか、僕的神マイナー漫画と超有名ライトノベルを並ばせる日がくるとは。

「おや? GetBackersの天野銀次と、とある魔術の禁書目録の御坂美琴のことですね?」

「なんか釣れた!? 食いついてきたっ!?」

「それらの作品のキャラクターなら、わたくしはやはり、風鳥院花月と神裂火織が好きですね~♪」

「しかも引きが強い!?」

 意外だ……。姫花ちゃんは漫画もライトノベルも読むのか。僕の中のお嬢様像が音を立てて崩れていく。

 しかも話が大きく脱線……。

「要はわたくしは地球に優しい生物なのですよ」

「無理矢理まとめ!? しかも結論っ!?」

 自分勝手だな~。いつも通りだ。

 しかし、そのあとずっと二つの作品の話を延々と語っている彼女を見て、機嫌が良くなったのを確信した僕は、心の中でホッと胸を撫で下ろした。

 すっかり彼女は進み具合を気にしなくなっていた。話は弾み、相づちを打ちながら、人だかりのに流されて目的地へと向かう。

 向かう先に、高い建物に囲まれるようにして、大きな円形の広場が見える。その中心には、ひときわ目立つ巨大なモミの樹。もといクリスマスツリーがそびえ立っている。

「見えましたねぇ」

「わぁ……すごいね」

 なんて、大きくて立派で美しいツリーなんだろう……!

 早く、近くに行きたい。

 早く、下から見上げたい。

 早く、バックに写真を撮りたい。

 姫花ちゃんと一緒に……!

 僕はやっと、デートに浮かれてきたのであった。

 どうやら、それは姫花ちゃんも同じ思いのようで、頬がやや桜色に染まっている。そして、僕の顔を覗き込むようにすると、言った。

「手、繋ぎましょうか」

「……え、いいの?」

 僕は驚いて目を見開き、口が半開きのままになった。

 いつもなら、人にさわられるのを嫌がる彼女が、温もりを求める行為のひとつを自ら申し出るとは……!

 すると彼女は、美しい照れ笑いを浮かべて、こう言ったのだった。

「もちろん……わたくしは岸さんの彼女なんですから」


 幸せだ……。


――――――


 広場を一通り見て回った後、僕たちはデパート内のひとつのテナントに入っていた。

 ここもクリスマスムードたっぷり……というより、もはやクリスマスグッズ限定の店になっていた。

 主に小物や置物、小さな衣類などを取り扱っていて、とにかく華やかな光景だ。男子が1人で入るような店では決してないだろう。

 今は、姫花ちゃんが上機嫌で品物を見ながら「これはどうかしら」とか「岸さん、これ、わたくしに似合いますか?」とか言って、買う物を選別している。僕はそれに付き合って、隣で言われたことを二つ返事で肯定していた。まぁ、否定することがなかっただけだけれど。ツッコミの振りもないし。

 しかし……今日は朝以来、随分おとなしいな、と僕は思った。いつもなら、もっといじられるというか、いじめられるのにな。いや、良い意味でね。

 まぁ、いい傾向にあると思う。もう、すっかり僕に心を開いてくれているのかもしれない。

 一時期の彼女の冷たさは、そりゃあ本物の氷のようだったから。

 ……現在も、僕と彼女の友達意外には冷たい態度を見せているけど。それでも、前よりは丸くなった。本当に。

 とか、思ってたら。

「よお、執事さん」

 と背後から声をかけられた。

 声に聞き覚えがないので、訝しげな表情で振り返ると、案の定、知らない男子と多分その彼女だった。

「お前もデートか? お務めご苦労様だな」

「いえいえ」

 随分癇にさわる口調だ。もう地の文で見た目を表現してあげない。

 様子を察するに、同級生で、同じクラスになったことがない男子なのだろう。学年全体に『執事』は知られているので、僕と面識がないやつにからかわれるのは、日常茶飯事だ。

 ちらっと姫花ちゃんの様子を窺うと、物凄く冷たく、刺すように鋭い視線で2人を睨み付けていた。

「おー、おっかないおっかない」

「何か用かい?」

 僕が、不快な顔でぶっきらぼうにそう言うと、その男子(以後男子A)がにやつきながら答えた。

「いやぁ、可哀想だなって。彼女がいくら綺麗でも氷柱みたいにとがってて冷たいなら、全然幸せじゃないだろうな~ってな」

 格好付けたセリフだなぁ。ここは笑えばいいのかな?

 …………。

 背中に、まるで吹雪が吹き付けてきているかのような、強烈な寒気を感じた。笑えねぇー。

 …………?

 あれ? 何も言わない。

 とにかく、今のうちにこの二人には早々に立ち去ってもらわないと……。

「ああ……そう言えば、友達から君の非常に恥ずかしい性癖エピソードをいくつか聞いたことがあるな。彼女さんに聞かれたくなかったら今すぐに立ち去ることをお薦めするよ」

 そう言ってから、僕は嘲笑に近い含み笑いを浮かべた。この顔は得意だ。

 まぁ、ただのハッタリなのだが。

 すると、意外に効果抜群だったらしく、男子Aは「な……!」と、ぎょっとして目を大きく開いた。そして、そそくさと彼女を連れてこの場から去っていった。捨て台詞で何やら言っていたが、無視無視。あれは虫だ。

 繰り返そう。ただのハッタリなのだが。

 よっぽど恥ずかしいエピソードをお持ちのようだ。ああいう格好付け男にはそういったものがつきものなのだろう。

 ひとつ溜め息をつくと、後ろから肩を叩かれた。細く長い指。姫花ちゃんのだ。

 首だけ振り返ると、目が合った。先ほどまでの冷たい視線は消え失せ、若干拗ねたような表情をしていた。そして、

「……なんですかあの逃げっぷり。そんなに恥ずかしい性癖を持っているんですかあの男」

 そう訊いてきたので、何食わぬ顔で素直に答える。

「いや、ただのハッタリ」

「その前に……彼とは知り合いなのですか?」

「知らない。あれだれ?」

「そうですか……」

 姫花ちゃんの表情が呆れ顔に変わり、僕はホッとした。

 さっきの男子Aの言葉を気にしていなければいいのだが……今のところそんな素振りはない。

 彼女はまた品物の選別にいそしみ始めたが、上機嫌ではなくなってしまい口数は減ってしまった。

 ……氷柱……か。

 僕は心の中で、小さくそう呟いた。


――――――


 ファミレスで軽く昼食をとってから、デパート内を歩く。

 僕は、大した量ではないが荷物持ちをさせれている。まぁ、男なら当たり前の役割……か? 僕だけじゃあないよな?

 ぽつぽつと会話しながら歩いていると、ふと、視線の先にあるものを捉えた。

 四・五才あたりだろうか。小さな男の子が、今にも叫び出しそうに、涙目でおろおろしていたのだ。

 あれは……絶対に迷子だ。間違いない。

 周囲の人たちは、目もくれずに通り過ぎて行くばかりだ。

「岸さん? 何を見ているんです?」

 心配でじっと見ていたら、姫花ちゃんが僕の目線に気付いた。そのまま僕の目線を追って見る。

 あっ。やべ。忘れてた。

 姫花ちゃん子供嫌いなんだった。

 彼女の話を聞かず子供に気を取られるなど、怒られる要因になりかねない。

 僕はなんとか言い訳を考え、口に出そうとした。

「あ、い、いや、別に何も……」

 ……より先に、姫花ちゃんは隣から既に消えていた。

「……え?」

 つ、ついに見損なわれてしまったのか!? と思い、僕は取り乱しかけた。そのとき、また視界に入った男の子のところに、スラリとした女性がうずくまっているのが目に入った。赤いセーターに青チェックのロングスカート……?

 ……まさか?

 僕は、恐る恐る近づいた。

「どうしたの?」

「ママ……どこ……わからなく……なっちゃったよぉ」

「じゃあ、お姉ちゃんについておいで、絶対にママが来るところに連れて行ってあげる」

「……!! ほんとう!?」

 そこで見たものは、もはや氷柱のつの字もない、優しさに満ち溢れた女性の姿だった。

 いや、もう氷の一片すら残っていない温かい光景だった。

「でも、その代わりに絶対に泣かないで頂戴ね? い~い? 絶・対! よ……!」

「は、はぃ……!」

 いや、氷ではあった。

 相変わらずの、冷たさは健在だった。

 子供を威圧しちゃ駄目だぞぅ……。

 取り敢えず、男の子は迷子センターに連れていくことにした。男の子は僕がおんぶして、出来るだけ早く向かった。というより、姫花ちゃんが歩くスピードを男の子に合わせないので、そうするしかなかったのだが。

 迷子センターにつくと、係員の方が、すぐにアナウンスで母親を呼んでくれた。

 母親は安心して男の子の名前を呼び、抱き締めた。男の子は嬉し泣きを溢したが、すると姫花ちゃんが「泣かない!」と一喝し、男の子は泣くのを止めて気をつけをした。

 他人の子供をしつけるなよ……。と、心の中で僕は苦笑いした。

 最後、親子と別れる際、男の子が手を振ってくれたのに対して、彼女も胸の少し上で小さく手を振っていた。表情を窺うと、微笑を浮かべていて、僕は驚いた。

 今日はどうやら、僕がよく見ているいつもの彼女より、さらに本当の彼女だということらしい。


 道を戻り、訊くタイミングができたので先ほどの疑問を口にしてみた。

「そういえば、どうしてあの男子に悪口言われても黙っていたの? いつもなら頭フル回転で言い返すのに」

 言うと、姫花ちゃんはそっぽを向いた。ん……この場合は、気を悪くさせたか、恥ずかしがっているかのどっちかだ。前者の可能性の方が高いが。

「……るんです」

「へ?」

 姫花ちゃんが何か呟いたが、蚊の鳴くような声だったのでうまく聞き取れなかった。

 なので、もう一度はっきり言って欲しいと頼むと、いきなりこちらを向いた。

「で、ですからっ! 今日は……決めてるんですっ!」

 睨まれて身を強張らせる僕。やっぱり気を悪くさせてしまったのかな? それでも、ゆっくり身構えながら僕は訊いた。

「な、何を決めているんだい?」

 彼女はまた目を逸らす。やや、口を尖らせて、声を小さくして言った。

「……岸さんの前では……可愛くいよう……って」

 …………!!

 照れてたの!?

 って、可愛過ぎるよその台詞っ!!

 僕は予想外の返答に、どぎまぎして変な顔になってしまう。直んない……恥ずいぞわわわ。

「じゃ、じゃあ、子供が嫌いなのに、男の子を助けたのも……?」

 僕がそう訊くと、姫花ちゃんはうって変わって顔をしかめ、呆れたように言った。目を疑うほど切り替えが早い。

「それはただの勘違いですよ……。わたくしは子供が嫌いなのではなく、苦手なだけですっ」

「は……はぁ」

 そして、途端に早足になって、僕より前にいってしまった。

 どうやら、彼女にとって嫌いと苦手は違うものらしい。

 それと、彼女にとって、今日はとても大切な日なんだということを、僕は思い知った。

 急に、姫花ちゃんが振り返って、後ろ歩きのまま僕を指差した。

「言ったでしょう? わたくしは岸さん、あなたの彼女なんですよ? しっかり自覚して意識していてくださいな」

 そう言ってまた、前へ向き直った。顔が見えなくなるその瞬間に、微笑みを浮かべているのに、僕は気付いた。

 ……ああ。

 氷柱は鋭い。でもそれは形がそうさせているのであって、氷そのものの性質ではないのだ。氷自体の触感は……。

 僕は思った。


 彼女は氷のように滑らかであった、と。

 

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