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特殊災害対策室

 その日の朝、緊急教員会議のためにホームルームは省略され、一時限目は全校で自習となった。

 本来なら自習といえば真面目に勉強するものは稀で、ほとんどの者は監督教員の目を盗んで携帯電話を弄ったり、またはお喋りに興じてみたりするものだと思っていたが、その日は様子が違った。今回に限っては皆そのような気分にはなれないようで、水を打ったような静寂が教室内を満たしていた。


 誰もが教室の端に置かれた三つの花瓶を気にしながら、教科書やノートを捲る音すらも立てまいとするように身を固くしていた。


 そして自習の時間が終わり、二時限目はどうなるのだろうと思っていた矢先に、学園の北側に位置する大講堂で緊急全校集会を行う旨が校内放送にて告げられた。

 移動を始める生徒たちに交じって教室から出ると、他のクラスからも生徒たちがぞろぞろと出てくるのが見えた。そのうち何人かはこちらの教室までわざわざ駆け寄り、机の上に並んだ花瓶を確認しては興奮したような声を上げている。


 不謹慎な事とは思うが、思春期の学生などこんなものだろう。突然目の前に降り立った非日常に否応なしに昂ぶっているんだろうな。


 しかしまぁクラスが違うだけでこうも反応が違うものだろうか、とも思うけれど……普段から顔を合わせているクラスメイトと、ほかのクラスの不良少年グループではその死に対する感情も変わってくるのだろう。


 とはいえ、身勝手な行為を繰り返す嘉手納達を疎ましく思っていなかったはずはない。しかしそれでも、同情とはいかないまでも神妙な気持ちになってしまうのは〝脛に傷のあるもの同士〟という仲間意識が、多少なりともあったからかも知れない。


 きっとクラスメイトは他人事ではない、と感じていることだろう。理不尽に東京の僻地に押し込められ、そしてその地で理不尽に死を迎える理不尽な人生。

 一生自分は日陰で生きるのか、とい言うことを考えなかったはずはない。しかし心のどこかではそんなはずはないと、その可能性を否定して生きてきた。そうでなければ生きられなかったからだ。


 しかし、恐れていた理不尽は自分のすぐ隣をかすめた。そしてクラスメイトの人生を理不尽なまま終わらせた。


 理不尽。理不尽。理不尽。


 その事実に戦慄したに違いない。恐れおののいたに違いない。


 奴らは死んで当然だった。そう思っている者もいるだろう。

 本当に死ななければならないほどだったのか。そう考えるものもいるはずだ。


 そして誰もが理解している。理不尽はそんなものに頓着しないからこその〝理不尽〟なのだと。明日は我が身、誰もがそう感じているはずだ。


 この学園を包み込む陰鬱な気配の正体に、今日初めて気が付いた。それは〝諦め〟だ。


 自らの生まれや人生を呪い、受け入れがたいと思いつつも、俯いたまま抗うことをしない。

 なんて歯がゆい者たちだろう。付け入る隙がありすぎて張り合いがない。陰鬱な者には陰鬱な輩が寄る。禍津神にとっては格好の餌食だ。そして私にとってもそれは金脈なのだけど。


 全校集会の場でその温度差は、更に顕著に表れた。

 暗く沈む我がクラスメイトに対して、同学年のほかの生徒たちは実に平然としている。一年生や三年の学生に至ってはどこか浮ついた様子で、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。


 やがて壇上に上がった校長から、今回の状況について説明がなされた。

 いわく〝嘉手納(かでな)麗音(れおん)〟、〝黒川信(のぶ)(あき)〟、〝長谷部(はせべ)()(づる)〟の三名が、日も登りきらぬ早朝五時頃に、それぞれ別の場所で遺体で発見されたこと。自殺と他殺の両面で警察が捜査中であること。


 やはりというか、発生から間もない事もあって情報は少ないようだ。まぁ仮に詳細が判明していても、それを生徒たちにありのまま伝えることはしないと思うけど。

 しかし正門前に殺到していたマスコミにもこれで合点がいった。数時間あれば取材態勢を整えるのには十分だろうし、のどかな東京郊外で発見された三名の変死体。しかも一部では有名なお金持ち学園の生徒、十分すぎるほどにセンセーショナルだ。これを取り上げない手はない。


 一分間の黙祷の後、壇上の人間が校長から生徒指導の教員へと変わり、この件を不用意に騒ぎ立てないことや夜道を出歩かないことなどがきつく言い渡された。騒ぎ立てるな、ということを一番に持ってくるあたりが白藤学園らしいところだ。


 さて三時限目こそ通常授業だろうと思っていたのだけど、そうはならなかった。嘉手納達のクラスメイト、つまりは私のクラスの人間一人ずつに事情聴取が行われることになった。


 空き教室を使い、五人が同時に別々の部屋で聴取を受ける形がとられた。おそらく嘉手納達はどんな生徒であったかとか、人間関係のトラブルは無かったかと言うことを聞くのだろう。

 叩けば埃が出るどころじゃない、かえって捜査の妨げになるんじゃなかろうかとすら思う。


 教室で読むともなしに教科書をめくって順番を待っていたところに、教室前方の扉から笑顔が張り付いた担任教師が顔を覗かせて私を呼んだ。


 はて? 私の順番はまだ先だろう、と思っていたら、私が連れて行かれたのは他の生徒が聴取を受けている空き教室前ではなく、防音設備の整った生徒指導室だった。


「あの先生。どうして私だけ別の部屋なのですか?」

「さぁ……。私は、そうして欲しいと言われただけですので」


 それだけを言うと、担任はそそくさと退散してしまった。いくらなんでも薄情ではなかろうか。

 一人取り残された私は、とりあえず生徒指導室の扉を叩いてみる。しばしの間の後、中から「どうぞ」と聞き覚えのある声がした。


 嫌な予感を覚えつつ、扉を開ける。そして中で私を待ち受けていた人物を見て、その予感が当たってしまったことにげんなりした。


「久しぶりだな、月宮」

「……私は会いたくなかったけれどね。()(おうぎ)警視」


 壁面を資料棚で埋め尽くされた手狭な生徒指導室で座って私を待っていたのは、警視庁のとある部署に籍を置く、二扇白烙におうぎはくや警視だった。


 警視という肩書の割に年齢は若く、おそらくまだ二十代半ばのはずだ。いわゆるキャリア組という奴だろう。射抜くような目つきと細いフレームの銀縁眼鏡、そしてスーツ越しにも解るしなやかに鍛え上げられた肉体が相まって、まるで抜身の刀のような鋭さと強靭さを感じさせる男であった。


 しかし私は知っている、この二扇警視が切れ味ばかりの男では無いことを。


「驚いたぞ。お前が女子高生になるとはな」

「なによ、別におかしい話じゃないでしょう?」

「あぁ、そうだな。お前も、もう一七歳なんだよな」


 深くうなずき、二扇警視がまっすぐにこちらを見つめてくる。言うぞ、ほら言うぞ、さぁ言うぞ。


「月宮、そろそろ俺と結婚して――」

「嫌だって言ってんでしょうがこの変態!」


 えっ、と二扇警視が驚愕したように眼を見開く。


「な、なぜだ! 年齢的な問題も特にないはずだろう」

「それ以外が問題だって言ってるのよこのスットコドッコイ!」


 そう、この二扇警視はその身に纏う雰囲気通りに仕事では切れ者なのだが……それだけではない。

 その、何というか……口を開くと、誰よりも残念な人間なのだった。このように顔を合わせる度に、私に対して求婚してくるのだ。


 まぁ私とて求められる事自体には嫌な思いはない。しかし問題なのは、初めに求婚されたのが四年前、まだ一三歳の時だったという点だ。流石に引く。


 しかし当の二扇警視にとってそれはさしたる問題ではなかったらしく、それ以降も周りの目を(はばか)ることなく顔を合わせればアプローチを繰り返してきた。

 冷静に考えれば、この二扇白烙という人物は相当に条件が良い。私に釣り合う程度には顔も整っているし、スタイルも良い。キャリア組の中でも早い出世を果たしており、家柄も将来性も抜群。それでもなお私がこの男を問題外としているのは――。


「解らんな。エリート中のエリート、かつ博愛主義者であるこの俺の何が問題だというのだ」

「何が博愛主義よ。男も女も見境が無いだけじゃない!」


 二扇白烙の最大の問題点、それは……。

 いわゆる〝バイセクシャル〟という事だった。 


 バイセクシャルとは「同性も異性も同様に恋愛対象になる」人のことを指す。つまりこの二扇白烙は男女ともに愛せる体質なのだ。

 別に他人の性癖にとやかく言うつもりはないけれど、それは私の知らないところでやっていてほしい。本人に悪気がないのは良くわかるが、一人の女としてちゃんと見られていないような気がするのだ。博愛主義といえば聞こえは良いけど、誰でも愛せるって事は逆を返せば誰でも良いって事じゃないの? 


「それにさ、あんたはどうせ私の美貌と〝古狼〟の血が欲しいだけでしょう?」


 二扇警視は低く唸り、腕を組む。


「確かに古狼の血には興味がある。二扇の血筋に古狼の血が加わればどのような変化をもたらすのか、という思いは確かにある。しかしな月宮。いや、一葉。いつも言っているように俺はお前の強い生き様に惚れて――」

「公私混同してんじゃねーです。この変態」


 スパン! と小気味よい音を立てて、突然二扇警視の頭が背後からはたかれた。


「まったくいつもいつも。色ボケしてねーでさっさと仕事しやがれです。腐れキャリアめ」


 いつ間に入ってきたのか、二扇警視の後ろに長い髪をきっちりと束ね、スーツを美しく着こなしたいかにも〝仕事のできる女〟風の女性が立っていた。


「亀子さんじゃない。お久しぶり」

「ええ、お久しぶりです。お変わりないようで何よりです」


 そういって柔らかく微笑む女性の名前は七尾亀子。二扇警視の相方を務めている。見た目通りに優秀な女性で、人望も厚い。ただ一つ欠点があるとすれば、日本語を間違って覚えたとしか思えないその口の悪さだった。しかしそれは二扇警視に対してのみ発揮されるようで、彼女をよく知る人間が二人のやり取りを始めてみたら、きっと絶句することだろう。


「お二人は相変わらずね。微笑ましくて羨ましいわ」

「じゃあ変わります?」

「現金十億で考えても良いわよ」


 笑顔で応える。ここまではいつものやり取りだ。さて……


「特災の二人が来ているということは……。今回の件、禍津神が?」


 ずれた眼鏡を直した二扇警視が重々しく頷く。一度は緩んだその気配が、再び鋭く張り詰めるのを肌で感じた。ようやく仕事モードに入ったようだ。


 特災とは〝警視庁特殊災害対策室〟の略称であり、その任は通常の捜査員では手が出せない精霊絡み、主に禍津神の関わる事件や災害を捜査、解決することである。目の前の二扇警視がなぜその階級で現場に出ているかといえば、単純に人手不足だ。

 そして人手が足りないがゆえに、捜査や解決のために一葉のような祓い屋に協力を要請することも多い。


「まずは事件のあらましから説明しよう。七尾」


 二扇警視がそういうと、亀子さんがカバンから地図を取り出して長机の上に広げた。二扇警視も立ち上がり、三人で木製の長机を囲う形になった。随分とアナログだ。


「今朝五時ごろ、嘉手納麗音以下三名の遺体が発見されました。ここと、ここと……ここです」


 そういって亀子さんが地図に赤丸を書き込んでいく。


「んん? 随分と離れているわね」


 地図の赤丸は町はずれの工場、河川敷のグラウンド、そして山中の採石場に記された。正確な距離は解らないが、それぞれがかなり離れている。


「詳しい死亡時刻は検死の結果待ちですが、遺体の状況から昨夜八時過ぎと思われます。その少し前に、学園の正門を何かあわてた様子で走りぬける三人の姿が監視カメラに捉えられています。この後に何かあったのでしょう」


 うーん、学園の外で起きた話なのね。禍津神絡みなら、第二図書室の精霊たちが言っていた、最近学園に現れた〝よそ者〟が関係しているんじゃないかと思ったけれど……。


「気になるのは三人が正門を出て行った数分後、同じく正門を出ていくお前の姿が記録されている点だ。こんな時間に何をしていた。月宮、何か知っているだろう」


 ずい、と二扇警視が身を乗り出して私を睨む。顔が近い近い近い。


「あー、いや。そ、そそ、そのー……」

「……月宮さん?」


 あぁ! 亀子さんまでそんな不審そうな目で! うぐぐ……。


「その、ちょっと悪戯を……ね? へへ」

「へへ、じゃないだろう。詳しく話してみろ」

「は、はい……」


 二扇警視の鋭い視線が、私を射抜いた。




 ――――――――。


 二人の冷たい視線を受けながら、私は昨夜の出来事を包み隠さず伝えた。


「……はぁ。まぁなんだ、気持ちは解るがやり過ぎだ。とはいえ、この学園の隠蔽体質にも困ったものだな。嘉手納達の蛮行に気が付かなかったはずはない」


 やがてため息をつきながら二扇警視がそういった。


「強姦事件についてはこちらでも調べを進めますが……、加害者は既に死亡しているわけですし、被害者も事件が明るみに出るのを望んでいないでしょう。対処が難しいですね」


 亀子さんが悩ましそうに呻く。そう、こういった事件はただ被疑者をあげれば良いというだけの代物ではない。事件が明るみに出れば被害者のその後の人生にまで傷がつきかねない、大変性質の悪い事件だ。私も精霊たちから聞かなければ知ることはなかっただろう。何しろ、被害者本人が知られることを拒否しているのだから。


「とにかく、学園内で被害者三人の身に何があったのかは解った。疑問が一つ減っただけでも進展だな」

「疑問といえば、どうしてこんなに早く特災が動いているの? 普通はもう少し捜査が進んで、特殊災害と判定されてから動くわよね?」


 二人の視線が私に集まった。一つ咳払いをして亀子さんが語り始める。


「理由は二つ。一つ目は遺体の状況です」

「というと?」

「地図を見てください。三人の遺体は大きく離れています。死亡推定時刻から察するに、三人はほぼ同時に殺害されたはずであるのに、どうしてこんなにも離れた位置に遺体があるのか。そして三人の遺体からは〝四肢が全て切断〟されていました。行方は捜査中です。わざわざ四肢を切断し、遺体をそれぞれ遠く離れた場所に遺棄する。しかも隠すでもなく、人目に付きやすい場所に。とてもまともな人間の仕業とは思えません」


 うーん、と腕を組んで唸る。確かに異常と言えば異常だけど……。


「それだけじゃ理由としては弱いわよね? ただの猟奇殺人にも見える」


 亀子さんが小さくうなずき、再び口を開く。


「二つ目の理由は、遺族からの特災への直接通報があったからです」

「通報? 一般人が特災に?」


 思わず首をひねる。警察内部でも特災がどのような事件を担当しているのかを正確に把握している人間は少ないという。一般人ではなおのことだろう。


「四年前の〝逆吊り蟷螂〟事件、覚えていますか? 嘉手納麗音はその数少ない生存者の一人です」


 思わず息を呑んだ。


 忘れようはずもない、初めて大規模な禍津神討伐に参加したあの夜のことは。


 今思い返しても凄惨な事件だった。

 山奥にひっそりと佇む秘境の温泉街。数か月後にはダムの底に沈むことが決定しており、すっかりさびれてしまった温泉街が禍津神に襲われた。


 当時、分厚い雪に埋もれた温泉街にいた人間は、営業を続けていた二つの温泉宿の従業員や宿泊客を合わせて五十名弱。その全員が禍津神〝逆吊り蟷螂〟に捕らわれた。さびれた温泉街が丸ごと餌場になったのだ。


 逆吊り蟷螂はその名の通り捕えた獲物を逆さに吊るし、少しずつその肉を削いで喰らうという性質を持っていた。

 人間は脆い。逆さ吊りにされた状態で三時間もすれば頭部に偏った血圧で脳が圧迫される事により意識を失い、さらにそのまま放置すれば死に至る。


 そこで逆吊り蟷螂はより獲物に苦痛を与えるために、鼻や耳の一部を切断し流血させ続ける事によって獲物の意識を保たせた。そして少しずつ切り刻み、獲物のあげる苦痛と絶望の悲鳴を何よりの嗜好品としていた。


 逆吊り蟷螂とその眷属の討伐は熾烈を極めた。

 丸二日をかけ、ようやく討ち果たした時には特災と祓い屋で構成された約三十名の討伐隊は半数以上が死亡し、捕らわれていた被害者も殆ど助からなかった。


 正直、あの事件は今でもトラウマだ。あの昆虫特有の無機質な瞳。人とは全く次元の違う思考回路から生み出される、狂気すら感じさせる悪意と害意。吊るした人間を盾に立ち回るあの狡猾さ。無残になます切りにされた人々の死体。鉄錆のような血と内臓の臭いに、苦しみに悶える人々の呻き声。次々に吊るされていく討伐隊の仲間たち……。


 昔はなんともなかったのに、あいつのせいで昆虫全般が苦手になってしまった。大抵の禍津神なら対等以上に渡り合えるつもりだが、昆虫型の禍津神だけは今でも勘弁願いたい。

 そういえばあの時だったな。二扇警視が初めて私にプロポーズしてきたのは……。


「……月宮さん?」

「え? あ、あぁごめんなさい。ええと、なんだったかしら」


 不審そうな亀子さんの声で我に返った。


「やはり、今でも引きずっているんですね。無理もないです、酷い事件でしたから……」


 私は何でもないというように首を振る。


「別に。私だってもう新米じゃない。それより、生き残りだって?」

「えぇ。あの時嘉手納麗音に染みついた、水が腐ったような禍津神の瘴気の匂いをご家族の方が覚えておられました。それと同じものを遺体からも感じ取り、もしやと思い通報したという事です」


 なるほどね。確かにあの瘴気の香りは、一度嗅いだら忘れようがない。

 しかし、禍津神かぁ……。


「まだ禍津神の仕業と確定したわけではない。しかし警戒をするに越したことはないからな。対策を練るためには禍津神の特定が重要だが、どうも芳しくない。遺体の状況を鑑みても該当しそうな奴に思い当たらない。何か心当たりはないか、月宮」


 二扇警視の言葉に顎に手を当てて考える。私もそんな七面倒な行為をする禍津神には覚えがない。しかして私も全ての禍津神を把握しているわけではないから、そんなものは居ないとは言えない。が……。

 ただひとつ、解りやすい回答を導き出すとすれば――


「誰かが禍津神を召喚、あるいは契約してそのような行動を取らせた……くらいしか思いつかないわね」

「ふむ。何のためにだ?」

「それを調べるのは特災の仕事だし、動機なんてそれこそ後回しでも良いんじゃない?」


 肩をすくめて答える。二扇警視は「それもそうだな」とだけ言って息をついた。

 不意に鳴り出した携帯電話を持って亀子さんが生徒指導室の端へ寄る。ほんの短いやり取りをし、戻ってきたときにはその表情が鋭さを増していた。


「二扇警視。今朝の被害者のものと思われる脚部が一つ、見つかったそうです」

「そうか。月宮も来るか?」


 しばし考えて、首を振る。


「冗談じゃないわ。授業時間中に警察の人間と一緒にお出かけなんて、変な噂が立ちかねないじゃないの。ましてやまだ入学して日が浅いのよ? ご勘弁願いたいわ」


 二扇警視が色素の薄い髪を揺らしながら頷く。


「では何か解ったら連絡する。荒事の時には協力してもらうぞ」

「うん。嫌だ」


 可能な限りの満面な笑みでそう答えた。冗談じゃない。そんなもったいない話があるか。


「お金、ですか?」


 眉をしかめて亀子さんが言う。


「あたりまえじゃないの。こんな適度な危険性でかつお金になりそうな案件、そうないわよ。警察のやっすい報奨金で受けるなんて馬鹿馬鹿しい」

「お前、まさか遺族にたかるつもりか」


 冷たい視線で二扇警視が睨んでくるが、どこ吹く風と無視してやる。


「もし遺族が警察に頼りきりにするのでなく自発的に敵討ちをしたいと願うならば、私はそのお手伝いをするだけよ」


 祓い屋は一つの案件に対して、複数の依頼人と同時に契約を交わすこともある。あまり褒められた行為ではないが、元々仕事が少ない稼業なので黙認され続けているのが現状だ。今回の場合は三件と同時契約できる可能性がある。更に既に人死にが出ているので報酬も大いに期待できるうえに、学園を揺るがしたこの事件を解決したとあれば名を売るのには十分すぎるだろう。まさに渡りに船だ。


「まったく相変わらずだな。俺は事情も知っているし、お前が金銭に執着する事に関してあまりとやかく言うつもりもないが、ほどほどにしておけよ」

「ご忠告どうも」

「まぁそういうことなら、こちらもこれ以上情報をただで渡してやるわけにはいかん。ギブアンドテイクでいこう」


 話は終わったとばかりに亀子さんが荷物を片付け始めた。それを見た私は短い挨拶をし、生徒指導室を出ようと背を向けたところで二扇警視に「なぁ」と声をかけられた。


「人間というものは金が全てじゃない。俺はお前の拝金主義思想を否定はせんが、人と人の繋がりというものは金銭だけではないんだ。もしお前が人間社会の中で生きていきたいと思うならば、損得なしで他人の為に働くということも覚えるべきだ」

「……。よけいなお世話よ」


 振り返らずに部屋を出る。

 何よ。何なのよ。知ったような事を言っちゃって。

 人の繋がり? 他人のため? 馬鹿馬鹿しい。


 

 ……ほんと、馬鹿馬鹿しい。


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