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車中の観察者

白藤学園のある街は背の低いビルと人気(ひとけ)のない商店、そして化石になりかけの小さな飲食店の立ち並ぶ、東京とは名ばかりの郊外だ。


 少しでも土地が空こうものなら隙ありとばかりに耕され、畑に作り替えられている。そんな、地域全体が都市になりたいのか農村になりたいのかを未だに決めかねているような場所の片隅にひっそりと、しかし広大な敷地をもって白藤学園は存在していた。

 流石に駅の周辺はそれなりに栄えてはいるが、それ以外は実に閑散としたものだ。


 川べりの遊歩道を抜けてバスに乗り込み、揺られること約二十分。学園最寄りのバス停で降りた私はのんびりと田舎道を歩いていた。


 車道を滑るような滑らかさで何台もの高級車が走り抜けていく。向かう先はやはり、白藤学園だろう。送迎してもらえるとは羨ましい限りだ。バスの定期代だって安くは無い。


 だが、それでも自宅から学園へ通うものは全体の三割といった所らしい。残りの七割は広大な敷地内に建造された学生寮で生活をしていると聞いた。

 学生寮、と言えば私はアパートだか薄汚れた豆腐だか解らないような、狭い建物にすし詰めにされ、寝起きや食事の時間に、果ては私物の量まで決められるような息の詰まる生活を想像してしまうが、白藤学園の学生寮は一味……いや、まるで別次元らしい。


 一言で言えば、高級ホテルそのもの。

 モーニングコールにセレブリティな食事はもちろん、プールにサウナにジャグジー……。

 およそセレブな生活と聞いて想像される物全てが揃っているという事だ。


 つまりは無駄使い。

 学生の身分な癖に、親のお金で豪遊か。実に羨ましい限りだ。


「……ん?」


 足の進む先、緩い上り坂の中腹に一台の黒いセダンが路肩に駐車されている。

 なぜこんな所に。学園の正門はまだ先のはずだけど。


 ……ははーん。


 おおかた我儘なお嬢様が「学校なんて行きたくない!」と駄々でも捏ねているのか。あるいは「このままどこへでも連れて行って」と運転手に駆け落ちを強要しているのか。私としては後者の展開を希望したい。ぜひとも、当たり障りの無い距離から観察させていただきたい。


 なんてね。ある訳ないか、そんな事。


 ほう、と息をつき。だいぶ緊張も解れてきたなと考えながら黒いセダンの横に差し掛かる。

 そしてその半分を通り過ぎようとした時。


 ぞわり、と耳の裏から背中の中ほどまで指でなぞられたような悪寒が走った。


 見られている。視られている。あるいは、観られている。

 刺すような、纏わりつくような、舐めまわすような遠慮のない視線を感じる。


 通りかかりに向けられるような視線ではない。明らかに私が〝何者か〟を知っている。待ち伏せをしていたに違いない。それでいて、この存在を隠す気配の無い強烈な視線は――あいさつ代わりのつもりか。


 ま、同業者……でしょうね。様子を見に来たって所かしら


 相手がどんな奴なのかこちらも顔を見てやろうと思い、手鏡を取り出す。

 前髪を直すふりをしながら鏡越しにフロントガラスの向こう側を見ようと目配せするが、坂道のせいで微妙に車体に角度が付き、ボンネットに邪魔されて車内が見えない。抜け目の無い相手だ。


 辛うじて見えたのは上等そうな帽子を被った人間の頭部だけ。帽子のつばにその表情は隠され、性別すら判然としない。


 短くため息をつき、私はパタリと音を立て手鏡を閉じ、早足でその場を去る。

 まぁいいさ。いちいち気にしては居られないし、相手にしている時間もない。何か用事があるならば、そのうちにあちらからコンタクトを取ってくるだろう。


 そんな事より今は学園に辿りつくことが先決だ。後どれくらいで正門に辿りつくのだろうと携帯電話の地図アプリを呼び出す。


「んんー?」


 なんだろうこれ。現在地を示す矢印の周りには何も表示されていない。

 あぁそうか、周辺に何も無さすぎて表示するものが無いのだと気が付いた私は、指二本で画面をつまむ様に表示範囲を拡大させる。


 そして、唖然とした。


 遠い。遠すぎ。なんで!? 

 答えは簡単だ。私は降りるバス停を間違えたのだろう。

 私が降りたバス停の名前は〝白藤学園前〟

 そして、本当に降りなければならなかったバス停の名前は〝白藤学園高等部正門前〟


 くっ……紛らわしい……!! 


 お、おおぉ。落ち着け私。焦っても仕方がない。

 振るえる指で目的地を〝白藤学園高等部正門前〟に設定し、到達までに必要な時間を表示させる。


 そして――私は全力で走り出した。


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