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きっと人道的

 場所は最近馴染みになりつつある、熊のような体格の不愛想なマスターが切り盛りするログハウス風の喫茶店。


 目の前には闇をカップで掬い上げたかのような漆黒のコーヒーと、おまけで貰ったアールグレイの紅茶シフォン。そして、苦虫を噛み潰したような顔で地図を睨む二扇警視と七尾亀子の陰鬱な表情が並べられている。


「驚いた。本当にこんなことをしようとする阿呆が居るとは」

「私もです。刀と弓の時代に、敵国の弱体化を狙って使用される事はあったそうですが……」


 二人とも、ただただ困惑しているようだ。無理もない。私だって、地下蔵であの巨大な繭を見ていなければ、にわかには信じられないような話だ。


「何を召喚しようとしているにしろ、一体なんの利益があってこんな事をするのだ」

「理由なんて、単純に〝やってみたかったから〟じゃねーですか? 魔術師(メイガス)なんてそんな生き物ですし」


 ちなみに十夜雪咲の件は二人には伏せている。いずれは話さなくてはならないだろうが、今はこの馬鹿げた召喚陣を何とかする方が先決だ。


「ともかく、完成させなければ良いだけの話よ。解呪は徐々に行って行けば良い」


 二扇警視がコーヒーカップを傾け、心を整える様に一息つく。


「外枠を固める九芒星の残された三つの頂点。ここを抑えればこちらの勝ちだ、難しい話じゃない」


 亀子さんが細い顎を引いて頷く。


「しかし〝腑喰らい〟が現れる可能性があります。防御にも気を使わないといけねーのでは?」

「それなら分担しましょう。二つを二扇警視と亀子さんが特災を率いてガード。残り一つを私が請け負うわ」


 二扇警視が何かを言いたそうに眉尻を下げる。心配だとでも言うつもりだろうか。うっとおしい事だ。しかし私のその感情を察しているのだろう、二人はそれについて何かをいう事は無かった。私の戦い方は周りを巻き込みやすい。単独のほうが実力を発揮しやすい事は良く知っているのだ。


「同時に解呪も進めていきましょう。罠や妨害を警戒して、五人一組で編成します。時間はかかりますが確実な方法です」

「問題は〝腑喰らい〟がやってくるかどうか、だな」

「来ると思うわよ。完成間近なパズルは一気に作り上げてしまいたいものでしょう。間をおかずに行動を起こすと思う」


 私の言葉に亀子さんが深いため息を付く。二扇警視も終始苦い表情を崩さない。


「ハンズマンの一件から向こう、後手に回りっぱなしだ。なんとも情けないな」


 超常的な事案に特化した専門の機関であるにも関わらず、目論見を見抜くことができずにいたずらに被害を拡大させた。その事に対して二人は責任を感じているのだろう。しかし、それも仕方がないのではなかろうか、こんなもの、気が付きようはずもない。


「仕事にプライドを持つのは素晴らしいと思うけど、まずは目の前の事案を何とかしましょうよ。こちらが手を打った時点で向こうは詰みだけど、まだ油断はできないわよ」


 亀子さんがそうですね、と目頭を揉みながら応じる。再び開かれたその瞳には強い光が戻っていた。


「それにしても学園の地下に仕掛けるとは、大胆に過ぎるというか……。いや、だからこそなのか?」

「白藤学園に現れた巨大な影については認識していましたが、灯台下暗しという奴ですね」


 二扇警視が呟き、亀子さんが受ける。


「〝最大(さいおお)(はらえ)〟を行う。〝繭〟の正確な位置は解るか?」


 二扇警視の言葉を受けて、頭の中で地図を描く。第二体育館の位置、地下蔵への入り口、歩いた経路……。


「学園本校舎中庭の真下辺りね」

「では本校舎全体を囲うように陣を敷けば万全だな。そちらの指揮は俺が執る、七尾は学園から生徒と職員を少なくとも四日は遠ざけろ。理由はガスでも不発弾でも、なんでも良い。適当にでっちあげてくれ」


「同時に、周辺住民へ夜間の外出を控えて欲しいという旨の告知を出すよう、各関係部署に要請を出します。それと、祓い屋の各団体に招集もかけます。人手は多いに越したことはねーですし」


 亀子さんが事もなげにそんな事を言う。私は思わず目を剝いてしまった。


「随分簡単に言うのね。寮住まいの生徒と職員を合わせたら数百人は要るし、遠方から来ている子もいるでしょう。簡単な事じゃないわよ?」

「それを無理にでも行うための〝特災〟です。少しくらい格好いいところを見せませんとね」


 亀子さんが微笑んでウィンクを飛ばす。やだカッコいい。どこかのバイ野郎とは大違いだわ。


 ぐい、と二扇警視がカップの漆黒を飲み干して立ち上がる。その身体は抜身の刀を思わせる鋭い雰囲気を纏っていた。完全に仕事モードに入ったようだ。いつもこうなら良いのに。


「日没までの六時間が勝負だ、即時準備に取り掛かれ。これ以上遅れを取るわけにはいかん」

「はいはい、了解よ。報酬は期待しているからね」

「変態警視に言われるまでもねーです。これ以上好きにさせてたまるものですか」


 会計を済ませ、三人連れだって店を出る。一旦署に戻るという二人を見送って、人通りの少ない方向を目指して歩を進める。

 やがて細い路地に入り周りに他の人間の気配が無くなったころ、右肩に微かな重みを感じた。


「例のものは調べてくれた?」


 私がそう囁くと、肩の上に音もなく一羽の黒いカラスの姿が現れ、小さく嘶いた。


『調べルにハ調べタが……、本当にやルのカ?』

「あたりまえでしょう。こんな命がけの仕事、タダでやるわけないじゃない」


 シャックスが小さく首をかしげる。


『俺ガ言えタ事じゃネぇけどナ、狼の嬢ちゃンには人情っテのがネぇのかイ?』


 思わず吹き出してしまう。人情だって? 悪魔の大侯爵様が何を言うか。


「確かに今回の件は私にも非はあるし責任も感じているけれど、それとこれとは話が別でしょう」

『あノ嬢ちゃンと兄ちゃンは友達っテ奴じゃネぇのかイ? 人間にとっテ友情は金よリも重いものダと思ってイたんだがナ』


 友達、友情……ねぇ。正直、よく解らない。

 きっとそれは素晴らしい物なのだろう。眩しくて、美しいのだろう。確かにあの二人とならそういったものを育めるのかも知れない。そしてそれは、きっと私にとって必要なものだ。


 しかし、だ。それを踏まえても話は別だと思う。友達だから無償で助ける? 何のために? まるで解らない。確かに友達は欲しい。私が人間らしく生きていくためには必須なのだろう。

 だがそれ以上に、私はお金が欲しいのだ。


「私にとってお金以上に価値のあるものなんてこの美貌くらいなものよ。良いからさっさと五坂の家を教えなさいな」


 だらしなく開いたくちばしに紅い飴玉を押し込んでやる。一息に飲み干したシャックスは、しかしそれでも乗り気ではないようだった。


『息子ガ行方不明にナって、夜も眠れナい母親二鞭打つヨうなものダ。タだデさえ親子二人の母子家庭ダというの二』

「悪魔が人間臭い事言ってんじゃないわよ。何も解らない母親に現状を伝えるのは、相手にとって少しはプラスになるはずよ。信じるかは別として、だけどね」


 きっと五坂の母親は、奈落に落とされたような気分でいる事だろう。突然一人息子が行方不明になり、しかし何の情報もない。警察に届け出くらいは出しているかもしれないが、なしのつぶてだろう。


 そんな現状に一筋の光を与える。確約はできないし保証もない。しかし、息子を連れもどせる可能性を提示してやることは人道的な行為であるはずだ。もちろんそれなりに報酬は頂くが。


「五坂の母親との契約交渉。待ち伏せポイントの仕込み。徹夜になるから仮眠もとっておかないとね。日没まであと六時間、忙しくなるわねぇ」



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