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推定二名

「うへぇぇ!? なっんでよもぅ!!」


 ハンズマンとの決戦から数日後。一人の美少女がゲームのコントローラーを投げ出しながら叫ぶ。

 何あのモンスター。崖に向かって突進したんだから、そのまま落ちて行きなさいよ。なんで横にスライドしてくるの!? 真っ逆さまに落ちてデザイアしなさいよ!!

 ゲーム特有の理不尽に巻き込まれ、地団太を踏む。


『一旦落ちるねー。また夜に』とチャットウィンドウに打ち込む。仲間の一人が『だめっ!』などと言ってくるが、いつもの事なのでスルー。


 ふぅ、と一息つき、椅子の背もたれに寄り掛かる。

 三年ほど前から暇つぶしにと始めたオンラインゲームだが、ハマりすぎてもはや生活の一部となってしまった。どこへ引っ越しをしようとも、これだけは中々やめられそうにない。


 液晶モニターの前にスタンドミラーを置き、軽く微笑んでみる。

 実に美しい。完璧だ。どのような名画にも劣らない完全な美が、十数センチ四方の鏡の中に表現されている。血のにじむような特訓の成果だ。


 しかし、私にできるのは薄い微笑みのみ。女優がドラマやCMで見せている、自然な笑顔は未だに習得できないでいた。


 自然な表情を意識しながら、笑顔を作ってみる。

 …………。

 一瞬、鏡の中にクリーチャーが現れたような気がしたが、見なかったことにしよう。うん。


「うーん。うぅー……ん」


 なぜ笑顔が作れないのだろう。口端を指で押し上げてみても、目尻を引っ張ってみてもどうにもならない。

 あっ、角度か? こう、四五度くらいに身体を傾けて、肩ごしにこう、ニコッと……。


「何やってるんですか?」

「うわぁぇぇぇい!?」


 心臓が口から飛び出すかと思った。椅子から転げ落ちそうになるのをなんとか堪えながら振り返る。そこには呆れたように腕を組んでため息をつく、七尾亀子の姿があった。今日もスーツスタイルが決まっている。


「何度も電話しているのに、まったく反応がないから上がらせて貰いましたよ」

「え、ちょ。何よ、びっくりするじゃない!」


 やだこの人、案外とんでもない。人の家に勝手に上がり込むなんて、どこぞの勇者様か。


「鍵はどうしたの? しっかりかけておいたはずだけど」

「知りませんでしたか? 警察手帳って魔法の鍵なんですよ」


 マンションの管理人さんに開けさせたのかっ!? 

 頭痛が湧き出してくる。携帯電話から居場所を割り出されるわ、こうも簡単に部屋に侵入されるわ。私に安息の地は無いのか。しかもそれを行うのが、国家権力の人間なのだからよけいに性質が悪い。


「はぁ……、それで? 不法侵入者さんはどんな御用なのかしら」


 殺風景ですねぇ、などと言いながら部屋を物色する亀子さんに向かって言う。やめい。そこは下着入れだよ。家宅捜索しないでよ。


「ハンズマン事件の召喚陣について、いくつか解ったことがあるのでご報告に、と。あら、大胆なの持っていますね」

「ちょ、ひっぱりださないでよ!」


 冗談ですよ、と亀子さんが笑う。そんな冗談があってたまるか。


「まぁ、適当に座っててくださいな。コーヒーでいいかしら、砂糖もミルクもないけれど」

「ここでお話して良いのですか?」

「ちょっと出かける用事があってね。準備がてら聞かせて貰うわ」


 今朝から一度もブラシを通していない髪を弄りながら言う。


「そうですか。じゃあ白烙さんを呼んで参りますので、しばしお待ちを」

「気が変わった。四十秒で支度するから待ってて」




「あぁ、わかってるって。うん、うん。そうだな、また電話するから。ああ、俺も愛しているよ、トモキ」


 今、私はどんな表情をしているのだろう。きっと怒りと呆れが混ざり合ったような、生活ゴミと不法投棄された廃棄家電で半ば埋め立てられた小川を見るような、そんな顔をしているに違いない。だって、亀子さんも私の隣でそんな表情をしているし。


 いやまぁ、ね? 人の恋路にどうこう言うつもりもないし、別に誰が誰を好きになろうがそれは良いのよ。それが同性であったとしても。でも……。


「む、来たか月宮。今日も一段と美しいじゃないか。結婚式はいつにしようか」


 運転席に座ったまま、下げたウィンドウから顔を覗かせて二扇警視がこちらに話しかける。

 これである。まったく悪びれていない。


「あんたのお葬式ならすぐにでも挙げたいわね、二扇警視」

「なんだ、一段と機嫌が悪いな。何かあったのか」


 心の底から解らないと言った様子で二扇警視が言う。頭に綿菓子でも詰まっているのだろうか。


「マジで解らねーなら死んで腐って生まれ変わって、もう一度死んでください」

「もしかしてさっきの電話の事を言っているのか? いつも言っているだろう、まずは男と女、そしてパートナーは一人につき一人という概念を捨て去ってだな……」

「あんたから生命の概念を消し去ってやりましょうか!?」


 爪を伸ばして思わず叫ぶ。


「警視は生まれる国を間違えたんじゃねーですか?」


 助手席側に回り込みながら亀子さんが言う。


「まぁ、月宮さんが怒るって事は、ゲロシャブクソ野郎……失礼、ゲロシャブクソ警視の言動に不快感を抱いていると言う訳で、まだ脈ありかも知れませんよ?」

「言い直すのそこだけ!? ……どういう意味だ?」


 亀子さんがドアを開いて車内へ入るのを見て、私もそれにならう。


「本当に興味が無いなら、無視するはずです。それを怒るって事は、月宮さんから白烙さんに改善、あるいは歩み寄って欲しい何かがあるという事に他なりません」


 そうなのか? と顔を向けてくる二扇警視。うっさい、こっちみんな。


「はっ。ご冗談。もし世界が滅びてこの世に私と二扇警視だけになったら、私はエクストリーム自殺をするわよ」

「そこまでするのか!?」


 二扇警視が去勢手術を宣告された犬のような表情を見せるが、私は腕を組んで座席に深く腰掛けて完全無視の体勢を取る。


「ほらほら、夫婦(めおと)漫才はそれくらいにしてください。それで月宮さん、どこに行きましょうか?」

「誰が夫婦か誰が! ……それなら、こないだ見つけた喫茶店があるから、そこにしましょう。案内するから」


 車が静かにアスファルトの上を滑り出す。


 はぁ、まったく。調子狂うわぁ……。




 高原のコテージのような、可愛らしいログハウス風の喫茶店。そのカウンターにはまるで似つかわしくない、熊のような大男がカップをスポンジで擦っている。


 私たち三人の前には、三つのコーヒーが置かれていた。一つは普通、二つはインクのように濃く黒い。


「それで、あの複合召喚陣について何が解ったの?」


 おまけでもらったクグロフを齧りながら、亀子さんに問う。


「解ったというか、明らかに不審な点が一つありまして」


 かちゃり、とカップが音を鳴らす。


「月宮さんもご覧になった通り、あの召喚陣は複数の魔術が複雑精緻に重ね合わせられた代物ですが、基礎になっている天使降霊陣だけがやけに素人くさいというか……、数人で描いているような」


 歯切れの悪い亀子さんの言葉に首を傾げる。二扇警視が後を継いで言う。


「言うまでも無く、魔術と言うのはとてもデリケートな代物だ。スペル一つ間違えても発動しない可能性があるし、最悪は暴走して術者を食い殺す。だからよほどの理由が無い限りは一人で描く物だ」

「つまりあの召喚陣は、その〝よほどの理由〟があって、数人で描いた物って事?」


 亀子さんが重くうなずく。


「恐らくは二人です。基礎の天使降霊陣を生かす形で、何者かが召喚陣を上書きしたものと思われます」


 カップの中の黒い液体に映り込んだ自分の顔を眺めながら考える。爆発物のようにデリケートな召喚陣。わざわざリスクを負う理由はなんだろう。


「それにしても、複合召喚陣を書いた人物の技術も恐ろしいが、基礎の天使降霊陣を書いた奴の才能もとんでもない。スペルは二つも間違えているし、円も歪んでいたが、それでも問題なく発動していた。普通ならあり得ん事だ」


「現在、使われていた呪物などの入手経路を洗っていますが、そちらは芳しくありませんね」


 頭痛を散らす様に、頭を軽く振って亀子さんが言う。


「あれだけ色々使われているのに? 呪物の入手経路なんて限られているでしょう」

「確かにそうだがな。恐ろしいほど用意周到な奴だ。相当に手練れの魔術師(メイガス)だな」


 二扇警視が大きく肩を竦める。


「ともかく、現時点では解った事は規格外の才能を持つ者と、異常なほどの技術を持つ魔術師の二人がこの事件に関与している可能性がある、という事です。被害者の四肢を持ち去った理由はまだわかりませんし、見つかってもいません」

「……つまり、まだ事件は続いている、と?」


 亀子さんの不穏な言葉に、眉を潜めていう。


「断定はできん。四肢を持ち去ることに意味が無い可能性だってあるんだからな。だが警戒は必要だ。今日はそれを話しておきたかった」


 なんだか面倒な方向に話が流れていくなぁ、嫌だなぁ、と思っていたところに、私の携帯電話が振動した。あらかじめ設定しておいたアラームだ。


「少し用事があるから、今日はこれで失礼するわね」


 そう二人に告げ、席を立つ。背を向けよとしたところでふと思いつき、二人に問う。


「そういえば、あの召喚陣が暴走したり破壊されたりしたら、その反動は基礎を書いた奴と上書きした奴のどちらに行くの?」


 顎に指を当てて亀子さんが唸る。元々が美人なのでなかなか様になっている。


「そうですね、八割方は基礎を書いた方に影響がでるんじゃないでしょうか。上書きのほうは、あくまで外側から基礎の天使降霊陣を強化しているだけに過ぎませんし」

「そういうもの? ありがとう」


 礼を言って出口へ向かう。


 規格外の才能。異常な技術。


 どちらにも心当たりはないが、飛び切りの魔術書に囲まれて暮らしている変人になら心当たりがある。何か関係があるとも思えないが、一応、確認するべきだろうか……。


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