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複合魔術

「何もー、いませんかぁー?」


 無数の白い腕に埋め尽くされていた階段を、入り口からそっと覗きこむ。

 ぐずぐずと音を立てて朽ちる土の塊、それ以外には押しつぶされたライトの破片があちこちに散らばっているのみ。特に危険は無さそうだ。


 痛む身体を引きずって階段を降りて行く。いくら古狼の力が強大とはいえ、それを操るのは普通の人間の身体、それも一七歳の美少女だ。どれだけ筋肉を鍛えたところで限界はあるし、骨や関節にかかる負荷はどうしようもない。

 一歩踏み出すたびに、よろめいた身体を支えるために壁に手を付けるたびに、筆舌にし難い激痛が走る。


「くっ……つぅー……。はぁ、やっぱり長生きはできなさそうねぇ」


 ため息とともに、思わずそんな言葉が溢れてくる。

 いくら古狼の回復力が尋常ではないとはいえ、それで全てが帳消しになる訳ではないだろう。無暗に古狼の力に頼れば、必ずその代償は支払わされるはずだ。


「そういえば、この白い腕……。つい最近、どこかで見た様な……」


 悪臭を放ちながら崩れる土塊を眺めながら考える。さっきは必死で思い至らなかったが、白い腕の精霊、あるいは禍津神には確かに見覚えがあるように思う。

 ふと、黒い土の塊の中に、小さな桃色の破片を見つけた。頭に一瞬浮かぶ疑問符。次の瞬間、さっと血の気が引く音が聞こえた。


 胸元に手を当てる。無い。

 身体のどこを探っても、携帯電話の硬い感触を指先に感じる事は無かった。


 嫌な予感を抑え込みつつ、 土の中から桃色をつまみ上げる。

 割れた液晶。ひしゃげたボディ。デフォルメされた狼のステッカー。間違いなく私の私用携帯電話だった。あの時、落としていたのか。

 思わず、がっくりとうなだれた。なんてこった。呪符六枚に加えて、携帯電話まで失うとは……!!


 特災の応援がやけに遅いと思ったら、こういう事か。準備が整い、携帯電話の位置を探ろうとしたら、壊れているので掴めなかったという所だろうか。仕事用のほうも電源を落としているし。

 げんなりとしながら携帯電話、だったものの残骸を探り、中からSIMカードとメモリーカードを取り出す。良かった、こちらは無事だ。これさえあれば、本体を買うだけで何とかなる。


 気を取り直して足を進め、階段を降り切るとその先には物置のような狭い空間があり、その先に開け放たれた扉があった。

 扉をくぐると、思いのほか広い空間に行き着いた。埃の積もったスチール製の机のわきに、簡素な椅子が倒れている。警備室か何かだろうか。


「月宮さん! 良かった、無事だったのね」


 まばらな蛍光灯の光の中から、絹糸のように艶めく銀髪に宝石のような緑の瞳を持つ十夜雪咲が、その整った顔をのぞかせる。

 白いカーディガンと薄黄のワンピースに包まれたその身体から、花の蜜のような甘い香りが漂ってくる。どうやら本物の十夜雪咲のようだ。まだ罠が張られている可能性を考えたが、それは杞憂だったみたいだ。


「驚いた。そっちこそ無事なのね。こんな猛獣の檻の中みたいな場所で」


 本当に、なぜ十夜雪咲は無事なのだろう。

 ハンズマンと対峙しても襲われず、あの白い腕が埋め尽くす階段も無傷で降りてきたのか。


「私も不思議なのですけれど、どういうわけか、全く近寄ってこなかったのですよね。それどころか、むしろ避けられていたような……って、よく見たら傷だらけじゃないですか!」


 慌てた様子で十夜雪咲が駆け寄ってくる。あぁ、腕と足ばかりに気を取られていたけど、そう言えば身体も結構な事になっているんだった。

 と言うか、二晩で二着も服を駄目にしてしまった、近いうちに買いに行かないとなぁ。


「大丈夫。派手に出血しているけれど、見た目ほど酷くは無いから」


 赤黒い液体で重くなった服を摘まみながら言う。むしろ下手に手当などされた方が、骨に響いて痛みが走る。


 警備室のような部屋の先にはもう一つの扉があった。罠を警戒し、慎重に覗きこむ。


「これ、は……?」


 そこには異様、としか表現しようのない光景が広がっていた。

 何重にも敷かれた、それぞれ性質の異なるいくつもの魔法円。その上には銀のゴブレットに注がれた赤黒い液体に、様々な動物の前足のミイラが並べられている。人の腕の様に見える物もある。


 そしてそれらの中心には、鋼鉄で造られた鎧の上半身部分のみが鎮座していた。腹部には穴が開いており、全体は黒く焼け焦げている。そして、その周囲には錆びた刃物が散乱していた。

 魔法円の周囲は神道で使用されるような注連縄で囲われている。更にその周囲に、陰陽道で使用する式神を使役するための呪符が散らばっていた。


「な、にこれ……。し、知らない。私、こんなの、知らないです……」


 驚愕に眼を見開き、口元を両手で覆って十夜雪咲が呻く。

 知らなくて当然だろう。少々オカルトをかじった程度の人間に理解できようはずもない。

 私だって、こんな異様な召喚陣は見たことが無い。


 近づき、腰を屈めて観察する。


「基礎は天使降霊術の魔法陣、そしてゴエティアの喚起魔法円の変形式と死霊術(ネクロマンシ―)の降霊陣。その周りに、更に錬金術の錬成陣? 凄い、なにこれ……。無理やり調和させてる」


 まず精霊を呼び入れ、喚起魔術で使役する。そこに死霊、つまり人間の魂を呼び込み融合させる。そして様々な動物の腕と鋼鉄の鎧で存在を形作り、人工(ホムン)精霊(クルス)として錬成する。

 そして神道の結界で縛り付け、陰陽道の式神と関連付けさせ、使役を強化する……と言った所だろうか。


 複合魔術と言えばその通りだが、それも通常は二つ、多くて三つの複合だ。しかしこれは違う。


「六つの魔術系統を融合させるなんて、人間業じゃない……」


 こんなことがありえるものか。しかし、現実として目の前にその異常な召喚陣は存在する。

 これがどれくらいおかしい事かと言えば、サッカーをしながら野球とラグビーを同時にこなし、そこに読書と映画鑑賞をしながら睡眠も同時に取るのと同じくらいあり得ない事だ。

 つまり、イカレている。


「複雑すぎる、解呪は難しいかな。反動で術者がどうなるか解らないけれど、破壊するのが一番手っ取り早いか……」


 私がそう呟くと、十夜雪咲が弾かれたように顔をあげた。


「そ、それは駄目です! 絶対駄目!」


 あまりに必死な十夜雪咲の様子に、思わず首を傾げる。


「なんでよ。解呪が難しいなら、召喚陣が力を取り戻す前に破壊してしまうのが一番よ。こんなことをするイカレ野郎がどうなろうが、別に知った事じゃないでしょ」

「そ、れはそうかも、知れませんけど……。でも、これだけ異様な代物です。下手に手を出して何かあったら、危ないのでは……?」


 ふむ、と顎に手を当てて考える。確かにこれだけ複雑に混ざり合った特異な術式だ。更に何か隠されていても不思議じゃない。破壊しようとした瞬間に何かしらの罠が発動する可能性も捨てきれない。


「それもそうかもね。じゃあこれは専門機関に任せましょう。特災なら巧く処理できるかもしれないしね」


 胸を撫で下ろすような表情をする十夜雪咲を横目に見ながら、仕事用携帯電話の電源を入れる。


 着信通知五四件。発信者、七尾亀子と五坂敬祐。

 うーわ、なにこれ。と思っていると、すぐさま新たな着信を知らせる画面に切り替わった。発信者は七尾亀子。


 今すぐに携帯電話を放り投げたい衝動を無理やり抑え込み、私は通話ボタンを押した。


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