ジャングル売ります
午前零時 玄関のドアをたたく音がする。
こんな夜中に訪問とはいったい全体どういう了見でい べらぼうめい
どうせろくな来客じゃねえに違いねえと思いつつ僕はドアを開けた。
「すまねえな兄ちゃん こんな夜中に」
見知らぬおじさんはドアを開けると玄関に滑りこんだ。
見た目はふつうのなんの変哲もないおじさんだが、なんとなく
ただものではない雰囲気を醸し出している。
「兄ちゃん ジャングル買わねえか?」
おじさんは言う。僕は首をかしげた。
「ジャングルを買えと?おっしゃることがよくわかりませんが」
おじさんはふところから小さなスイッチを取り出した。
「これは押すとあなたのまわりがジャングルに変わるスイッチです!」
「おいおいマイク冗談だろ そんなスイッチひとつでジャングルなんて」
「冗談じゃないんだよジョン。ほら、スイッチを押すと…」
「すごいよマイク信じられないよ!僕の周りがみるみるジャングルに!
「どうだいメアリー?」
「すごいわマイク!私さっそくこのスイッチを買って帰るわ!」
客「HAHAHAHA」
おじさんは一人で何役もこなして商品を紹介している。
僕は感心しつつも見とれるばかりだった。
僕はなんとなくそのスイッチを買ってもいいかなと思った。
スイッチそのものよりも、おじさんの話術が気に入ったのだ。
「おじさん そのスイッチ いくら?」
「へへへ 兄ちゃん これがなんとたったの500円」
500円?500円とは安い。
「わかったよおじさん そのスイッチ買うよ はい500円」
「へへへ 兄ちゃん ありがとうよ」
僕はおじさんからスイッチを受け取った。
どこから見てもふつうのスイッチだが……?
「兄ちゃん ひとつだけ注意してくれ。そのスイッチは
どんなことがあっても押しちゃあなんねえぞ いいか」
「わかりました」
僕はスイッチを押した。
僕の部屋の中は一瞬でジャングルと化した。
見たこともないような熱帯雨林の植物に覆われ
色鮮やかな鳥たちが飛びまわっている。
玄関から出て外を見る。家の外も見渡す限りの密林。
凶悪な伝染病を媒介する蚊が首筋にとまったのを
ぼくは無言で叩き落とした。
さっきまでいたおじさんの姿はなく、かわりに
チンパンジーが一匹、心細そうに僕を見つめていた。
END
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