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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

落下物

作者: 茶宮 月姫

人を選ぶ内容になっているかと思います。

読了後の爽快感を求める方、死を嫌う方、ハッピーエンドを望む方は、ブラウザバックを推奨致します。


  空を、見上げた。灰色のキャンパスに、それより少しだけ白色を加えた雲。

 上は風が強いのか、雲の流れが速い。だけど出勤途中の人の流れはもっと速い。

 横断歩道の真ん中で立ち止まって上を見ている少女に、暴言が降りかかる。

 それでも少女は、空から目を離せずにいた。

 ──死にたい。

 少女はふと、そう思う。死にたい、死にたい、死にたい。

 一度、決壊した入り口は閉じかたを忘れたかのように、開き続ける。

 充分な人の塊を送り届けた信号機は、軽快な音を止め、点滅する。もうじき赤になるだろう。

 それでも、ここに立っているままではうざったいクラクションを鳴らされるだけだ。

 やっぱり、死ねない。

 それにクラクションごときに急かされて行動するなんて、考えただけでも悪寒がはしる。

 仕方なく、今はもうなくなっても困らないような、不必要な足を動かした。

 白と黒との連鎖を終えた直後、それを待ち望んでいたかのように、

 多くの車がスタートラインを越える。

 少女は立ち止まり、背後からの風で巻き上げられた漆黒の髪を両手で抑える。

 それでも抑えきれていなかった髪が顔にかかると、鬱陶しそうに黒目がちの目を細めた。

 だけど、もう一度信号が変わるまで髪の邪魔は止むを得ないことを悟ると、

 風の過ぎ去る右手だけを残し、止めていた足を動かす。


    家は、ある。だけどあんなところ帰りたくもない。

 家にいる一般的に家族と呼ばれる関係の人達が悪いわけではない。

 インテリアが悪いわけでもない。近所の人達が悪いわけでもない。

 それでもいやだった。

 優しい親に苛つく自分が。近所の友好的な態度を受け入れられない自分が。

 影が、延びて、伸びて、呑みこんでいく。

 首から下げていた懐中時計をひらく。3時33分をさしていた。

 随分と語呂のいい数字だ。それでも、少女の心は晴れなかった。

 約束の時間まで、あと27分。確認の意でもう一度開いてからため息をつく。

 走らなければいけなくなりそうだ。建物の影の境界線を選んで歩く。

 自分の影が溶け込むことが心地良い。だけど。

 嗚呼、なんと妬ましい。なぜ肉体は溶け込まないのだろう。

 人は死ぬと無になるという。

 溶け込んで一体化するのであれば、この微塵の恐怖もないというのに。

 いつの間にか、木造建築の多い住宅街。少し早足で歩く。

 見慣れた風景が途切れる寸前に、太陽の方向へ曲がった。時刻は3時と52分。

 思っていたより、時間は進んでいなかった。このままのペースで行けば間に合う。

 丁度、昨日と同じ時刻。太陽の位置が、今日の方が少しだけ高い。

 でもまあ、そんなことは正直どちらでも良くて。

 4時になれば孤独な独りきりの夜を迎えるのだから。

 否、もう一人いた。約束の相手が。彼と、二人ぼっちの夜。

 公園の入り口がはっきりと見えてきた。木の幹の横に、ブランコの最高点だけが見える。

 それをこいでいるのは、5、6歳の女の子。必死な形相だった。

 公園に立つ時計で時刻を確認する。4時まで、残り40秒。

 全貌を明らかにしたブランコを見て、立ち止まる。あと三回は往復できるだろう。

 悲劇を待たせる女の子に、最後の楽しみを。再び無という存在になる前に。

 ゆっくりとカウントを始める。1回、2回、3回……。

 鳥も猫も、死に遅れた蝉も、蟻さえいない公園に、ブランコの軋む音だけが響く。

 さあ、楽しい時間はもう御仕舞い。

 4回目をこごうとする女の子を虚ろに見つめたまま、入り口をくぐった。

 公園の入り口を。同時に、死への入り口を。


  女の子が頭から落下する。運悪く上を飛んでいた鳥が落下する。

 沈みかけていた太陽が落下する。木の葉が落下する。雪が落下する。

 寒い。目が廻る。吐き気がする。心臓が煩い。

 不快感に耐えきれなくなって咳き込むと、口を覆っていた手に心臓が、落下した。

 寒い。何度繰り返しても、此処に身体の馴染むことはない。

 冬の寒さとは違う、突き刺さる絶望に満ちた寒さ。

 脈打つ心臓を暖炉がわりに引き寄せた。服に真っ赤な染みが広がった。

「そろそろ、この"世界"にも慣れたようだね。」

 背後からの含み笑いの混ざる声に悪寒が走る。心臓をきつく握りしめる。

 待ち人は今日も一秒たりとも狂うことなく、やってきた。

「はは、でも僕にはまだ慣れないんだね。」

 分かっているのなら、近付かないで欲しい。

 この人には、きっと思っていることなど全てお見通しだろう。

 それなのに、それだから故に、

 嫌な笑みを浮かべたまま、目の前までつかつかと歩み寄ってきた。

「さあ、早く。」

 一言だけそう言うと、両手をお椀の姿にして差し伸ばしてくる。

 咄嗟に心臓を抱えた両手を背中にまわした。

「最後まで、できないの?」

 嫌味の混ざらない、むしろ不憫だという同情心の滲み出るその声に、唇を噛み締めた。

 分かっている。この心臓を渡せば、思い焦がれていた死を迎えられることは。

 だけど、やっぱり渡せない。嗚呼、人間というものは実に滑稽だ。

 心のどこかでは、いつまでも生に固着する。

 死んだ魂を回収する仕事の目の前の男性は、決して急かすようなことはしない。

 心臓のいない少女の身体が、

 元に戻ることは、そんなに長く持たないことは、知っていたから。


   少女の身体がぐらりと揺れる。一度は耐えたものの、二度は耐えられなかった。

 背中から倒れ込む。後ろで持っていた心臓が身体よりも、ほんの少し早く落下する。

「や……っ!」

 少女は最後まで、死を拒絶した。だけど、その死に顔はとても幸せそうで。


   男性は傍らにしゃがみ込み、ふわりと浮き上がった魂を瓶に納めた。

 そして少女の髪を一撫ですると、何も言わずに誰もいない公園をあとにした。




ここまで辿り着いた、色んな意味で勇者な読者様方、最後まで本当にありがとうございました(*´ω`*)

バッドエンドに初挑戦させていただきました。

少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

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