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不死の女神  作者: 大麒麟
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第八話 風の刀

 四王国側の国境、関所の付近で白昼堂々と殺人事件が発生した。鬼人と思われる人物が、葉人の女性を殺害。また現場に駆けつけた、鬼人の兵士二人が重傷である。


 犯人は強力な風の魔法の使い手で、女性の遺体を袋に詰めたあと、風の力を利用した飛行法:風飛翔を使い、森の中へ鳥のように飛んで逃走した。

 衛兵達は、大急ぎで犯人の追撃と、被害者女性の身元確認で必死になった。







 異世界から来た純人=紺は、あの仮面の男に心臓を刀で貫かれ、その短い生涯を終えた。

 だが彼女が次に目を覚ましたのは、天国でも地獄でもなかった。


(うう……寒い。……そして暗い。ていうかここどこだ?)


 目を開けると、そこは何も見えない永遠の闇だった。

 しかも全身が凍るように冷たい。こんなに寒い寝覚めをしたのは、異世界初日のスカイダイビング以来である。


(どうなってんだ。うん……何だ? 体が思うように動かない?)


 全身が何かに縛られている感じで、手足が思うように動かせない。


(なんだか知らないけど……こんなクソ冷たいところに閉じ込めやがって、うおんどりゃあ!)


 全力を込めて、自分を拘束している何かを破ろうとする。ビリビリッ!と布が破れるような音が聞こえた。







 月と星が闇を照らす夜の時間。森の中で、大兎に草花を食い尽くされて土だけになった元草原に、一人の鬼人の男性が休息を取っていた。


 顔は30歳ぐらいの鬼人の男性。彼の側には、大きな白い袋と、青い狐型の仮面が置いてある。

 彼こそが夕方頃に、紺を殺害した男性である。


「やはり殺しってのは、あまり気分がいいものじゃないな。まあこれで俺の将来も安泰だな」


 その鬼人の男=青磁せいじは、元は猪神王国の武士だった。この世界で“武士”とは、位の高い兵士に与えられる称号のようなものである。

 だがある理不尽な出来事で、彼は武士の位を剥奪された。彼自身は憲兵の手から逃げ出し、この辺境の国まで落ち延びた。実質彼は、家も財産も失ったのだ。


 仕事も家もなく、彼はこの辺境の田舎国家で、途方に暮れていた。そんな時、街の中で賞金首の純人を見たと、喚いている人物を見かけた。

 道行く人は誰も、彼の言葉を間に受けなかった。純人出現は噂レベルの話だと、信じていないものが多かったからだ。


 だが青磁は直感的に、それは大きなチャンスが待っていると思い、彼に話を聞き出した。

 結果は大当たり。葉人のような姿の少女を殺し、その頭の草を引っ張ってみると、それは見事に作りものだった。彼女は葉人ではなく、本物の純人だったのだ。


 彼女の遺体を冷凍袋(氷魔法の加護がかけられた保存袋)に入れて、あの場所から逃走した。

 だがさすがに人一人分の体重を背負っての飛行はきつく、ひとまずここで休憩を取っていたのだ。


(抵抗がすごかったんで、殺しちまったけど大丈夫だよな? 要は剥製にできればいいだけだし)


 賞金を値引きされるくらいの覚悟は必要かもしれない。


 彼は、荷物から2本の刀を取り出した。一本は青磁が元々持っていた刀。もう一本は、紺を殺して奪った刀である。

 両方を鞘から抜いて、双方の刀身を見比べてみる。


「すごいなこれは……」


 感心してまともな言葉が思いつかない。


 自前の刀は、刀身の刃がボロボロで、鍛冶屋に高額で修理を出さなければならない状態だった。

 最初はきちんと手入れをしていて、使える状態だったのだ。だが紺との剣戟の結果、刃がここまで傷んでしまったのだ。


 一方で紺の刀は、全くの無傷。

 青磁の物と同じぐらいの負荷があったはずなのに、刀身には刃こぼれ一つなく、新品同然の輝きを放っていた。


 青磁の刀もそこそこの業物である。だがこの結果は、紺の刀の方が、圧倒的に優れた一品である証拠だ。


「こんなとんでもない業物を持っているとはな。もしかしてこいつの賞金より値があるんじゃないのか?」


 彼に気づけるはずがないことだが、実はこの刀に関して一つおかしな点がある。


 実は紺は、この刀を拾ってから、一ヶ月たった今でも、一度も刃の手入れを行っていないのだ。そもそも紺は、刀の手入れの仕方など知らないのであるが。

 だがそれ以前に、あの白骨死体の状態からすると、この刀は年単位で野ざらしにされていた可能性がある。

 だがそれにも関わらず、この刀の保存状態は、最良の状態である。刀身から鏡のような美しい輝きを、未だに放っている。これはどういうことか?


 ガサッ!


「むっ?」


 妙な気配を感じて青磁は、隣を見た。そこにはあの純人の少女の遺体を詰めた、冷凍袋が置かれている。ありえない話だが、一瞬その袋が動いた気がしたのだ。

 しばらく様子を見たが、特に変化はない。


「気のせいか?」


 そう呟いた瞬間、変化は起きた。


 ビリビリビリ!


「うおんどりゃあっ!」


 霊素材で高強度に造られている冷凍袋が、突然内部から紙袋のように容易く引き裂け、中の物が出てきた。


「ああっ寒かった」


 出てきたのは紺だった。彼女の今日の夕方に、青磁に心臓を刀で突き刺されて死んだはず。だから袋の中にいるのは、物言わぬ死体の筈である。

 だが今ここにいる人物は、動いて、そして喋っている。


 紺はすぐ隣にいる人物に気がついた。そいつは驚愕の表情で固まっている鬼人の男。

 手には自分の刀を持っている。そして側の地面には、見覚えのある仮面。

 紺の表情が一気に憤怒のものと化した。


 青磁は自分が何を見たのか理解できなかった。

 今日殺したはずの女が生き返った。あまりに唐突な事態に、こちらに敵意を向ける相手に対し、本来取るべき行動を忘れていた。

 我に返ったとき、青磁の視界は、紺の右拳のアップで覆われていた。


「ぐがっ!」


 紺の拳打は、青磁の顔面に直撃した。

 その威力は凄まじく、青磁の身体は車輪のように回転しながら、数十メートル先まで吹き飛び、大木に激突。青磁は顔面と口から大量の血を出しながら昏倒している。

 吹き飛んだ拍子に、彼は持っていた紺の刀を、持ち主本人の足下に落としてしまった。


 彼女が打ったのは、ただの拳打ではなかった。握った拳に風の魔力を纏って威力を増強させた、緑色に輝く魔法拳である。


「何で?」


 紺は右手をみて混乱した。今の技を撃った本人が、一番驚いている。

 元々彼女に魔法の心得など無い。風の魔法自体、今日青磁が使ったのを初めて見たのだ。

 だがたった今、反射的に撃った攻撃は、間違いなく風の魔法である。それだけでなく自身の防御力を増強させる、結界魔法も同時に使っているのだ。


(よく判んないけど……試してみるか?)


 紺は足下にあった自分の刀を拾い上げる。そして青磁の使う風魔法を、頭の中でイメージしてみる。

 彼女自身、全く習ったことのない事柄。魔法の発動方法や、力の制御の仕方など、基本的に必要な情報が、勝手に頭の中に浮かび上がってくる。


「はあっ!」


 紺は刀に、自身の魔力を注ぎ込んだ。

 結果その刀は、青磁が使っていたものと全く同じように、緑色の風の魔力に包まれた。僅かに漏れた魔力が、そよ風となって紺の顔に吹き付ける。


(おおっ! 何だか知らないけど、ジェダイになった気分だ!)


 初めて持つ魔法剣を、空中で何度も振るい、紺の気分は大きく高揚した。



(くそっ、何がどうなっている!?)


 昏倒からどうにか起きあがった青磁は、状況を未だに呑み込めない。死んだはずの女が、生き返った。しかもそいつは自分と同じ、風の魔法を使ったのだ。


 最初は屍人(しびと)(地球で言うゾンビ)かと思ったが、それなら屍人独特の魔力を身体から放っているはずだ。以前王都で“屍人の女王”を見た時に、その魔力の匂いを覚えている。

 厳しい魔法の訓練を受けた自分が、あんな間近にいて、それに気付かないはずがない。


 見ると紺が、こちらに風の魔法剣を構えて、こちらを睨んでいる。

 彼女の身体には傷一つ無い。それどころか、彼女の奇妙な白い服にも、刺されたときの損傷がなく、染みついた血も消えている。服まで治っているなど、屍人だったとしも、まずない。


「まさか魔法が使えたとはな。何故あの時使わなかった?」

「さあ? 私も使えるとは思わなかったし」


 そう言って紺はこちらに向けて、刀を一閃。太刀筋は何もない空間を斬っただけだが、そこから青磁が使ったのと同じ風の刃が生成され、彼に向かって飛んだ。


「くっ!」


 青磁はそれを己の魔法剣で防ぐ。遠距離攻撃は近接攻撃よりも威力が劣るため、どうにか防ぐことができた。だが受けたときの感触から、紺の放った魔法は、己よりも上であることを感触で気付く。


「おりゃあ!」


 魔法攻撃を防いで隙をつくった内に、紺が一気に間合いを詰めてきた。数時間前に青磁が使ったのと同じ戦闘方法だ。


(くそ! やむをえん!)


 青磁も自身の魔法剣で、彼女の剣撃に応戦した。同じ緑の光を放つ、二つの刃がぶつかり合う。その結果。


 パキン!


 青磁の刀は見事に折れた。


 この刀は最初の戦闘で、すでに耐久力が限界に近かった。

 紺の方はと言うと、彼女の身体能力は、何と復活前よりも強化されていた。しかも今回は風の魔法を身につけている。

 前よりも高い身体能力で振るった剣撃、しかも風属性付加された刀身は、相手の刀身を見事に叩き折ったのだ。


「くっ!」


 青磁は右手にかざし、紺の目の前で突風を引き起こした。これに紺は一瞬怯む。その内に青磁は、一気に距離を取った。そして新たな魔法を唱える。


 だがそれは攻撃魔法ではない。空を飛ぶ風飛翔、つまり逃げの手だった。

 青磁の身体を、足下から竜巻のような風が発生し、彼の身体を浮かせる。そして周囲の風を自在に発生・操作し、空へと舞い上がった。


 空へと逃げていく青磁に、紺が怒りの声を上げた。


「待てや、こら! ええと、あの技はどう使うんだ?」


 思考してみると、また頭の中に、必要な情報が浮かび上がってくる。

 紺の足下から、彼の時と同じ風が吹き始めた。


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