第六話 葉人
「いやいや大変だったな。心配したよ」
「嘘つけ」
相手の棒読みの台詞に、紺は呆れながら答える。
「ああ嘘だ。でもそっちも、うまく逃げたなんて嘘だろう? お前が銃を持ってる程度の相手に負けるはずないし」
「ああ嘘だ。こっちから半殺しにしてやった。いや案外もう死んだかも?」
「ちょっとは加減しような……」
襲撃騒動から帰宅した紺は、緑天店の主である女性と会話している。
見た目は20歳ぐらい。頭は緑色の長髪。肌は日本人に近い黄色。服装は髪の色と同じ緑色の浴衣である。一番の特徴は頭の天辺、そこから若芽のような葉っぱが生えているのだ。
彼女はどう見ても鬼人ではない。葉人と呼ばれる、植物の特性を持った人種だ。彼らは肉体の強さは、鬼人よりも遥かに劣る。だが薬草の調合や、農作物の生育などに優れ、生産職で高い能力を持った人種だ。
「石化病? さすがに私にも無理だな」
「そうか、まあ聞いただけだ。気にするな」
さっきから紺と親しく会話しているこの女性は何者だろう? それと店主の緑天丸はどこにいったのか?
見ると彼女が座っている隣の畳の上に、あの牛仮面と黒装束が綺麗にたたんで置かれている。
実は彼女こそがこの店の店主:緑天丸その人である。
最初に紺に素顔を見せたとき、名前から男性だと思っていた紺は、予想外な正体に驚いた。その容姿は、前の質問に答えたような不細工な顔ではない。むしろ美人に分類される方だ。
何故あんな変な衣装を着ているのかと聞くと。「国中鬼人だらけなのに、一人だけ葉人がいるなんて、少し居心地が悪いでしょう?」と答えられた。
国中で一人だけ別人種がいるというのは、純人程ではないにしろ確かに目立つだろう。
だからといってあんな被り物はないだろうとか、あの裏声は何なのか?とか色々聞きたかったが、やめておいた。無駄に疲れるような気がしたから。
正直なところ、ただの趣味でやっているようにしか思えない。
「ところでこの店、いつになったら再開するんだ。最近暇なんだけど」
「……うん。新しい霊素材がなかなか見つからなくてね。この国って魔物とか資源が少ないからな」
霊素材は、基本的に大地や空気に流れている自然界の魔力・気=地脈が強い場所に、多く現れる。そういった環境で育った植物に強い魔力が宿ったり、魔力を浴び続けた岩石が不思議な力を保有したりするのだ。
そういった環境では魔物も活発に活動する。そのため魔力の強い土地では、常に魔物の驚異にさらされることになる。
それはとても危険なことだが、一方で多くの産業物資が手に入るということでもある。何しろ倒した魔物の身体からも、霊素材が手に入るからだ。
そのため魔力の強い国程、多くの強い戦士が在籍し、同時に豊かな産業に恵まれるわけだ。
だが紺が住んでいるこの国=六王国は、かなり地脈が弱い地域にある。
そのため魔物の驚異は少ないが、同時に飛びぬけた産業も、名のある観光名所もない。あるのはせいぜい石化病という厄介な病である。
国名すら番号を振り分けたような、適当な名前であるこの国は、世界的にかなり知名度が低い。
ちなみに紺が最初に遭遇した狼は、魔物ではなくただの動物である。
そのため商業組合に頼んでも、良い品は入らず。霊素材屋は品薄状態。最初にこの店に置いてあった商品は、全て緑天丸がこの国に移住する際に、故郷から持ってきたものらしい。
何故この国に来たのかと聞いてみると、色々あって故郷にいられなくなったとのこと。何か犯罪でもやらかしたのだろうか?
霊素材の用途は多種多様なのだから、結構消費があるのでは?と思うかもしれないが、そうでもない。魔獣の角一本で、鍋数十個分の鉄の強化に使いきれるのだ。しかもそれはとても頑丈だから、そう簡単に壊れないし、かなりの年月使い続けることができる。
またこの鬼人の多いこの国では、薬が必要とされる頻度が少なく、薬草の消費も少ない。紅月の病院での備えが悪かったのも、それが起因している。
そのため霊素材の消費はかなり少ない。今思えば、この店の品を購入した客は、紺にいいところを見せたくて、かなり無理をしたんじゃないかと思える。
ちなみに地脈の強い大国の方では、付喪神という魔物の存在もあって、霊素材の消費は結構ある。
「それに入荷が来ないのは、もっと規模が大きい理由があるんだよね」
数年ほど前から、世界全体に流れる地脈の力が、徐々に低下してきているのだ。その結果魔物の被害は減ったが、大事な資源である霊素材も減りつつある。
元々地脈が強かった大国の方では、まだ大きな問題は起きていないが、この国のように地脈が弱い土地では、大国から輸入することで何とか間に合わせていたが、少しずつ限界が近づいてきている。
翌日もまた暇だった。紺は黄の様子を見に行こうかな?と一瞬思ったが、面倒になりそうなので止めておいた。
カウンターで眠りに身を任せようとしたところ、突然緑天丸が階下に降りてきた。
「いいこと思いついた! 手に入らないなら紺が取りに行けばいいんだ」
「えっ、私!?」
取りに行く、とは霊素材のことだろう。だが唐突な発言に紺は驚いた。
「そう、最初の品が売れたおかげで、旅費は十分にある。紺ならいけるだろ」
「おいおい話が急すぎ……」
「旅をしてみたかったんだろ? ていうか昨日みたいなことがあったんだからさ、あんたしばらくここから離れてほうがいいかもよ?」
そんなこんな突発的に、かつハイスピードで、紺の初めての国外遠征が決定した。
「それにあんたには少し、この世界を見ておいたほうがいいかもしれないしね」
店主の思いつきとしか思えない提案で、紺の霊素材採取のための旅が始まった。
最初の行き先は隣国の四王国。
この番号札のような名前の国々は、大陸に存在する二つの大国家の一つである、猪神王国の東の脇にある小国家郡である。
昔は一つの国だったそうだが、一~七位の王位継承者たちが、王位を巡って争い、分裂したそうだ。何でも自分たちは三賢者・鶯の血筋だとか主張していたそうだが、信憑性は少ないとのこと。
地脈が弱く、資源が乏しい土地であることから、大昔から他国の介入が殆んどなく、世界的に見れば相当な田舎国家だ。隣にいる猪神王国本土の民ですら、この国々のことを知らないものが多い。
紺は最初にこの四王国を経由し、まだ霊素材がとれる猪神王国に渡る予定だ。
「いってきます!」
そう手を振って、多くの町の人に見守られながら、紺は出発した。
服はいつもの学校の制服。背中に荷物袋。腰に刀。そして頭には作り物の葉っぱをつけていた。
葉っぱの意味は何だ?と言われれば、道中会う人に、紺を葉人だと思わせるためである。純人だと、最初のこの町のように、面倒な騒ぎになるかもしれないからだ。
道中ゆるやかな旅……にはならなかった。紺の動きが素早すぎたからだ。
道を馬をも凌ぐ速度で走り抜け、足場が悪いところでは猿のように木をつたって飛んでいく。周りの風景など見向きもしない。美しい自然など、異世界初来訪時にさんざん見ている。
これだけ動いているにも関わらず、紺の体からは疲労感というものが全く出てこない。
この調子で行けば、あと一時間も経たずに国境につくだろう。
途中である農村に見つけ、立ち寄ったりもした。
この世界で、西鬼町以外の集落を見るのは初めてだ。村の姿は、懐かしの日本の風景といった感じだ。これだけ見ると、ここは異世界ではなく、過去の日本ではないかと思えてしまう。住人に角さえ生えていなければだが。
そこを色々見学したあと、再び出発した。
「うん?」
ふとある物が目に入って、紺は足を止めた。
場所は森の中のひらけた草原。そこには前に見たのと同じ、巨大兎の群れがいた。
ここを“草原”と表したが、正確には“草原だったもの”である。ほとんどの植物が、この巨大兎達に食べられ、茶色い土が剥き出しになっている。
(あんなんでも魔物じゃないんだよな)
彼らは大兎と言って、大陸中どこにでもいる野生動物である。やはりこの世界は、生態系から言って、地球とは異なっている。
この地域は地脈が弱いため、魔物の数が極端に少ない。また治安もよく、こういう世界観にありがちな山賊・盗賊などの類はほとんどいない。
(ようするにこの世界では、RPGみたいに敵キャラとエンカウントすることは無いってことか)
ある意味安心できる事実であるが、同時に物足りなさを僅かに感じた。実際にはこの地域が安全なだけで、出るところには出るのだが。
“この世界”ときて、昨日の緑天丸の言葉を思い出す。「この世界を見たほうがいい」の次の言葉。
(なんかなあ~)
その言葉を聞いた紺の感想は、ただ面倒というだけであった。とにかくこれ以上あまり考えないようにして、紺は再び出発した。
国境へは僅か10分で到着した。江戸時代の関所を思わせる門の前で、兵士達に町でもらった通行証を差し出す。
「通ってよし」
あっさり通行許可が下りた。というかこの兵士、通行証の文面をまともに見ていなかった気がする。
(こんなお役所で大丈夫かよ?)
ちなみに兵士は、見た目通りに紺のことを葉人だと思っていた。
だが特にそれで何か言ってくることはなかった。途中立ち寄った農村でも、葉人が来たからといって特に騒がれることはなかった。あると言えば、この世界にはないだろう、高校の制服を珍しがられたぐらいだ。
こうなると、緑天丸が姿を隠している理由が、ますます判らなくなる。
(あいつ、マジで指名手配犯とかじゃないよな?)