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不死の女神  作者: 大麒麟
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第五話 石化

「せっかく捕まえたのに、役に立たねえ奴だ!」


 チンピラは見下した表情で少年の倒れる姿を見届け、次に紺の方に顔を向ける。


「!?」


 だが目線を向けた位置に紺はいなかった。というかその先を見ることができなかった。

 いつの間にかそのチンピラの至近距離、視界を覆い尽くす位置にまで近づいていたのだ。


「なっ!? ぐばっ!?」


 この一瞬のうちに間合いを詰められたことに動揺し、拳銃の引き金を引こうとするものの間に合わない。

 紺が無言で繰り出した右の拳打が、チンピラの顔面に直撃した。


 チンピラの顔面が潰れ、首が後ろに曲がる。首筋からボキッ!と骨が折れる音が聞こえた。チンピラの身体が、そのまま人形のように地面に倒れ落ちる。


「てめえ!」

「死ねやクソガキ!」


 残りの四人のチンピラが、怒りを向けて次々と紺に発砲した。


 紺はそれを一切よけようとはしなかった。いくつもの弾丸が身体のあちこちに命中する。だが紺の体には傷一つつかなかった。

 それどころ衣服すら破れない。ときおり肌に当たったが、紺は少し痒いぐらいの感触しか持たなかった。まるで鋼鉄に向けて発砲されたかのようだ。


「効かないか! ならばこれだ!」


 チンピラは意外と冷静に反応し、次々と腰のものを抜刀した。そして一斉に紺に斬りかかる。


 この世界において地球と異なる概念に、剣と銃の対比がある。地球では戦闘においては、剣より銃の方が有利というのは一般的だ。だがこの世界では少し違う。

 この世界の住人、特に鬼人族は、とてつもなく強靭な肉体を持った種である。弱いものでも地球人の倍の身体能力を持ち、最上級レベルのものでは数トンの重さを持ち上げられる者もいる。


 それだけ強靭であれば、当然その分身体も頑丈にできている。銃弾を受けてもビクともしないレベルの戦士もかなりいる。

 そんな強い体を持った戦士が、霊素材などで材質強化された武器を振るえば、その威力は銃弾や砲弾を遥かに凌ぐ。


 そのためこの世界での銃器の扱いは、低レベルの戦士や民間人に持たされる護身武器、もしくは自分の身体を返り血で汚さないための洒落た武器、というのが一般認識だ。


 今回の場合、このチンピラたちが銃を使ったのは、標的である紺を殺す場合であっても、身体につける傷を最小に抑えるためだ。

 このチンピラ達は、さほどレベルが高いわけではないが、それでもそこから振るわれる斬擊は、岩でも斬り裂けるレベルだ。


 だがそれも、当たらなければどうということはない。


(くそっ! この女!)


 三人は怒りに震えて剣を振るが、一太刀も当たらない。

 紺はその驚異的な身体能力で、彼らの攻撃を難なくかわしていく。彼女も腰に刀を差しているが、それを抜く気配は一切ない。


 紺は少しの隙を突いて、チンピラの一人の右脚、俗に弁慶の泣き所と呼ばれる部位を、強く蹴りつけた。


 ゴキ!


 また骨が折れる音が聞こえる。チンピラの足は有り得ない方向に曲がり、悲鳴を上げて倒れる。

 それに動揺した一人が一瞬止まった隙に、紺の拳がチンピラの腹にめり込む。彼は口から大量の血と胃液を吐き出し、卒倒した。

 更に後ろから斬りかかってきた一人を、回避と同時にその腕を掴み上げる。


 ビキビキビキ!


 凄まじい握力で握り締められた腕が、素晴らしい音を立てて、握りつぶされていった。

 その痛みにチンピラは泣き叫ぶ。紺が手を放すとチンピラは、潰された腕を押さえながら、のたうち回った。

 紺はそんな彼の胸を、思いっきり蹴りつけた。今度は肋骨が折れる音が聞こえてきた。


「ひいっ!」


 残った一人が、紺の顔を見て恐怖に震えた。そこには怒りに震えた本当の意味で“鬼のような”表情があったからだ。

 チンピラに残された選択肢は一つ、逃げることだけだ。紺に背を向けて一目散に逃走を図る。だが望みは叶わなかった。


 チンピラを遥かに凌ぐ走力で、あっというまに追いついた紺が、チンピラの左の角を掴む。そしてそれを折り曲げた。


「ぎゃぁあああああああああっ!」


 角は根元からへし折れ、そこから赤い血が噴水のように噴き出る。

 痛みのあまり赤子のように地面にのたうち回る彼を、紺が蔑んだ目で見下ろす。


「さっき言っただろ。命かけろってな」


 苦しみもがく彼の手を、思いっきり踏みつける。指が折れる音と共に、更なる絶叫が放たれた。


「すっすまん! 俺が悪かった! 助けてくれ!」

「ああっ!? さっき私に選択肢は与えないと言っただろ? なら私もあんたに選択肢なんかやらねえよ!」

「それは俺が言ったわけじゃ……ぎゃぁあああああああ!」


 紺は更にもう片方の手を踏み潰していた。


 渡辺 紺という人間は、この世界に突然放り出されて困惑しきっていた。その上、周りに人が誰もいなかったため、素の感情を出す相手が一人もいなかった。

 町にたどり着いてからも、好意で様々な援助をもらったことから、あまり大きな態度は出せず、常に腰の低い控えめな対応で人と接していた。

 そんなことから彼女は町の者たちから、「目つきは少し悪いけど、とても大人しく優しい女性」という評価をもらっている。


 だが彼女の素の性格は………見た目通りの荒い性格だったりする。しかもこれまでの体験から、暴力に躊躇がなくなっている。


 紺は彼の服から、さっき自分に向けていた銃を引っ張り出した。


「安心しろ。殺しはしないよ。まあ最初の奴は勢いで殺っちまったけど。ただタマは取らせてもらう」


 タマ? 弾丸のことだろうか? そう思ったら紺は、チンピラの股間部、男にとってとても大切なものがある部分に、銃口を向けた。


「悶え苦しめ!」


 森の中で、四発の銃声と、四人分の悲鳴が鳴り響いた。





「紅月先生、大変です! 子供が怪我を!」


 紺が最初に世話になったあの病院に、紺が少年を連れて飛び込んできた。その少年は腹を銃弾で貫かれており、かなりの重症だった。

 院長である医者=紅月(あかつき)は、すぐに緊急治療を開始した。弾は綺麗に貫通したため、傷口は大きくないが、出血がひどい。


 紺があの時、チンピラ四人を調子こいていたぶり、その上殺した一人の死体を、土に埋める作業を行っていた。

 それらが終わった後で、ようやく撃たれた少年の存在を思い出した。目を向けると、紺が色々やっている間に、どんどん血が流れてしまっていたのだ。


「先生、血液袋が足りません!」

「くそ、最近患者が少ないと思ってケチりすぎたか」


 この国の民の殆どが鬼人である。鬼人は三人種の中で、もっとも強い肉体を持った人種だ。そのため病気や怪我にかかる頻度が少なく、病院の利用者数も少ない。

 しかもこの国は、ある理由で魔物の被害が、他の国と比べると遥かに小さいレベルだ。当然魔物被害による負傷者など殆んどいない。


 ここでは客の少なさを補うため、一回の診察料を高めにしている。

 だがそれでも、最近は特に患者の数が少なかった。それに伴い、薬や血液の供給をかなり減らしていた。ここにきてそのツケが来たわけである。


「仕方ない、紺さん!」


 その場で一番近くにいた人物、待合室で座っていた紺に、紅月から呼び出しがかかる。彼女の血液型は、最初の診察の時に確認済みだ。


「すまないが血液が足りないんだ。輸血に協力してくれないか?」

「え? いいですけど……純人の血でも大丈夫ですか?」

「構わん! 急を要する!」


 早速輸血作業が始まった。この時使用された機械を見て、紺は軽く驚いた。

 紺は以前、献血に参加したことがあるが、その時見た機械と変わらないくらい、高性能な機能を発揮していたからだ。


(あの銃といい、魔法も科学もありか。ちょっとずるいな)







 少年の治療は何とか成功した。彼は今、病院のベッドですやすやと眠りについている。


 容態は良好。というかもう完全に治っていた。身体を貫いた弾丸の風穴は、もう影も形もなくなっている。

 紺の血を輸血してから数時間のあいだに、何とも凄まじい速度で傷が癒えてしまったのだ。


「すごい。霊薬ってこんなに効くんだ」

「……ええ、まっまあそうですね?」


 紺の感心の言葉に、紅月は何故か引きつった表情で、しかも疑問形で答える。


 全てが済んだ後、紺は紅月から事情を聞かれた。最初の辺り真実の通りに、少年が撃たれた後の方では、彼を背負って何とかチンピラ達から逃げ切った、という設定で話した。


 病院側はこれを聞いて、すぐに町の憲兵隊に連絡した(なんとこの世界には電話もある)。

 その後で紺は、少し気になっていたことを、紅月に訪ねた。


「あの子の母親について知ってますか?」


 紺は、一度は本気で、この少年を見捨てようとした。だがここまでやっておいて、全て放置というのは、少し気が引けて、とりあえず聞いてみた。


「知ってますよ。おうの母は、私が診察したことがあります」

「重病なのか?」

「ええ、あれは病気というより、呪いですね。石化病という身体が石になる症状です」


 石化。ファンタジーでは聞きなれた言葉だ。


「状態異常効果か」

「状態異常?」

「いえ、こちらの話です。しかし呪いというと、あの子の母親が誰かに恨みでも?」


 紅月は無言で首を横に振る。


「別にあの人が狙われたわけではないのですよ。どうやら何者かが、この土地の者に無差別に襲いかかる呪術をかけたらしいのです」

「呪術? 具体的にどんな?」

「それがはっきりとは……。呪いから快復した者は、石になる直前が曖昧になっていて。今でも年に100人以上がこれにかかってしまっています。患者は、住んでる場所も、体質も全くバラバラで、単に運の悪さで呪いをかけられたとしか……」


 確かに奇怪な事件だが、被害者の中には、呪いが快復した者がいるらしい。


「治す方法はあったんだろ? じゃあそんなに深刻な話でもないんじゃ?」


 何をこんなことをいちいち質問しているのだろう?と紺は自分自身不思議に思った。


「確かにあることはある。石化病で完全に石になってしまっても、それで命が消えた訳ではないんです。さすがに石になった身体を破壊してしまうと死にますが。しかし……」

「金がかかるのか?」

「いえ、この病を治せる魔道医師が、治療を嫌がってしまって……」


 北方にある北鬼町(きたおにまち)に、かなり高位の治癒魔法を使える者がいるらしい。

 その魔道士の力は傷や病を治すだけでなく、この石化病のような邪悪な呪いを消し去ることもできたのだ。


 その魔道士は患者からあまり高額の金をとらなかった。本来の治療額と比べるとかなりの低額、貧しい人に対しては無償同然で、多くの石化病患者を救ったのだ。

 最初は多くの人々から賞賛を浴びたが、そのうち悪い噂が慣れ始めた。「石化病の呪いの根源は彼自身。全ては名声を得たいが為の自作自演」というものだ。


 最初に言いだしたのは、隣の大国から雇われて来た、鉄士の医者の一人。自分では手のうちようがなかった病気を、突然現れた見ず知らずの医師が容易く治してみせた。その事実を妬んだらしい。

 その魔道医師本人の見た目の怪しさも影響してか、その噂は一気に広がった。そして医師に対する、町民の非難や嫌がらせが頻発した。

 これに医師は怒り、治療を全て放棄し、どこぞへと姿を暗ましてしまったのだ。


「現在国内に彼以外に治療できるものがおらず、実質石化病を治すことが不可能な有様なんです」

「……そうだったんですか」


 頷いてみたが、まだ納得しきれない所がある。


(たかが噂一つで、医者を追い出すって……どんな神経してんだ? この世界ではそれが普通なのか?)


 ともかく純人だろうが何だろうが、紺には怪力以外に特別な力など何もない。もちろん病を治すことなど無理だ。

 少しだけ後味の悪いものを感じながら、紺は病院を後にした。





 紺がいなくなった後、紅月は黄がいる病室を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 彼には確かに魔法薬をつけたが、それだけであの回復力は有り得ない。たとえ全快しても傷の跡は確実に残るはずだ。だがそれすら残さず、傷が治ってしまったのだ。


「どうなってるんだ、いったい?」


 彼にとって、これは石化病以上の謎の現象だった。


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