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不死の女神  作者: 大麒麟
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第十八話 樫の木

「「ごはぁ!」」


 2人は大量の血を吐きながら、地面に落ちる。

 元々限界が近かった上に、洋竜の蹴りをまともに受けた浅葱。肉体の強さは地球人と同じぐらいしかない上で、樹に強く叩きつけられた躑躅。

 2人のダメージは深刻で、これで命を落としてしまったのではなかろうか?


『野郎!』


 今度は黒竜の方が、怒りと共に飛びかかる。発達した前脚を使って、ボクシングのような構えで殴りかかった。浅葱達に気を取られていた洋竜は、このパンチを顔面にまともに受けた。


「があっ!」


 洋竜の身体が転び落ち、地面をゴロゴロと転がっていく。

 転倒回転が終わってから、洋竜は腹ばいの状態から起きあがろうとする。だが突如背中から、かなりの重量が課せられてできなかった。


 地面に伏した洋竜の背中に、黒竜が飛び乗ったのだ。黒竜は相手に馬乗りの状態のまま、拳を握り、地面に伏した洋竜の頭を力一杯殴りつけた。


 ゴン! ゴン! ゴン!


 何度も何度も、洋竜を頭上から力一杯殴り続ける。それは途切れることなく、とにかく何度も行われた。

 打ち付けられる拳打に、洋竜の頭から血が流れ出てきた。大量の鮮血が、周囲に飛び散り続ける。やがて角が叩き折られ、鱗が剥がれ落ち、頭蓋骨が見え始めた。


 グチャッ!


 やがて頭蓋も割れて、脳汁が飛び散った。洋竜はこれっきり二度と動くことはなく、完全に絶命した。


『おし! ラスボス撃破!』


 血まみれになった拳を握り、ガッツポーズをとる黒竜。その後すぐに、さっき叩き飛ばされた浅葱と躑躅の方へと向かった。


『生きてるか!? おい何か言ってみろ?』


 折り重なって倒れている2人は、一向に返事をしない。弱々しくも呼吸をしているが、それが費えるの時間の問題だろう。


『・・・・・・』


 黒竜はしばし考え込むような仕草を見せた。だが突如その全身に異変が起こった。


 その巨体全てが光り始めたのだ。鱗や目などの身体の表面部分は、緑色の光で全く判らなくなる。それは身体が光っているというより、身体そのものが太陽のような光の塊に変異しているようだ。

 今度は光と化した巨体が、どんどん縮み始めた。風船が萎むように小さくなっていく竜の身体。


 更に次に、今度は形が変わり始める。今までは光と化しても、輪郭だけで竜と判る形が、どんどん変形していく。それはやがて人間に近い形に組み替えられていった。

 完全な人型・人間大になると、途端に光が止んだ。


「・・・・・・無事に戻れたな」


 そこにいる黒竜であった存在は、自分の両手を見て、身の安全を確かめる。


 その人物は紺だった。洋竜に喰われて復活したと思ったら、今度は自身が竜に変身していたのだ。

 何故こんなことができたのかは、本人にも判っていない。ただあの洋竜に勝てる力が欲しいと強く願っていたら、また勝手に頭の中に色々と浮かんできたのだ。

 青磁に殺され、復活した後の風魔法と同じ症状だ。頭の中に浮き出てくる情報が、自然と体内の魔力と気の組み立て方を理解し、洋竜への変身魔法を可能にさせたのだ。


 それはともかく、今はそれよりも急を要する事態だ。紺は足下で倒れている、虫の息の2人を見やる。


「・・・・・・どうしたものか」


 正直なところ紺にとっては、2人をどうしても助けなければならない理由もない。1人は見知らぬ女だし、もう1人は会って一日しか経っていない程度の間柄だ。

 だからと言って、一度関わった人間が、目の前で死なれるのは気分の良いものではない。


 だが生憎紺には回復系の魔法は使えない。まあ例え使えたとしても、これほどの重傷を治すことはできないだろうが。


(・・・・・・あれをやってみるか?)


 実のところ、助ける手段が一つも思いつかないわけではない。だがそれにまだ確証を持てなかったし、できたとしても心象的にあまりやりたくないことだった。


「・・・・・・まあいいか」


 紺はあっさりと腹を括る。そして躑躅が抱えていた自分の刀を拾い上げる。どうやら彼女が拾ってくれていたらしい。

 浅葱の身体を持ち上げ、二人を一列に並ばせた。そして何の意味があるのか不明だが、2人の唇を掴み、手で無理矢理口内を開けた。


 鞘から刀身を抜き取る。何か魔法を使うのかと思ったら、そうではなかった。


「ズバッ!といくか」


 何とその刀の刃を使って、自分の右手の橈骨動脈を斬りつけた。大量の血液が、ドクドクと彼女の手首から流れ落ちる。

 ここに来てまさかの自殺行動。普通なら気でも狂ったかと思われがちだが、本人はいたって冷静である。


 今度は何をする気なのかと思えば、出血中の手首を、倒れている躑躅の口の上に掲げたのだ。

 大量の血が、躑躅の口内に垂れ落ちる。瀕死の状態の躑躅の口を、紺は手で無理矢理動かして、自分の血を無理矢理飲ませた。


 躑躅が血を飲み込んだのを確認すると、次に浅葱にも同じように血を飲ませる。本当に何のつもりなのか?


「さてどうなるか・・・・・・」


 これで作業を終えたようで、2人の様子を一瞥した後、自分がつけた手首の傷を見る。

 血は未だに流れている。本当ならすぐに止血と手当をしなければならないが、紺はそんなことをする素振りは微塵も見せない。


 ふと何を思ったのか、紺は2人の場所を離れる。彼女が向かい視線を向けた先には、一輪の枯れかけたミニチュアのように小さな木が生えていた。

 まだ若木だったのだろう。この様子だと、立派な大木に成長することなく、短い生涯を終えるだろう。


 その若木の上に、手首をかざし上から自分の血を垂らした。葉っぱが殆どなく、しおれた細い幹に、赤い液体がポツポツと付着する。


 するとその場で急速な変異が起こった。枯れかけた若木が、突然活力を取り戻し、倒れかけた幹がスクッと立ち上がる。枝が伸び、葉っぱがポンポンと形成され、普通の植物ではありえない速度で成長した。

 若木は最初の二倍ぐらいに生長し、最後には紺と同じぐらいの背丈にまでなった。死にかけた細木が、生き返ったばかりか、あまりに急激に生育したのだ。


「ごほっ、ごほっ!」


 木の生長を見守っている途中で、近くでむせるような声が聞こえた。そちらに目を向ければ、この木と同じように紺が血を与えた、あの二人が倒れている場所だ。

 戻ってみると、二人の様子は最初と明らかに変わっている。初めは二人の息は今にも消え入りそうだった。だが今ははっきりしっかりとした呼吸音が聞こえる。顔色も大分良くなっているようだ。


 洋竜に蹴りつけられた浅葱の腹は、最初は鎧が砕けて、潰れかけていた。だが今は傷一つ無く、健康的な女性の綺麗な肌が見える。

 あの若木と同様に、紺から血を与えられた二人は、見事に生き返ったのだ。


「・・・・・・」


 紺はさっき自傷した手首を見る。すると出血はもう止まっていた。いくら何でも早すぎる。傷口はまだ残っていた。だが紺は変わらず、手当をしようとは思わなかった。


(多分放っておいても、勝手に治るだろうな)


 常々疑問に思ったことがあった。だが今はっきりと確証を得た。自分の体質の、強化された身体能力とは、また別の異常性に関して。


 前に紺は、(おう)という鬼人の少年に輸血したことがあった。その後黄は、もの凄い速さで銃創が完治してしまった。

 あの時は投与した霊薬の効き目を褒めたのだが、本心では判っていた。あの治りの良さは普通ではないと。


 そして二度に渡る死からの復活。いや、最初の上空落下も含めれば三度目かもしれない。これまでの過程から考えていたことを、ここで実験してみた。そしてそれは証明された。

 足下には全くの無傷の二人が、すやすやと寝息を立てている。正直、この後の二人への対処には困った。


(顔を見られるのは面倒だな。特に1人は死亡現場を見られているし)


 人種が違うだけならまだしも、今の自分は完全に化け物だ。さすが人に知られて引かれるは御免被りたい。だからといってこの2人を、この広い森の中で置き去りにするのも気が引ける。

 色々と考えている間に、予定外が起こった。もう数時間は目覚めないだろうと思っていた2人が、突然目覚めたのだ。あまりに唐突に、目をパチクリ明けて自分達を見下ろす紺を凝視する。


「お前は?」

「・・・・・・・・・紺さん?」


 しっかり顔を見られてしまった。この緊急事態に対する、紺の対応は素早かった。

両手の拳を握り、2人の鳩尾を同時に殴りつけた。


「「ごはあっ!?」」


 二人同時に全く同じ悲鳴を上げる。躑躅はこの一撃で泡を吹いて気絶した。だが浅葱の方は、しぶとくもまだ意識があった。


「ごほっ! いったい何のつもり・・・・・・純人?」

「寝てろ!」

「ごぶっ!?」


 困惑している浅葱を、今度は加減無しの回し蹴りを、彼女の頭に喰らわせた。浅葱は今度こそ気絶し、再び倒れ落ちる。


「まだ寝とけ。そして全部夢だと思え」


 意識のない2人を指さして、紺は命令するように喋った。


(純人?)


 浅葱の最後の台詞が気にかかり、自分の頭を手で触ってみる。


「あっ! 葉っぱがない!?」


 頭にかけていた、葉人に見せかけるための作り物の葉っぱがついていなかった。これではすぐに純人だとばれてしまう。

 自分の衣服を見てみる。身体には新品同然とても綺麗に修復された、学校指定のセーラー服を着ている。


 洋竜に喰われたとき、頭の葉っぱもまた、この服と同様に、洋竜の腹に入ったはずだ。

 だが異世界から持ち込んできた衣類はしっかり修復されているのに、後からつけた葉っぱは元に戻っていない。


(悪魔の実みたいに、着用物全部が影響を受けるわけじゃないのか?)


 色々疑問が残るが、とりあえず気絶しているこの2人を、どうにかしなければならない。

 紺は2人を抱えて、風飛翔でその場から飛び去った。後には焼け落ちた森と、頭の砕けた洋竜の死骸だけが残されていた。





 この日、花月山から少し離れた地区の、村の入り口に2人の少女が倒れ込んでいた。すぐに医者に診せられたが、特に身体に異常はない。それどころか常人以上の健康体であった。

 2人は武士と鉄士であり、村の者に礼を言いながら、青龍京へと帰還する。





 これは完全に余談であるが、洋竜の死骸が発見された付近の森に、不思議な樫の木が現れた。

 それは僅か数年というありえない短期間で、神木のような立派な樹に成長した。しかもそれから採れるドングリは、優れた薬の材料になるといわれ、新たな霊素材の採掘場所と化すことになる。

 この樹は後に「竜王の樫」と呼ばれるようになる。


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