表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の女神  作者: 大麒麟
17/74

第十六話 泥の山

(くそっ! くそっ! くそおおおおおっ!)


 悔しさと絶望で、浅葱の心は今にも壊れそうだった。


 岩代 浅葱(いわしろ あさぎ)18歳。

 猪神王国・青龍京の中級貴族の生まれである。幼い頃から、家から正義の為、国の為に働けと教えられてきた。そして過去の罪で失った国の信頼を取り戻せと。

 それに浅葱は一度も反発せず、そのための修行と勉学に励んだ。


 懸命な努力のおかげで、魔法学校でそれなりに高位の成績を修めた。

 そして卒業後に、すぐに軍の上級兵士・武士の資格を得ることができた。この辺りは、家のコネが多少なりあったようだが・・・・・・


 尤も武士になって任された仕事は、憲兵と共に毎日の街の見回りや、常時の訓練である。

 浅葱は武士の中で、最も階級が低い小武士であり、しかも新人であったことから、やることはそれほど大きなものではない。だからとって憲兵に所属する身分でもないのだが…。

 この国はある理由で、税収があまり高くない。そのため経費や人員が不足しがちで、こういう仕事が回されることは珍しくないのだ。


 これなら武士より鉄士になったほうが、世の中に貢献できるのでは?と疑問に覚え始めた。

 だが鉄士という職業には、あまり良くない話を小さい頃から聞いていた。真偽は自分で見てみないと判らないが、それがあって鉄士になるのは躇われた。


 そんな時、驚きの報道がなされた。花月山の洋竜の出現である。


 大陸全体での地脈の低下と共に、魔物の被害・討伐令が減ってきた時勢に、この報告はあまりに突然だった。

 しかもそれはとても強く、多くの鉄士が犠牲になった。これにより花月山の封鎖と、武士団の精鋭を討伐に向ける案が出された。


 そして討伐令に見事浅葱は選ばれた。

 彼女個人の戦闘能力が優れていたことと、郡代(日本でいう県庁)の警護についていない立場だったからこその抜擢である。

 待ちに待った活躍の機会だというのに、浅葱は初めての実戦に内心恐怖に震えていた。隊長に言葉をかけられて、うっかりそれを口に出しそうになったときは、心から恥じた。


 結果として、戦いには勝った。仲間との連携で、数の暴力を使っての勝利だったが、それでも浅葱は自分の実力に自信を持つことが出来た。

 だがその自信は、数時間後に最悪の形で砕かれることになる。勝利のすぐ後に、大敗北を喫したからだ。

 しかも相手は最初に一度破った相手だ。勝利の余韻がまだ残っている状態でのこの結末。上げて上げて落とされるとは、まさにこのこと。


 初めと比べものにならないくらい強くなった敵に、為す術もなくやられ、自分一人が生き残ってしまった。しかもこんな年端のいかない民間人に救われてだ。

 こんな状態で逃げ帰って、政府や家にどう顔向けすればいいのか? いっそここで死んでしまおうか?とも思ったが、浅葱にはまだやるべきことがあった。


(この少女をどうにか安全な所まで送らないと)


 背負っている幼い(ように見える)少女。彼女を自分の意地に巻き込むわけにはいかない。

 浅葱は鍛え抜いた脚力で、あの洋竜からいちはやく逃れようと、全速力で森の中を駆け抜けた。







「グフゥ!」


 食事を終えた洋竜は満足げな息を吐いた。燃えさかっていた炎はすっかり消え、転がっていた肉塊は綺麗に片付けられている。

 空に月が上り始めている。獲物はまだ2匹残っているが、今はもういいだろう。洋竜は一度用を足してから、一時的に眠りにつくことにした。






「馬鹿が!」


 浅葱の拳が、躑躅(つつじ)の顔面に直撃する。これを喰らった躑躅の身体は、2メートル程飛び、鼻血が流れ出る顔を手で押さえながら悶絶している。

 さっきまで必死に守ろうとしていた相手を、今まさに殺してしまわんばかりの一撃だ。


 2時間以上全力疾走すれば、訓練を積んだ武士でもさすがに応える。近くに洋竜の気配がないことを確認して、空から見えにくいだろう木陰で休憩を取った。

 そこで浅葱は、躑躅にここにいる理由を聞き出した結果、唐突にこのような行動をとったのだ。


「民間人をこんな所に連れ出して、しかも死なせただと! どんな無能な鉄士だ!?」

「ご、ごめんなさい!」

「俺に謝ってどうする!?」


 聞けばこの少女、何と自分と同じ年齢だった。しかも鉄士である。あれほど強力な花粉魔法を仕える辺りで、少し変わっているとは思っていたが。

 洋竜の出る封鎖地域ではないにしろ、魔物の危険がある場所に、鉄士でも兵士でもない民間人の少女を同行させたのだ。そしてあの洋竜に喰われてしまった。


 これに浅葱は激高した。そして反射的に殴り、躑躅を責め立てる。こんな奴、さっさと見捨てれば良かったのではないか?

 厳密なことを言うと、鉄士が民間人に協力を求めることは、さほど珍しくない。魔物の出る所に連れ出すのは、さすがにどうかと思うが、その紺という少女は一人で蟒蛇五匹を撃退するほどの腕前だったという。


 それに件の洋竜を、花月山の外に追い出したのは、他ならぬ自分たちである。

 自分の行動が、八つ当たりの感情が交じっているのでは?と思い始め、徐々に頭が冷えていった。


「・・・・・・もういい。それでその紺という葉人の身元は知ってるのか?」

「それがあまり詳しくは・・・・・・六王国から来たと言ってたような?」


 六王国は辺境の小国家の一つである。人口の殆どが鬼人である所で、葉人とは珍しいと思った。


「他国からの観光客か。鉄士協会を見学とは珍しいが・・・・・・しかしこれだと遺族への報告は面倒になりそうだな」

「・・・・・・はい。私が何とか探してみます」

「そうか。だとしたら何としても、ここから生き延びないとな」


 空には月が高く昇り詰めている。深夜のまっただ中の時間だろう。あの洋竜が、自分たちを諦めたかどうかは判らない。

 早く青龍京まで帰りたいが、ここがどの辺りかも判らない。今はとにかく奴のいた場所から、できるだけ遠くへ離れるしかない。


 浅葱は、飛行魔法は一応使えるが、今はそれを使うべきではないと判断した。何しろ彼女の魔法は、火の魔法を使った派手な物だからだ。

 強大な火炎をジェット噴射のように、後方に発射し、その威力を推進力にして空を飛ぶ。


 夜闇の中では、炎と共に飛ぶ光景は、とても明るく目立つだろう。しかもこれは風飛翔よりも、力の消費が大きい。

 そのため今の状態では、森の中を隠れながら、少しずつ進むのが賢明と考えた。


 時間が流れ、月は徐々に西へと傾いていった。







 月が彼方へと消えていき、太陽が顔を覗かせようとする直前の時刻。


 武士団と洋竜が激突した、焼けこげた地面のある場所。

 そこには洋竜の姿はなかった。だがその代わり、奇妙な物体が存在した。


 それは高さ2メートルほどの土の山だった。形はアリ塚に似ている。積み重ねられた土は湿っており、これは土というより泥の山のようだ。

 周りには何故か、ハエなどの小さな虫が、ブンブンと飛び交っている。


 これはいったい何なのだろうか? 実のところ答えは判りきっている。これはあの洋竜が創り上げた物だ。

 だがそれを明確に言葉にするのは躊躇われる。



 ・・・・・・あえていうならば、“この世の全ての生物が、外部から栄養を取った結果、必ず出す物体”と言っておこう。


 ズゴッ!


 何やら泥の山が、微妙に震えた気がした。しかも中から妙な音が聞こえる。土を何かで掻き出すような音だ。


 ボフッ!


 突然泥の山の側面から、何かが生えてきた。その拍子に泥の側面にあった欠片が周囲に飛び散る。

 それは長い物体で、生き物のようにカクカク動いている。いや本当にこれは生き物だ。正確には大型の動物の身体の一部。人間の腕が、泥の山の内部から突き抜けてきたのだ。

 つまりこの中には、生きている人間が埋まっているということだ。


 今度は腕だけでなく、泥の山を内部から破壊しながら、全身が外に飛び出してきた!


「くっせっーーーーーーーーーーーーー!?」


 悲鳴のような、怒号のような、もの凄い剣幕の声で、その者は泥からの脱出を成功させる。


 それは全身を泥にまみれた純人だった。この国では風変わりな白い服を着た、十代半ばぐらいの少女。もうこれ以上言うまでもない。

 夕方頃に、洋竜に骨も残らず喰われて死んだはずの人物、渡辺 紺その人である。


 牙に貫かれて、噛みちぎられた筈の肢体は、傷一つ無い。あまりに不可思議な事態である。だが紺にはその疑問を考える余裕がないようだ。


「うげぇええええええええええええ!」


 何故か判らないが、無事(?)生還した紺。

 だがその表情は優れない。今にも吐きそうな気持ち悪い顔をしながら、激痛を受けたわけでもないのに、地面を何度も殴って苦しんでいる。


 これも何故か判らないが、彼女の肉体は喰われる前よりも強くなっていた。そんな力で殴られた地面は、どんどん陥没し、その場でクレーターを創り上げていく。

 ひとしきり殴った後、天を仰ぎ見て、何かを誓うように叫んだ。


「あのクソ怪獣! 絶対ぶっ殺す!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ