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不死の女神  作者: 大麒麟
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第十四話 洋竜

「やっぱり強いですね。その実力はどこでつけたんですか?」

「さあな。こっちが聞きたい。そんなことより、こいつらから霊素材は取れるか?」

「はい、もちろん」


 蟒蛇の場合、肝臓が霊素材となる。薬の調合にも使われるが、もっぱら料理の材料に使われることが多い。

 だがそれを取るためには、その蟒蛇の腹を切り裂き、肝を手で抜き取らなければならない。


(うう、やっぱりやるのか・・・・・・)


 民間人の紺に、そんなことをさせるのは気が引ける。ここは当然、鉄士である自分が行うのが筋だが、手に持った短刀が震える。

 躑躅は薬草の採集には慣れているが、動物の解体は生まれて初めてなのだ。


 躑躅が躊躇している間に、紺がさっさと動き出した。


「何まごまごしてんだ? ズバッとやっちゃえばいいんだろ? こんなふうに」


 言うやいなや、紺は躊躇わずに蟒蛇の腹を、刀で斬り裂いた。そこからドバドバと血と内臓がこぼれ落ちる。

 これに躑躅が気持ち悪さで顔をしかめるが、紺の方は全く平静としている。躊躇わずに素手で肝臓を掴み、取り出して袋に詰める。


 地球にいたころの紺ならば、これに躑躅と同じような反応を示しただろう。

 だが様々な経験を経て、すっかり耐性がついていた。なにしろ異世界一日後に大兎の死骸を・・・・・・これ以上の説明はやめておこう。


 白く綺麗な異国の服を、真っ赤に塗らしながら解体していく紺。

 この手際に、躑躅は血で顔色を悪くしながらも、彼女の逞しさに少なからず尊敬を覚えた。


「あんなに強くて、そこまでできるのに鉄士の仕事が怖いんですか?」

「ああ怖いな。世の中私より強い奴なんていくらでもいるだろ?」

「それはそうですが・・・・・・あなたが入ってくれれば喜ぶ人はいますよ。別に私なんかと組まなくてもいいですから、やっぱりなってみませんか?」


 自分でもしつこい勧誘だと思っていたが、それでも言わずにはいられない。

 現在は落ち着いて、魔物討伐の仕事も少なくなっているが、魔物の被害というのは多いときは相当な規模になる。彼女のような人材は、いつだって重要なのだ。


「それでも駄目だ。別に私は人助けがしたいわけじゃないし」


 元より自分がゲームのような勇者になれる器とは思っていないし、純人であることがばれる危険もあって、紺の意思は変わらない。

 蟒蛇の肝を5つ袋に積める。残るは躑躅が仕留めた方の一匹だが、紺がそれとは別の方向に目を向ける。


「またお客か」

「?」


 視線の先は渓谷の方角。死角になっているので判りにくいが、そこから数十メートル先には地面がない。この方向を歩きすぎれば、遙か下の大河に真っ逆さまである。

 視界に映る分には何もいない。上空にも数羽の鳥が飛んでいるだけである。だがその方角に確かな気配を、紺は感じ取っていた。


 突如地面に、何かの生き物の指が生えてきた。

 違う、切り立った崖の下から地表に向けて、何かが這い出てきたのだ。それは一気に姿を現す。


「りゅっ竜!?」


 躑躅がぶっ飛んで転びそうになる。姿を現したのは洋竜であった。数時間前に武士団と戦闘を行った個体である。


 深傷を追って渓谷に墜落したのだが、それで死にはしなかった。河から這い上がり、切り立った岩肌を、ロッククライマーのように登っていったのだ。

 上から感じる血の臭いに誘われて、今まさに紺達の前に出現した。


「何で!? ここは封鎖地域じゃありませんよ? 武士団は?」


 政府の発表では、洋竜は花月山から一切離れないはずだった。

 もしかして報道にあったのとは別の個体だろうか?と様々なことを思案するが、問題はこの場をどう切り抜けるかである。


(やべえよ、竜かよ!? 唐突に何だ、このボスキャラ? どうしよう、逃げようかな? うん?こいつは・・・・・・)


 一瞬逃げ腰になった紺だが、洋竜の様子を見て少し考えを変える。

 洋竜は全身を地面の上に置き終えた。だがその全身には、深い太刀傷が見える。ぱっと見た感じ、動きが鈍く、相当弱っているように見える。


(これなら私にもやれるかな?)


 竜の骨や鱗は、相当高価な霊素材になる。もしこいつを一人で仕留めたら、相当な稼ぎになるはずだ。

 柄に力を込め、刀身が風の属性を纏い、完全な戦闘態勢に入る。一方の洋竜も、弱っていながらも、目の前の人間に飢えた獣の視線を向け、明確な害意が見える。


 どちらが先に仕掛けるか?といった膠着が始まりそうな時だった。


「きゃあ!?」


 後ろから躑躅の悲鳴が聞こえる。目の前に敵がいるにもかかわらず、紺は反射的にそっちに目を向けてしまった。


(まだ生きてたか!?)


 そこは横ばいに倒れている躑躅と、それを見下ろす一匹の蟒蛇だった。新しく現れた固体ではない。喉から点々と、血の滴が垂れている。さっき躑躅が倒したはずの者だ。

 躑躅は確かに急所を刺したが、あの小さな短刀と、非力な葉人の刺突では、完全にトドメを差すには至らなかったのだ。


 ゆっくりと起きあがった蟒蛇は、前方の洋竜に注視して無防備な躑躅に、不意打ちに頭突きを喰らわせた。

 そして今、己の鋭い毒の牙で、躑躅に噛みつこうとしている。


「ちぃ!」


 紺は即座に、蟒蛇に向けて風の刃を放った。上半身を起きあがらせた蛇の長い胴体に、それは見事命中。蟒蛇は丸太のように一刀両断され、絶命した。

 だがこの一連の動作は、もう一方の敵に大きな隙を作ってしまった。


 ガリッ!


「ぐあっ!?」


 紺は全身に、強い痛みと圧迫感を感じた。


 洋竜は、突然自分に背を向けた紺に、容赦なく噛みついた。そして顎の力を強く押して、紺の身体を噛み砕こうとする。

 洋竜は首を上げて、捕獲した紺を空へと掲げた。地面に人の血がいくつも落ちていく。


「ぐがっ! がぁああああっ!」


 太陽に顔を上げながら、紺は痛みで悶絶した。いかに頑強な肉体を以てしても、この巨大な生物の、大きな顎と牙の力には、到底耐えられない。

 肩と膝の部分に、牙が深く肉に食い込んでいき、骨が軋み始める。物がプレス機で潰されるように、紺の身体は壊れ始めた。


「紺さん!? ああああああああっ!」


 躑躅が発狂するように悲鳴を上げ、洋竜に向けて眠りの花粉を振りかける。だが洋竜には全く効果がない。


 洋竜は紺の足首を腕で掴み、フライドチキンを食すように、紺の肉を食いちぎった。バリバリと骨が砕け、血が飛び散り、肉が洋竜の口の中に呑み込まれていく。

 あっというまに紺の全身が、洋竜の腹の中に入ってしまった。


「あああああああああっ!」


 躑躅は涙を流しながら、腰を抜かしている。洋竜は躑躅を次の獲物と見定め、狙いをつける。だが少し様子が変わった。


「ぐぐぐぐぐっ!」

「?」


 躑躅の方に顔を向かせ、上半身を地から離して立ち上がってる状態で、洋竜の動きは固まっている。そして何やら呻いている。苦しんでいる様子ではない。いったい何なのか?

 何が起こったのか判らず、躑躅は逃げるのも忘れて、その様子を注視した。


(傷が!?)


 変調はまた唐突に起こった。この洋竜の身体には、いくつもの太刀傷があった。また脚には、一本の槍が突き刺さっている。それらの傷が、ものすごい速度で治癒し始めている。

 刺さっている槍が、誰が引っ張ったわけでもないのに、勝手に抜け、刺し傷がどんどん小さくなり消えていく。


 誰かが治癒魔法を使ったわけでもない。本当に勝手に傷が治っていくのだ。この竜に、元々こんな力があったのならば、何故最初から全快の状態で姿を現さなかったのだろうか?

 傷が癒えただけでなく、洋竜はさっきよりも活力が上がったようで、全身から溢れんばかりの生気が発散される。


「グオォオオオオオオオン!」


 突然発現した謎の力に、洋竜は大きな驚喜の鳴き声を上げた。


 ドウン!


「?」


 鳴き声を止むと同時に、洋竜の背中が爆発した。それも一発ではない。

 洋竜が後ろを振り向くと、今度は腹と頭に何かが衝突する。それは魔法による攻撃だった。雷と炎の弾が、洋竜に直撃する。


「きゃあ!?」


 氷の刃が的を外して、躑躅のすぐ脇に突き刺さる。地面が抉れ、その部分が氷結した。間一髪だった。

 攻撃が飛んできた方向は、200メートル程離れた渓谷の、向こう側の大地。そこに20人の武士団が戦闘活動を取っていた。


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