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不死の女神  作者: 大麒麟
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第十二話 鉄士

 紺は次に向かった場所は、この青龍京の鉄士協会であった。

 鉄士(てっし)という存在を、初めて知ったとき、なんとなしにそれに興味を抱いた。


 鉄士というのは一種の傭兵だ。協会が受理した様々な依頼を請負い、それを達成することで報酬を受ける。

 仕事の内容は、魔物退治から霊素材入手まで様々。花月山に向かう鉄士達の多くは、協会から定期的に出される霊素材採集の依頼を受けてである。依頼を出すのは主に、そういう材料を必要とする会社の者たちである。


 ようするに鉄士というのは、RPGで定番の冒険者のことである。紺はこれを知って、少なからず興味を覚えた。ゲームの主人公みたいな設定だからだ。


 といっても紺は、そういう仕事をしている者に興味を持っただけで、自身がなりたいと思ったわけではない。あくまで観光的な意味で、彼らの活躍を見学したいということだ。


 上階級の鉄士になれば、一般人では入れない特別資料室に入れるという話を聞いたときには、少し心が揺らいだ。もしかしたら帰還に必要な情報が掴めるかも知れない。

 だがすぐに考え直した。わざわざ危険な世界に足を踏み入れなくても、情報を探る方法はあるかも知れない。どうしても駄目だったら、力ずくでその資料室を制圧するという手段も考えたが、これはかえって危険そうなのでやめておいた。


 とりあえず今は一般人でも探れるレベルの情報を、最初に探っていこうと思う。

 国境の件で、自分の実力にかなり自信がついたものの、その考えは変わらない。


 ちなみに六王国に鉄士はいない。だからこそ、こうして従業員が自ら取りに来たわけだ。

 普通こういう地方から素材を採取しようという場合は、派遣された者が、現地の鉄士協会に依頼を出す。だが紺は、鉄士にはなる気はないものの、採集くらいなら自力でできるだろうと考えていた。






 再び街を歩き、鉄士協会へと向かう。図書館で時間を取ったせいか、空が暗くなり始めている。

 青龍京の鉄士協会本部は、黒塗りの建物で意外と地味だった。まあ傭兵業に派手さは必要ないだろう。迷わず内部に入っていく。


 内部はまるでスポーツジムのような場所だった。鉄士の訓練用の敷地が多い。何人もの鉄士が、訓練戦闘で汗を流している。

 廊下を歩く者たちは鉄士か、あるいは依頼を出しに来た者たちだ。紺の立場は依頼者でも、鉄士でもない。ただの観光客だ。建物の出入りは自由なので、特に目的がなくても問題ない。


(しかし、これって……)


 建物内部には広告用の張り紙もある。だがそれには


“憲兵隊なんかよりも確実に、信頼ある仕事を鉄士は行います”

“政府には頼るな! 奴らは信用すると、破滅を呼ぶ! 本当に困ったことがあったら鉄士協会へ!”

“貴族共の言葉は全て戯言。奴らに正義はない! 我ら鉄士こそが、唯一の正義なり!”


 といった風に、やけに政府や憲兵を馬鹿にしたような文面があるのが、個人的に気になった。


(政府と鉄士協会って、仲が悪いのか? まあ、仕事柄競うことにはなるんだろうけど……こんな堂々と侮辱文を書いて、訴えられたりしないのか?)


 奥の方へいくと、依頼を表示する大きな看板があった。

 壁にかけられた黒板のような大きな板に、いくつもの依頼が張り出されている。それらは運搬業の手助けや、ネズミ駆除など、生活的な依頼が多い。魔物退治などの仕事はかなり少ない。


「あなたも鉄士なんですか?」


「!!??」


 突然、看板を見ていた紺に、声をかける者がいた。周りの誰もが自分に無関心だったので、少し過剰に驚いて相手を見る。


「えっ? あっごめんなさい」


 気分を害したと思われたのか、相手が律儀に頭を下げて謝ってくる。

 相手は葉人の女性だった。魔道士のようで、巫女のような服装をしている。ただ色は白ではなく緑色だ。

 髪は金色の総髪。そして身体がかなり小さい。年は11~12歳ぐらいだと思われる。自分と同じ観光客だろうか?


「私と同じぐらいの鉄士の娘なんて珍しいから、つい声をかけちゃいました」

「同じぐらいだったのか?」


 12歳ではなかった。自分と同年代だったらしい。普通ならば見た目とのギャップから、相手の実年齢を疑うだろう。

 だが紺は、一切疑わなかった。地球では、こういうのは珍しくないからだ。漫画やアニメの領域の話だが。


「私は鉄士じゃないよ。ただの観光客」

「観光? こんなところに?」

「私のいたところに鉄士なんていなかったからな」

「はあ」


 女性は少し呆れ顔だ。まあ普通こういう所を、進んで見たがるものなどいないだろう。


「申し遅れました私は躑躅(つつじ)といいます。あなたのお名前は?」

「ああ……私は紺だ」

「紺さんですか。黒い髪の葉人なんて、珍しいですね。紺さんは観光とおっしゃいましたが、これから鉄士になられたりしないんですか」

「・・・・・・え~と」


 初対面で妙に親しげに、かつ礼儀正しく話しかけてくる。


 日本では友達いなくても、フィクション世界で充分人生楽しんでいた紺。学校でも気軽にぼっち生活を送っていた。

 突然こういう交流に出会うのは初めてなので、対応に困る。


 これなら西鬼町での珍獣扱いや、チンピラの襲撃のほうが、ずっと楽である。無視するか、殴るか殺すかで、簡単に事を片付けられるからだ。

 黄の時のように、さっさと話を切ったほうが良いのか? それともある程度話に付き合うのが礼儀だろうか? 相手は純人がどうのというのでなく、純粋に好意で話しかけているのだ。

 結構他人の気遣いに過敏な紺であった。


「いや鉄士になる気はないよ。危なそうだし……」

「そうなんですか? 意外です。刀を持っていますし、目も鋭くてかっこいいし、すごい魔力を持っていますし、かなり強い人かと思うんですけど」


 どんどん言葉を投げかける躑躅。ただ自分の魔力を見抜いているあたりから、少し思った。


(もしかしてこいつ、私を仕事に狩り出したいのか?)


 オンラインゲームをプレイしたことはないが、それを題材にしたアニメを見る限り、こういう勧誘は結構あるらしい。

 もっと悪意ある解釈をすれば、あの四王国の手配書絡みということもありえる。


(この前あんなことがあったばかりだし・・・・・・やっぱり警戒は必要だよな)


 人とほとんど会話をしていなかったので、ほとんど忘れていたが、自分は一部で追われの身であることを思い出す。

 そして今、相手に何か企みがあるのでは?という疑惑が出た途端、躑躅への気遣う気持ちが薄れていく。まだ確定したわけではないが、少しは冷静に話せそうだ。


「別に鉄士の仕事が全部危険というわけではないですよ。看板にもありますけど、こういう手軽な仕事のほうが多いんです」

「いや、私は仕事の都合で、六王国から霊素材を探しに来ただけなんで」

「霊素材ですか? そういう都合なら、ここに依頼を申し出れば」

「自分で行ったほうが安上がりでいいだろう? まあ竜の騒動のおかげで、しばらくは待ちぼうけになりそうだけど」


 これに躑躅が不思議そうに首を傾げる。


「別に花月山でなくても、霊素材は取れますよ。花月山の周辺の山林でも、取れるところはあります」

「えっ? 本当か?」


 それが本当なら、かなりの優良情報だ。


「はい。数は少ないですが。魔物も少ないので、私が採集依頼に出るときは、いつもそういうところにいってます。なんなら私が案内しましょうか?」


 今度は案内すると言い出す。最初の疑惑が出てきてから、もうこの少女を純粋に見れない。

 何を言われても、何か裏があるのでは?と、全ての面で疑ってしまう。その場所についた途端、後ろからさっくり刺してくるかも知れない。


「本当か? じゃあ頼むよ」


 だが紺は何の迷いもなく引き受けた。鉄士になる気はないが、今の紺は、自分の力に結構な自身を持っていた。

 どこから沸いてきたのか不明な、ある意味躑躅よりも怪しい力であるが。


(まあ、何か悪いこと企んでいるようなら殺しちまえばいいし。山林なら埋めるところも困らないな)


 そこでふと思った。特に興味があるわけではなかったが、世間話についでで聞いてみることにした。


「躑躅は葉人の鉄士だよな。てことは薬学とかも詳しいのか?」

「え? ええ、まだ新米ですけど」

「じゃあさ、こういうの聞いたことない? 石化する病を治せる薬とか。そういうの都会にはあったりするか」


 躑躅は少し考えこむが、やがて申し訳なさそうに答える。


「ごめんなさい覚えがないです。石化ということは、呪いの類ですよね? 私の薬学の技術では、呪いを治すほどの腕はありませんし……」

「いや、いいんだ。そんな大した話じゃないし」


 ちょっと落胆したが、すぐに気を取り直す紺。


「大した話じゃない? お知り合いがそれにかかっているのでは?」

「別にそうじゃない」


 気にするなとだけ言って、紺は話を最初の霊素材の話題を戻した。


 聞けば花月山と隣の山=木月山(きがっさん)の境界に、大きな渓谷があり、その周辺に薬草になる植物が生えているというのだ。


「木月山の側なら、封鎖地域じゃないし大丈夫だと思うよ。だけれどあそこ、道が険しくて……」

「いつから行ける? 早いほうがいいんだけど」


 自分は行きやすい道を知っている、と言う前に、紺が急ぐように質問してくる。


「えっ? できるなら今からでも大丈夫ですけど?」

「じゃあ行こう」


 躑躅に話しかけられて思い出したこと。四王国の件で、自分はある意味お尋ね者に近い状態だということ。ならばこの仕事は早々に終わらせて、その後でそっち方面の対策を考えたほうがいい。

 彼女が黒ならば、相手の予想外の行動を取ってみるのもいいかもしれない。


 紺は躑躅の手を取る。そのまま引っ張るように出口へ向かっていく。

 鉄士協会の外に出ると、躑躅の身体を掴み、その場で風飛翔を発動させる。突然の魔法の行使に、道行く人が驚く。


「待って! 市内での魔法使用は禁じられてますよ!」

「そうか? じゃあさっさと外に出るか」


 今度は走り出した。

 躑躅を抱えたまま。人の行き交う道を、見事に障害物を避けながら、物凄い速さで走る。そしてまっすぐに都市の外へと走り抜けた。


「ちょっとちょっと、落ち着いて! 最初からそんなに力を消耗したら、すぐ動けなくなります!」

「それなら大丈夫だ! 明日までには着くぞ!」


 躑躅の警告に、紺は余裕たっぷりで答えた。


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