第九話 飛翔
(何だあの女は!? 化け物か!? それとも純人とはそういう種なのか?)
この世界の人類の殆どは、女神の力で強大な力を得た。
女神の恩恵を受ける前の人類である純人には、飛び抜けた特殊能力はなかったはずだ。少なくとも彼が国の学校で習った分には、そう覚えている。
(もしかして過去の資料が間違ってるのか? ・・・・・・うん? まずい!)
背後から紺が、風飛翔で自分を追っているのに気がついた。相手も風魔法を使えるのだから、十分考えられることである。
青磁は魔力全開・全速力で逃げるが、速度は紺の方が上で、どんどん追いつかれていく。
「つーかまえたっと!」
紺は邪悪を笑みを浮かべ、青磁の左肩を掴んだ。そして凄まじい握力で握りしめる。
「ぐぎゃぁあああああああっ!」
骨が折れそうなほどの圧迫に、青磁が悲鳴を上げる。紺はその状態のまま、両足を支点にして独楽のように回り始めた。
空中で、扇風機の羽根のように回転し続ける、青磁の身体。回転で加速した状態で、紺は青磁を、足下の地上目掛けて、思いっきり投げ飛ばした。
(うぉおおおおおおおおっ!)
隕石のように地上に向かって落ちていき、やがて着弾した。青磁の身体は地面に叩きつけられ、身体が幾分か土に沈み、痛みで再び昏倒する。
だがこれで終わりではない。今度は紺が空中から、ハヤブサのように急降下。体勢は、古くから続く特撮ヒーローの必殺技のような、キック体勢だ。
「じゅんじーんキック!」
その急降下キックは、青磁の腹に炸裂する。
その勢いで地面が陥没し、青磁の身体は一個のクレーターの中心に埋もれた。そして血と胃液を大量に吹き出し、完全に気を失っている。
だが紺は、それすら許さなかった。彼の金的を、容赦なく蹴りつける。痛みのあまり、彼は再び意識を取り戻した。
「おはようクソ野郎。今日は随分とやってくれたな、そのおかげか判らんが、こっちは風が扱えるようになったよ」
青磁が見たのは、自分を見下ろす、鬼すら恐れおののく怒りの顔。その人物は、刀を持ち、刃先をこちらの心臓の位置に向けている。
「ごふっ!はっ、がっ、はあはあ、助けてくれ! 俺ももう生活の当てがなくて仕方なかったんだ。何でもする! だから見逃してくれ!」
「遺す言葉はそれだけか? よしっ、じゃあ死ね♪」
ザクッ!
紺の刺突が、青磁の心臓を貫いた。彼は目を見開き、しばらく痙攣した後、完全に動きを止めた。
「おしっ! 仕返し完了!」
紺は右拳を握って小さくガッツポーズをする。最高の気分だった。むかつく奴を殺すことが、こんなに気持ちの良いものだとは思わなかった。
「しかし、ここどこだ?」
周囲を見渡すと、見覚えがあるような無いような微妙なところだ。
取られた荷物を取り返した後、とりあえず道のあるところを探して、森の中へ入っていた。
「とりあえず新しい葉っぱを頭に付けないとな」
同時刻、六王国の緑天店に、休店中にも関わらず1人の客が来ていた。
その客はいかにもという感じの、チンピラ風の男だった。彼らは店主に金ではなく、刀を差しだしていた。
「ここに純人がいるだろう? そいつをこっちに差し出せ」
「お帰り願いますか?」
「おい! こいつが見えないのか」
返事に答えず帰宅を求めてきた牛仮面の店主に、男は少し切れた。店主のすぐ側に近寄り、刃先を店主の首元に向ける。
「とっとと出さねえと、その首をかっ斬るぞ!」
店主は特に動揺しない。仮面の裏では恐怖に震えているのだろうか?
「いい加減に何か言わ………」
言葉の途中で男が止まった。
喋るのをやめたというだけではない。彼の全身が、時が止まったかのように停止してしまったのだ。目は瞬きすらしていない。身体を支える足のバランスは保っているから、麻痺した訳ではないようだ。
店主=緑天丸は、男に向かって、静かな声であることを命じた。
「……自ら死にな」
その一言と同時に、男は再び動き出した。だが突き出した刃先は、緑天丸とは別の方向に向けられていた。向き直されたのは、自身の喉元であった。
ドスッ!
男の刀が、彼自身の喉を突き刺した。
流れ出した血が、刀身の上から下へと降りていく。自身の首を突き刺した男は、最後まで無表情だった。そのまま崩れ落ちて、店の中で息絶える。
謎の自殺を遂げた男を見下ろし、緑天丸は変わらない静かな言葉を投げかける。
「………汚れた魂に裁きの浄化、完了。……さて、処理の難しいゴミ(死体)が出ちまったな。どこに捨てよう?」
この日もこの町は、平和で穏やかな日であった。
関所を見つけ出すのは比較的簡単だった。何しろ空を飛べるようにもなったので、足で走るよりも速く移動でき、上空から広い位置を観察できるようになったからだ。
青磁が紺を先回りできたのは、恐らくこの風飛翔の能力を使ったのだろう。
だが肝心の関所は、少し騒ぎになっていた。
昨日の夕暮れに起きた、殺人事件の捜査である。犯人である仮面の男の正体は未だ謎。被害者女性の身元も分かっていない。
この国で葉人は珍しいことから、身元の特定はすぐにつくと思われた。この国では電子媒体での通信手段もあり、多くの情報を短時間で集めることも出来る。
結果、確かに国内の農村で、葉人の女性の目撃情報はあった。だがその女性の名前も素性も、未だ謎のままである。また現時点で、国内の葉人で失踪した者は1人もいない。
加害者の男に関しても不明。あれほどの風魔法の使い手は、国内には殆どいない。
そのことから、被害者・加害者共に、国外の人間だろうと判断される。捜査はかなり難航しそうだ。
(一晩明けたらやばいことになってるじゃん・・・・・・)
この状況を知って紺は大いに困った。
彼女は感覚能力も優れているため、遠くの人間の会話も聞くことが出来る。現在紺は、近くの森の大木の枝に座って、現状を見つめている。
(……しかし私って、やっぱり死んでいたんだな)
心臓を刺されて倒れた後、犯人が自分を連れ去った場面は、多くの人間が目撃している。
この世界に初めて来たとき、彼女は天空から地面に墜落した。あの時も自分はもう終わったと思ったが、目が覚めたら全くの無傷で立ち上がることが出来た。
あの時は直前で誰かが助けてくれたか?もしくは空を落ちていたのは幻覚か?という解釈も出来たが、今回はそうはいかない。
何故なら自分が死ぬところが、第三者の目から、はっきり確認されているのだ。
(今の私って・・・・・・いったい何なんだ?)
ともかく自分はあの関所を越えなければならない。だが今のままで通るのは難しそうだ。
現在紺の頭には、自身で工作した葉っぱをつけている。このままいけば多くの人が、自分は葉人種だと思うだろう。
だが関所で昨日殺された葉人と同一人物だと気付かれたら、それはそれで大変面倒なことになりそうな気がする。だからといって純人の姿のままで通っても、色々大変なことになりそうだ。
「しょうがない。密入国するか」
大木の枝から、風飛翔で飛び立った。そして森を進み、国境を隔てる城壁の前に出る。
数十メートルの高さの城壁は、以前の紺ならば、例え高い身体能力を以てしてもも、飛び越えることは不可能だろう。
だが空を飛べる今ならば、その問題は簡単に片付く。
風を纏いながら、城壁より高い位置まで浮く。そしてその城壁を空から素通りした。
国境の監視は以前と同じようにザルだった。城壁の上にも兵士は1人もおらず、監視カメラすらついていない。
そのため紺は、いとも簡単に国境を抜けることができた。もしかしたら青磁も、この手段でこの国に入ったのかも知れない。
(たやすすぎ! 大丈夫かこの国?)
実は数年前までは、ちゃんした監視が行われていた。だがある理由で、この管理を行っている国(四王国)の財政が悪化した。それによって設備や人員などで、大幅に予算が削られたの原因だった。
城壁の向こうには、大国領内の森が広がっている。
ここから更に西に進めば、大都市:青竜京と、霊素材の名産地:花月山がある。
「新天地へレッツゴーだ」
紺は意気揚々と、西へ向けて飛んでいった。